中国の台頭に反応する周辺諸国(1)2010年11月2日 田中 宇10月末、韓国の李明博大統領がFT紙のインタビューで「北朝鮮は、中国の経済発展モデルを真似るべきだ。それが、南北両方が繁栄し、最終的な南北統一につながる唯一の方法だ」と述べた。李明博は「経済開放するとめざましい発展ができることを知るために、金正日はもっと中国を見学しに行ってほしい」とも言った。 (Seoul urges N Korea to emulate China) 李明博政権は、今年3月に起きた天安艦沈没事件を5月に北朝鮮の犯行と断定し、北朝鮮犯人説に懐疑的な中国と対立した。米国は韓国と組んで中朝を非難し、北朝鮮のすぐ近くで軍事演習をする計画を打ち出した。中国は北朝鮮をかばい、黄海に米韓演習時に空母を入れようとする米国を怒った(中国は黄海を自国の影響圏と主張する)。今夏、中朝と米韓は一触即発だった。 しかし今や李明博は、北朝鮮に「中国式」の経済開放をおおっぴらに勧めている。北朝鮮が中国式に経済開放して発展したら、北は中国の傘下に入る傾向を強める。李明博は、それでもいいから中国を真似することが北の発展につながると言っている。李明博の戦略は180度転換した。韓国政府は今後、天安艦事件にも、なるべく言及しないようになるのではないか(そもそも北犯人説は濡れ衣の可能性が高い)。 (韓国軍艦「天安」沈没の深層) (韓国軍艦沈没事件その後) 米国は、この韓国の「裏切り」に怒ると思いきや、まったく逆の反応をした。米国は10月23日、韓国と相談した上で、今秋中に予定していた黄海での米韓合同軍事演習をやらず、延期してしまった。表向きは、韓国がG20サミットを開くので、その前に北を刺激して韓国を危険な状態にしたくないということだったが、G20が韓国で行われることは、今夏に米韓軍事演習を決める前からわかっていた。米国は、黄海は公海だから空母を入れたってかまわない、中国の警告なんか無視すると強気だったが、それをあっさりやめた。今後再び黄海での米韓演習の話がぶり返す可能性もあるが、おそらく実際に演習は行われず、しだいに「口だけの脅し」になるだろう(米国が黄海に空母を入れるとしたら、その時には中国がドルを簡単に崩壊させられるようになっているだろう。隠れ多極主義を前提とする私の予測だ)。 (South Korea and US shelve plan to stage drill: report) 「北朝鮮は中国に学べ」という李明博の表明から考えて、米韓演習の棚上げに積極的だったのは、米国より韓国の方だろう。韓国が米国に演習の延期を頼んだと考えられる。北朝鮮は9月末の労働党代表者会議で金正恩の登場などの高官人事が行われたが、正恩が登場したことの本質は、正恩自身が持つ政策ではなく、正恩の摂政役になる張成沢と金敬姫(金正日の妹)の夫婦が、北朝鮮を「軍事優先」から「経済優先」へと転換し、中国型の自由市場経済体制の導入をやっていくことにある。そのことは、北の党代表者会議の開催前の9月初めの記事に書いた。金正恩の登場によって、北朝鮮は中国型の経済開放をしていく方向性が定まった。 (中国の傘下で生き残る北朝鮮) (9月初旬に予定されていた北の党代表者会議が下旬にずれ込んだのは、経済開放策に転じることについて、軍が最後まで反対したため、それをなだめる動きが上層部であったからではないか。軍に対する懐柔策の一環なのか、予想されていた張成沢の昇進も見送られた) (北が労働党幹部を大幅入れ替え、世代交代に着手か) 韓国はここ数年、開城工業団地や金剛山観光開発など、政府肝いりで北朝鮮に積極投資してきたが、それらは天安艦事件以後、凍結されたり動きが鈍ったりした。韓国が北朝鮮を敵視したままでいると、韓国が北朝鮮に投資・開発した利権が、中国系の企業に持っていかれてしまう。米国が中国を政権転覆する気ならまだしも、米政府の言動をよく見ると、米国は中国を倒す気などなく、譲歩を重ねている(日本の官僚やマスコミは、この現実を見ようとしない)。韓国は、中国の台頭を阻止することについて、米国に期待できない。 