プーチンを怒らせ大胆にする2014年11月18日 田中 宇ウクライナ東部で親露派が多いドネツクとルハンスク(ルガンスク)という2都市は、今年2月にウクライナ政府が極右主導の反露的な政権になった後、5月に住民投票を行ってウクライナから独立して「ドネツク人民共和国」と「ルハンスク人民共和国」になることを決めた。さる11月2日には、両「共和国」の首相と議会議員を選ぶ投票が行われた。ドネツク市民は、今年8月から指導者の地位にあるアレクサンドル・ザハルチェンコを「首相」に選出した。 (Ukraine rebel leaders sworn in, Kiev says peace plan violated) 両共和国を国家として認めている国は、ロシアを含め、世界にまだない(グルジアから分離独立してロシアやベネズエラだけが国家承認した近隣の「南オセチア」だけは、両共和国を国家承認している)。ロシアを敵視しウクライナを支持する米国政府は、東部2都市の今回の選挙を、ニセモノなので認めないと宣言した。対照的にモスクワでは、2都市の独立と選挙を支持賞賛する集会が開かれた。ウクライナの親露派を支援するロシア人は「米欧は自分たちに都合の良い選挙しか選挙として認めず、民主主義を踏みにじっている」と米国などを非難している。 (Memo to Novorossiya: Only US-Backed Elections Are Legitimate) (US denounces Ukraine vote as 'sham') ウクライナ軍と親露派武装勢力の戦闘は、今年8月から親露派が優勢になり、ウクライナ軍が事実上敗北した状態で、9月に停戦協定が締結された。ウクライナ政府は、ロシアが軍隊を越境侵攻させたので親露派が優勢になったのだと主張したが、実のところロシアは軍隊を出しておらず、ロシアの元軍人たちが私服を着てウクライナに越境し、人材的に親露派を支援し、士気が低いウクライナ軍から奪った武器を使ってウクライナ軍に勝ったのが現実だった。9月の停戦以来、東部の親露派は独立傾向を強め、それが11月2日の選挙で「議会」と「首相」を選出する動きにつながった。 (ウクライナ軍の敗北) ウクライナ政府は11月14日、東部におけるすべての政府サービスを停止した。公立の学校や病院の運営を放棄し、東部住民に対する年金支払いを停止した。同時にウクライナ中央銀行は、東部におけるすべて中央銀行業務を停止した。これらは、財政難のウクライナ政府が東部に対する行政サービスを止めて自国から切り離す現実的な政策であり、東部の分離独立の容認だ。ウクライナ政府は、法的に東部の分離独立を拒否しているが、現実策としては東部の分離独立を容認している。 (Effectively Cedes East Ukraine to Separatists; Poroshenko Withdraws Hospital and School Funding, Bank Card Operations) (Ukraine ends state services in east) (Ukraine, Russia and Europe's bloody borders) (Citing Election, Ukraine to Halt Pension Payments to Easterners) (ウクライナ政府が東部に対する行政サービスを突然停止したことは、独立宣言した東部の経済を麻痺させ、東部の人々を困らせようとする「制裁」の意図がある、とも指摘されている) (Ukraine Bank Runs Begin As Poroshenko Plans To Sever Socio-Economic Ties With Separatist-Held Regions) ロシア敵視のタカ派が席巻する米議会は、ウクライナが停戦協定を無視して親露派との戦闘を激化することを希求している。米政府はウクライナへの軍事支援を増やしている。米国の好戦的な姿勢が、劣勢だったウクライナの軍や極右民兵を勢いづかせ、ウクライナ側が停戦を無視して親露派を攻撃する動きにつながっている。 (US preparing Ukraine for new offensive) (Arming Ukraine Is a Very Bad Idea) 11月2日のドネツクなどでの選挙の後、ウクライナ側からの攻撃が強まった。しかし米欧の政府やマスコミは、ロシア敵視のプロパガンダに流され、ウクライナ側でなくロシア側が停戦違反の戦闘を仕掛けていると報道・発表している。 (Ukraine Lurches Back Toward Open War on East Fighting) (Ukraine Begins "Large-Scale" Offensive In Donetsk) ウクライナ東部は軍事的に親露派が優勢だ。ロシアは政府軍を越境侵攻する必要がない(東部の経済や人材を強化する支援策をやる必要はあるが)。軍事面では、従来どおりロシアから軍人が「私人」としてウクライナに入国して親露派を支援する(国際法の範囲内の)やり方で十分だ。