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メドベージェフ北方領土訪問の意味 【中国の台頭に反応する周辺諸国(2)】

2010年11月6日   田中 宇

この記事は「中国の台頭に反応する周辺諸国(1)」の続きです。

 11月1日、ロシアのメドベージェフ大統領が、北方領土の国後島を訪問した。ロシアの大統領が北方領土を訪問するのは初めてだ。この訪問後、日露関係は悪化し、日本政府はロシアへの抗議の意味を込め、駐露大使を召還し、帰国させた。

 メドベージェフは、なぜこの時期に北方領土を訪問したのか。日本のマスコミは「ロシアのナショナリズムに乗ることで、2012年3月の大統領選挙での再選を目指している」とか「自分より人気があるプーチンをしのごうとしている」などと書いている。これらはおそらく、外務省などの日本当局がマスコミ向けに流した歪曲説明である。特派員らは、歪曲と感じたとしても、説明されたとおりに書かないと外務省から煙たがられ、出世を阻まれ内勤に回される。帰国した駐露大使も、菅首相に対し、北方領土訪問の理由はロシアの国内問題だと説明したという。

 私が見るところ、日米などで解説されているメドベージェフとプーチンとの対立の構図は間違いだ。2人は対立するふりをして結託し、権力をたらい回しにして長期に保持しようとしている。2人の政党「統一ロシア」は、先日の地方選挙で圧勝した。大統領選まで、このままの人気が続くと予測されている。選挙のために人気取りをするなら、今ではなく、選挙が近くなって、もし人気が落ちてきたら、その時にやった方が良い。 (Russia ruling party wins regional polls

 メドベージェフは9月末に中国を訪問する時に、すでに北方領土を訪問する意志を宣言している(悪天候を理由に決行しなかった)。国後訪問に対する私の分析の基本は、すでにこの時の記事「日中対立の再燃(2)」に書いた。 (日中対立の再燃(2)

 ロシアは、中国から融資を受け、シベリアから中国までの石油と天然ガスのパイプラインを建設し、欧州に石油ガスを売らなくてもやっていける態勢を作り、中国と欧州の両方をエネルギーでロシアに依存させる戦略を進めている。メドベージェフはこの戦略の一環として、中国との関係を良くするために、尖閣諸島問題で中国と対立する日本に対し、あえて喧嘩を売ってみせたと考えられる。

 メドベージェフが最初に北方領土を訪問しようとした9月末は、日本が尖閣で捕まえた中国漁船の船長を、起訴直前に釈放して中国に返した直後だった。メドベージェフは、中国を加勢するために北方領土を訪問する構想を中国政府に打診し、中国側から「船長が釈放され、日中関係が好転するかもしれないから少し待ってくれ」と言われ、訪問の意志だけ表明しておいたのではないか。

 その後、ASEAN+3の傍らでの日中の首脳会談が土壇場で中止になり、中国側が、前原外相ら日本側の言動を非難する展開となった。中国は、日本との関係改善は簡単でないと考え、メドベージェフはそれを見て北方領土を訪問すべき時が来たと考えた、というのが私の推測だ。

▼対決姿勢をとりたい日本、とりたくない中国

 日本では「中国が日本との関係を改善したいと思っているはずがない」という考え方が多い。しかし、日本と中国が目指している方向を考えると、日本より中国の方が、相手国との関係を改善したがっている。今の日本政府は、外交に関して「前原政権」と呼んだ方が良い状態だが、その戦略は、日中関係を悪化させ、日米と中国が対立する構図を作ることで、日米関係を強固にして、日本が対米従属を続けられるようにすることだ。

 これに対し中国は、安定を維持したまま、東アジアの覇権をとりたいと考えている。中国は内政が不安定なので、東アジアが不安定化して周辺諸国との関係が悪化すると、国内に悪影響が出る。しかし米国が衰退している好機なので、中国は早く地域覇権を取得したい。だから中国は、東アジアの安定を維持するために表向き「覇権なんか興味ないです」と言いつつ、隠然と覇権を拡大している。こうした前提で考えると、日本は対米従属のために中国と劇的な対立をしたいが、中国は日本と対立せず、真綿で首を絞めるように日本に言うことを聞かせたい。

