米国の新冷戦につき合えなくなる欧州2015年6月9日 田中 宇6月7-8日、ドイツでG7サミットが開かれた。サミットの最大の焦点は、ウクライナ問題でロシアへの制裁を強化するかどうかだった。米オバマ大統領は、異例に強い口調でロシアのプーチン大統領を非難し、ロシアがウクライナに対して折れるまでロシア制裁が必要だと力説し、欧州諸国にロシア制裁の強化を呼びかけた。米国は、冷戦時代の「ロシア封じ込め策」の復活を検討している。 (Obama vows he's 'standing up to Russian aggression' at G-7 meeting) (US considering new 'containment' strategy to Russia: Report) G7はもともとロシアを含むG8だったが、米国のロシア敵視が強まり、ロシアも落ち目のG7よりG20やBRICSを重視したため、昨年からロシアは招待されず、G8がG7に戻っている。ウクライナは5月から、東部の親露地域との境界線近くに兵器を戻し、東部側と交戦を再発し、ポロシェンコ大統領が「クリミアや東部を奪回するまで戦う」と述べるなど、今年2月に露独仏の努力で結ばれた「ミンスク2」の停戦合意に違反する言動を繰り返している。 (Russia is not out to return to G8 - deputy FM) (Obama urges EU leaders to stand up to Russia) (Donetsk republic accuses Kiev of secretly moving rocket launchers to separation line) (ウクライナ再停戦の経緯) 米政府は、冷戦後期に欧州から撤去した核兵器を、再び英国などに配備することを検討している。表向きの理由は、ロシアが1978年に米露が締結した中距離核戦力全廃条約(INF条約)に違反するミサイル開発を行っていると、米政府が昨年から指摘していることに絡んでいる。ロシアが違反行為を続けるなら、米国も遵守する必要はないとして、米議会はINF条約の破棄を検討している。ロシアが欧州に届く条約違反のミサイルを開発するなら、米国も欧州にミサイルを再配備する必要があると、国防総省が言い出している。この件が、今回のG7サミットでのオバマの強いロシア敵視の表明を機に、英国など欧州への核ミサイル再配備や、東欧へのミサイル防衛システムの配備強化の話につながっている。 (US could potential deploy missiles in Europe to deter Russia) (Russian arms treaty violations prompt United States to consider sending nuclear weapons to Europe) (US says Russia hasn't corrected violation of landmark 1987 arms control deal) 英国には潜水艦発射型のトライデント核ミサイルが配備されているが、それらはスコットランドの軍港にある。近年のスコットランド独立運動の再燃にともない、英政府の財政難もあり、トライデントが廃棄されていきそうな機運が強まっていた。今回の米国による地上発射型の核ミサイルの再配備構想は、核兵器廃棄に近づいていこうとする英国を、正反対の冷戦型の核兵器態勢に押し戻す動きだ。英政府は、米国が核配備を提案するなら検討すると発表したが、英国民の反発は必至だ。今後、冷戦後期に起きた全欧的な核兵器反対運動の再燃があり得る。 (British Foreign Secretary: US Nukes Could Be Stationed in Britain to Target Russia) (スコットランド独立で英国解体?) プーチンは、米国が欧州に核兵器を再配備する構想を、米露の信頼関係を破壊すると非難している。ロシアは、米国が冷戦後、自国のすぐ近くの東欧に、ミサイル防衛システム(ミサイル迎撃ミサイル)を配備したことを新たな脅威と考え、米国がミサイル防衛システム配備を強行するなら、INF条約は抑止力を失うと考え、対抗して新型ミサイルを開発してきた。オバマがロシア封じ込めを提起したG7サミットを機に、事態は冷戦体制が急に戻ってきた感じになっている。 (Reports of US plans to put missiles in Europe don't build trust - Kremlin) (米ミサイル防衛システムの茶番劇) 米国の新冷戦はロシアだけでなく、中国とイランを同時に敵視し、米国に敵視された露中イランが結束を進めて強くなる事態を招いている。安倍首相が4月末に訪米し、その前後から日本政府が急に軍事拡大できるを法体系を整備し始めたが、この日本の動きは、米国が露中イランとの新冷戦体制を構築していることと同期している。日本政府は米国から新冷戦への参加を誘われ、呼応している。