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ウクライナ民主主義の戦いのウソ

2004年11月30日   田中 宇

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 11月21日に行われたウクライナ大統領選挙の決選投票は、現職のクチマ大統領の路線を継承する与党のヤヌコビッチ候補(現首相)の陣営に有利になるように不正が行われた結果、いったんはヤヌコビッチの勝利になりかけたものの、野党ユーシェンコ候補の支持者が首都キエフで大集会を行って不正を糾弾した結果、政府側が窮して不正を認めざるを得ない状況になった・・・というのが一般に報じられている展開だ。

 しかし、私が見るところ、この「政府が選挙不正をしたが、市民と野党の努力で暴かれた」という筋書きは、英米やEUの政府と大手マスコミの多くによって演出されたものである可能性が高い。実際には、政府側はそれほどの選挙不正をやっておらず、むしろ野党側が与党支持の有権者を威圧するなどの不正を行ったことが明らかになっている。

 欧米諸国で作る「欧州安全保障協力機構」(OSCE)や、アメリカ共和党系の選挙監視団(共和党国際研究所、IRI)は「ウクライナ政府は広範囲な選挙不正を行った」と発表したが、政府系でない独立系の人権団体であるBHHRGが派遣した選挙監視団は「ウクライナ政府が選挙不正を行った兆候はない」と主張している。(関連記事

▼アメリカによる4カ国目の政権転覆計画

 アメリカの勢力がウクライナの選挙で野党ユーシェンコ陣営を支援し、ユーシェンコを勝たせるために支持組織に政治活動の訓練を施してきたことは、以前から知られていた。私も今年4月の記事でそのことに触れている。

 アメリカは、2000年にユーゴスラビア(セルビア)で野党勢力を結集させ、当時のミロシェビッチ大統領を追い落とす選挙に成功し、昨年11月には似た手法でグルジアのシュワルナゼ政権を潰してサーカシビリ政権を誕生させた。今年10月にはベラルーシの議会選挙でも同じ展開を試みたが、野党諸勢力間の結束が得られず失敗した。アメリカにとって今回のウクライナ選挙は「選挙を使って旧ソ連系諸国の政権を転覆する作戦」としては4回目となる。(関連記事

 4カ国の政権転覆作戦の詳細を見ると、やり方が非常に似ていることが分かる。まず、分裂しがちな野党諸勢力を一人の候補のもとに結集させるべく、アメリカ大使館(国務省)が事前に根回しをしておくとともに、その国のマスコミの中の野党シンパをネットワーク化しておく。野党陣営の中堅リーダーとなる若手勢力を養成し、最初の成功例であるユーゴスラビアの若手指導者をグルジアやウクライナに派遣してデモのやり方などを習得させる。

 野党陣営には一つの単語からなる象徴的な名前をつける。ユーゴスラビアでは「抵抗」という意味の「オトポル」、グルジアでは「もうたくさんだ」という意味の「クマラ」、そしてウクライナでは「今がチャンスだ」という意味の「ポラ」(Pora)という名前を運動体につけている。

 選挙戦が始まると、アメリカの共和党系のIRI、民主党系のNDI、欧州系のOSCE、米政府系の援助団体であるUSAID、人権団体の「フリーダム・ハウス」、ジョージ・ソロスのNGO「オープン・ソサエティ」などが選挙活動の監視にあたる。政府系の候補が勝ち、野党系が負けた時点で、それらの団体がこぞって「選挙不正があった」と主張し始める。英米のマスコミは、選挙前から「選挙不正がありそうだ」と報じ、選挙後は「やっぱり不正があった」と大々的に報道を開始する。

 野党陣営は、前もって計画していた手法に従って首都を席巻する大規模な政治集会を組織する。今回のウクライナでは、野党支持者はオレンジ色の衣類(セーターやマフラー、帽子など)を何か着用することを呼びかけ、野党支持の経営者がいる店のウインドウにもオレンジ色の飾りが置かれ、誰が支持者かすぐにわかるような工夫が凝らされるなど、4回目ともなると、継承された政治運動の技術がかなり高くなっていることが感じられる。

 国内マスコミの中では、比較的反政府なテレビ局などが不正を報じ始め、国営報道機関のジャーナリストの中にも野党側に寝返る者が相次ぎ、そのころになると警察や官僚の中からも鞍替えを表明する者が増え、議会や行政府が野党のデモ隊によって占拠され、混乱の中で本当は野党の候補が勝っていたと宣言される。

 欧米諸国はそれを承認し、最後には政府系候補を支援していたロシアも野党勝利を承認せざるを得なくなり、欧米から圧力をかけられた政府系候補が敗北を認め、政権転覆が実現する。こうしたシナリオが、ユーゴスラビア、グルジアと繰り返され、今回またウクライナでそのシナリオに沿って事態が動いている。

