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世界の転換を止める北朝鮮

2013年3月12日   田中 宇

 3月11日、米国と韓国が、北朝鮮沖の黄海で定例の合同軍事演習「キーリゾルブ」を開始した。同日、北朝鮮の労働新聞は、1953年に米国などと結んだ朝鮮戦争の停戦協定の破棄を北朝鮮軍が宣言したと報じた。 (North Korea declares 1953 armistice invalid

 同時に北朝鮮は、有事の際に誤解が起きないよう韓国側と連絡をとるための電話回線(ホットライン)をも断絶した。北による断絶は、2011年11月にがホットラインが再開されて以来初めてだ。また北朝鮮は、最近の核実験後、核兵器で米国を攻撃する可能性があると初めて表明している。 (South Korea and US begin military drills

 北朝鮮は、これまで何度か、米韓が自国の近くで軍事演習したり、国連による制裁強化を受けるたびに、停戦協定の破棄を宣言したり、破棄するぞと脅しを公言したりしている。今回も、単なる脅しだと受け取ることもできる。だが、米国政府の代理人として北朝鮮を何度も訪れたビル・リチャードソンは「北は何度も停戦協定の破棄を口にしているが、今回、私が知る限りで最も厳しい姿勢をとっている。要注意だ」と述べている。 (Richardson: Dennis Rodman's diplomatic attempt in North Korea is "healthy"

 北朝鮮は公式姿勢として、南北の和解と朝鮮半島の平和を望んでいる。北朝鮮が朝鮮戦争の停戦協定の破棄を言い出すのは、停戦を破棄して再び米韓と戦争する姿勢の表明でなく、逆に、北ができれば戦争再開の可能性がある「停戦」協定でなく、戦争再開の可能性がない「終戦」協定を米韓と結びたいのに、米韓が北の沖合で軍事演習するなど好戦的な態度をやめないので、それに対して怒っているのだ、というのが北側の釈明だ。 (North Korea ends armistice with South amid war games on both sides of border

 しかし私が見るところ、金正恩ら北の政府は、本当に米韓と和解したいと思っていない可能性が高い。北が2月中旬に核実験を挙行した後、中国は北核廃絶のための6カ国協議の再開を提唱している。北に核廃絶させるには6カ国協議を進展させるしかなく、経済制裁してもダメだというのが中国の姿勢だ。 (China says six-party talks needed to resolve DPRK nuclear issue

 中国が主催する6カ国協議は、北が核廃絶する見返りに米韓が北と和解することを目標にした枠組みだ。北が本当に南北の和解と平和を望むなら、6カ国協議の枠組みに乗りつつ、そこからできるだけ多くのもの(北への経済支援や在韓米軍撤退など)を引き出す努力をするのが良い。

 最近、韓国の大統領が、北との敵対を利用して米韓同盟を強化したがった李明博から、北との対話をやりたい朴槿恵に代わった。米国も、2期目のオバマが軍事でなく外交を重視する戦略を進めようとしている。中国は、米国との対立を避けたがった胡錦涛政権から、米国から東アジアの覇権を割譲させることに積極的な中国軍と親しい習近平の政権に交代した。6カ国協議が進展する国際環境が整っている。北朝鮮は、まさにそのような時期を選んで核実験を再開した。

 北が核実験を再開した理由は、6カ国協議の再開を前に、核廃絶の見返りに北が得られるものを多くするために、交渉の初期設定を「核武装しそうな北」から「すでに核武装している北」に引き上げる策略を挙行したと見ることもできる。 (北朝鮮の核実験がもたらすもの

 しかし6カ国協議が進展し、在韓米軍の撤退開始、南北の敵対から協調への転換などが起きると、北朝鮮の現体制の維持を可能にしてきた米韓との緊張関係が失われ、北の現体制が崩壊する可能性が強まる。これまで、世界最強の米軍がいつ自国を攻撃してくるかわからない恐怖が、北の人々を金日成以来の金王朝の独裁政権のもとに結束させ、北の政権維持に役立っていた。米韓による脅威が失われると、北朝鮮の人々を政権に束ねていた恐怖心が失われ、人々が自国の政治体制に不自由さを感じるようになりかねない。北の政権にいる人々は、それを懸念しているはずだ。自国が置かれている国際情勢を変えることを目標にした6カ国協議に参加しない方がよいと、北の上層部にいる人が思っても不思議でない。戦争で分断された南北の統一は民族の悲願なので、北の公式姿勢は南北統一の推進だが、裏の本音はたぶん違う。