最近NATOが「ロシア軍と思われる戦車部隊がウクライナに越境侵攻している」と発表したが、ロシア軍であるという具体的な根拠を示していない。ウクライナ政府軍も民兵も親露派も、ロシア製の戦車や武器を持っている。戦争プロパガンダの要素も加わり、(意図的に)間違った発表や報道が飛び交っている。 (Russian tanks and troops crossing into Ukraine, says Nato commander) (Russia army build-up triggers guessing game over aims in Ukraine) (Fears Rise as Russian Military Units Pour Into Ukraine) 10月末には、ロシアの対岸に位置するスウェーデンのストックホルム沖の海中にロシアの潜水艦が潜行していると報じられ、スウェーデン政府が軍事警戒を一気に強めるなど北欧に緊張が走った。ロシア政府は、当初から一貫して自国潜水艦潜行の事実を否定し、自国でなくオランダの潜水艦だろうと指摘していた。しかし欧州ではロシアの脅威を喧伝する大騒ぎが続き、何日か経った後で、潜行していたのがロシアでなくオランダの潜水艦であることをスウェーデン政府も認めた。この事件は、ロシアの脅威を欧州で喧伝するために起こされたのだろう。 (Red-faced Swedish Navy calls off hunt for mystery vessel in Baltic Sea - and is forced to admit there was no submarine there after all) (Russia: Submarine in Swedish waters was Dutch, not ours) 11月15−16日に豪州で開かれたG20サミットでも、豪州のアボット首相やカナダのハーパー首相といった右派政権の首相たちが、プーチンを相手に「ロシア軍のウクライナ侵攻」を強く非難した。ハーパーは、プーチンとの会談で握手を求められたとき「握手する前に言わねばならないのは、ウクライナから貴国軍を撤退せよということだ」と発言した。プーチンはむっとしつつ「もともとわが軍はウクライナにいないのだから撤退できない」と返答した。プーチンの方が正しいのだが、米欧マスコミは「プーチンの孤立」を象徴する出来事として報じた。 (Canada's PM To Putin: "I Guess I'll Shake Your Hand..." Putin's Response "Was Not Positive") 米英豪加のアングロサクソン諸国と日本の首脳は、G20サミットの公式の場でプーチンを非難したが、ドイツのメルケル首相はG20の傍らでプーチンと2人で3時間も会談した。メルケルは先日、EUとしてこれ以上ロシアを経済制裁しないとも表明している。先日のAPECで示されたとおり、中国の習近平もプーチンの強い味方だ。実のところプーチンは孤立していない。 (This "Putin Isolated" Nonsense Is Dangerous) (Merkel says EU not planning new sanctions against Russia) 最近、ロシアの南隣にあるグルジアでは、親露的な首相が、米国に接近しようとした親米的な国防相を解任し、これを機に親露派と親米派の連立政権が崩壊する政治劇が起きている。グルジアは、サーカシビリ前大統領の時代、米国のタカ派と結託して反露的な動きを展開する国だったが、ロシアと軍事衝突して敗北した後、今では目立たない形で親露的な国に転換している。こうした点から見ても、ロシアは孤立しておらず、むしろ静かに台頭している。 (Georgia's premier sacks pro-Western defense minister) (◆ロシアは孤立していない) (余談だが、G20サミットの集合写真では、中央に写っている豪アボット首相が、両脇に日本の安倍首相と中国の習近平主席を立たせ、豪州が日中の仲直りを仲裁することを示唆する並び方になっている。豪州は対米従属である一方、経済面主導で中国との戦略的関係も強めている。豪中はG20を機に自由貿易協定を締結した。豪州やその背後にいる米オバマ政権が、日本に中国敵視策をやめさせたがっていることが感じられる) (Australian PM committed to a successful G20 summit despite international tensions) (China and Australia agree trade deal) (◆中国敵視を変えたくない日本) プーチンをことさら攻撃する外交攻勢は、おそらく米国のオバマ政権が主導している。プーチンのロシアは、ウクライナ問題でも対欧州関係でも、しだいに優勢になっている。中東問題ではイラン核問題の協議において、ロシアが米国にとって不可欠な存在になっている。