▼記者を装って投票妨害する野党

 政権転覆される前のユーゴスラビア、グルジアと、現在までのベラルーシ、ウクライナは、いずれもソ連時代からの幹部が政権の座にあり、公正な選挙を行うことに関しての信頼性は必ずしも高くなかった。そのため「政府が選挙不正をやった」と野党や欧米側が主張すると、内外の人々の多くは「きっとそうだろう」と疑わずに信じる傾向がある。

 しかし実際のところ、ウクライナで選挙不正を行ったのは政府側ではなく野党側だった可能性がある。少なくとも、政府側と同様に野党側も不正を行っていた。前出の独立系人権団体BHHRGの報告書によると、ユーシェンコ支持の野党機関紙「トーチカ・ゾラ」の記者と称する人々が各投票所に派遣され、記者の肩書きを使って投票所内部に入り込み、投票箱の近くに陣取って投票に来た人々を威圧した。

 今回の選挙では、OSCEのアドバイスに基づいて「不正ができないようにする」と称して透明な投票箱が使われたが、これによって逆に各有権者が誰に入れたか、票を投じるときに投票箱の近くで見ていると分かってしまう。ユーシェンコ支持者とひと目で分かる「記者」たちは、投票箱の近くにいることで、ヤヌコビッチに対する投票を阻害することができた。

 また、野党系の若者が投票所の入り口で与党支持の有権者を排除する行動も行われていた。ユーシェンコへの支持が強いウクライナ西部地域では、地元のテレビ局がユーシェンコ側に有利になるような報道を展開していた。

 今回の選挙では、出口調査ではユーシェンコが優勢だったのに、選挙管理委員会はヤヌコビッチの勝ちと発表したため、この矛盾を理由に、政府が不正をやったのだと野党や欧米側が主張している。しかし、出口調査は野党側によって行われ、ひと目でユーシェンコ支持者と分かる若者が、投票所の出口で有権者にどちらの候補に入れたか尋ねていた。

 これには約4割の人が返事をしておらず、返答した人の8割はユーシェンコに入れたと答えた。ユーシェンコ支持者の若者から「誰に入れたか」と聞かれ「ヤヌコビッチに入れた」と答えたら、何をされるか分からないから、ヤヌコビッチに入れた人の多くは無回答だったのだろう。こうした偏向した出口調査では、ユーシェンコ優勢という結果が出るのは当然だった。

(こうした報告書を発表したBHHRGは、昨年のグルジアの選挙後の政権転覆について「クーデターである」とする報告書を出したり、今年9月のロシア学校占拠事件に対するプーチン大統領の対応を支持する一方、欧米による東欧旧ソ連諸国に対する内政干渉を批判し続けており、アメリカによる政権転覆作戦に気づき、それに反対する姿勢をとり続けている)(関連記事

▼毒殺未遂の謀略説に加担する欧米マスコミ

 たとえ選挙不正を行ったのが野党側だったとしても「旧ソ連系の政府が公正な選挙をやるはずがない」という世界的な先入観があるため、政府が不正をやったことにして、それを契機に政権転覆が行われてしまう。これは、実は大量破壊兵器も持っておらず、喧伝されていたような大虐殺もやっていなかったサダム・フセイン大統領が、イラク侵攻前の世界的なマスコミによって「サダムは悪い独裁者」とされ、米軍による不正な侵攻が行われてしまったプロセスと似ている。

 欧米マスコミでは「政府系の勢力が投票所に殴り込みをかけ、投票箱を奪おうとした」「野党支持が多いウクライナ西部の投票所で、政府側の選挙管理委員会がすぐ消えてしまうインクを使って人々に投票させ、ユーシェンコに入れた票が白票に変わってしまう不正が行われていた」といった指摘も出ている。これが事実だとしても、政府側だけでなく、野党側も不正をやっていたということには変わりない。(関連記事

 野党のユーシェンコ候補は、選挙戦の途中で、顔面に腫瘍が広がって痛々しい状態になった。ユーシェンコは「政府側に毒を盛られた」と主張しているが、皮膚科の専門家の中には、彼は硬化性粘液水腫か皮膚のリンパ腫であり、毒を盛られた結果であるとはどう見ても思えない、とする意見がある。(関連記事

 ユーシェンコを診察したウィーンの医師は、いったん「毒を盛られた形跡はない」と発表した後、ユーシェンコの側近からカルテを書き直すよう脅され、身の危険を感じて警察に保護を求めるとともに「毒を盛られたかどうかは、生物化学兵器の専門家の調査に委ねたい」と言い方を変えたという経緯がある。(関連記事

