他の記事を読む

プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動

2014年3月9日   田中 宇

この記事は「危うい米国のウクライナ地政学火遊び」(田中宇プラス)の続きです。

 EUの上層部で、ウクライナ新政権に対する懐疑の念が強まっている。2月22日の政権転覆によってできたウクライナ新政権は、前回の記事に書いたように、ネオナチ・極右の指導者が安保、軍事、警察、教育などの政策決定権を握っている。政権転覆の直前、極右を含む反露の反政府勢力が、親露的なヤヌコビッチ政権を倒そうと、首都キエフ中心街の広場などに集まって反政府集会を続けていた時、何者かがビルの上から集会参加者や警察官を狙撃して、多数の死者が出た。この時、反政府勢力は、ヤヌコビッチ配下の兵士が狙撃犯だと非難する一方、ヤヌコビッチ政権は、反政府勢力の者が狙撃犯だと反撃した。米欧マスコミの中には、ヤヌコビッチ政権による弾圧を大々的に報じ、狙撃もその一環であるかのような印象が醸し出された。しかし政権転覆後の今になって、狙撃が反政府勢力、つまり新政権の自作自演だった可能性が高まっている。 (Leaked call raises questions about who was behind sniper attacks in Ukraine

 政権転覆直後、EU加盟国であるエストニアのパエト外相がキエフを緊急訪問し、知ったことや印象について2月26日にEUのアシュトン外相と電話会談した。その電話を録音した内容が最近、インターネットのユーチューブに漏洩した。この中でパエト外相は、問題の狙撃について、政権転覆前に反政府勢力(つまり新政権)が負傷者や急病人のために中心街の広場に作った野戦病院(テント)の主任医師から聞いた話として、状況証拠から見て、ヤヌコビッチ前政権でなく、新政権が狙撃犯を雇っていた可能性が高いと話している。電話の相方であるEUのアシュトンは、初耳だと答えた。 (Full leaked recording

 パエトは、新政権が狙撃事件の真相について捜査したがっていないとも指摘した。新政権を率いる極右指導者は過去に暗い過去があるので多くのウクライナ人が彼らを信用していない、とも語っている。エストニア外務省は、漏洩した録音が本物であることを認めつつ、パエトはキエフで聞いてきたことをアシュトンに報告しただけでウクライナ新政権を批判するつもりはない、と苦しい釈明をした。実際には、アシュトンがパエトにキエフ訪問の印象を尋ね、その答えとしてパエトが新政権に関する悪評を並べており、漏洩後の釈明と裏腹に、パエト自身が新政権に対して悪い印象を持っていることが明白だ。 ("Behind The Kiev Snipers It Was Somebody From The New Coalition" - A Stunning New Leak Released) (Estonian Foreign Ministry confirms authenticity of leaked phone call discussing how Kiev snipers who shot protesters were possibly hired by Ukraine's new leaders

 エストニアはウクライナと同様、ロシアの隣にある小国で、1940年から91年までソ連に併合され、厳しく支配された。ソ連崩壊でようやく独立し、EUに入ったエストニアの人々(国民の3割を占めるロシア系以外)の多くは、ロシアの覇権や威圧が大嫌いだ。それを考えると、ウクライナ新政権が反露的であるにもかかわらず、エストニアの外相が新政権に悪い印象を語っているのは、深い意味を持つ。パエト外相は、親露・反露という尺度を超えて、ウクライナ新政権がロシアと敵対するために混乱や暴力を扇動して、自国周辺の東欧ロシアの広域が不安定化することの方を懸念しているのだろう。 (Ukraine Protest Leaders Hired Kiev Snipers

 前回の記事に書いたとおり、2月初めには、米政府がウクライナの政権転覆を支援し、新政権の首脳人事に介入していることが、米国の国務次官補と、駐ウクライナ大使との電話会談のユーチューブへの漏洩で暴露されている。そして今回、米国が作ったウクライナ新政権の極右性や過激さをEUが懸念していることも、ユーチューブによって暴露した。米国製のシステムであるユーチューブによって、米国の覇権が揺るがされている点が興味深い。 (Victoria Nuland phoning with Geoffrey Pyatt