韓国は、台頭する中国が北朝鮮の利権を韓国から奪って傘下に入れてしまう前に、北との経済関係を再開する必要がある。財界出身の李明博は、そのあたりに敏感だ。それで、天安艦問題の「怒りのポーズ」をやめて「北は中国に学べ」という現状追認の発言を行い、北が経済開放策を進めて中国の傘下に入ることを容認した上で、北における韓国の利権の温存を図る戦略に転換したのだろう。李明博は、以前は「北が天安艦撃沈の犯人であることを認めない限り、6カ国協議の開催にも反対だ」と言っていた。だが最近では、天安艦事件と連動させずに6カ国協議の再開を提唱している。この点も態度が軟化している。 (South Korea Says Open to Calls for Six-Party Talks) ▼韓国は日本より覇権転換に敏感 北朝鮮が、寧辺の核施設で新たな工事を行っていることが衛星写真からわかり、核兵器の開発や核実験を再開しそうだと報じられている。しかし、北が核兵器開発を再開すると、北東アジアの安定を壊す。不安定を極度に嫌う中国政府が激怒し、隠然と北を経済制裁するだろう。北は、IAEAに復帰するなどして、イランと同様の核の平和利用を目指し、米欧日を挑発するかもしれない(米欧日はこれを「核兵器開発」と決めつけるだろう)。だが、中国の反応を考えると、北は、核の平和利用はやっても、核実験に踏み切るとは考えにくい。北は何をしでかすかわからないところがあるが、核実験をしたら驚きだ。 (Seoul shows signs of bending - Donald Kirk) (S. Korea closely watches activity at Yongbyon nuclear site: official) イランといえば、最近の韓国は、米国のイラン制裁にも協力しない部分が出てきている。米国は今夏、日欧だけでなく韓国にも「米国の仲間であり続けたければ言ったとおりにしろ」という感じで、イランとの経済関係を断絶するよう要求した。これを受け、韓国の大手自動車メーカーである現代と起亜が、イラン向けの輸出を停止した(ドバイなどを経由する密輸的な間接輸出は残っている)。韓国からイランへの輸出は、今年5月の5億ドルから、8月には2億5千万ドルに半減した。しかしその後、欧日韓が放棄したイランとの貿易利権を、中国やトルコがごっそり持っていく中で、韓国は目立たないように態度を変えた。 韓国政府は、2つの大手銀行(ウリ銀行と韓国産業銀行)に、イラン中央銀行を経由してイランの産業界に融資をする体制を再開させ、この資金をテコに、韓国からイランへの輸出を再び増やそうとしている。韓国の対米従属派(右派)は「そんな米国に嫌われるようなことをすべきでない」と批判しているが、韓国政府は無視している。米政府は、韓国に対して怒るどころか「お金の流れがわかる透明性が確保された融資体制なので、良いことだ」と、むしろ評価している。 (Seoul finds new way to finance Iran trade) 韓国は、一触即発の分断された国家であるだけに、島国で天然の安定を持つ日本より、世界の動向に敏感だ。米国の傀儡国として作られただけに対米従属性も強いが、韓国政府は、覇権体制の劇的な転換を機敏に感じ取り、対米従属と自国の国益とのバランスを再調整し続けている。韓国が大嫌いな人は、私に中傷メールを送りつける前に、韓国に負けぬよう地政学的な感性を磨くべきだ(ただし、日本語のマスコミをいくら精読しても全く磨けない)。先日G20サミットの開催国となった韓国は、多極化の流れに乗り、G20が「世界政府」になろうとしていることをふまえ、為替取引に課税して税収を世界政府の財源にする「トービン税」を率先導入することも検討している。 (S Korea considers more capital controls) 【続く。次回は田中宇プラスの記事として、メドベージェフの国後島訪問について分析する予定】
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