 尖閣沖で中国漁船が海保船に衝突した時の映像が発表・リークされ「そもそもぶつかってきたのは中国漁船だ。日本は何も悪くない」という考え方も、日本に根強い。衝突事件での善悪だけを考えれば、中国漁船の方が悪いのかもしれない。だが、中国漁船が悪いから逮捕起訴してしまうとなると、中国も尖閣水域の領有権を主張してきただけに、刑事事件が外交事件に発展してしまうことが事前に見えていた。

 78年に訪日したトウ小平と日本政府との間で「尖閣問題は棚上げする」と合意した件について、日本政府が「合意はなかった」と否定した(都合の悪い合意をなかったことにしていると考えられる)。だが、合意があってもなくても、これまで尖閣水域で、日本は中国(台湾、香港をのぞく)の船を拿捕しないようにしてきたし、中国側も外交的な領有権の主張以上のことはしなかったので、事実上の棚上げ状態だった。

(衝突は中国船が悪いということすら「別の角度から撮った動画と合わせて複眼的に見ないと、どちらからぶつかったかわからない」とか「中国漁船は逃げ惑った挙げ句にぶつかったように見える」といった見方があり、確定的でない) (「尖閣ビデオ」見た議員から異論 「これが衝突?」の感想も

 漁船員を逮捕起訴した段階で、日本側が棚上げを解き、当局が悪を懲らしめる図式から、領土紛争の激化という国家間の問題に転換した。重要な点は、中国漁船が悪いという衝突事件そのものの「善悪」の問題ではなく、日本が中国に国家間の喧嘩を売ったという「外交」ないし「戦争」の問題である。

「中国船は、民間の漁船のふりをした、中国政府の準軍事船だった」という説がある。もしそうだとしたら、先に喧嘩を売ったのは中国だったことになりうるが、準軍事船だったという証拠は何もない。準軍事船だったとしたら、中国の悪質さの象徴として、日本政府が発表・リークしたはずだ。何も発表・リークされていないのだから、準軍事船の件はガセネタだろう。

 尖閣諸島は、疑いもなく日本領だと言えない場所だ。尖閣諸島が台湾(昔の小琉球)ではなく沖縄(大琉球)の一部であると仮定しても、琉球列島の全体(琉球王国)が1609年の薩摩による侵攻まで中国の属国(冊封国)であり、それから1879年(明治12年)の「琉球処分」まで日中両属だった。明治政府が、衰退した清朝が反撃できないと判断しつつ、琉球王を東京に呼びつけて独立を剥奪し、沖縄県にしてしまったのが琉球処分だ。首里の人々はみんな泣いた。沖縄人は、集団的な記憶として、あの時の悲しみを忘れていない。その悲しみの上に、その後の「同化」の努力がある(がんばって同化したのに戦争の「捨て石」にされたが)。

「中国は琉球処分を認めておらず、沖縄が日本領というのはおかしい」という中国の学者の主張を、日本は本音ベースで一蹴できない(建前では一蹴しても)。今回の尖閣衝突は、日中が良好な関係を維持するために議論を避け、埋没させてきた問題を、いくつも掘り返してしまっている。

▼日本が売った喧嘩を横から買ったロシア

「中国は傲慢なんだから、喧嘩を売ったって良いじゃないか」という考え方もできる。私はそれに反対しない。しかし、喧嘩をするなら勝たねばならない。日本政府、特に、米国との結びつきが強い前原外相らは、米国が反中国姿勢を強めることを期待し、米国の威を借りて中国に喧嘩を売ったのだろう。しかし米国は、米国債購入、世界経済の牽引役への期待、イラン問題、北朝鮮問題などで、中国の助けを借りねばならず、米国の反中国姿勢は最初から腰砕けだ。