 ウクライナ新政権が、狙撃者を雇って自分たちの仲間を自作自演的に狙撃させ、それをヤヌコビッチ政権のせいにして政権転覆を成功させようとしていたとなれば、新政権の国際信用は急落する。ウクライナ新政権は「テロリスト」ですらある。ウクライナを政権転覆した極右勢力の指導者であるドミトリイ・ヤロシ(Dmitryo Yarosh)は最近、何度もロシアで爆弾テロを行ってきたチェチェン人のテロリスト(Doku Umarov)を支援し、どんどんロシアでテロをやってもらおうと、極右のネットメディアのサイトに書いて提案している。ヤロシはその後、5月の大統領選挙への立候補を表明した。 (Report: Ukraine's Right Sector Leader Urges Terror Attacks on Russia) (Ukraine's Neo-Fascist Right Sector Leader Dmytro Yarosh to Run for President

 米国のネオコンは、以前からウクライナの反露極右だけでなく、チェチェンの反露テロリストを支援し、チェチェン人の対露テロはテロでなくロシアの支配に対する抵抗運動だ、と正当化してきた。その点で、ネオコンに支持されたウクライナの極右がチェチェン人の反露テロを支持するのは当然といえるが、この支持表明はロシア政府に「ウクライナ新政権はテロリストだ」と非難する正当性を与えてしまい、国際政治的にウクライナ新政権自身を不利にしている。露政府は、発言者のヤロシを、テロを公然と支持するテロリストとして逮捕すべく、国際指名手配した。 (Russia puts Ukraine far-right leader on international wanted list over calls for terrorism) (ロシア学校占拠事件とプーチンの独裁

 ウクライナの中でも、ロシア系が人口の6割を占め、古くからロシアの海軍基地もあるクリミア自治共和国では、議会が3月5日に、ウクライナからの分離とロシアへの編入を、全会一致で可決した(賛成78、反対0、棄権8)。議会はあわせて、ウクライナから分離してロシアに編入することについて問う住民投票を3月16日に行うことを決めた。この住民投票は当初3月30日に予定され、住民に尋ねる事項も「ウクライナにおける自治拡大」についてだったが、投票日が前倒しされ、問う案件も「ロシアへの編入」に変更された。住民投票は賛成多数で可決されそうだ。 (Ukraine crisis: Crimea now part of Russia, local parliament declares

 オデッサなど、ロシア系住民が多いウクライナ南部の3都市の議会も、クリミアに合流してウクライナから分離独立すると表明した。東部地域でも、自治拡大や独立の決議が相次いでいる。 (3 South Ukrainian Cities Want to Join Crimea - Lawmaker

 ロシアのプーチン大統領は先日の記者会見で、ロシアがクリミアを併合することはないと明言した。クリミアが編入を望んでも、ロシアが同意しなければ編入は実現しない。ウクライナから分離して、ロシアの影響下にある準州的な半独立国(独立したが国際的にほとんど承認されていない国)になりそうだ。前回の記事に書いたとおり、これは08年にグルジアから独立した南オセチアと同じ道筋だ。南オセチアは国際的に数カ国からしか国家承認されていないが、ロシアから政治経済の両面で支援されているので、国際承認は重要でない。ロシア領にしてしまうと米欧が対露批判を強めるので、ロシアは南オセチアを形式上、独立国にしている。クリミアに対しても同様のことが起こりそうだ。 (Classic performance as Russia's Vladimir Putin breaks his silence

 米欧やウクライナ新政権は、クリミアの分離を認めていない。米欧は、東チモールがインドネシアから、南スーダンがスーダンから、コソボがセルビアから独立した時には、国内の一つの地域の住民の大半が分離独立を求めていることを「民主主義」と評価し、分離独立を支持・支援している。しかし今回は、クリミアという、すでにウクライナ国内で自治共和国になっている統一性のある地域が分離独立を求めているのに、認めないと言っている。 (Ukraine: The Price of Internal Division

 米欧が、東チモールの独立を支持したのは、インドネシアというイスラム教徒が多い国を困らせるイスラム敵視策(のちの「テロ戦争」)だった。コソボの独立を支持したのは、セルビアというロシアと親しい国を困らせるためだった。南スーダンの独立を支持したのは、スーダンという反米的なイスラム主義の国を困らせるためだった。いずれも「民主主義」は詭弁で、米国の世界戦略に都合のいい分離独立だったので支持した。

