日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会2011年6月17日 田中 宇日米両政府が進める沖縄米軍の普天間基地の辺野古への移転計画について、5月12日、3人の米上院議員が、財政的・時間的に不可能なのでやめるべきだとする提案書を、米政府(国防総省)に提案した。 (再浮上した沖縄米軍グアム移転) 米政府が防衛費を含む財政緊縮に力を入れ、日本政府は大震災と原発事故で巨額の財政負担を強いられる中、米議会から発せられた、金のかかる辺野古移転計画の中止提案は、かなり現実的なものだった。対米従属の象徴たる在日米軍の駐留継続に積極的な官僚主導の日本政府は、辺野古移転の代わりにグアム移転強化を盛り込んで登場した3議員案に対し、表向き「議員提案にすぎない」と軽視したものの、米国が財政削減の一環として米軍の沖縄駐留を縮小することを非常に恐れていたはずだ。 日本側では、外務省などと連携して対米従属強化を目論んできた前原前外相が5月20日に訪米し、日本の主張を聞いてくれそうなダニエル・イノウエ上院議員(上院で予算案をまとめる歳出委員長)らを通じ、米側に、辺野古移転計画をやめないでほしいと頼んだ。日本政府は「思いやり予算」や、辺野古移転やグアム移転費の一部を日本が負担することで、米軍の日本駐留費の約半分を支払っている。この金で米政府はかなり助かっており、日本は米国に対して贈賄効果を持っている。長年の贈賄をしてくれている日本からの頼みを受け、米オバマ大統領は、5月27日のフランスでのG7サミットの傍らで行われた菅首相との会談で、今後も従前どおり辺野古移転計画を続けることを表明した。日米両政府は、辺野古移転計画を中止すべきだという3議員の提案を正式に拒否する趣旨の談話を発表した。 (Obama rejects senators' new Japan plan for U.S. forces) 5月30日には、米国からイノウエ議員が訪日し、日本政府の閣僚らに、辺野古移転やグアム移転の計画を続ける米側の意志を説明して回った。合わせて、6月21日に日米2プラス2協議(外務・防衛大臣会合)を開き、2014年に設定されていた辺野古移転計画の期限を延期することを決める予定になった。6月13日には、北沢防衛相が沖縄県の仲井真弘多知事を訪問し、21日にワシントンで開く2プラス2協議で、辺野古移転計画が日米の正式な合意として再確認される予定だと伝えた。県外移転を強く希望する沖縄の民意を受け、仲井真知事は辺野古移転に改めて反対したが、すでに日米間で内定した合意の前では、むなしい抵抗だった。 思いやり予算やグアム移転費負担といった、日本から米国への贈賄の力がものを言い、外務省や前原が画策した米議員提案潰しの作戦は、見事に成功したように見えた。日本のマスコミは、大震災や原発事故のことばかり報じるプロパガンダの流れの中で、従順や軽信を美徳とする風土が(ひょっとすると戦時中以上に)強まっている。本土の日本人の多くは、沖縄に押しつけられたままの基地問題のことなど忘れ、米国の議員たちが日本の自立を促進するかのような提案をしてくれたのに気づかなかった。 ▼国防総省を追い込む議会 しかし、話はここで終わらなかった。辺野古移転を中止すべきだと提案した3議員はしぶとかった。6月14日、米議会上院で、軍事委員会傘下の即応・管理小委員会(Senate Armed Services Subcommittee on Readiness and Management Support)が開かれ、国防総省が海兵隊のグアム移転計画などアジアの軍事戦略について、議会に対して十分な説明をしない限り、辺野古移転やグアムでの基地増設、在韓米軍の基地移設などにかかる防衛費を議会で可決しないことを決定した。条項は上院軍事委員会での検討を経て、上院の来年度の防衛予算(国防権限法案。NDAA)に盛り込まれる。 (Subcommittee holds markup hearing) この条項は、3議員が5月12日の提案書で求めたことに対し、国防総省が何の対応もとらないことへの報復措置として出された。提案書をまとめたジム・ウエッブ上院議員は、6月14日の小委員会の討論で「辺野古移転計画は、巨額の財政を投じる事業なのに、国防総省から満足な説明がない。われわれは、最低限必要な説明を求めているだけだ」という趣旨の発言をしている。 軍事問題の議会討論は非公開とされることが多いが、この日の討論は、同小委員会として15年ぶりに公開された。日本からの贈賄を受け、話をうやむやにしようとしている米政府(国防総省)のやり方に対し、議員の側は討論を公開し、海兵隊のグアム移転や在韓米軍の引っ越しが財政効率の悪い事業であることを、米国の世論に訴え、対抗しようとしていることがうかがえる。5月に提案書を出した3人の上院議員は、海兵隊のグアム移転を本気で止めようとしている感じだ。米国の上院議員は、日本の国会議員より強い権限と権威を持っている。日本では、この問題がまだ無視されているが、いずれ無視できなくなるだろう。 (Buildup projects at risk of losing funding) 5月末には、米政府の会計検査院(GAO)も、海兵隊グアム移転事業について「国防総省は、この事業にかかる総費用をきちんと計算しないまま事業を進めている」として、同事業が非効率だと指摘する報告書を発表している。これは、3上院議員が提案したのと同じことだ。