御しがたい北朝鮮2014年5月9日 田中 宇北朝鮮の世襲は、単に独裁者の息子が父のあとを継いで独裁者になることが3回繰り返されただけでない。周辺の大国、特に中国との関係に対する態度の変遷が、祖父、父、息子の3人の独裁者で似通っている。いずれの独裁者も、自分の権力がかたまらないうちは、隠然と政治介入してきそうな中国を嫌うが、権力を掌握した後は、必要に応じて中国と親しくする。 祖父の金日成は、朝鮮戦争で中国の世話になったが、戦後の1956年、北朝鮮政界で金日成の「満州派」とならぶ大きな派閥だった中国傀儡系の「延安派」を政争で破って粛清し、完全に潰した。ソ連でスターリン批判が起きた影響で、延安派が金日成批判を始めたためだった。同時期に金日成は、中ソからの政治的な影響を防ぐため「北朝鮮は(中ソに従わず)独自にやるんだ」と主張する「主体思想」を作り、これを現在までの国是として独裁を強化した。だが90年代にソ連が崩壊し、ロシアからの経済支援が絶たれて大飢饉が起きると、金日成は中国に頼る傾向を強めた。 94年に金日成が死に、あとを継いだ金正日は当初、中国を「修正主義の国」と呼んで嫌悪していた。しかし、父親の時代の高官たちを政権中枢からしだいに追い出し、自分の側近らを配置して権力世襲を一段落させた後の00年ごろから、金正日は中国との友好関係を重視する姿勢に転じ、何度も自ら中国を訪問し、中国の経済政策を評価するようになった。金正日は、側近の張成沢に中国の経済政策を部分的に導入する戦略を採らせた。中朝のパイプ役となった張成沢は、北のナンバー2になった。 (経済自由化路線に戻る北朝鮮) 11年末に金正日が死に、息子の金正恩があとを継いだ。正恩は当初、父の遺言に沿って張成沢の摂政役を受け入れていたが、昨年後半から張成沢を政権中枢から外す傾向を見せ始め、国家に反逆した罪をなすりつけて昨年末に処刑してしまった。張に着せられた罪の中には、貿易や投資の面で中国に有利な取り計らいをしたことが挙げられ、張成沢は「新延安派」ともいうべき北朝鮮の親中派の頭目として粛清されたことがうかがえる。中国は、金正日時代の後半から北に対する影響力を増したが、正恩はその傾向を断ち切る意味で張成沢を処刑した。 (北朝鮮・張成沢の処刑をめぐる考察) 金正恩にとって、祖父の延安派粛清を複製したのが張成沢の粛清であるとしたら、中ソの介入に対する拒否宣言である主体思想を複製する意味を持つのが「核実験を繰り返すこと」だ。北の核実験はこれまで、金正日時代の06年と09年、正恩時代に入った昨13年の3回行われ、4回目が間もなく行われそうだと報じられている。 (Seoul: North Korea preparing for 4th nuclear test) 北の核実験は、米国が前ブッシュ政権時代に北朝鮮を軍事で政権転覆すると表明したり、米韓が北朝鮮を威嚇する軍事演習を繰り返したことへの反動としての米国敵視策の意味があるが、昨年の核実験は新たに、北を抑制しようとする中国に対する反発の意味が加わっている。米国や中国が北に圧力をかけるほど、北は外圧に屈しない強力な抑止力をもってやるぞという意を込めた「新主体思想」として核実験をやりたがる。今の北朝鮮は、経済成長と核実験の2本柱を国策に掲げ、核実験を続ける態度を明確に表明している。 (世界の転換を止める北朝鮮) 昨年2月に北が3回目の核実験を行った後、中国は、北に対する態度を、威嚇・抑止の方向に転換し始めた。核実験から数カ月後の昨年夏、中国の軍部は、もし北朝鮮が米韓と戦争になっても、中国は北に味方せず中立な立場をとる計画書をまとめた。この計画書の存在は、4回目の核実験の実施がほぼ確実といわれるようになった最近になって、中国当局から日本の共同通信社にリークされて初めて報じられた。 (China mulls impact of N. Korea regime collapse on border area) 昨夏の計画書は、米韓と戦争になって北の政権が崩壊し、北の軍隊や市民が逃げて中国側に越境してきた場合、中国当局が、北の軍隊に中国を拠点として米韓側に反攻することを禁じ、監視の強い難民キャンプを作ったり、北の軍幹部を保護名目で拘束する方針を打ち出している。米韓が中朝国境近くまで攻めてきた時に中国が北に味方して参戦した、50年代の朝鮮戦争時とは全く異なる対応が描かれている。これは中国が「核実験するなと言っているのに強行する北は、もう味方じゃない」と突き放す信号を北に発したことを意味する。中国当局がこの計画書の存在を、東アジアで最も北を敵視する日本のマスコミにリークしたことからも、政治的な意図が感じられる。 (China denies making preparations for collapse of North Korea regime) 今年初めには、中国軍が北朝鮮との国境地帯で軍事演習を行い、北側は対中国境に銃眼つきのコンクリート壁を作って対抗する事態が報じられている。中国政府は、朝鮮半島の非核化が非常に大事だと何度も表明している。中国共産党の上層部では、昨年の北の核実験以前から、北を共産主義の同盟国として扱う伝統はもう棄てた方が良いという意見が出ている。 (N.Korea Fortifies Border with China) (China draws 'red line' on North Korea, says won't allow war on peninsula) 外国が北に圧力をかけて核実験をやめさせられるなら、それができるのは中国だけだ。