 FTエコノミスト誌といった欧米マスコミは、ユーシェンコの顔が痛々しく腫れ上がり、毒を盛られたと彼自身が言っているところまでは書いているが、その先を書かないことで、ユーシェンコ陣営の謀略説に加担している感がある。911やイラク戦争、それから先のアメリカ大統領選挙などをめぐっては、ブッシュ政権が謀略をやったという見方に立つことを強くタブー視するこれらの欧米マスコミは、ウクライナの選挙では、積極的に謀略説を伝播している。

 読者の中にも、FTやエコノミスト誌、ニューヨークタイムスなどの報道に全幅の信頼をおいている方々が多いかもしれないが、その考え方は改めた方が良い。彼らは、報道機関ではなく政治機関である。

▼分裂して損するのはウクライナ人自身

 ユーゴスラビア、グルジア、ベラルーシ、ウクライナでアメリカが政権転覆を企てた背景には、ロシア寄りの政権を倒して欧米寄りの新政権を作ることで、ロシアを封じ込める意図があるというのが一般的な見方だ。

 ウクライナもユーシェンコが大統領になったらNATOに加盟し、ロシアにとって軍事的な同盟国が脅威へと変質すると予測されている。また、これまでロシアの石油を欧州に輸出するために使われていたウクライナ国内のパイプラインも、アメリカが権利を持つアゼルバイジャンのカスピ海油田の石油を運ぶかたちに改められ、石油利権的にも重要な転換が行われると予想される。(関連記事

 ユーゴスラビアとグルジアでは、政権転覆は両国の不安定な政情を安定させる効果もあった。ユーゴスラビアは、転覆前のミロシェビッチ政権の時は国際的に孤立していたが、コシュトニツァ政権になって国際社会に復帰した。グルジアでは、シュワルナゼ政権時代にアジャリア、南オセチア、アブハジアという国内3地域が分離独立して割拠する状態になったが、サーカシビリが政権について以来、これらの地域をグルジアに再統合する強硬策が展開され、国情の安定化が図られている。

 ところがウクライナの場合は逆に、今回の政権転覆の試みは、これまで統一されてきた国内を東西に分裂させて不安定にする結果を生みそうである。ウクライナは、ロシアに接する東部にはロシア系住民が多く、宗教も正教会キリスト教(ウクライナ正教会、ロシア正教会)であるのに対し、ポーランドやルーマニアに接する西部ではウクライナ系住民が多く、宗教もカトリック系のキリスト教である。東部は親ロシア感情が強く、西部は反ロシア感情と親ヨーロッパの感情、それからウクライナ・ナショナリズムの感情が強い。

 ロシア系住民は人口としては全国民の22%しかいないが、ソ連時代から公務員などの要職にはロシア系が多く、公用語もソ連崩壊後はウクライナ語になったものの、実際にはロシア語が広範囲に使われている。冷戦後のウクライナでは、東部と西部、ウクライナ系とロシア系を分裂を回避しつつ、外交的にもロシアとEUの両方に配慮するかたちでやってきた。

 ところが今回の選挙では、野党のユーシェンコは西部が地盤で、ウクライナ西端の町リヴィフ(リボフ)が牙城である。半面、与党のヤヌコビッチは東部が地盤で、東端のドネチクやルハンシクといった都市が牙城となっている。候補者が東西対立のかたちをとっているため、選挙の不正が問題になって以来、これまで回避されてきた東西の対立が一気に強まっている。東部の諸都市では、ユーシェンコが大統領になった場合に備え、東部地域がウクライナの中で自治を持った共和国になるための住民投票を行う準備を開始した。(関連記事

 東部地域は炭鉱や鉄鋼産業が盛んな重工業地帯で、ユーシェンコが勝ってウクライナがEUに接近した場合、EUの安価な鉄鋼製品がウクライナに流れ込み、東部地域の産業が壊滅するおそれがある。そのこともあって、東部の人々は産業保護主義の強いロシアと親密な関係を持ち続けることを望み、ロシア系・ウクライナ系を問わず、ヤヌコビッチを支持する傾向が強い。(関連記事

 ウクライナのような多民族の複合国家では、各民族のナショナリズムや地域主義の対立をできる限り回避することが国家の安定につながる。外交的には、ロシアとヨーロッパの両方とバランスよく関係を築くことが必要だ。ところが現在ウクライナで起きている紛争は、まさにその逆の不安定化を煽っている。今回の紛争によって損をするのは結局のところ、当事者であるウクライナ国民全体であることを思うと「民主主義」の幻想とは馬鹿馬鹿しいものであると感じられる。



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