他の記事を読む

北朝鮮の中国属国化で転換する東アジア安保

2012年1月13日   田中 宇

 昨年12月17日に金正日が死去し、北朝鮮は不安定な政権移譲期に入ったとされる。若造の金正恩が主導権を発揮しようと無茶して韓国に戦争を仕掛けるとか、12月30日に喪が明けた後が危ないといった予測報道も見た。しかし年が明けても、北朝鮮をめぐる事態は今のところ不安定になっていない。 (Cunning Kim confounds to the last

 韓国の李明博大統領が、年頭のテレビ演説の中で北に対話を呼びかけた。すると北は、李明博を「親米でファシストで凶暴な悪の頭目」と呼び、李明博とは決して交渉しない方針を、北の最高意志決定機関である国防委員会が発表した。こうした事態からは、金正日の死後、朝鮮半島がかなり不安定になっているようにも見える。 (NKorea calls SKorea president 'chieftain of evils'

 しかしその一方で北朝鮮は、金正日の死の直前まで、食料支援と交換条件に核開発(ウラン濃縮)を止め、6カ国協議を再開する方向で行っていた米国との交渉について、いつでも再開する準備があると、1月11日に表明した。 (North Korea keeps door open for food-nuke deal with U.S.

 金正日の死の2日前、すでに米朝は交渉の末に合意に達しており、12月22日に6カ国協議の再開が正式に決まる予定だった。金正日が死んで北のトップが金正恩に代わっても、米国や中国が望む6カ国協議の再開に条件つきで協力する北朝鮮の方針は変わっていないようだ。今後、意外に早く、米朝の合意が正式発表され、6カ国協議が再開するかもしれない。李明博も年頭演説で「韓半島は転換期に入った」と言っている。 (S. Korea president open to nuclear talks

 このような背景をふまえた上で、韓国の李明博の対話提唱を、北朝鮮が罵詈雑言とともに拒否した意味を再考察すると、別の見方になる。李明博は、対米従属の裏返しとしての数年の北朝鮮敵視策が失敗し、任期末を迎え、追い込まれて北敵視策を放棄し、対話姿勢に転換している。李明博は、北から罵詈雑言を浴びせられても、北敵視に戻れず、もっと北に譲歩するか、沈黙して北との関係改善を来年からの次の大統領に任せるしかない。左右どちらの勢力が韓国の次期大統領になっても、北と敵対せず、交渉することが予測されるので、北は安心して李明博に罵詈雑言を浴びせている。

 北朝鮮は、米国との関係を先に改善してから韓国との交渉に入った方が、南北交渉を有利に進められる。だから今後しばらく北は韓国と和解したがらず、韓国が来年初め、次期大統領の時代に入った後まで待つのでないかと考えられる。ただし、北の「宗主国」になった中国が、早く韓国と和解しろと求めているとも考えられるので、南北対話も意外と早く再開するかもれしない。 (金正日の死去めぐる考察

 金正日が死んでも北朝鮮の権力中枢が不安定にならないのは、事前に予測されていた。金正日は08年に心筋梗塞で倒れて以来、中国式の経済改革を進める責任者である張成沢と金敬姫(金正日の妹)の夫婦を、後継者の金正恩の摂政役に就け、自分の死後の北朝鮮の安定維持を画策した。金正日の死後、金正恩が最高指導者を世襲し、張成沢と金敬姫が摂政役に就く新体制が、日本のマスコミでも繰り返し報じられている。金正日が画策した安定維持策は、今のところ成功している。6カ国協議の再開が近いという予測も、ここから出てくる。

(金正日が3人の息子のうち、長男の正男でなく三男の金正恩を後継者に選んだのは、権力を握った時に自分勝手にやりたがらず、摂政役の意見を素直に聞きそうな性格だったからなのかもしれない)