北は経済維持に必要なものをすべて中国から輸入している。米国はブッシュ政権が単独覇権主義を掲げ出した01年以来、北を威嚇するばかりで「アメとムチ」のアメがなく、むしろ北の核実験を誘発している。米国は03年以来、北の面倒を見ることを中国に押しつけつつ、全世界的に外交信用を失い、覇権を衰退させている。今年2月、中国を訪問した米国のケリー国務長官は、中国側が北に核を放棄させる決意を表明したと言って、大喜びで発表した。こうした言動は、米国の「中国押しつけ戦略」を象徴している。 (China `to press N Korea to quit nuclear programme') 中国はいやいや「6カ国協議」を主催するところから始まり、今では中国が北に対する手綱を最も握る国となり、北の敵視の矛先が隠然と中国に向かうところまで事態がきている。北の面倒を見ることを中国に押しつける米国の03年からの策略は、10年越しでほぼ完成したと見ることができる。 (北朝鮮6カ国合意の深層) 韓国も経済的に中国への依存度が高い。朝鮮半島の覇権が米国から中国に移転する長期的な動きが「多極化」の一環として起きている。中国が言うところの朝鮮半島の非核化は、北朝鮮だけでなく、在韓米軍が韓国に核兵器を持ち込むことや、ひいては在韓米軍の存在そのものに対する否定でもある。朝鮮半島(東アジア)の覇権が米国から中国に移り、韓国(や日本)が対米従属を続けられなくなる中で、中国が北朝鮮の核武装を容認すると、それを見て、中国の属国になりたくない韓国や日本までが核武装することを誘発しかねない。だから中国にとって、北朝鮮に核実験をやめさせることが重要になる。 (北朝鮮と世界核廃絶) 米国主導の国際マスコミは、多極化の傾向を(米国の「隠れ多極主義」に引っ張られて?)軽視する傾向が、以前からある。BRICSや上海協力機構、G20といった多極型の国際機関は、親睦団体にすぎないとか、決定権がないとして、報道界や外交界で軽視される傾向が続いてきた。これらの多極型の国際機関が、非公開で隠然と意志決定することが多いことも、多極化の流れが軽視されることに拍車をかけてきた。今回も、米国や韓国などの分析者は、中国が昨夏の計画書などで北朝鮮を威嚇していることを、軍が有事の計画を作るのは当然で、たいしたことない話だと軽視している。 (Is war between North Korea and China possible?) 中国は、貿易面から北朝鮮の生殺与奪権を握っている。しかし、中国が北朝鮮を経済制裁すると、北の人々の生活が悪化して中国に経済難民(違法出稼ぎ)が流入したり、北の内政が不安定化して金正恩が過激策を強めるなど、悪影響の方が多い。北は強度の独裁体制で、冷戦直後に示されたように、外国からの経済支援を絶たれて市民が大量に餓死しても政権打倒につながらず、政権や軍部は延命し、結束はむしろ強くなる。だから、中国は北朝鮮を本格的に経済制裁できないし、米韓日が北を経済制裁しても中国は本気で乗らない。中国は北の手綱を最も握っているが、その力は強くない。中国は北を御しきれないでいる。クリントン政権時代、米国も原発建設などをえさにして北に言うことを聞かせようとして失敗した。北は御しがたい国だ。その意味で「主体思想」は成功している。 金正恩は、父から世襲した権力を自分のものにする最終段階に入っている。昨年末、正恩が「新延安派」の張成沢を処刑した後、張成沢がいたナンバー2の地位には、張と並ぶ有力者だった将軍の崔龍海が就いたが、先日、正恩は崔龍海を更迭し、父親の時代からいた高官たちを全員、切り捨てた。崔龍海は、労働党青年団の時代から張成沢の友人だが、正恩に命じられ、張の粛清を指揮したとされる。崔は、張の代わりに訪中したが中国側に軽く扱われるなど、張のような親中国でない。しかし正恩からみれば、張亡き後に中国が崔に接近するかもしれず、中国に付け入るすきを与えないよう、自分以外の権力者をすべて排除したのだろう。 (Kin Jong-un consolidates power with ouster of Choe Ryong-hae) 正恩は長老たちを排除し、思う存分核実験し、中国と敵対できる状態を作った。とはいえ、正恩は4回目の核実験を挙行するだろうが、その後も中国と敵対を強めていくとは考えにくい。正恩にしろ、祖父の金日成にしろ、自分の権力が盤石でなく、政権内の「延安派」が中国の意を受けて自分の権力を削ごうとする限り、延安派の粛清や、前世代からの長老たちの排除に全力を注ぐが、邪魔者がすべていなくなり完全独裁が達成された時点で、中国を敵視する理由がなくなる。 中国側も、北に対する強い手綱を持っていないのだから、正恩としては、独裁力を強化し、中国が嫌がる核実験をやった上で、中国と親しくする態度に転換すれば、以前より有利な立場で中朝関係を構築でき、中国から受ける経済面の恩恵を拡大できる。中国を修正主義と酷評していた父の正日が、権力掌握後に親中派に転じたのと同じ道理だ。北朝鮮は実態不明、予測不能なので、外れるかもしれないが、金正恩は4回目の核実験をやった後、中国との協調策を始めるのでないかと予測される。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |