世界に試練を与える米国2015年6月26日 田中 宇ここ数年、私は、毎日国際情勢の動きを見ていて「米国は、世界に試練を与えることを戦略として続けているのでないか」という、一見すると突拍子もない仮説を抱く事態にときどき出くわす。キリスト教的、もしくはイスラム教やユダヤ教を含む3つの一神教的にいうと「乗り越えられない試練はない」。神様は、人々(信者)を鍛えてより良い状態にするために試練を与えるので、その試練は人々が最大限努力すると何とか乗り越えられる程度のものであり、人々がいくら頑張っても乗り越えられない極度の試練は設定されない。人々が挫折しそうになると神が希望を与えて励ます。そんな物語が一神教の教えの中にある。米国は、こうした一神教のシナリオに沿って、自らが神の立場に立ち、世界各国の政府や人々に、各種各様の「試練」を与え続けている、というのが今回の仮説だ。 米国は、たとえばロシアに対し「ウクライナ危機」という試練を与えている。ロシアがソ連だった時代、ウクライナは自国の一部だった。ロシア最重要の黒海岸のセバストポリ軍港はウクライナ領内のクリミアにあったし、ウクライナ東部の住民はロシア系だったが、ウクライナがソ連国内だった時代は何の問題もなかった。ソ連崩壊後、ウクライナは独立国となったが、ロシアとの関係が比較的良かったので問題が起きなかった。ところがヌーランド国務次官補ら米当局は、13年秋からウクライナのヤヌコビッチ親露政権を転覆する市民運動を支援扇動し、14年3月、政権転覆と、反露政権の樹立に成功した。新政権はロシア語を公用語から外し、セバストポリの露軍への賃貸を打ち切る検討をするなど、ロシアと敵対する姿勢に出た。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) 米国主導の政権転覆によってウクライナは、ロシアにとって、欧州との緩衝地帯というプラスの意味を持つ国から、自国に敵対する脅威に転換した。ロシアはまず、セバストポリ軍港の喪失を防ぐため、ロシア系がほとんどであるクリミアで、ウクライナからの分離独立、ロシアへの併合を求める住民運動を起こさせ、住民投票での可決を経て、クリミアを併合した。ウクライナ東部のロシア系住民は、ウクライナからの分離独立を求めて武装決起し、ウクライナ軍と内戦になった。米国は欧州を引き連れてロシアへの敵視を強め、ロシアを経済制裁し、ウクライナを支援した。ウクライナの東部住民はロシアに軍事支援を求めたが、ロシア政府が東部に武器を支援すると米欧に対露制裁の口実を与えてしまうので、ロシア市民(軍人ら)が個人的にウクライナ東部を支援する形式を守った。 (ウクライナ軍の敗北) 米欧の対露制裁は、ロシアのクリミア併合と東部への武器支援を理由にしていたが、クリミア併合は米国がウクライナに内政干渉して反露政権を作ったこと対するロシアの正当防衛の範囲内だし、ロシアによる東部への武器支援は行われておらず濡れ衣だ。欧州の監視団OSCEもロシアが東部に武器支援していないと認めている。米国は、ウクライナの政権を転覆した上、それに対するロシアの正当防衛を「国際法違反」と決めつけて経済制裁している。国際法違反は、ウクライナに内政干渉した米国の方なのだが、米欧日のマスコミは米国覇権のプロパガンダ機関になり、善悪を歪曲している。 (プーチンを怒らせ大胆にする) 昔のロシア(ソ連)なら、戦車部隊をキエフに差し向けてウクライナの反露政権を軍事的に転覆し、追放されロシアに亡命中の親露派のヤヌコビッチを大統領に据え直したかもしれない。しかし、それをすると米欧がロシアを長期制裁することに口実を与える。プーチンのロシアがやったことは軍事を使わず外交のみで、ベラルーシのミンスクに関係諸勢力(露、ウクライナ、東部露系、監視団OSCE、のちに独仏も)の代表を集め、ミンスク停戦協定を構築することだった。 (ウクライナ再停戦の経緯) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動) 米国はロシアに対し、まずウクライナ政権転覆という試練を与え、ロシアがクリミア併合で応えると、ロシア制裁という次なる試練を与え、ロシアが軍事を使わず外交に徹するという試練の乗り越えをやってミンスク停戦体制を構築しても、まだ濡れ衣的なロシア制裁を続けた。米国はNATOを引き連れてバルト三国などでロシア敵視の軍事演習などを続けてロシアを苛立たせ、試練を与え続けたが、ロシアはパイプライン敷設を使った経済的な取り込み作戦を含む外交戦略だけで対応し、試練を乗り越えている。プーチンの人気はロシア内外で高まっている。ロシア国内のプーチン支持率は89%だと、米マスコミすらが報じている。 (Putin scores highest ever poll rating) (ロシアは孤立していない) ウクライナ危機は、ロシアだけでなく欧州にとっても試練となっている。欧州の指導者たちは、米国が欧露戦争に発展しかねないウクライナ危機を起こし、ロシアは停戦体制を構築して危機の解消に貢献しているのに、マスコミが善悪を逆さまに報じていることを知っている。しかし欧州はNATOとして米国の傘下にあり、覇権国である米国が善悪を歪曲してロシアと敵対するのだと言えば、追従せざるを得ない。欧州は、対米従属を静かに脱する策としてEU統合を推進してきたが、米国によるロシア敵視策やそれによるNATOや冷戦構造の復権は、そうした欧州の策略を困難にしている。米国が起こしたウクライナ危機は、欧州に、国家統合による対米自立策を妨害する試練を与えている。 (米国の新冷戦につき合えなくなる欧州) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) ロシア制裁で最も被害を被っているのは欧州で、昨春以来の対露制裁は欧州に1千億ユーロの損失を与え、全欧で200万人、ドイツで50万人の雇用喪失につながったと、ドイツの新聞(Die Welt)が報じている。欧州が、米国から与えられた試練を乗り越えず、対米従属に安住して対露制裁に参加し続けると、欧州経済が打撃を受けるばかりだ。しかし欧州では上層部やマスコミで対米従属派がまだ強く、公式論として「ウクライナ危機で悪いのはロシアでなく米国だ」と言うことができない。 (EU losses from anti-Russia sanctions estimated at 100 bln euro) 欧州にできることは、一方で米国主導の対露制裁につき合いつつ、他方で従来どおり目立たないように欧州統合を進めることだ。EUのユンケル大統領は6月22日、EU各国の財務省の機能を10年後の2025年までに統合するという財政統合の構想を発表した。税制や予算編成は各国の権限として残すが、財政赤字を制限する機能は、各国の財務省が決定権を持つ従来のガイドライン方式から、EU当局が決定権を持つ統合方式に移行する。ギリシャなどで起きている国債危機を防ぐための方策との口実で、EU統合が進められようとしている。 (Eurozone should have own treasury by 2025) ギリシャ危機も、米金融界の投機筋がユーロを潰すことでドルの覇権(基軸通貨性)を守るためにギリシャの国債先物市場を破壊して起こしたことと考えると、米国が欧州に与えている試練だ。欧州がこの試練を乗り越えるには、米国覇権の一部であるIMFが新興諸国を潰すためにやってきた借金取り政策(巨額資金を流入させてバブルを膨張させ、投機筋にそれを潰させ、IMFが救済するといって破綻国に成功しない緊縮策を採らせ、借金漬けにする)をEUが拒否することが必要だ。前回の記事に書いたとおり、欧州の上層部は、ギリシャや南欧、東欧の人々がIMF反対を強め、欧州議会を席巻するなど民主的なやり方で、EUが経済政策の分野で対米従属を離脱する流れを期待している観がある。 (革命に向かうEU) (ギリシャから欧州新革命が始まる?) IMFは、同じ財政破綻しかけている国の中でも、米国傀儡のウクライナには何の条件もつけずに追加融資するのに、対米自立的なギリシャには難癖をつけて貸さない。IMFには戦争している国に追加融資しないという規定があるのに、IMFはそれを自ら破っている。これも、ギリシャや南欧諸国の人々のIMF敵視の世論を強めるために米国が与えている試練に見える。ギリシャのチプラス政権は地政学を踏まえた策士なのでなかなかデフォルトしないが、ウクライナは7月にもデフォルトしかねない。 (IMF Violates IMF Rules, to Continue Ukraine Bailouts) (IMF Humiliates Greece, Repeats It Will Keep Funding Ukraine Even If It Defaults) (Ukraine could default in July - finance minister) EUでは中央銀行(ECB)が米国に圧され、3月からユーロを大量発行してドルを守るQE(量的緩和策)をやっている。その後、ドイツなどEU各国の国債金利が乱高下する債券市場の流動性の危機が起きており、QEはユーロを不安定にしている。これも、ロシア制裁やギリシャ危機と並び、米国の圧力でEUが自分たちの不利になることをやらされている試練の一つだ。試練を乗り越えるには、EUが対米従属をやめるしかない。だが、それは困難で、EUは次々と米国から与えられる試練を一つも乗り越えられず、苦闘している。 (欧州中央銀行の反乱) (ユーロもQEで自滅への道?) 中東ではイランが、米国から次々と試練を課されている。イランはNPTやIAEAといった核技術の軍事転用禁止を監視する国際機構に入り、査察も受けて軍事転用していないと認められてきたが、米国は03年のイラク侵攻前後から「イランが核兵器を開発している」と濡れ衣をかけて経済制裁を強化し、先制攻撃すると言って脅してきた。イランが米国の濡れ衣を解くため、IAEAの査察を受けると、次々と新たな濡れ衣をかけて別の施設を査察させろといったり、米国は疑いが解かれたはずの同じ施設を何度も査察しようとしたりして、繰り返し試練を与えてきた。 (善悪が逆転するイラン核問題) (歪曲続くイラン核問題) イランは、もともと欧州との経済関係が強かった。だが欧州が米国の濡れ衣につき合ってイランを制裁し続けるので、イランは中国やロシア、インドなどとの経済関係を強め、「西」との関係を「東」との関係に切り替えることで、制裁を何とか乗り切っている。ロシアも同様に、欧州との関係が制裁で切られ、中国との関係を強めた。イランやロシアは、米国から与えられた経済制裁の試練を、主に中国との関係強化によって乗り越えている。 (イラン制裁はドル覇権を弱める) (中露結束は長期化する) (イラン核問題と中国) イランの核問題は、交渉の最終期限である6月30日もしくは7月初めに、イランと米欧露中(P5+1)が協約を締結する可能性が強くなっている。イスラエルのハアレツ紙は、数日遅れるかもしれないがイランとP5+1の協約締結が確実だと予測している。協約締結は、米国が与えた試練をイランが乗り越えたことを意味する。 (After Gaza report, Israel is losing its clout on Iran) (続くイスラエルとイランの善悪逆転) 米国はイランに核の濡れ衣という支援を与える一方で、覇権的な利得をイランに与えている。米国は、フセイン政権(スンニ派)を潰した後のイラクに民主主義の政治体制を与えたが、その結果できたのはイラク国民の6割を占めるシーア派の政権だった。イラクのシーア派政権は米国と対立する傾向を強め、その分、同じシーア派のイランに頼るようになった。イランは労せずして隣国イラクを手に入れた。しかし最近になって、米国はこの面でも新たな試練をイランに与えている。それはISIS(イスラム国)だ。 (「イランの勝ち」で終わるイラク戦争) (To Many Iraqis, U.S. Isn't Really Seeking to Defeat Islamic State) ISISを作ったのはイラク占領米軍が運営する監獄に収容されていたイラク人たちで、ISISは米イスラエルが中東の恒久分断状態を作るために作った組織といえる。米軍は、一方でISISと戦うイラク政府軍を指揮する顧問団として入り、他方でイラク軍と戦うISISに武器を空から投与して支援している。スンニ過激派であるISISは、シーア派のイランを仇敵とみなしている。ISISによって潰されそうなシリアのアサド政権は、イランを最大の頼り先としており、イランは自国の軍事顧問団のほか、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラをシリアに派遣してISISと戦わせている。 (露呈するISISのインチキさ) (わざとイスラム国に負ける米軍) 米国が作ったISISとの戦いにイランが勝てば、イランは自国からイラク、シリア、レバノンの地中海岸までを影響圏として拡大し、イスラエルに隣接する勢力となる。試練を乗り越える見返りは大きい。ISISに勝てなければ、イランは、かつてイラクと8年間戦った「イラン・イラク戦争」の時のように、米イスラエルの策略で長期の消耗戦を強いられ、中東のシーア・スンニの恒久内戦化によって弱い状態が続き、その分イスラエルが有利になる。 (ISISと米イスラエルのつながり) 米軍内では、イラク3分割案が検討されている。これはイラクを(1)イラン傘下のシーア派のイラク(2)ISIS(3)クルド人国家という3つの新国家として承認する動きで、ISISを強化するのが隠れた目的だ。中東は、イランが核問題で国際的に許され強化されてアサドを支援しつつISISを倒すか、ISISがアサドを倒して事実上の国家として認められてイランを弱体化させ中東の分断状態が恒久化するか、という分岐点にいる。イランに課された試練は、中東全体の未来を左右する。 (Concerns as Pentagon Chief Broaches Possibility of `Three Iraqs, not One') (Iraqi Shi'ite Militias Say US `Help' Is Unwelcome in ISIS Fights) ロシア、イランとくれば、次は中国だ。