▼米国が北を中国に押しつけた

 張成沢と金敬姫は、北朝鮮を中国の指導に沿って、中国型の社会主義市場経済の体制にしていくことを目標にしている。彼らを摂政役として金正恩の政権が続く限り、北朝鮮は中国の傘下で動き続ける。中国は、北朝鮮が輸入するエネルギーの90%、食料の45%を供給している。中国は、北朝鮮が対中貿易で未払いを増やしても、北の中枢が中国式の経済政策を採っている限り、北との貿易を切らない。逆に、金正恩が張成沢らを失脚させて中国の言うことを聞かなくなると、エネルギーや食料の輸出を静かに止め、北を制裁するだろう。北朝鮮は、中国の属国になっている。 (China-South Korea Summit to Focus on Free Trade Accord, North's Succession

 国際的に見ると、北朝鮮が中国の属国と見なされるようになったのは、北自身が属国化を認める数年前からだ。米国はブッシュ政権時代の03年から、北の核問題の国際解決を中国に押しつけ、それ以来6カ国協議はすべて北京で開かれている。当初、北は中国の傘下に入りたがらず米国と直接交渉したがり、中国も北の面倒など見たくないという態度だったが、米政府は強い姿勢で「北と交渉しない。北の面倒は中国が見ろ」と言い続けた。北を中国の属国にしたのは米国である。 (北朝鮮問題が変える東アジアの枠組み

 米国に押しつけられて、03年に6カ国協議が中国主導で始まった時、中国は北朝鮮の面倒を見ることに消極的だった。だが今では、中国は積極的に北朝鮮を傘下に入れている。金正日が死んですぐ、胡錦涛と習近平が北京の北朝鮮大使館に弔問に訪れた。今年、中国の最高指導者が胡錦涛から習近平に変わっても、中国が北朝鮮を属国として大事にする姿勢は変わりません、という宣言だろう。 (China's Hu lauds military promotion for young Kim

 独裁の北朝鮮が独裁の中国の属国になっても、何も変わらないじゃないかと、マスコミしか見ていない人は言うかもしれない。だが、そう言う人も、自分の頭で少し考えてみれば、北朝鮮と中国が同じ独裁であっても、全く違う状況の国であることがわかる。北は冷戦用に分断されて作られた国で、冷戦終結後、一時は中露からも見捨てられ、米国から敵視され続けて、孤立して過激な軍事外交策を採らざるを得ない、貧民が大多数の崩壊寸前の小国だ。

 対照的に中国は、1979年の米中国交回復以来、米国の資本家層から支援され続け、経済改革で成功して急成長し、米国と並ぶ世界の大国となり、自国周辺の安定を重視し、敵国に対して真綿で首を絞める隠然制裁を好む、米国債の世界最大の保有国だ。北朝鮮は自国周辺の情勢を不安定化したがるが、中国は逆に、自国周辺の情勢の安定を望んでいる。国外に手強い敵がいた方が国内が結束して政権を維持しやすいので、北朝鮮政府が従来の好戦策を全面放棄するとは思えないものの、中国の属国になったことで、今後長期的には、好戦策を引っ込め、中国の傘下で安定を好む傾向が強まるだろう。

 北朝鮮が好戦策を引っ込めると、日本と韓国の安全保障戦略の根幹が変わってしまう。日韓の安保戦略は、北の脅威に対抗することが大前提だった。日韓が米軍に駐留してもらっていたのは、北の脅威が前提だった。今後、脅威が消えていく方向が見えだしたのだから、日韓は、米軍駐留を不要とみなすなどの安保戦略の見直しが必要になる。

 北朝鮮が好戦策を引っ込めそうな方向性は、日本のマスコミでほとんど報じられていない。マスコミは、対米従属を基本方針とする官僚機構の下部組織だから、北朝鮮が好戦策を引っ込めて、在日米軍駐留の必要が低下してきそうなことを、国民に伝えない。北朝鮮をめぐる実態が変わっても、マスコミ報道でしかイメージを形成できない日本人の頭の中は変わらない。

▼中国の脅威は軍事でなく経済

 北朝鮮だけでなく中国も日本にとって脅威だから、中国の台頭が続く限り、在日米軍の駐留が必要だと考える日本人も多い。中国は確かに台頭しているが、その脅威は、軍事面でなく、経済面から来ている。