 それらと対照的に今回は、ロシアという米国が敵視する国の傘下に入る分離独立なので、米国は、絶対認めないと言っている。しかも米国はウクライナで、自作自演の狙撃殺害行為を行い、テロを支援する極右ネオナチ勢力を、強い反ロシアであるというだけで支援し、政権転覆を引き起こしている。米国の、民主主義重視の姿勢は、ずるがしこいインチキである。日本や米欧の人々のほとんどが、そのインチキに気づかず、簡単に騙されている(しかもインチキだと指摘する人を「反米論者」「陰謀論者」扱いする)。 (ウクライナ民主主義の戦いのウソ

 日本や西欧諸国の多くは単一民族性が高いので、容易に国民国家になれた。国民国家とは、単一の「国民」幻想で国内の人々を教育(洗脳)することに成功した国であり、圧政でなく教育(洗脳)によって国家の結束力ひいては経済力を高めることに成功した国だ。圧政は人々を疲弊させる(フランス革命以前からの)古くさいやり方だが、教育(洗脳)は人々を自らやる気にさせる(フランス革命を機に開発された)効率的で洗練された統治方法だ。うまく早く国民国家になれた国々が「先進諸国」である。

 対照的にロシアや中国は、多民族で多様で広大で、多様性を圧政で支配した前近代の帝国を、そのまま近代国家にせねばらなかった歴史があり、国民国家になりにくい。露中とも、人々に国民幻想を植えつけられず、代わりに社会主義の幻想を植えつける代替法で、近代国家になろうとした。ロシア帝国は、立憲君主的な疑似国民国家になることに失敗し、革命で倒されて社会主義幻想に立脚するソ連になったが、それも実体は独裁的な帝国だった。 (米中関係をどう見るか) (覇権の起源(3)ロシアと英米

 ウクライナは、そのソ連の独裁体制の中で、今の国境線が形成されている。ソ連の権力者は、社会主義政権を強化維持するため、ソ連東欧の国境線を意図的に民族ごとの統一を乱すよう引き直し、ソ連東欧の諸民族のナショナリズムの意識を根絶し、社会主義の「人民」の意識のみにしようとした。その一環としてスターリンは第二次大戦後、傀儡国にしたポーランドやチェコスロバキアから東部地域を割譲させ、ウクライナに編入した。後任でウクライナ系のフルシチョフは、クリミアをロシアから分離してウクライナに編入した。このようにソ連の独裁者によって恣意的に国境線が変更されて今に至っているウクライナは、簡単に国民国家になれない。 (続・ウクライナ民主化の戦いのウソ

 新政権が掲げるウクライナ民族主義は、国民の3割を占めるロシア系国民を排除する運動であり、国民国家の形成と正反対の、内戦と国家崩壊しかもたらさない。ウクライナの隣のベラルーシは、冷戦後も比較的ロシアの影響力がずっと強く、ロシアの傘下にいたために、経済がウクライナよりも安定している。冷戦終結の1990年の時点で、ウクライナとベラルーシの一人あたりGDPはほぼ同額だった。しかし今、ウクライナの一人あたりGDPはベラルーシの半分しかない。 (Russia needs to defend its interests with an iron fist

 冷戦後おおむねロシアの傘下にいたベラルーシは安定を確保して発展できたが、反露派と親露派との政争に終始し、政権交代が頻繁に起こり、政情の不安定が続いたウクライナは、経済も発展できず、多くの国民が貧困にあえいでいる。ウクライナの反露政権は、04年のユーシェンコ政権も今回のネオナチ政権も、米国による政権転覆支援によってできている。米国は、ウクライナに貧困と混乱をもたらしている。米国はベラルーシに対しても、ウクライナと同様に野党勢力を扇動して反露的な政権転覆を画策したが失敗した。ベラルーシは親露政権が続き、安定と発展を実現している。