中国は宗教が一神教でない。だが、国際共産主義運動の生みの親が欧州人(ユダヤ教徒、キリスト教徒)だっただけに、共産党を正当化する神話には一神教的な要素が多分に含まれる。心清らかな人民が、禁欲的な党に率いられ、試練を乗り越えて努力し、共産主義の理想郷(=神の国)に近づくシナリオは、多分に一神教的だ。今の中国の党員と人民は禁欲的でも心清らかでもないが、中共の人々は「帝国主義者」が次々に与えてくる試練を乗り越えることに、今も闘争心を燃やす。 最近、米国が中国に与えた試練の一つは、南シナ海をめぐるものだ。中国は昨年から、自国が占領する南シナ海の珊瑚礁を埋め立てて島にして軍事施設を設置する工事を続けている。同様の工事はベトナムやフィリピンもやっており、中国はそれを巨大な規模でやっている。今春、米国がこれに目をつけ、中国包囲網策の一環として、偵察機を飛ばすなど敵対的な挑発を始めた。中国は対抗心を燃やし、工事の速度を上げている。埋め立てた島に最新の軍事設備を置き、米軍機が接近したら迎撃できるようにして、南シナ海に防空識別圏を設定するとの説もある。 (南シナ海の米中対決の行方) 米国が試練(挑発)を与えた結果、逆に中国は米国を南シナ海から追い出すところまでやろうとしている。中国は急速に軍事力をつけており、中国沿岸地域では米軍と互角か、中国の方が強くなっている。中国には米軍を南シナ海から追い出せる軍事力などないと言い切れる時代は終わっている。米国が、中国包囲網策で中国に軍事的な圧力をかける(試練を与える)ほど、中国は軍事力を急拡大して試練を乗り越えている。米国は、最終的に第2列島線のグアム以東に引っ込むことになる。 (US-China: Shifting sands) (中国の台頭を誘発する包囲網) 経済面では、今春のAIIB設立が、米国による試練とそれに対する中国の乗り越え行為として存在する。米国は、IMFやADB(アジア開発銀行、米日主導)が中国の発言力(出資比率)を拡大することを決めたのに、それを批准することを拒否し、中国に試練を課した。中国はADBに対抗できるAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立し、米国は欧州などの関係諸国にAIIBに入るなと命じたのに、日米以外のすべての関係国がAIIBに入ってしまい、中国の勝ちになった。中国は、ロシアやイランに比べ、米国の試練を容易に乗り越えている。ロシアを敵視する軍産複合体、イランを敵視するイスラエルといった、米国を牛耳る勢力の中に、強い反中国勢力がいないからだろう。 (日本から中国に交代するアジアの盟主) (China Rising - Pepe Escobar) 米国が中国に課す試練は、アジア太平洋の他の国々にも試練を与えている。米国は、経済面の中国包囲網としてTPPを制定しようとしているが、オーストラリアや東南アジア諸国は、米国とだけでなく中国とも貿易関係を拡大したい。米国は、同盟諸国が中国と経済関係を強化することを好まないが、オーストラリアはTPPに参加する一方で、先日、中国とのFTA(自由貿易協定)を締結した。豪州は、米国から中国とつき合うなと圧力をかけられても、その試練をやすやすと乗り越え、中国とFTAを結んだ。 (China, Australia sign landmark free trade agreement) このように、米国が世界各国に与える試練は「国益を損なっても米国の言うことを聞け」という覇権行使策になっている。試練の策を考案しているのは、米露冷戦復活や中国包囲網、イラン弱体化(中東内戦の恒久化)などをやりたい軍産イスラエル複合体だ。ユーロ危機を起こしてドルの金融覇権を維持したい米金融界も考案者だろう。米国が与える試練を乗り越えると、その分だけ米国の覇権体制に風穴が開き、覇権体制が崩壊していく。ロシアや中国やイランが、米国からの試練を完全に乗り越えると、露中イランはそれぞれの地域の米国に代わる地域覇権国となり、世界の覇権体制が多極型に転換する。 (中露の大国化、世界の多極化) 軍産イスラエル複合体や米金融界は、各国に試練を与えているが、その本来の目的は、各国に試練を乗り越えてもらうためでなく、各国が試練を乗り越えず米国の言いなりになり、それによって米国の覇権体制が維持されることだ。しかし、米国の上層部には、自国の覇権を解体して多極化したい勢力もいて(オバマ大統領は多分その一人だ)彼らが試練を一神教的な「頑張れば乗り越えられる」水準に調整して施行し、試練を覇権維持の道具から覇権解体の道具に変質させている。