他の記事を読む

中国と対立するなら露朝韓と組め

2013年1月18日   田中 宇

 北朝鮮が、経済発展のためにドイツと組もうとしている。北朝鮮の政府関係者がドイツを訪れ、独の企業や学者らを集めて、北朝鮮の経済発展に必要な投資や、法や制度の整備についてのアドバイスをくれるなら、ドイツ企業が北朝鮮で儲けられるような特権をあげると提案した。 (North Korea's New Master Plan

 北朝鮮経済の発展や開放というと、すぐに連想されるのが「中国式経済改革の導入」だ。だが北朝鮮政府は、中国に席巻されて属国になることを嫌がっている。現在、投資や貿易、操業など、北朝鮮と関係している外国企業のほとんどが中国企業というのが実態だが、北朝鮮政府はこの実状を認めたがらず、欧州など世界中の企業が北朝鮮とつき合いたがっているという構図を見せることに躍起だ。昨秋、中露国境に近い羅先経済特区で開かれた国際交易会にも、欧州やロシアの企業が多く参加していたが、実際に羅先で操業する外国企業のほとんどは中国企業だ。 (北朝鮮で考えた(2)) (北朝鮮の中国属国化で転換する東アジア安保

 中国の言いなりになりたくない北朝鮮は、誇張によるイメージ作りを脱して実体的に欧州企業に来てもらいたい。それが、北朝鮮がドイツで説明会を開いた背景だった。北朝鮮側は「われわれは、経済特区を作ってその中ですべての外国企業に自由な経済活動を許す中国式でなく、われわれが選んだ外国企業に全土での自由な経済活動を許すベトナム式の経済開放をやりたい」と語っている。先日、グーグルの会長が米国の訪朝団に混じって北朝鮮を訪問したが、こうした動きも、一本釣りで外国企業を誘致したい北の動きに呼応するものかもしれない。金正恩が正月に、北の指導者として19年ぶりにテレビ演説し、経済政策に力を入れると宣言したが、これも一本釣り戦略と関係していそうだ。 (Google head and former US governor in North Korea visit) (North Korean leader vows `radical' economic shift

 この手の話に接するたびに私が思うのは「日本が中国と対立し続けるつもりなら、中国に席巻されたくない北朝鮮を日本が敵視し続けるのでなく日朝関係を改善し、在日朝鮮人らの力も借りながら、ドイツなどでなく日本が北朝鮮の経済発展や改革に協力し、日本の対中牽制の道具として北朝鮮を使うべきだ」ということだ。日朝関係の改善を止めている拉致問題は、もともと日本政府が「遺骨のDNA鑑定」というインチキなテーマを北にぶつけて関係改善を阻んだものだ。日本が拉致問題の解決の仕切り直しを北に提案すれば、北は応じるだろう。拉致問題の解決は難しくない。 (北朝鮮6カ国合意と拉致問題

 日本政府が拉致問題を解決したがらないのは、北朝鮮が日本の敵国であり続けることで、在日米軍の駐留を柱とする日本の対米従属を維持しやすいからだ。昨年末の北の人工衛星発射に際し、米当局が「ミサイルでなく人工衛星だ」と発表したので、日本政府はしかたなく「人工衛星」と認めたが、できれば「日米にとって大きな脅威であるミサイル」と言い続けたかっただろう。北の脅威を妄想的に大きく見せるほど、官僚機構は「日本は対米従属が必要だ」と言いやすい。日本にとっては、中国との対立自体が「日本が米国と組んで中国を包囲する」という、受動的な対米従属策の一環なのだから、日本が能動的に北朝鮮と組んで中国と対峙するなどという余計なことをしない方が良いというのが、官僚機構の姿勢だろう。 (北朝鮮の衛星発射と中国の尖閣領空侵犯

▼ロシアも日本に接近したいが・・・

 中国は、北朝鮮だけでなく、その隣のロシアの極東地域でも、経済を席巻しつつある。民族的な資質として、朝鮮人は中国人に負けない商魂を持っているが、ロシア人はおしなべて商売が下手だ(露経済はユダヤ人が握っている)。冷戦後、政府資金が入ってこなかったロシア極東の荒廃した状況下に、中国から商人や労働者が入り込み、商売を牛耳っている。ソ連邦やロシア帝国を、社会主義でなく資本主義で復活させたい、ナショナリズム重視のプーチン大統領は、米国の覇権に対抗する世界戦略として中国との関係強化を推進してきた。だがプーチンは同時に、ナショナリズムの観点から、自国の極東地域が経済面から中国人に握られていることに脅威を感じている。 (日本をユーラシアに手招きするプーチン

