転換前夜の東アジア2012年3月22日 田中 宇2月29日、北京の北朝鮮大使館で米国と北朝鮮の代表が交渉し、北朝鮮がウラン濃縮などの核開発と、長距離ミサイルの開発を中止し、北がIAEA(国際原子力機関)の監視を再び受ける見返りに、米国が北に24万トンの食料を支援することが決まった。この米朝和解は、北朝鮮にとってかなり甘い内容だ。 (North Korea Agrees to Nuclear Moratorium) 北が核開発をやめる見返りに米国が北への敵視をやめる和解構想は以前からあった。だが以前の構想だと、核開発をやめたことを立証する義務が北朝鮮にあった。北朝鮮が「全部やめました」と宣言しても、米国が「まだ隠れてやっているはずだ。○○郡の軍事施設が怪しい。査察させろ」と言いがかりをつけて次々と北の軍事施設の査察を要求し、北が拒絶したら米国が「北は何か隠している。核開発を全放棄してない」と言って納得しないという、最初から破綻が予定されている構図だった。米国はこの策略を、かつてフセイン政権のイラクに対して行った挙げ句、大量破壊兵器保有の濡れ衣を着せて大義なきイラク戦争を開始し、その後イランに対しても延々と濡れ衣を着せている。 (北朝鮮問題の解決が近い) イラクの末路を見た北朝鮮は、この従来の構図に決して乗らなかった。対照的に今回の和解の構図は、寧辺のウラン濃縮施設など、核兵器開発していたことが国際的に公表されている施設だけを廃棄したり監視下に置いたりして、それだけで北が核廃棄したことになる。北はほかにも秘密の核施設を稼働しているかもしれないが、それらは対象外だ。北はすでに何発か核弾頭を完成させた可能性が高いが、北はそれらの核弾頭を公表・廃棄する義務もない。 (Holes in North Korea nuke deal) 今回の米朝合意は、昨春に米国と中国が決めた6カ国協議再開への道筋に沿ったものだ。米中は昨春に(1)米朝が和解交渉を開始する(2)南北が和解交渉を開始する(3)6カ国協議を再開する、という道筋を決めたが、韓国の李明博政権が対米従属のための対北強硬姿勢を続けたため、米朝交渉も延期されていた。その後、李明博の好戦的な戦略が韓国内で不人気となり、韓国の与党(ハンナラ党からセヌリ党に改名)は、今年の議会選挙と大統領選挙を前に好戦策を引っ込めざるを得なくなった。その変化を受けて、米政府は昨年末、北との和解交渉を再開し、金正日の死去をはさんで、2月末に米朝が合意に達した。 (米中協調で朝鮮半島和平の試み再び) 北朝鮮は、政権末期の韓国側を非難罵倒する宣伝作戦を続けている。南北対話は、来年初めに韓国が次の政権になるまで延期されるかもしれないが、いずれ南北が対話状態に入り、6カ国協議が再開するだろう。 (Talks with NK's new regime good beginning: US envoy) 従来の厳しい条件だと北朝鮮が核廃棄に応じないのだから、米国は譲歩するしかなかった。しかしその一方で、今回の北に対する米国の譲歩は、韓国の4月の議会選挙や12月の大統領選挙で野党を有利にし、李明博や朴槿恵ら現与党に対する意地悪のように見える。米朝交渉は韓国の頭越しに行われ、与党セヌリ党は、野党などから「対北好戦策ばかりやっているので米国から外されるのだ」と批判され、不人気に拍車がかかっている。 (Lee dealt out of high-stakes Korean game) ▼在韓米軍撤退を視野に入れた米朝合意 6カ国協議は、北の核廃棄だけでなく、それを達成した先にある、停戦しかしていない朝鮮戦争の本格終結、朝鮮半島の敵対解消、在韓米軍の撤収、その後の東アジアの多国間安保体制の樹立までを含んでいる。 (日米安保から北東アジア安保へ) (Damage control, not the end of nukes) 米国では昨夏、ジム・ウェッブら有力上院議員3人が、米政府の財政再建の一環として、在日・在韓米軍の撤退縮小を提案している。在日米軍の関係では、普天間基地の辺野古移転と沖縄駐留米海兵隊のグアム移転を連携させた06年の日米合意が解消され、海兵隊のグアム移転が先行し、辺野古の基地建設が事実上廃案になるなど、ウェッブらの提案が着々と具現化している。 (◆東アジアの脅威移転と在日米軍撤収) ウェッブ上院議員らの米軍縮小案は、日本だけでなく韓国も対象にしているが、韓国は日本ほど事態が変化していない。しかし、今後もし6カ国協議が進展すると、ウェッブらが無駄遣いだと指摘した韓国国内での米軍基地移転が根底から見直しになり、在韓米軍の大幅縮小・撤退が具体化する。米政府は、以前から韓国での有事指揮権を在韓米軍から韓国軍に委譲したがっている(韓国政府は嫌がって延期している)。米政府が急いで米朝和解に走っているのは、財政赤字の縮小につながる在韓米軍の撤退と関係しているように思える。 (再浮上した沖縄米軍グアム移転) 6カ国協議が成功すると、日本も北と和解せねばならない。日本政府は「拉致問題」を掲げ、北の核問題が解決されても拉致問題が解決されない限り北と和解しないという、対米従属と表裏一体の国策を続けてきた。だが6カ国協議が進展すると、それも続けられなくなり、日朝間で拉致問題の落としどころを協議せねばならない。最近、モンゴルで日朝の政府関係者が対話した。これは米朝和解による6カ国協議の進展と同期した動きだろう。 (北朝鮮6カ国合意と拉致問題) ロシアで権力者に返り咲いたプーチンの動きも興味深くなる。今の北朝鮮は、エネルギーのほとんどと食糧の多くを中国に依存し、完全に中国の傘下に入っているが、今後北朝鮮が今よりも外交的な自由を得たら、中国だけに依存することを嫌い、プーチンのロシアと組んで中露のバランスを使って生きていこうとするだろう。シベリアの石油ガスを北朝鮮経由で韓国に送るパイプラインを建設する交渉が、すでに朝露間で始まっている。 (Putin's return reverberates in Korea) 6カ国協議が進展すると、日韓は対米従属をやめて外交的に自立を強めねばならない。対米従属できない日韓は、今より弱い立場になる。最近の記事に書いたように、ここでもプーチンが誘いをかけてくる素地が増す。もちろん逆に、日本もその気があれば、北朝鮮のバランス外交の相手をして、中露に負けずに北朝鮮に接近し、戦前のように朝鮮半島のパワーゲームに参加できる。今の日本人の多くは、国際パワーゲームを嫌い、国内の「きずな」だけを抱いて自閉を続けたいかもしれないが。 (日本をユーラシアに手招きするプーチン) 北朝鮮政府は最近、金日成の生誕百周年を祝って、4月中旬に人工衛星を打ち上げると発表した。人工衛星を打ち上げるロケットは、長距離ミサイルと同じものだ。米日韓などは、北が米国との約束に違反して長距離ミサイルを打ち上げるつもりだと北を非難し、中露も北に批判的な態度をとった。 (North Korea Complicates Nuclear Talks With Plans) 私から見ると、北朝鮮はイランを真似た戦略をとっている。米欧は「核兵器開発している」とイランを非難するが、イラン政府は「国際的に認められた核の平和利用だ」と言っている。実のところ、イランがやっているのはガン治療用の放射性同位体の製造だ。イランが正しく、米欧は間違っている。同様に、北朝鮮が4月に打ち上げるロケットに人工衛星が積んであれば、それは今回の米朝合意で禁じられたミサイル試射でなく、国際的に認められた人工衛星の打ち上げだ。非難する米日韓が間違っていることになる。 (North Korea launches satellite of love) 人工衛星打ち上げ発表以外の部分では、北は、IAEAに査察団を派遣するよう要請するなど、米朝合意を履行している。北朝鮮は、米国の反応を見ているのだろう。米国が本気で6カ国協議の再開を急いでいるなら、北の人工衛星打ち上げを黙認するか、北が打ち上げを思いとどまるよう、中国に頼んで北に圧力をかけてもらうだろう。 ▼アジアを自立させる米国のアジア重視 6カ国協議が成功すると、在韓米軍も撤退し、朝鮮半島における中国の影響力が強くなる。朝鮮半島は隠然と中国の覇権下に入るだろう。北朝鮮と和解する米オバマ政権は、朝鮮半島が中国の傘下に入ることを容認していることになる。だがその一方で、オバマは昨秋から「アジア重視」を打ち出し、中国包囲網を強化していると指摘されている。 (米国が誘導する中国包囲網の虚実) 2つの姿勢は矛盾しているように見えるが、詳細に見ていくと、2つの姿勢は同じものでもある。オバマ政権の「アジア重視」は、米国とアジアとの関係を、より柔軟なものへと強化するものだとされている。従来、日本や韓国などアジア諸国と米国との関係は、日本や韓国が別々に米国との間で、米国優位の2国間関係を維持する「ハブ&スポーク型」だった。だが今後は、日本と韓国など、アジア諸国間の関係を強化させることが、オバマのアジア重視策の柱の一つとなっている。 (The "Asia Pivot": Is it real?) ハブ&スポークは「対米従属の寄せ集め」である。対照的に、日韓などアジア諸国が横の関係を強化した体制は、6カ国協議が成功した時に作られている東アジアの多国間安保体制のことである。つまり、オバマのアジア重視策の中に、6カ国協議を成功させることが入っている。6カ国協議が成功すると在日や在韓の米軍が撤退し、日韓は対米従属できなくなってアジア重視の国策に転換せざるを得ないが、それはオバマのアジア重視策の行き着く先に、すでに用意されている。 6カ国協議は、東アジアの国際関係を大きく転換する。従来の、米国の単独覇権体制もしくは米国対中露といった冷戦型の体制が終わり、米国が朝鮮半島などにおいてある程度引っ込む半面、中国がある程度台頭してきて、米中の「G2」が東アジアの中心になり、その周りで日韓などが連携するようになる。今は、この転換に向かう「前夜」であるというのが、今回の記事の題名の由来だが、この転換は目立たない形ですでに始まっているともいえる。日中間では、ドル決済に代わって円と人民元を使う貿易体制への準備が進んでいる。日本では米国とのTPPの交渉が大きく報じられるが、その裏で日中韓FTAの協議が進んでいる。 長期的には、日本にとって米国より中国の方が大きな輸出先であり、TPPより日中韓FTAの方が重要だ。アジア太平洋の最大の市場になりつつある中国が入らないアジア太平洋の自由貿易圏(TPP)は意味がない。いずれTPPと日中韓FTAは融合するだろう。TPPで米国が力づくでこじ開けた日韓の市場に、中国製品が流れ込み、中国が漁夫の利を得る構図だ。米国は「隠れ多極主義」の傾向を持っているので要注意だ。
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