 米国が冷戦後、もっとロシアと協調する戦略を採っていたら、ウクライナは安定し、経済成長できたはずだ。実際のところ米国は逆に、ウクライナからロシアの影響力を排除することばかり重視し、ウクライナは米露対立の場となり、発展できずにいる。しかも米国は、これまでウクライナに親米政権ができてもIMFを通じて緊縮財政を要求し、これがウクライナの成長を抑止する効果をもたらした。前回の記事に書いたように、ウクライナはEUの傘下に入るよりロシアに傘下にいた方が経済的に発展すると、米国の権威あるシンクタンクが分析している。 (Leading U.S. Think Tank Concludes E.U. Deal Would Have Ruined Ukraine

 ウクライナや東欧に対しては、戦前のドイツもソ連に対抗して影響力を行使していた。ドイツは敗戦後、東欧ソ連地域への影響力をすべて失い、ソ連を敵視する米国の覇権傘下に完全に入ったが、冷戦終結後、経済面主導で、再び影響力を拡大している。ドイツは表向き、米国と協調してウクライナの極右新政権を支持し、ロシアを非難しているが、ドイツは米国に比べ、ロシアと協調しようとする傾向が強い。米国はロシアをG8から追放したがっているが、ドイツは「米欧とロシアが定期的に直接話し合える場はG8しかない」と言って、それに抵抗している。 (German foreign minister against excluding Russia from G8

 ロシア自身は多極型のG20を重視、米英主導のG8を軽視しており、G8から追放されてもかまわない。プーチンは、これを機にG8を潰したいとすら思っている(ロシアのG8加盟は一昔前のゴルバチョフの遺産だ)。客観的にもリーマンショック後、世界の経済運営の中心はG8からG20に移っており、G8やG7は米欧日プロパガンダの中だけに生き続ける「亡霊」だ。 (G8からG20への交代

 米国は地理的に東欧から遠く、この地域がどんなに混乱しようが自国に直接影響がなく、過激にロシアを敵視する。ドイツは地理的に近いので混乱の影響を大きく受け、現実的に振る舞わざるを得ず、ロシアとの協調を重視している。ドイツが消費する天然ガスの40%、石油の35%をロシアから輸入している現実もある。ドイツは本格的なロシア制裁に反対で、ロシアとEUとのビザの相互自由化を延期するぐらいしかやりたくない。 (Russia ties compound German dilemma in Ukraine crisis) (Ukraine crisis: US-Europe rifts surfacing as Putin tightens Crimea grip) (Anti-Russian sanctions are not profitable to West - experts

 米国とドイツはいずれも、ウクライナ新政権に対し、IMF主導の緊縮財政策をやるよう求めているが、その意図は微妙に食い違っている。米国は「財政緊縮を実現した方が強い政府ができ、経済成長につながる」と考えており、新政権に緊縮財政を求める一方で、ロシアが融資をやめた150億ドルの穴埋めとして、100億ドルの緊急融資を約束している。対照的にドイツは、ウクライナ新政権が財政緊縮をやりきれず、人気を失っていずれ親露政権に取って代わられることをあえて看過し、ウクライナがロシア傘下に戻ることで再び安定することをひそかに望んでいるように見える。今回のウクライナ騒動は、ドイツの再台頭をも加速しそうだ。 (ドイツの軍事再台頭

 ウクライナ新政権は、前政権が金を持ち逃げしたので、政府の国庫が空っぽで、緊急融資が不可欠だと言っているが、ドイツなどEUとIMFは、国庫は空っぽでなく資金がまだあるはずだと言って、この言葉を信じていない。EUはIMFに働きかけ、ウクライナ新政権に対する融資を5月の総選挙後までやらないことをIMFに決めさせた。 (Kerry unveils $1bn in US aid for Kiev's transitional government

 前回の記事に書いたように、ウクライナ新政権の首相にアルセニー・ヤツェニュクを据えたのは、米政府が決めた人事だ。ヤツェニュクは中央銀行副総裁や経済担当相、外相を歴任しており、緊縮財政をめぐる米欧の要求について熟知している。米国は、傀儡として打ってつけと考えてヤツェニュクを首相に据えたが、ヤツェニュクは「国庫は空っぽだ」と主張し、より多くの資金を米欧から引き出そうとしている。ドイツは、これを芝居だと言って金を出さず、結果的にロシアを有利にしている。 (After Initial Triumph, Ukraine's Leaders Face Battle for Credibility) (Op-Ed: New prime minister may be Washington's man in Ukraine