 そこで出てくる考え方は、日本が中国との対立構造を維持するつもりなら、北朝鮮だけでなく、ロシアとも戦略的協調関係を強めるべきだということだ。ロシアや北朝鮮が「中国が偉そうな態度をとるなら日本と組むぞ」と言えるようにしてやれば、日本は露朝に恩を売って経済的な利得を得られるし、中国が日本を尊重せざるを得ない状況を作れる。プーチン自身、日本と関係強化して中国を牽制する戦略を以前から持ち、折に触れて日本に秋波を送り続けてきた。プーチンはナショナリズムの観点から、北方領土問題で日本に小さな2島より多くを返すつもりがない。尖閣諸島は日本が実行支配しているが現在無人島だ。北方領土は、ロシアが実行支配している上、ロシア人の島民が住み、ロシア政府は数年前から国後・択捉のインフラ整備を急速に進めている。核武装しているロシアから、日本が国後択捉を取り戻すことは事実上不可能だ。 (メドベージェフ北方領土訪問の意味

 半面、北方領土問題で日本が2島返還による解決を了承するか、継続審議にして事実上棚上げすれば、中国牽制の目的で日露が接近できる。安倍首相は今春にロシアを訪問予定で、露払いの特使としてロシアを訪問する森喜朗元首相が訪露を前に、国後歯舞色丹を返してもらう「3島返還」の構想を表明した。国後が返還されるとは思えないので、これは2島返還を落としどころとする日露交渉の日本側の開始点を示したようにも見える。

 とはいえ、ここでも日本政府は、拉致問題を解決せず北朝鮮を敵視し続けるのと同様、北方領土問題を解決せずロシアと対立的な関係を続けるのも、自国周辺に敵が多い状態を維持して米国に頼らざるを得ない対米従属を続けるためにやっている観がある。日本政府(官僚)にとって実は、北方領土が返ってこない方が、米国という「おかみ」の下で官僚が民主主義(政治家)無視の独裁を敷けるための対米従属を維持できる。 (多極化と日本(2)北方領土と対米従属

 プーチンは国家間のパワーポリティクス(国際政治力学)という国際政治の常識に基づき、日本は地政学的に中国と対立せざるを得ず、ロシアと組みたいだろうから、国後択捉という小さな島々をあきらめるのと考えているようだ。だが実は、日本の権力機構(官僚)にとって、世界の常識たるパワーポリティクスよりも、日本が対米従属を続けられることの方が重要だ。

 プーチンにとって、日本のあり方は非常識だろう。逆に、多くの日本人にとって、プーチンが依拠するパワーポリティクスはなじみがない。「日本の常識は世界的な非常識。世界の常識は日本の非常識」と言われるが、北方領土問題はそれを象徴している。日露関係だけでなく、日朝関係も基本的にちぐはぐだ。国際的な日本人の頓珍漢さの元凶は対米従属だ。対米従属の国策を国民の目から隠すために官僚傘下のマスコミが「別の解説」を行い、その見方(日本の常識)を国民が軽信する結果、頓珍漢になる。対米従属を続ける限り、国際政治の常識から見て日本はお門違いで不可解な存在であり続ける。常識を知った上で非常識を意図的にやるなら期待できるが、今の日本は無知に基づく非常識なのでまずい。 (多極化の申し子プーチン

 日本政府は以前から、中国との敵対維持を前提としたロシアとの関係改善を模索しているので、安倍政権下で日露関係改善が実現するかもしれない。その場合、ロシアに対する日本人の分析と理解や不足していることが、次の問題になる。日本の「ロシア通」として、商社や学界、マスコミのロシア専門家がいるが、彼らは外務省を頂点とする「ロシア関係者村」の村人である。日本外務省は、対米従属を重視するあまり、プーチンを権力欲ばかりの冷酷な独裁者、悪者とだけみなし、ロシアが持つ国際政治力学的な感性や、それに基づくロシアの戦略を見ないようにしてきた。商社マンや学者といった「村人」たちは、外務省様の言うとおりでございますと追従し、プーチンの悪人ぶりを心から憎む(そぶりをする)必要があった。「村」が小さいだけに、それをしないと仲間外れにされ、商談や研究を妨害される。だから、日本ではロシアに対する分析や理解が深まらないできた。以前、私がプーチンの戦略について書いた時には「また田中宇宙が妄想してまっせ」といった言い方がロシア担当の商社マンの間で流行ったそうだ。 (プーチンの光と影) (プーチンの逆襲) (プーチンを敵視して強化してやる米国