(この事業は、日本が在日米軍の駐留と引き替えに米政府に贈賄する際に使う口実的案件なので、国防総省が費用の計算をわざと曖昧にしているのだろう) (GAO Report Critical of DoD's Base Realignment Plans in Okinawa & Guam) 国防総省が議会に対し、グアム移転計画とアジアでの今後の軍事戦略について十分な説明を行えば、議会は納得し、辺野古やグアムへの移転費、在韓米軍の移転費を米政府予算に計上するだろう。しかし国防総省は、日韓政府から駐留費の一部負担という賄賂を受け取り続ける目的で、日韓での移転事業を行っている。移転事業は、日韓政府から米軍への贈賄の口実に使われている。移転によって米国の防衛力にプラスになるわけでないので、国防総省は議会が納得するような説明ができない。説明できない限り、議会は移転事業に対して今年度以降の予算をつけず、辺野古移転もグアム移転も進まない状態が続く。 日本側のマスコミや外務省は、6月21日の日米2プラス2会議を「成功」と報じるだろうが、ここにも疑問がある。7月1日には米国防長官がロバート・ゲーツからレオン・パネッタに交代してしまう。パネッタは予算削減の専門家で、防衛費の削減のために就任するようなものだ。パネッタは先日の議会の公聴会で、普天間問題についての姿勢は就任後に決めると述べて含みを持たせている。日本からの収賄金と、米国の負担とを天秤にかけて、普天間問題に対する姿勢を決めるつもりかもしれない。日本の首相交代の話もあり、不確定な要素が多くなっている。 (Defense pick Panetta to address Futenma plan) ▼先にグアムで強まる懸念 グアム島では、沖縄から多人数の海兵隊が引っ越してくることへの反対や懸念が強まっている。グアムの人口は16万人しかおらず、1万人以上の海兵隊とその家族が引っ越してくると、島の生活インフラに支障が出るおそれがある。海兵隊の流入を嫌う島民の間では、1980年代以来影を潜めていた「米国からの独立」の話が再燃し、グアム知事(Edward Calvo)が、この件で住民投票をやりたいと提唱している。 (Guam mulls going its own way) グアムは1898年の米西戦争で米国がスペインから奪って以来、島民が大統領選挙の投票権などを持たず、植民地的、2級市民的な自治領の立場に置かれている。グアム島民は以前から折に触れて、正式な米国民になるか、それとも米国からの独立や自治を強めるかという政治運動を展開してきた。だが、そのたびに米連邦政府は島民に米軍関係の仕事を大量発注し、古くからいるチャモロ族を中心に多くの島民が、ほとんど仕事をしなくても給料がもらえる公務員の職を与えられた。多くの島民が現状からの変更を望まなくなり、島民の地位改定の政治運動はしぼんできた。 (Guam Libre! Island colony mulls independence by Justin Raimondo) グアム知事が、米国からの独立を選択肢に入れた住民投票を提唱するのは、沖縄からの海兵隊移転にともなうグアムの負担増について、できるだけ大きく連邦政府に売り込み、インフラ事業など財政的な対価を連邦から得ようとする政治策略にも見える。だが、非効率なグアム移転計画の推進を阻止する条項を含んだ財政法が議会で通り、移転計画が途中で止まったままになると、連邦からグアムに落ちる財政資金も止まってしまう。日本では、米議会がグアム移転を阻止しようとしていることについて、まだほとんど報じられていないが、グアムの人々はすでに懸念を強めている。 (Bordallo: Not Clear Yet How Senate NDAA Provisions Will Effect Guam Buildup) 沖縄に駐留する海兵隊のグアム移転や辺野古の基地建設が進まなくても、日本政府は大して困らない。日本政府を主導する官僚機構の目的は、対米従属の国是を続けるため、沖縄駐留米軍にできるだけ長くいてもらうことだ。グアム移転事業は日本政府にとって、移転費の一部負担を口実に米国に贈賄し、在日米軍を引き留めるのが目的だ。海兵隊が沖縄からグアムに移転すること自体は、日本政府の望むことでない(米軍が、軍事再編の一環としてグアム移転を希望している)。 だから、米議会が今回の条項でグアム移転事業を阻止しても、短期的に見ると、日本政府は困らない。だが長期的には、海兵隊を沖縄に置く必要がないことが米側の議会と国防総省の間で再確認され、グアムがダメなら米本土(ハワイや加州)に海兵隊を移せばよいという話になるだろう。日本政府の説明では、グアム移転後も沖縄に海兵隊が残ることになっているが、それは実は「幽霊人数」であり、グアム移転の本質は、沖縄駐留のすべての海兵隊員がいなくなることだ。日本政府は、幽霊人数を本物の海兵隊とみなして米軍への駐留費負担を続け、海兵隊以外の在日米軍を引き留める贈賄を継続するつもりなのだろう。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転) 海兵隊は機動部隊なので、ハワイや加州といった後方に拠点が置いてもかまわない。沖縄やグアムへの常駐は大して重要でない。5月の3議員の提案は、グアムの負担を軽減するため、沖縄海兵隊の半分以上をハワイや加州に移転することが柱だった。海兵隊が沖縄に駐留する必要がないことが顕在化すると、在日米軍を引き留めておきたい日本政府の戦略が危うくなる。
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