日韓和解なぜ今?2016年1月4日 田中 宇昨年12月28日、日本と韓国が従軍慰安婦問題で和解した。日韓はなぜこのタイミングで、慰安婦問題を最終的・不可逆的に解決したのか。日韓の国交正常化50周年である昨年のうちに何としても解決したかったから、とか、1年以上にわたる双方の外交努力がようやく実ったから、といった説明がされている。だが私から見ると、慰安婦問題による対立は、日韓双方にとって既存の国内権力構造の維持に好都合であり、政府間の解決への努力の多くは「努力するふりだけ」で、よっぽど強い外部からの圧力がない限り、双方が解決に至ることはなかった。 (Japan, S.Korea diplomats meet ahead of ministerial talks on 'comfort women') 日韓双方の中枢で強い力を持つ「対米従属派」にとって、慰安婦問題を解決せず放置しておくことは、日韓の結束を阻み、日韓が別々に対米従属を続けることを可能にする便利な道具だった。日韓が慰安婦問題を解決すると、阻まれていた日韓の直接の安保協調が強まり、米国は日本と韓国の駐留米軍を撤退しやすくなり、日韓両方の対米従属を終わりに近づける。日韓の政府だけの意志で慰安婦問題が解決されることはなく、慰安婦問題の解決は、米国の差し金である可能性が高い。外から日韓に強い圧力をかけられるのは米国だけだ。慰安婦問題がなぜ今解決したのか、という問いは、オバマ政権がなぜ今日韓に和解しろと圧力をかけたのかという問いになる。 (Japan, South Korea Reach Agreement on 'Comfort Women') 先に私なりの答えを書いておくと、それは「オバマは、任期最後の年である今年、北朝鮮の核開発問題を解決したいのでないか。そのためにまず、米国の力で最も簡単に解決できる日韓の和解を実現したのでないか」ということだ。米大統領が、軍産複合体やイスラエルの政治圧力を気にせず国際戦略を進められるのは、再選されて2期8年やれた場合の、もう先に選挙がない最後の2年間だけだ。オバマは、最後の2年のうちの前半である昨年、中東に専念し、イラン核問題を解決し、シリアにロシア軍を呼び込み、中東での露イランの影響力を急増させ、イスラエルをへこました。残る今年の1年、北朝鮮問題の解決や、中国を強化するかたちで譲歩するニクソン的なやり方を進める可能性がある。北朝鮮の核兵器廃棄を目標にする6カ国協議は2003年から07年まで断続的に開かれたが、09年の北の2回目の核実験以降、頓挫している。だが中国と韓国は昨年11月下旬、協議の再開に向けて動いていくことで合意した。 (China, South Korea to Discuss Return to Six-Party Talks on North Korea) (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (◆イランとオバマとプーチンの勝利) (シリアをロシアに任せる米国) 慰安婦問題の解決が米国の圧力で実現したとする分析は米国からも出ている。「米国は、日韓を団結させて中国に対抗させる意味で、慰安婦問題の解決を歓迎している」とブルームバーグ通信は書いている。しかし、これは全く間違いだ。中国と韓国は昨秋、9月の韓国の朴槿恵大統領の訪中などの際に、中韓で日本を引っぱり込んで日中韓サミットを開催することや、日韓関係を改善すること、中国と韓国の海洋紛争(黄海にある蘇岩礁=イオドの領有紛争。おそらく中国側が譲歩する)の解決、それから北核6カ国協議の再開努力などを両国間で合意している。 (Landmark Japan-South Korea Deal Backs Obama's Asia Rebalance) (China has wider hopes for Seoul talks, say observers) (Why China would compromise in the Yellow Sea) (China Holds Bilateral Talks With South Korea, Japan) これらから考えると、昨秋からの流れは、日韓が結束して中国と敵対する動きでなく、中韓が結束して日本を取り込む動きだ。