 そして、日本が中国に売った喧嘩を「俺様が買ってやるぜ」と横から出てきて中国に加勢し始めたのがロシアである。ロシアは1980−90年代の冷戦終結前後、国家的に困窮した状況にあった。ロシアは、日本が資金を出して自国の極東地方を開発してくれることを望んでいた(日本に配慮して、露大統領は北方領土を訪問しなかった)。ロシア政府は、国内のナショナリズムがあって4島返還には応じられないため、2島返還で北方領土問題を解決し、日露関係を改善して、日本に対露投資を増加してもらおうとした。

 しかし日本にとって北方領土問題は、冷戦時代の前半から、日露関係を改善させないことで対米従属を維持するための「外交防波堤」だった(日露関係が改善したら在日米軍の必要性が低下してしまう)。だから日本側は4島返還にこだわり、対露関係の改善を避けてきた。

 そして、ここ数年、中国が経済発展して、ロシアのエネルギーを買ったり、シベリア極東開発に投資してくれる存在になった。ロシアが中国へのパイプラインを開通させると同時に、メドベージェフが国後島を訪れ、日本に「中国という金づるを見つけたので、もうお前と良い関係を作る必要はなくなったよ」というメッセージを送った。

 ロシアは、中国との関係を深めたい。ロシアは中国よりも強く、世界の覇権体制の多極化を望んでいる。製造業が得意になった中国は、世界が多極型にならず、米英覇権体制のままでも、米英が中国のことを対等に近い状態で扱ってくれれば、発展を続けられ、満足できる。しかしロシアは2000年以来、プーチン首相の主導で、石油ガスなど地下資源の販売力を使った国際台頭を目指している。WTIの先物価格を操作して原油安を演出している米英覇権(ドル覇権)をつぶし、世界を多極型に転換することが、ロシアの大きな利益となる。だからロシアは、中国を、米英覇権下から離脱させ、自国と結束して多極化を推進する側に引き込みたい。

▼ロシアにとって前原日本はカモ?

 中国を多極化勢力に引き込みたいロシアは、米国と中国が対立し、中国がロシアとの結束を強めざるを得なくなる状況を好む。米国の中間選挙後、連銀が量的緩和策の再強化を決めたことで、ドルが崩壊に向かう流れが確定的になった。中国の通貨当局者も、連銀の量的緩和策はドル自滅策だと警告している。以前からドル崩壊と基軸通貨の多極化を提唱していたメドベージェフが言ったとおりの展開になっている。中露が結束し、そこに、ブラジルや南アフリカ、トルコ、イランなども加わって多極型の新世界秩序を構築していくことで、米国の覇権を潰せる状況になっている(何年も前から、その動きは目立たない形で続いてきた)。 (China, Germany and South Africa criticise US stimulus) (◆世界経済多極化のゆくえ

 中国との結束を深め、中露が米国と対決する構図を作り、世界を多極化に持っていきたいロシアにとって、飛んで火に入る夏の虫的に飛び出してきた「好敵手」(あるいは「カモ」)が、前原が率いるわが日本である。前原らは、尖閣紛争を誘発して日本が中国と対立することで、日米が結束して中国と対決する構図を作り、中国と米国が「G2」として結束するのを防ぎ、日米同盟を防衛しようとした。しかし「日米が結束して中国と対決する構図」は、ロシアから見ると、渇望していた「中露が結束して米国と対決する構図」そのものだった。

 だからロシアは、誰からも頼まれていないのに、日中対決の喧嘩に割り込んできて、この喧嘩を「中露と日米の対決」に転換させた。ロシア政府は、この対決の構図を持続させるほど、中国との結束を深められるので、国後島だけでなく、歯舞・色丹も訪問すると息巻いている。