 中国に関しては、前近代からの漢学の伝統の上に、戦後の田中角栄以来の日中友好を基盤とした、中国を理解しようとする動きがある。近年「中国を信用してはならない」というマスコミの論調が席巻し、日本人が中国について理解することをタブー視する対米従属の裏面としての新状況になってからは、中国に対する日本人の分析力が低下しているが、それ以前の知的な蓄えがあるので、まだ何とかなっている。ロシアについては、そのような昔の蓄えが少ない。

▼対米従属が日韓協調を阻んでいる

 アジアでは日本と並び、韓国も対米従属の国策を持っている。米政府は、国力が隆々としていた時には、日韓を別々に対米従属させる「ハブ&スポーク戦略」を採っていたが、国力が落ちてきた近年は、日韓に協調を強めさせ、米国の負担を減らす戦略に転換している。昨春、調印直前まで進んだ日韓で軍事情報を交換する、史上初の日韓安保協定も、背後に米国の希望があった。

 だがここでも、日本そして韓国の対米従属の国策が邪魔している。日韓双方の権力中枢で根強い対米従属派は、日韓の協調が深まることで米国に関与を減らされることを恐れている。そのため、日韓安保協定の締結直前、韓国の李明博政権が竹島や従軍慰安婦、歴史教科書といった、日韓の対立が激化する問題を蒸し返しつつ韓国の反日ナショナリズムを扇動し、昨年8月には李明博が韓国大統領として初めて竹島を訪問した。日韓協定は棚上げされたが、これは対米従属を維持したい日本政府にも好都合だった。 (◆李明博の竹島訪問と南北関係

 韓国に対する日本人の理解が深まる日本の「韓流ブーム」は、日韓を戦略協調させて米軍が存在感を薄めても問題ないようにしたい米国政府の思惑に沿っていた。しかし、韓国の竹島や慰安婦、日本の朝鮮学校攻撃などによる日韓の相互敵視の拡大が、韓流ブームを乗り越えて敵対状況を涵養している。日韓の対米従属の思惑が、米国の思惑を乗り越えている。

 安倍首相は昨年末の選挙期間中、中国だけでなく韓国に対しても敵対をいとわない強硬姿勢を貫く態度を見せていたが、首相就任後、韓国とだけは敵対を解く姿勢に転換した。これは、対米従属を強く重視し官僚の傀儡となる色彩が強い安倍政権が、日韓の対立を好まない米政府の意を受けたものと考えられる。

「日韓を支配し続けたい米国が、日韓での軍事プレゼンスを低下させたいはずがない。田中宇は間違っている」と考える人も多いだろう。しかし、日韓を傘下に入れておきたい米国の最大の思惑は軍産複合体のものだ。彼らは、日韓が米国製の高価な兵器を買い続けてくれるなら、直接的な軍事プレゼンスが減ってもかまわないと考えている。たとえば、90年代の末に、米軍が沖縄の下地島空港への駐留を検討したときがあった。下地島空港は定期便がなく、3千メートル級の滑走路があるのにほとんど使われていない。下地島は、中国大陸への距離が沖縄本島より数百キロ近く、対中有事の際に米軍が使いやすいとの理由だった。 (アメリカのアジア支配と沖縄

 しかし結局、米政府は中国との関係性を重視し、米軍を下地島に駐留させなかった。代わりに今、日本の自衛隊が、尖閣諸島の防衛力を強化するため、下地島空港への駐留を検討している。尖閣諸島の対立で、日本は米国製の兵器をどんどん買い増してくれる。米国側としては、米軍が命を張って日本のために下地島に駐留、そのための費用を思いやり予算などで日本政府に出してもらうよりも、自衛隊が下地島に駐留し、その兵器や装備の多くを米国から買う方が、低リスクで同じ儲けを得られる。

 米政府が「中国包囲網」に言及し、すでに沖縄などアジアにいる小規模な米軍部隊を日本から東南アジア方面に巡業(ローテーション)するだけで、日本や東南アジア諸国が「米国が中国を包囲してくれる」と喜び、こぞって米国製の武器を買い増してくれる。軍産複合体にとって、今のやり方が効率的だ。米政府のアジア重視(中国包囲網)戦略は、米政府が財政難で軍産複合体の兵器を買えなくなっている分をアジアに売り込むためのものだとする指摘が国際的に出ている。 (US pivot sparks Asian arms race