中韓は、日本を取り込んだ後、6カ国協議を再開して北朝鮮問題を解決していこうと考えている。 (China, Japan, South Korea to Hold Long-Delayed Trilateral Summit) 米国の外交戦略立案の奥の院であるシンクタンク外交問題評議会(CFR)は大晦日に、オバマ政権が最後の1年に入る今こそ米朝関係を改善して6カ国協議を再開し、北朝鮮の問題を解決する好機だとする分析を載せている。それによると、米国は前回2012年に北核問題の解決をめざして北と交渉したが、先に北に核開発施設を破棄(破壊)させ、その上で6カ国協議を開くというシナリオだったため、北が警戒して実現しなかった。そのため、今後6カ国協議では、核施設の廃棄と6カ国協議を同時に進めるべきだとCFRは提唱している。 (Time for a New Approach in U.S.-North Korea Relations) (Launch the Perry Process 2) これは、北が核施設を破壊するふりをするだけで、米朝関係の正常化など交渉の果実を得られる可能性を持ったシナリオだ。この10年間、米国が北に提示するアメ(米朝正常化)とむち(核廃棄)は、むちが先でアメが後という軍産に有利な条件から、アメが先でむちが後という北に有利な条件へと、しだいに動いている。米国が提案する条件を北が容認し、6カ国協議が進展する可能性が高まっている。 (北朝鮮問題の解決が近い -2007年1月) (北朝鮮核交渉の停滞) 2012年に前回オバマが北核問題の解決に動いた時、それを阻止する動きとして出たのが、慰安婦問題と竹島紛争での日韓の対立扇動(12年8月の李明博の竹島訪問など)と、12年秋の尖閣国有化など尖閣を使った日中対立の扇動だった。 (李明博の竹島訪問と南北関係) 北核問題の解決は、03年に米国主導で6カ国協議の体制が組まれたときから、日韓が対米従属をやめて日中韓が協調を強める「東アジア新秩序」の創設と抱き合わせになっている。日韓、日中の関係を好転させてからでないと、6カ国協議が進まない。慰安婦問題を口実にした日韓対立は、東アジアの新秩序への移行を阻止する一要素となっている。(6カ国協議にはもう一つ隠れた目的として「北を中国の属国としてしばりつけること」がある。これに金正恩が抵抗していることも、6カ国協議が頓挫している原因だ)。 (アジアのことをアジアに任せる) (北朝鮮の中国属国化で転換する東アジア安保) 北核の6カ国協議が提示してきたシナリオは、日韓、日中、米中、中韓の安定的な関係を前提に、北に核兵器を廃棄させ、南北、米朝が和解し、東アジアから国家間対立の構造をすべて除去し、日韓から米軍が撤退し、代わりに日韓は中露朝と新たな安保体制を組み、日韓朝中米露の6カ国で集団安保体制を作ることを最終目標としてきた。前回6カ国協議が再開をめざしていた12年には、日韓が「北への共同防衛」を口実に、諜報分野を皮切りに安保協定を締結する交渉が進んでいたか、これは日韓が軍事的に対米自立する道の始まりを意味し、6カ国協議のシナリオの一部だった。日韓安保協定は、米国の圧力で進められ、締結直前までいったが、慰安婦問題と竹島問題の扇動によって12年に日韓の関係が劇的に悪化した後、棚上げされたままになっている。 (日米安保から北東アジア安保へ) (ヤルタ体制の復活) 興味深いのは今回、日韓が慰安婦問題の和解と同時並行して、棚上げされていた諜報分野の安保協定について「北の脅威の増加」を口実に、15年10月から話し合いを再開していることだ。慰安婦問題の扇動で12年に棚上げされた日韓安保協定締結が、慰安婦問題の解決とともに復活する流れになっている。慰安婦問題の解決は、もっと奥深い日韓の対米従属からの脱皮や、東アジア新秩序の構築への作業の再開であると感じられる。 ('Korea, US, Japan discussing role of Self-Defense Forces') (日中韓協調策に乗れない日本) (一線を越えて危うくなる日本) (転換前夜の東アジア) 対米従属派に洗脳されている日本人は「米国が、日韓をくっつけて対米従属から引き剥がしたいはずがない」と考えるかもしれないが、日韓安保協定は間違いなく米国の差し金だ。