この時点で、服従を目的とする「圧力」が、乗り越えられることを目的とする「試練」に転換している。宗教上の「試練」を思わせる手法をとる理由は、その方が一神教の人々のやる気を起こせるからだろう。 (イランとオバマとプーチンの勝利) 全体として米国は、世界を多極化するために各国に試練を与え続け、試練を乗り越えた国から順番に、多極型の新世界秩序における極の一つになっていく。一神教の世界では、人々を超える存在である「神」が人々に試練を与えるが、国際政治(国家間政治)の世界では、国家を超える存在である「覇権国」が、諸国に試練を与えている。国際政界では、試練が神に近づくためでなく、神を乗り越えて自分たちが神(地域覇権国)になるためにある。 (負けるためにやる露中イランとの新冷戦) 米国から与えられる試練を乗り越えられない国、対米従属を脱せない国は、苦闘し続ける。ウクライナやギリシャ、イランなどの問題で、米国やIMFの言いなりから脱せない欧州がその一つだ。新国王が対米自立を模索したとたん、イエメンとの戦争に追い込まれたサウジアラビアもその例だ。英国やイスラエルも、米国を牛耳ろうとしてもうまくいかないことが多くなり、苦闘している。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) 米国から試練を与えられても、それを試練と認識すること自体を避け、対米従属を続けつつ苦闘もしていないめずらしい国が、わが日本だ。そもそも日本は一神教から遠い社会だ(あるイスラム教徒は、日本人が108人の神がいると言うのは、イスラム教で唯一の神が108つの名前を持っているのと同じことでしかないと言っているが)。米国は、普天間基地の辺野古移転問題で日本に試練を課したが、その試練の被害者は沖縄の人々に限定され、本土の人々は無関係・無関心で問題の存在すら感じずにおり、試練として機能していない。 (沖縄から覚醒する日本) (日本の官僚支配と沖縄米軍) (多極化への捨て駒にされる日本) ドル延命のために円を自滅させる日銀のQEも、いずれ円や日本国債の破綻を引き起こすだろうが、それまでは危険性が日本のマスコミでほとんど報じられない状態が続くだろうから、警告も発せられず、早くQEをやめるべきだという意見も広がらない。QEで日本が破綻しても、QEがドル延命のため円を自滅させる策だったことが広く知られることはないので、これまた試練として機能していない。 (加速する日本の経済難) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) 米国が発する試練(圧力)を無視する構造を持つ日本は、世界の転換に最後まで気づかない人々になるだろうが、01年の911テロ事件より前は、世界的に、米国の覇権崩壊の可能性もあまり語られず、覇権国の圧力が乗り越えるべき試練と感じられることも少なかった。911事件が、イスラム世界に対する試練の始まりだった。その後03年に大量破壊兵器(WMD)のウソに基づく米軍イラク侵攻が起きたが、世界の多くの国では、イラクがWMDを持っていないと知りながら米国がWMDを理由にイラクを侵攻したことが問題にされず、米国覇権の問題点が隠蔽される傾向だった。 08年のリーマン倒産後、多極型のG20が、米英主導のG7に取って代わり、G20サミットがドル覇権(ブレトンウッズ体制)の終わりも論じられたが、これまた世界の多くの国が米国覇権の崩壊より不健全な延命を好み、米日欧でドル延命のためのQEが行われ、今に至っている。米国が覇権を維持しているのは、米国自身でなく、覇権延命を希望する諸国の力によっている(だから米国が無茶苦茶をやっても覇権が維持される)。対米従属は、日本が世界で最も根強いものの、世界的な傾向だ。中国政府も最近まで、米国覇権が永続した方が良いと考えていた。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (G8からG20への交代) しかしその一方で、米国の外交軍事戦略が次々と失敗し、QEの不健全さを指摘する声も(日本以外で)強まっている。米覇権の延命はしだいに困難になっている。露中イランは、覇権構造の早期の転換(米国覇権崩壊)を望む傾向を増している。露中が結束してドル離れ戦略をやるとドル覇権は崩れると、米国のロン・ポールが指摘している。露中イランなど、世界各国に試練を与えて覇権構造を転換しようとする米国中枢の策は、成功しつつある。 (Ron Paul says Sino-Russian currency will `dethrone dollar')
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