安倍首相は6月6日、日本の首相として初めてウクライナを訪問するなど、米国のロシア敵視策につき合っている。安倍と前後して、同じく対米従属のカナダの首相もウクライナを訪問している。 (Cold War 2.0 Heats Up: Washington Dusts Off Russia "Containment" Plans) (中露結束は長期化する) 新たに始まった新冷戦体制が、旧冷戦と同様、何十年も続き、最終的に露中イランの敗北に終わり、中国共産党政権も瓦解するなら「日本は多極化の波に乗らず、がんばって対米従属に固執して良かった」という話になる。しかし、事態はすでに米日の側にとって不利だ。 (◆負けるためにやる露中イランとの新冷戦) (多極化への捨て駒にされる日本) 米国がロシアを経済制裁するには、ロシアの最大の貿易相手である欧州の協力が不可欠だ。米国はロシアとの経済関係が少ない。欧州は、ロシアを制裁すると輸出が減って経済難になり、ロシアに依存してきたエネルギー分野も困窮する。米国がEUにロシア制裁を強要したせいで、EUが経済難になっていることを、米政府も認めている。 (Anti-Russia Sanctions to Remain at Expense of EU Economies - White House) (White House Admits Economies Of European Allies Crippled By Russian Sanctions) (米露相互制裁の行方) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動) 欧州は昨年後半、米国に協力して対露制裁を強化した結果、ドイツなど大半の国で経済が減速し、この減速につけ込んで対米従属的な欧州中央銀行(ECB)が、ドル救済策であるQE(量的緩和策、通貨を大量発行して債券を買い支える)をユーロ圏に拡大した。その結果、QEの悪しき副作用である国債の金利乱高下が今春にドイツ国債などで起こり、欧州の金融市場が混乱している。 (Draghi says `get used to' bond volatility) (Fund managers scramble to track market reversal) (◆超金融緩和の長期化) 米国は昨春、ウクライナで民主的に選出されたヤヌコビッチ政権を倒す反政府運動を扇動する政治介入を行い、政権転覆後の極右政権に国内のロシア系住民を弾圧する政策を行わせてロシアを挑発し、ロシアが地元の露系住民の求めに応じて重要な露軍港があるクリミアを併合するように仕向け、クリミア併合を侵略行為として米欧がロシアを非難する構図を作り上げた。ロシア敵視や対露制裁は米国の自作自演であり、欧州はNATOとして対米従属の策を持つがゆえに、それにつき合わされている。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) 米国は昨年来、独仏などEUに圧力をかけて対露制裁を続けてきたが、EUはもう自分たちを疲弊させる対露制裁を強化したくない。EUのロシア制裁の諸策の多くは期限つきで、多くの期限が7月に切れる。EUは、6月25日のサミットで制裁の延長を決議できない場合、対露制裁の多くが7月に次々と自動失効して終わってしまう。EUの決議は、全会一致が原則だ。一カ国でも対露制裁延長に反対する国があると、延長を決議できない。 (G7 will discuss extending sanctions on Russia - EU official) (The Choice Before Europe - Paul Craig Roberts) EU内では、ロシア制裁への反対を明確に表明する国がしだいに増えている。ギリシャは今年初めの選挙にシリザ政権になって以来、一貫してロシア制裁に反対している。ギリシャの反対だけで、EUの制裁延長は否決されてしまう。ロシアとの経済関係が強いハンガリーやチェコも、制裁延長に反対だ。 (What Central Europe Really Thinks About Russia) (◆EU統合加速の発火点になるギリシャ) ポーランドは少し前までロシア敵視国の筆頭だったが、先日の選挙で当選したドゥダ新大統領は、ウクライナのポロシェンコ大統領が訪問して会いたいと言ってきたが断ってしまった。もはや、ポーランドも反露国でない。東欧の小国をけしかけてロシアに噛みつかせる米英の策は破綻している。米当局は最近、マケドニアの親露政権を転覆しようとしているが、これも周辺の東欧諸国の米国に対する警戒感や嫌悪感を強めている。ドイツとフランスは、せっかく苦労してミンスク2の停戦合意を作って維持してきたのに、米オバマ政権がそれを無視してウクライナ政府を煽って好戦策をとらせているので苛立っている。6月25日のサミットでEUがロシア制裁を延長するかどうか、EUは国際戦略上の分岐点にいる。 (Poland is dumping Poroshenko) (米露対決の場になるマケドニア) 米国がことを穏便に進めれば、EUは独仏などが内部の親露諸国をなだめて話をまとめ、露制裁を6カ月延長できたかもしれない。しかしオバマは、穏便策がまさに必要なタイミングを狙って、G7サミットで過激なロシア敵視の論調をぶち上げ、EU内の親露諸国が激怒して制裁延長に絶対反対の態度をとるように仕向けてしまった。EUが制裁延長を否決すると、新冷戦は、旧冷戦が数十年続いたのと対照的に、わずか1カ月で頓挫する。独仏は、米国に配慮して何とか短期の制裁延長を可決するかもしれないが、EU内の分裂はかなり深刻だ。 (NATO Strategy: Use Small European Countries as Proxies for War with Russia) (◆茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) オバマがG7でちゃぶ台をひっくり返すようなロシア敵視の大表明をするまで、米政府内ではケリー国務長官が中心となり、穏便に事を進めようとする流れがあった。この動きには、オバマも関与していたはずだった。ケリーは5月12日、2年ぶりにロシアを訪問してプーチンと会談し、米国としてミンスク2の支持を初めて表明し、米露和解の方向性が示された。 (Kerry holds 'frank' talks with Putin in bid to improve ties) (Western Isolation of Moscow Helps Putin, Opens New Opportunities for Russia) ケリーの訪露には、ウクライナの政権転覆を画策するなど反露策の首謀者であるヌーランド国務次官補も出席し、ヌーランドがその後の米露関係改善の調整役に指名された。対露敵視派のヌーランドは、不本意ながら、対露融和派のケリーの命令に従わざるを得ない構図だった。ケリーは、好戦的な発言を繰り返すウクライナのポロシェンコ大統領を批判するなど、5月12日以降、米国の好戦策は影を潜め、対露融和策に取って代わった。 (`Bigger role' for US in Minsk II accords: Are you sure, Ms. Nuland?) (Obama surrenders and embarks on Plan B on Ukraine) NATOのストルテンベルグ事務総長は、反露的な好戦派として知られるが、その彼でさえ6月4日、NATOにとって当面、ロシアは敵でないと発言し、ロシア敵視を引っ込めた。ストルテンベルグの方向転換に私は異様な感じを受けた。 (Russia not an immediate threat to NATO states, Stoltenberg says) 後知恵的に思えば、ケリーやストルテンベルグのロシアへの融和的な姿勢は、恒久的な態度の転換でなく、6月25日にEUがサミットでロシア制裁の延長を可決するまでの間、穏便にことを進め、EU内の親露派の米国批判をかわすための短期的な策だったと考えられる。しかし、このケリーらの策略は、オバマがG7で突然に好戦的な牙をむき出してロシア敵視を言い出し、欧州への核兵器再配備まで持ち出したことで、見事にひっくり返された。オバマは、穏健派のケリーを捨てて、好戦派のヌーランを支持した。外されたケリーは権威を失って辞めざるを得ないかも、とまで言われている。 (Obama Sidelines Kerry On Ukraine Policy) 新冷戦を恒久化するなら、ケリーやストルテンベルグのようにロシアと融和するふりをして欧州を納得させ、米欧(NATO)の同盟関係を再強化してロシア制裁を続けるのが得策だった。オバマが融和策のちゃぶ台をひっくり返した理由は、好戦派だからでなく、融和策による新冷戦の恒久化を阻止するのが目的だったと考えられる。オバマは、ロシアだけでなく、中国やイランを敵視するふりをして強化する隠れ多極主義的な策を各所で続けている。 (◆イランとオバマとプーチンの勝利) (◆負けるためにやる露中イランとの新冷戦) 結論部分が毎回「隠れ多極主義」で恐縮だが、この傾向は今後さらに強まりそうだ。米国が欧日を巻き込んで露中イランを敵視する新冷戦の戦略は、米欧側を不利にしつつさらに続き、結束した露中イランが米国の覇権を押し倒そうとする動き(ドルを基軸通貨から外す動きなど)もしだいに強まり、米国覇権の衰退を早め、覇権の多極化に拍車をかけるだろう。 (Russia Gets Very Serious on De-dollarizing) (De-Dollarization Du Jour: Russia Backs BRICS Alternative To SWIFT) (Russia may soon sell its debt in yuan)
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