 ドイツと米国はやり方こそ違え、結果的にプーチンのロシアを有利にしていることに違いない。米国は過激にやってウクライナの極右に政権をとらせ、クリミアに駐留権があるロシア軍の行動を「侵略だ」と言って騒いでいる。新政権が極右だということが暴露され、ロシアの行動は問題でないと中国やインド、発展途上諸国が言い出し、過激策を弄する米国に対する国際信用が今回も失墜している。 (Russia And China Stand In Agreement On Ukraine - And That Is Very Bad News For The United States) (India sides with Russia over Ukraine crisis

 半面、プーチンの冷静な対応が注目され、国際社会でのロシアの信用が拡大している。昨夏のシリア空爆騒動の時と似ている。西側では、米国の極端な対応との対照性で、ドイツの現実的で冷静な対応が目立ち、最終的にウクライナ問題は、ロシアとドイツの協調によって危機が回避されていきそうだ。その分、国際社会における米国への信用は低下し、世界の運営が米国抜きの、露中などBRICSや独主導のEUによって行われる「多極化」が進行していく。 (US considers sanctions on Russian banks

 米国はロシアの銀行にドルの使用を禁止する経済制裁も検討しているが、これをやると逆にロシアが中国の助けを借りてドルの基軸通貨制を壊そうとする動きが強まり、最終的にドルと米国の覇権にとって不利になる(現時点で中国はまだ消極的だが)。プーチンは以前から、中国などBRICS諸国との間で、ドルを使わず相互の通貨で貿易決済する新体制を進めており、米国の対露金融制裁は、それを加速するだけだ。米国のロシア制裁は、プーチンを不必要に過激化させ、米国自身の覇権失墜につながる。 (imp5 dollar Kremlin warns US over potential sanctions

 今回の事態に喜んでいる国の一つはイランだ。イランは、米国が自国に対してやったのと同じ制裁をロシアにやろうとしているのを見て、ロシアに関係強化を持ちかけ「制裁されても実害はない。恐れるな。制裁されたら貿易関係を強めつつ、一緒にドル潰しの攻撃をやろう」とロシアに提案している。ロシアとイランは、今回のウクライナ騒動の前に、ドルを使わない物々交換の貿易の拡大も決めている。 (Iranian Ambassador calls Russia not to pay attention to Western sanctions) (Iran and Russia negotiating big oil-for-goods deal

 米国がロシアや中国への敵視策を強めるほど、露中やその他の非米・反米諸国が結束し、米国の覇権を引き倒そうとする動きを強め、多極化が加速する。その点で、露中敵視の米国の強硬派は、米国覇権を自滅に誘導し、世界の政治構造を転換して新興諸国主導の世界的な経済成長の加速につなげようとする「隠れ多極主義者」である。

 米国は長らく、プーチンの人気を失墜させてロシアを再混乱に導こうとしてきた。しかし今回の件で、ロシア国内でのプーチンの人気は逆に高まっている。ソ連時代、ロシア人は、ソ連の諸民族の上に立つエリート的存在だった。中央アジアやウクライナなどソ連傘下の各共和国に多くのロシア人が移民し、現地の民族より良い暮らしをしていた。しかし冷戦終結後、これらの旧ソ連諸国は地元の民族のナショナリズムに基づく国家が作られ、そこに居続けたロシア人(ロシア系住民)のほとんどは、仕事を奪われ、ロシア語教育や国籍、福祉などの権利を奪われ、貧困層におとしめられ、窮してロシア本国に戻っても再起は難しかった。 (Ukraine crisis and Olympics boost Vladimir Putin's popularity in Russia

 ウクライナ東部に住むロシア系住民は、そうした困窮するロシア人の一例だ。バルト3国の独立をめぐり、エストニア人やラトビア人のナショナリズムの再獲得は美談として世界で華々しく報じられたが、人口の2−3割を占めるロシア系住民に対するひどい差別はほとんど報じられない。プーチン自身を含めロシア人の多くが、このような冷戦後の状況に心を痛めている。「クリミアやウクライナ東部のロシア系住民を守る」と宣言したプーチンの支持率が急騰したのは当然だった。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