イランが保有する低濃縮ウランをロシアが引き取って核燃料に転換し、ロシアがイランに作ってあげたブッシェール原発の燃料として装填する協約は、今まさに交渉が進んでいるイラン核問題の解決策の中心をなしている。 (Russia's Pivotal Role in the Iranian Nuclear Agreement) オバマがイランを許すことに猛反対するイスラエルを支持する在米右派勢力は「ロシアの協力がないとイラン核問題を解決できないオバマは、ロシアがウクライナで勝手なことをやることを黙認することで、イラン問題でロシアの協力を得ようとしている」といった見方すらしている。 (The Iran-Ukraine Affair) イラン核問題の解決は、オバマ政権8年間の集大成といえる事業だ。そして、核問題が11月24日に交渉期限を迎える今ほど、オバマがロシアの協力を必要としている時はない。それなのにオバマは、わざわざ今のタイミングを選んで、ロシアのプーチンをことさら怒らせる挙に出ている。これは一見、矛盾している。しかしよく考えると、オバマはむしろプーチンを怒らせて大胆にさせた方が、イラン核問題(やその他の国際問題)を解決できる。 (Role for Russia Gives Iran Talks a Possible Boost) イラン核問題は、前ブッシュ政権時代の米国が、捏造した根拠に基づいて「イランが核兵器を開発している」と濡れ衣をかけて制裁したところから始まっている。ロシアは当初、欧州や中国と同様に、濡れ衣と知りつつ米国のイラン制裁を黙認し、濡れ衣の構図に協力していた。オバマは、濡れ衣の構図で米国が世界を支配するやり方から脱却したいと考えてきたようだが、濡れ衣戦略は、米政界の中でもオバマと対峙する軍産イスラエル(タカ派)が主導していた。世界が米国の濡れ衣戦略を黙認している限り、米国の方から濡れ衣戦略を脱却するのは無理だった。 (イラン危機が多極化を加速する) しかし近年、米国の政治的影響力が低下する中で、プーチンはしだいにイランの肩を持つようになり、イランやその他の反米諸国に濡れ衣をかけて制裁する米国のやり方を批判するようになった。今年2月、米国のタカ派が扇動してウクライナの親露政権を転覆してウクライナ危機を起こし、危機をロシアにせいにして対露制裁を開始し、米国が濡れ衣戦略をロシアにまで広げてから、プーチンの米国批判・イラン支持が一気に強まった。米国がロシアを濡れ衣戦略で制裁してプーチンを怒らせるほど、プーチンはイランを核問題の解決を主導して、米国の濡れ衣戦略を無効にしようと、大胆に動く傾向を強める。プーチンを怒らせることは、米国に濡れ衣戦略をやめさせようとするオバマの戦略と一致するものになった。 (Don't Mistake Russia for Iran) 米国の対露経済制裁は、ロシア経済を悪化させている。プーチンは、自らの人気を低下させる経済の悪化を放置できない。プーチンは制裁の悪影響を減らすため中国に接近し、経済政治の両面で中露の関係を強化している。中国の上層部はもともと、今後何十年もかけてゆっくりとアジアの地域覇権国になる戦略を持っていたが、米国がロシアを潰そうとするのを看過すると次は自国が標的になると感じ、中露結束によって米国の世界支配に対抗したいプーチンの策に協力することを決めた。 (Putin Signs Secret Pact To Crush NATO) 経済はロシアの弱点だ。米国がロシアを経済制裁したことで、それまで米国の覇権をある程度容認していたプーチンは、中国の協力を得て、できるだけ早く米国覇権と別の世界システムを作り、米国に制裁されても露経済が潰れないようにする速攻戦略に転換した。 米国覇権は、米国自身でなく、世界各国の対米従属策によって支えられてきた。米国の上層部が世界の覇権構造を変えたくてもできない。対米従属の根底にあるのは「米国は、悪い点もあるが、軍事も経済も圧倒的に強い国だから、米国覇権体制を容認するしかないんじゃない?」という人々の意識だ。プーチンは、この世界の人々の対米従属の意識をくつがえす潜在力を持っている。そのプーチンの力を引っ張り出したのは、ロシアに濡れ衣をかけて制裁した米国自身である。 (Time to Take the Russia-China Axis Seriously) 今後プーチンがどこまでやれるか、まだわからない。最終的に米国のタカ派に負けて潰されるかもしれない。半面、米金融バブルが崩壊すると、それは自滅的な米国の覇権崩壊につながり、プーチンが大して強くなくても米国に勝てるようになる。まずは11月24日の期限までにイラン核問題が解決するのか、交渉延期するならどういう条件になるのかが注目される。 (U.S. says Iran deal 'difficult, but possible'; Israel believes talks will be extended)
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