 ロシアは中国とだけでなく、各方面で、他の大国と協調関係を強めている。欧州方面では、10月中旬にロシアと独仏の首脳鼎談がフランスで開かれ、11月のNATOサミットにメドベージェフが招待されるなど、NATOとロシアの軍事的な協調が強まっている。アフガニスタンでは、タリバンに勝てない(下手くそな作戦でタリバンを勝たせてしまっている)米軍が、困窮した挙げ句、ロシア軍との合同作戦を開始した。ロシアや中国、イランの支援なしは、米欧のアフガン駐留が続けられなくなっている。 (Russia's season for summits - try and deflect Moscow from reorientation towards China) (Russia, US collaborate in Afghan drug raid

 長年ロシアと対立してきたポーランドでさえ、ロシアに譲歩して新たなエネルギー協定を結ばざるを得なくなっている。ロシアがこんなに優勢になった今ごろになって、日本が領土問題でロシアと対立してしまったことは、まったく間が悪い。ロシアの台頭や世界の多極化を予測して、もっと早く手を打っておくべきだった。日露関係の悪化を菅首相のせいにする新聞記事を見かけるが、悪いのは今の菅首相ではなく、ロシアが弱かったときに何の手も打たなかった、1980年代末以来の自民党政権である。 (Poles sketch out new gas deal with Russia

 実態はおそらく、自民党がロシアと和解しようとすると、米国の軍産複合体が横やりを入れ、阻止していたのだろう。小泉も安倍も福田も麻生も、北方領土問題の解決に意欲を持っていた。だが、何も進まなかった。傀儡国家は悲しい。こんな状況が頭にこない日本の「愛国者」たちって何なの?、なんで「愛国=親米」なの?と思ってしまう。

▼対決は譲歩に転換しそう

 日本が中露と二正面対決せざるを得なくなったことについて、米国は「米国は日本の味方だ」と言いつつ、日本と中露の両方に「話し合いで解決しなさい」と言っている。米国は、日中に対して「米日中3カ国で話し合いの場を作ろう」と提案したが「真綿で首締め」を好む中国は「日中2カ国間で話し合いたいので、米国は入ってくるな」と拒否した。 (Japan to recall envoy to Moscow) (China rebuffs US offer on disputed islands

 これらの動きを見て、日本のマスコミなどは「米国が日本の味方をしてくれた。日米同盟万歳」という論調だ。しかし実際のところ、日本が領土問題でロシアや中国と交渉すると、米国と対峙する国々と深い関係にならないようにするための「外交防波堤」として設置されていた尖閣や北方の領土問題を壊し、結果的に、日米同盟を崩す効果を生む。

 日米と中露の対決の構図が永続するなら、領土問題の交渉をするふりをしつつ、解決を先送りして外交防波堤や日米同盟を持続するという従来の姿勢が可能だが、米国は「日本の味方です」「アジア太平洋に関与し続けます」と口で言うだけで、現実には覇権の力を低下させている。米国が力を失うと、日本は米国の後ろ盾なしに、中露と対峙せねばならない。それは、中露の要求のほとんどを日本が飲む形での解決につながってしまう。 (China, Japan leaders meet informally as Clinton wades into their territorial dispute

 米国の覇権衰退後の日本の選択肢の一つに、中国ともロシアとも疎遠にし続ける「鎖国」型の将来像がある。だが、前原が米国に引っぱり出されて中露と対決したため、日本は棚上げしていた領土問題を外交の俎上に乗せることになり、米国の後ろ盾が失われた後、問題残存による鎖国ではなく、譲歩による問題解決をせざるを得なくなっている。日本は、対米従属を強化するつもりだったのに、多極型の新世界に組み込まれる方に押し出されている。

 米国は、韓国やベトナム、インド、グルジア、ポーランド、イスラエルなど世界各地で、米国が応援するからと誘って、対米従属型の親米諸国に過激な冷戦型(中露敵視)の戦略を採らせた挙げ句、米国自身が自滅していき、親米諸国は取り残されて単独で中露と対峙させられ、中露に譲歩する形で国家を存続させていかざるを得ない状況に追い込むという、隠れ多極主義の戦略を展開している。前原の日本も、まんまとその罠にはまっている。



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