慰安婦問題の解決を受け、1月中にも、米国と日韓で「北朝鮮の脅威」を口実に、安保協調関係の強化が話し合われる。北朝鮮は近く核実験を再開する見通しと報じられている。日韓の安保協定は「米国の差し金」でなく「北の核の脅威」に対応するために日韓が米国と関係なく独自に進めるものという歪曲報道が出回りそうだ。 (North Korea could be preparing nuclear test, Seoul says) 6カ国協議は、これまで何度か進展の機会があったが、いずれも北の消極性が最大の原因で、頓挫している。韓国が対米従属なので、北が米国と和解して米朝が対等な友好国になると、北は韓国より上位に立てる。米国は、この展開を嫌い、6カ国協議を中国に主導させ、北が米国と和解すると同時に中国の傘下に入るように仕向け、中国が南北を仲裁する構図の中に北を落とし込もうとしてきた。北がこれを拒否して核実験やミサイル発射を繰り替えし、6カ国協議が頓挫していた。 (世界の転換を止める北朝鮮) (中国の傘下で生き残る北朝鮮) (御しがたい北朝鮮) もし今年、米国が6カ国協議の前哨戦として北との交渉を再開し、米国が北に譲歩するかたちで6カ国協議が開かれると、その落としどころは以前と同じ「北を中国の属国にする」ことだ。北の金正恩がそれを了承するのか疑問だ。しかし、もし6カ国協議が進展すると、それはほぼ確実に、日韓からの米軍撤退や、日韓の対米従属色の希薄化を引き起こす。慰安婦問題の解決と並行して、米軍撤退に向かう道の始まりである日韓の安保協定の締結が、すでに現実的な話として交渉されている。 (中国と対立するなら露朝韓と組め) (東アジア新秩序の悪役にされる日本) この話が進むと、沖縄の米海兵隊のグアム撤退の構想が再燃する可能性が増す。海兵隊の普天間基地の代替になる辺野古の基地の建設が、沖縄県民の強い反対を受けている。米政府は以前から何度か「日本政府が辺野古に基地を作れないなら、海兵隊をグアムに撤退するよ」と言っている。世界で唯一の、米軍海兵隊の米国外の恒久駐留基地が日本にあることは、日本の対米従属(日米同盟)の象徴だ。海兵隊の撤退は、日本の対米従属の減退を意味するので、日本の隠然独裁的な官僚機構は、海兵隊に出ていかれる前に、是が非でも、法規をねじ曲げても、急いで辺野古の代替基地を作らねばならないと考えている。 (再浮上した沖縄米軍グアム移転) (日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会) 6カ国協議の進展は、海兵隊のグアム撤退を阻止(できるだけ長く先延ばし)したい日本の官僚機構にとって、新たな脅威の出現になる。6カ国協議再開の先鞭となる、慰安婦問題解決や、日韓安保協定の交渉再開が驚きなのは、この点においてだ。オバマ政権が日韓、特に日本政府に「核実験再開が近い北の脅威の増大」などを口実に、強い圧力をかけた結果、慰安婦問題が解決されたのだろう。 (日本の権力構造と在日米軍) 慰安婦問題で日韓の関係が悪化する直前の2011−12年にも、北核6カ国協議の再開、日韓安保協定の交渉、米海兵隊のグアム移転など「米国が東アジアから出ていく方向」の流れが起きていた。だが12−13年にかけて、慰安婦と竹島の問題での日韓関係の悪化、日韓安保協定の棚上げ、尖閣諸島国有化を皮切りとした日中敵対の激化、北朝鮮の消極性による6カ国協議の頓挫、北の中国の属国化拒否としての13年末の張成沢の処刑、米軍グアム撤退の雲散霧消、辺野古基地建設をめぐる沖縄への異様な圧力などが起こり、米国の東アジア覇権が存続するかたちで今に至っている。 (北朝鮮・張成沢の処刑をめぐる考察) 今回、米国からの圧力による慰安婦問題の解決、日韓安保協定の再交渉が始まったことは、11−12年の「米国が出ていく流れ」の再開になるかもしれない。東シナ海紛争、南シナ海紛争への日本の介入、潜水艦受注に始まる日豪同盟の可能性(対米従属から日豪亜同盟への転換)などを含め、今年の展開が注目される。 (日豪は太平洋の第3極になるか)
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