 米国の覇権衰退を受け、韓国では対米従属の維持を望めないと思う人が増えている。朴槿恵政権は北との対話を望んでいるが、その先にあるのは在韓米軍の撤退だ。在韓米軍をより強く必要としているのは、韓国政府でなく北朝鮮政府ということになる。日本の官僚機構が権力に必要な対米従属の維持のために在日米軍を必要としているのと同じぐらいの非常な強さで、北朝鮮当局は権力維持のために在韓米軍の維持を必要としている、ともいえる。

 米国の覇権は、軍事面より先に金融財政面で崩壊感を強めている。今の米国の株高が象徴するものは、実体経済の好調でなくバブル膨張だ。リーマン危機の前も異様な株高だった。リーマン型の金融危機の再来で米国の債券金融システムが崩れ、米国の財政難がひどくなると、予算面から在韓米軍の駐留維持が難しくなり、日韓朝の各勢力がいくら望んでも、米軍は極東から出ていくという見方もできる。

 しかしこれも現実を見ると、米軍は、ほとんど韓国に駐留していなくても、駐留しているかのように見せかける仕掛けを持っている。米軍は、外国の各国にどれだけの兵力が駐留しているか、実数を発表しない情報戦略を採っており、駐留兵士を減らしても、減っていないように振る舞える。911以来、韓国にいた米軍兵士の多くがイラクやアフガニスタンに移り、在韓米軍は空っぽに近かったが、それでもイメージ的には在韓米軍がずっと駐留している状態だった。日本では、在日米軍に日本政府が思いやり予算を出し続け、駐留費を肩代わりしている。米国が財政難になっても、それだけで公式な駐留米軍数が減るわけでない。米軍は金をかけずに、日韓に大勢の米軍が駐留しているように見せかけられる。

 米国は2003年ごろから、北朝鮮問題の解決を中国に主導させたがっている。中国は当初、6カ国協議の主導役を嫌がっていたが、今では積極的に主導役をやっている。北が核廃絶して6カ国協議が成就したら、その後の東アジアは、米国が日韓台を傘下に入れて中露朝と対峙する冷戦型から、米中露日韓朝が多国間の安保体制を組む東アジア共同体型に転換する(台湾は中国の一部になる)。米国より中国が東アジアの主導役になる。米中露韓台が、その転換を容認する姿勢をとっている。

 北朝鮮は、ソ連が指定した指導者として金日成が登場したときから、東アジアの冷戦体制の中心としての南北分断の維持を、国家の国際的な存在意義として米ソから与えられていた。北朝鮮は国家創立時から、冷戦型の国際体制と表裏一体の存在だった。6カ国協議が成就して東アジアの冷戦体制が終わると、国際的な北朝鮮の存在意義も失われ、中国や韓国は、自国を不安定にしないかたちでの北朝鮮国家の消滅、つまり北朝鮮国家の安楽死を是認、ないし目指しそうだ。

 だから、北朝鮮の指導層にとって6カ国協議は危険なシナリオだ。北朝鮮が、面従腹背で6カ国協議を拒否するのは当然と言える。だが他方、中国は、6カ国協議を進展させ、朝鮮半島の緊張を緩和し、日韓からの米軍撤退を実現させ、東アジアでの米国の覇権を減退させ、東アジアを中国主導に転換させることに乗り気になっている。北朝鮮が6カ国協議を拒否していると、その転換が進まない。

 6カ国協議を主導する中国は、北朝鮮に原油や食糧を供給する唯一の国であり、経済面で北朝鮮の生殺与奪を握っている。中国は北朝鮮に対する圧力をしだいに強めている。中国は3月7日、国連安保理で、北朝鮮制裁を強化する決議に賛成した。それまで北朝鮮制裁の安保理決議は、中国が反対していたがゆえに、世界各国に北朝鮮制裁を義務づけず、国連が各国に北朝鮮制裁を要請するだけの内容だった。だが今回、中国が了承した結果、各国に北朝鮮制裁を義務づける安保理決議が行われた。 (US urges China to enact N Korea sanctions