 軍事面の中国の脅威は、10年秋に尖閣諸島で中国漁船の船長を逮捕・送検した時の日中間の緊張激化に象徴されている。だがあの時、中国漁船の船長を送検し、起訴まで進める方向に持っていったのは、当時国交相だった民主党の前原誠司である。前原の目的は、日中の軍事対立を激化して、中国を敵とする日米同盟を強化することだった。当時の日中の軍事対立の激化は、日本側から仕掛けたもので、中国は呼応したにすぎない。その後、日本政府は、中国と軍事対立することをやめ、日中の軍事対立は起きていない。昨秋、再び中国漁船が領海内に迷い込んできた時、日本政府は船長を逮捕したものの、送検せず帰国させている。 (日中対立の再燃(2)

 日本の自衛隊は、米軍の支援を何も受けなくても、世界有数の強い防衛力を持っている。日本人独自の技術力が、実は、民生部門と同様に軍事部門で強く発揮されることは、戦前の歴史が証明している(外交力が低いので敗戦した)。たとえ今後、米国が財政破綻して日米同盟が事実上失効し、その後、中国の経済成長が50年続いたとしても、中国が日本に軍事侵攻するのをためらうぐらいの軍事力を、日本は保持し続けるだろう。

 日本にとって中国の脅威は、軍事面でなく経済面だ。中国はここ数年、アジアや中東、アフリカ、中南米など世界中で、エネルギー開発や、インフラ整備の受注、中国製品の市場開拓など、経済的な利権あさりを貪欲に続けている。対照的に日本は、米欧の経済利権を高く売りつけられる買い手に徹しており、敗戦から65年以上、独自の国際経済利権をほとんど行っていない。今後、米欧の覇権が世界的にかげり、中国やBRICが台頭すると、日本は国際経済利権の面で窮乏していくだろう。 (America vs China in Africa

 中国は日本に対してだけでなく、米国に対しても、米国債の世界最大の保有国であるなど、経済面で対米優位に立っている。また中国製品は、世界的に人々の消費生活に不可欠になっている。日本国内で売る製品も、コンビニ商品やユニクロからiフォンまで、中国製がこの10年前後で急増した。中国は脅威だと声高に言う人も、ユニクロを着てiフォンを持ち、コンビニで買い物している限り、中国から乳離れできず、しかも自分でそれに気づいていない。

 日本が経済面で中国に対抗したければ、日本も米欧に頼らず、独自に世界中でエネルギー開発やインフラ整備などを受注すればよい。しかし実際のところ、日本でマスコミや著名言論人が誘導する中国脅威論は、対米従属の裏返しでしかない。「日本も中国に負けないよう、米欧に頼らず、世界中で石油ガスの利権をあさろう」という呼びかけは全く行われず、それと正反対の「中国は危ないので、日米同盟(独自の利権あさりをタブー視する対米従属)を強化しよう」という呼びかけが席巻している。日本で流布する「ナショナリズム」は、実はナショナリズムからほど遠い、日本より米国の国益を重視する売国的態度だ。売国的態度を愛国的態度と勘違いしている人が多いのが、今の日本の悲劇である。

 日本の140年の近現代史の全体を見る視点に立つと、北朝鮮が中国の属国になるのも、日本にとってマイナスのことだ。戦前は、北朝鮮も南朝鮮も、日本の属国(国内)だった。戦後も、1990年の自民党の金丸信らの訪朝など、日本が北朝鮮を傘下に入れることが可能な時期があった。戦後賠償の名目で北朝鮮を経済支援し、北朝鮮の中枢において在日朝鮮人の力を増加させることで、日本が間接的に北朝鮮を傘下に入れることが可能だった。

 だがその後、金丸信は官僚機構によって連続的に汚職容疑をかけられて失脚・逮捕され、金正日は「交渉不能な危険人物」とされ、マスコミが喧伝する拉致問題で北朝鮮敵視が席巻し、在日朝鮮人は日本国内でバッシングされ、日朝間は全く関係断絶の状態が続いた。その間に米国は、北朝鮮の面倒を中国に見させる役目を押しつけ、北朝鮮は中国の傘下に入ってしまった。韓国も、最大の貿易相手国が中国であり、長期的には、朝鮮半島の全体が中国の影響圏になっていくだろう。朝鮮半島をめぐる国際体制は、明・清の中国が朝鮮を傘下に入れていた明治維新前の状態に戻ることになる。

 日本で「日朝友好」を言う人は「アカ」や売国奴扱いされる。だが実は、日本の近現代史の全体を見ると、日本は「日朝友好」を掲げて、冷戦後に行き場を失った北朝鮮を救済しつつ自国の傘下にいれ、日本主導で南北朝鮮を和解させて、朝鮮半島への隠然とした覇権を回復する方策があり得た。愛国者や右翼こそ、日朝友好を掲げても不思議でなかったが、実際のところ愛国者や右翼は対米従属に絡め取られ、そんな発想すら出てこなかった。

 頓珍漢なのは右翼だけでない。朝鮮や中国に対して「戦争責任」の土下座の謝罪を越える何の発想も出てこない左翼も同様だ。大国の他国に対する支配は一般的に、時代が下るほど巧妙になる。戦前の日本のアジア支配は直接的な軍事支配だったが、今の中国のアジア支配は間接的で外交や経済を重視する。中国は「覇権」のレッテルを貼られることを嫌うが、北朝鮮、ミャンマー、ラオス、カンボジア、中央アジア諸国などに対する中国の影響力行使は、明らかに「覇権」の部類に入る(覇権とは、軍事力を行使せず他国を支配すること)。

 戦後の日本政府は、外国に対する影響力の行使を極力やらないようにしてきたが、今から覇権の行使を目指すなら、戦前と全く異なる、より巧妙な、相手国から絶賛される影響力の行使ができるはずだ。だが昨今の日本には、そのような発想が全くない。今後の日本が覇権行使をやらずにいることも可能だが、その場合、米国覇権が衰退しつつある中、日本人は自国のさらなる脆弱化を容認する必要がある(弱くて美しい日本も清貧で良いが)。それがいやで、日本が中国に対抗する国策を採るなら、覇権の行使で中国としのぎを削る必要がある。

 日本が中国に対抗し、国家として経済的な国際利権あさりをやったとしても、日中関係は悪化しない。インドやロシアも、中国に対抗してアフリカなどに積極進出しているが、それが原因で中国と印露の関係が悪化することはない。日本が国際利権あさりをした場合、邪魔をしてきそうなのは、中国よりむしろ米国だ。戦後の日本が覇権を再拡大することを、米国が抑止しているという「びんのふた」論が、広く信じられている。

 しかしこれも、米国が日本の覇権再拡大を抑止しているのか、それとも日本の官僚機構が対米従属という権力の伝家の宝刀を失いたくないがために、びんのふた論を流布しているのか、どちらかわからない。日本が本気かつ粘着的に長期にわたって再拡大を試みるなら、米国が日本の再拡大を抑止しようとしても、止められないとも言える。日本に対米従属を強いているのが、米国でなく日本の官僚機構であることは、ほぼ確実であり、要は日本側の意志の問題である。

 今後予測される米英覇権の衰退と覇権の多極化の中で、日本は、鎖国するにせよ、弱体化を容認するにせよ、世界の中での自国の政治的・歴史的な位置づけを、分析・認識する必要がある。米英以外のすべての国々が、米英の属国か敵国にされてきた従来の米英覇権体制では、日本が選択した一途な対米従属が一つの有効な国家のあり方だった。だが、きたるべき米英覇権衰退後の世界は、もっと国際秩序が流動的であり、各国は巧妙に振る舞う必要に迫られる。そこにおいて、国際的な影響力行使を嫌う態度は、清貧な潔さでなく、無知や臆病の表れにも見える。

 今のところ、米英覇権は延命している。米国の覇権を支える債券金融システムは回復しており、ジャンク債がよく売れるので、米国の企業倒産率は、昨年の3・2%から、1・7%へと下がっている(逆にEUでの倒産率が1・4%から2・7%に上がった)。こうした事態が続く限り、米英覇権は延命するが、米国の実体経済は復活しておらず、延命状態がいつまで続くかわからない。 (Default Rate Falls in U.S., Rises in Europe



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