▼尖閣を奪われた方が対米従属に好都合

 尖閣問題などで、日本が中国と本当に対峙する気があるなら、表向き敵対的な態度を示さず穏便にしつつ、敵のことをよく知ろうと中国研究を加速すべきだ。だが、今の日本がやっているのはこれと正反対で、表向き敵対的な態度を充満させ、中国を敵視する人しか専門家として生きていけない状況を作っている。最近、北京などの大気汚染が国際問題になり、日本にも汚染された大気が漂ってくるのでないかという話で、テレビでは「中国は大国なのだからしっかりしてほしいですね」といった、中国を大国として扱った上で揶揄する態度が主流だ。その背景には「中国と米国は大国だが、日本は小国です」という姿勢がある。これは対米従属の一環だが、日本が自立した国家として中国と対峙しようとする姿勢が欠けている。

 尖閣の土地国有化で中国との対立を煽ったのは日本の方であり、尖閣で中国と対立するのは日本の戦略だ。だが、中国は大国で日本は小国という態度の中には、中国と一戦交える覚悟を持つ際に必要な姿勢が欠けている。おのれを知らなければ、誰とも渡り合えない。日本は、戦略的、心理的な準備を全くせず、中国との敵対を煽っている。

 この日本の準備不足は、尖閣問題を煽る日本側の思惑が、日米が一緒に中国と対峙する対米従属の強化にあることから起きている。しかし、中国軍が尖閣を奪いに来た場合、米国は、日本の自衛隊だけに応戦させ、米中戦争になることを懸念して米軍を繰り出さない可能性が大きい。日本は、いずれ尖閣諸島を中国に軍事的に奪われかねない。

 しかし実のところ、日本が尖閣を中国に奪われることも、対米従属の観点からは、むしろ望ましいこととも考えられる。尖閣を奪われた場合、中国の脅威が石垣島のすぐとなりまで迫ってくることになり、日本の官僚機構は、沖縄への米軍駐留や対米従属が絶対必要だといいやすくなる。日本が尖閣を中国に奪われることは、いざというときに米軍が日本を守ってくれないことから起きるのだが、そうした最重要の視点は報じられず、上からの解説を鵜呑みにするだけの大方の日本人は疑問にも思わず「中国は怖い。米国だけが頼りだ」と悲壮に思う心境が日本を席巻する。安倍政権は、尖閣を守れなかった責任をとらされるかもしれないが、喜んで官僚の傀儡になって首相になりたい政治家は無数にいるので、官僚機構としては、ほかの政権にすり替えるだけですむ。

 対米従属策や対中敵対策の問題は、米国の覇権が衰退しつつあり、覇権構造が多極化し、アジアの覇権国が中国になりつつある点だ。08年のリーマンショック以来、米国(と世界)の金融システムは巨大な債券バブルの崩壊過程にあり、連銀のドル過剰発行(QE)によって何とか延命しているにすぎない。米政府は、自国の覇権衰退の状況をある程度把握しており、いずれ中国と和解する策に転じるだろう。日本はその時、対米従属できなくなり、自立的に中国と渡り合わねばならない。日本が今のうちにロシアや北朝鮮、韓国と協調しておくなら、中国と渡り合う場合の戦略がいろいろ考えられるが、ロシアとも北朝鮮とも韓国とも仲が悪いまま、対米従属できなくなって独自に中国と対峙せねばならなくなると、全く窮してしまう。

 マスコミは安倍政権の経済政策を絶賛するが、日銀に円の過剰発行(量的緩和)を迫ったり、財政赤字を急増させたりするアベノミクスは、企業の投資など景気の好転を招かないだけでなく、連銀の量的緩和策がドルと米国債の自滅につながるのと同様、円と日本国債の急落やひどいインフレを起こしかねない。

 官僚機構(マスコミ)の安倍礼賛のプロパガンダはとても強力なので、アベノミクスを途中でやめさせることは無理だ。小沢一郎も仲間と思っていた同僚政治家に騙されて潰されてしまった。鳩山は訪中時に尖閣問題を客観的に述べた罪で国賊扱いだ。対米従属を逃れようとする政治的ベクトルは、今の日本に皆無だ。日本は、円と日本国債の自滅まで行き着くだろう。

 この自滅の後か先に、米国が政治的に中国敵視をやめるか、ドルと米国債の自滅が起きる(ドル崩壊は円崩壊より後だろう)。それらを経て、米国の覇権が瓦解し、日本は対米従属できなくなって行き詰まるだろう。

 こんな風にお先真っ暗なことを書くと「祖国をけなしてうれしいか」という「国賊扱い」の反応があるだろう。しかし米国と日本と世界の現実をよく見れば、アベノミクスは素晴らしいなどと言っているマスコミの方が、自国を自滅に至らせる国賊行為だということが見えてくるはずだ。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