 これまで中国が北朝鮮制裁の義務化に反対していたのは、中国自身が北朝鮮制裁に消極的だったからだ。中国が本気で北朝鮮を経済制裁すると、北朝鮮は本当に困る。だが北朝鮮は、中国に命じられたからといって6カ国協議の進展に協力すると、東アジアの国際秩序が冷戦型でなくなり、国際的な自国の存在意義が失われ、政権転覆の危険が強まる。中国が経済制裁をちらつかせて北朝鮮を無理矢理に6カ国協議に参加させると、その後の北朝鮮は、中国の意表を突くような危険な対抗策をやりかねない。

 加えて、中国の経済制裁によって北朝鮮経済が悪化すると、北朝鮮から中国への経済難民(出稼ぎ)が再び増え、中朝国境地帯が不安定化する。朝鮮人は、中国の少数民族でもある。多民族国家である中国は、民族問題で辺境が不安定化すると危ない。中国は、一定以上の北朝鮮制裁をやると、自国がかぶるリスクが大きくなる。中国はここ数年、北朝鮮の国営企業が中国の製造業の下請けをして食っていけるようにしているが、それは北朝鮮から中国への経済難民を減らす辺境安定化策でもあった。

 国連による対北制裁強化に賛成した後、中国外務省は記者会見で「北朝鮮との友好関係に変わりはない」と発表した。だが同時に、北京で開催中の全人代の外交関係の委員会で、北朝鮮との友好関係を見直すべきかどうかの議論を行い、ふだんは完全非公開の議場に、異例なことに記者を入れて議論を聞かせた。 (China Says It Won't Forsake North Korea, Despite Support for U.N. Sanctions

 中国は従来、北朝鮮の核実験が自国の脅威になると言わないようにしていたが、最近は態度を変え、北朝鮮が核武装すると中国の要望を聞かなくなって脅威だとする意見が共産党内から出されている。共産党の機関誌には、北朝鮮は経済改革できないので見放した方が良いとする論文が掲載された。北京の北朝鮮大使館前で、北京「市民」が北を批判するデモをやることも容認された。中国は、自国を不安定にしないかたちで、北朝鮮に6カ国協議の進展を容認させようとしているのだろう。

 今のところ北朝鮮に対する中国の圧力は弱い。このままだと北朝鮮は、核実験やロケット(人工衛星)発射を繰り返し、核兵器搭載の弾道ミサイルの保有まで到達しようとするだろう。韓国では、北朝鮮が核武装するなら韓国も核武装すべきだという議論が出ている。日本でも昨年来、核武装論がより大きな声で語られている。韓国では、米国の覇権衰退によって、北朝鮮との有事に米国が韓国を守りきってくれるかわからなくなっているので、自前で核兵器を持った方が良いという意見が出ているという。世論調査では、韓国民の3分の2が自前の核武装を支持している。 (South Korea Flirts With Nuclear Ideas as North Blusters

 これは、オバマが模索する世界的核廃絶と密接につながる話だ。米国の覇権が衰退するほど、世界各国は、世界を安定化する米国の能力に不安を感じるとともに、米国の言うことを聞かず自前の核兵器を持ちたがるようになる。米国主導で世界の核廃絶をやるなら、米国の覇権衰退が進む前、おそらく今後数年ぐらいの間にやる必要がある。だからオバマや、その背後にいる勢力は世界的な核廃絶を急ぎ、何もできていないうちにオバマに核廃絶でノーベル平和賞を出した。

 米国の覇権衰退と交代するかたちで、G20など強力な多極型の国際体制が立ち上がる可能性もリーマン危機の直後にあったが、結局それは具現化しなかった。このままオバマが世界核廃絶の道筋をつけられないまま米国の覇権が衰退すると、北朝鮮やその他の国々の新たな核武装を誰も止められなくなり、核不拡散のたががはずれ、日韓を含め、より多くの国々が核武装したがるようになる。北朝鮮は、世界を不安定化する核拡散の先鞭をつけることになるかもしれない。



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