他の記事を読む

スコットランド独立で英国解体?

2012年3月9日   田中 宇

 2014年後半に、スコットランドで英国からの独立を問う住民投票が行われることになった。スコットランドは、1603年からイングランドとの連合王国(英国)を組み、1707年にイングランドの政治計略によって自治権を喪失したが、1997年の住民投票で約300年ぶりに議会が復活し、英国から国権の一部を委譲され、教育、司法、保健、交通などの分野の行政で自治権を持っている。 (スコットランド独立めぐる駆け引き

 その後、財政、外交、防衛などの分野の自決権も英国から割譲させ、ほぼ完全な独立国になることをめざすスコットランド国民党(SNP)が台頭して昨年5月の選挙で圧勝した。民意を背景に、SNPのサーモンド党首(スコットランド首相)は英国政府と交渉し、14年後半に完全独立について問う住民投票を行うことを英国に了承させた。 (Scotland Flirts With Independence in Test of United Kingdom

 英国は、イングランド、スコットランド、ウェールズの連合王国として成り立っている。スコットランドと同じゲール人の国であるアイルランドも、1949年まで英国の一部だった。スコットランドが独立したら、英国にとって、アイルランド独立以来の国家縮小だ。 (Scotland moves toward vote on independence

 スコットランドは、全英国の人口の8%(525万人)で人口比は小さい。だが、1970年代から英政府の財政を支えてきた北海油田はスコットランド沖の海域にあるし、英国が保有する唯一の核兵器であるトライデント・ミサイルを搭載した潜水艦搭載の母港がスコットランドにあるなど、スコットランドは英国にとって戦略的に重要な存在だ。領土的にも、スコットランドは、名実ともに英国国家の解体を意味する。英政府は、自治権をもっと委譲するから独立しないでくれと言っている。 (Scottish independence: is it only a matter of time?

▼英米覇権衰退、EU統合進展との関係

 スコットランド独立の流れの根底には、英国の戦略的国力が低下し、欧州大陸(EU)が台頭していることがある。英国を含む欧州諸国がEUに統合されていくのなら、スコットランドが英国の一部であり続けるより、直接EUに独立国として加盟した方が有利だ。スコットランドが独立したら、国家解体の議論があるベルギーや、分離独立運動を抱えるスペインなども影響を受ける。

 1960−70年代にもスコットランド独立論が巻き起こったが、当時は英国が財政破綻に瀕し、英軍がスエズ以東から撤退した半面、のちのEUにつながる欧州統合の動きが加速した。当時は、中華人民共和国が国際社会で認知されるなど、今につながる覇権多極化の胎動が起きた時代だったが、現在も、米英覇権の衰退と多極化の中で、スコットランド独立か希求されている。

 EUは現在、ユーロ諸国の国債危機のさなかにある。ユーロ危機は、長期的に見ると、財政統合によるEUの政治面での強化につながり、EUが米英覇権から自立する動きや、アフガン撤退後のNATOの事実上の解体(欧州統合軍の顕在化)などに向かう起爆剤として機能すると予測される。だが今のところユーロはまだ不安定なので、スコットランドが独立して通貨をポンドからユーロに切り替えるのは、人々の支持を得られない。SNPのサーモンドは、独立しても英ポンドの使用をやめず、英国と通貨同盟を結んで英中銀に短期金利を決めてもらい、英国と同等の財政緊縮度を維持する構想を打ち出している。 (Scotland's Salmond proposes fiscal stability pact with UK

 1985年以降の英国は、金融界(シティ)が米国と同じ債券金融システムを拡大して儲ける仕掛けを、国家経済の基盤として使っている(それ以前の戦後の英国は、ずっと財政が破綻していた)。今後ずっと英米の債券金融システムが延命するなら、英国も経済的に延命するだろうが、逆に米国が再び金融危機になったら、英国経済は破綻する。私が見るところ、債券金融システムは回転を上げているものの、本質的に脆弱な状態が続いており、いずれ米金融危機が再燃する可能性が高い。 (◆景気回復という名のバブル再膨張

 その視点で見るとスコットランドは、とりあえず英ポンド体制のまま独立し、米英が金融危機になって英政府が財政破綻したら、そのころにはユーロ危機も去ってEUは財政統合で強化されているだろうから、英ポンド傘下から抜けてユーロに加盟するシナリオだろう。スコットランドは、英国と一緒に財政破綻することを防ぐためにも、先に財政権を英国から独立させておくことが必要だ。 (Cameron: "Scotland is Key to Britain Joining Euro Currency"

 英米が金融破綻したら、最終的には英国もポンドを捨ててユーロに乗り換えざるを得なくなる。だが、そのころにはユーロの運営をドイツが握る体制が確立しており、英国はお得意の運営権を裏から握る国際戦略ができず、今よりもっと不利になる。欧州の金融市場の中心も、ロンドンからフランクフルトに移動するかもしれない。 (◆EU財政統合で英国の孤立

▼米国の愚かな戦争に荷担したくないので独立へ

 スコットランド独立運動のもう一つの背景は、911以来の米国が、中東において残虐(イラクで百万人の市民が殺された)で嘘つき(イラクの大量破壊兵器の不存在など)で反国益的(米英企業はイラク石油利権を取れなかった)な戦争に明け暮れた挙げ句にイラクもアフガニスタンも失敗したことだ。米英同盟を国是とする英国は、米国の愚かで不正義で失敗する戦争につき合い続けねばならなかった。スコットランドは、英国の一部として若者を米国の愚かな戦争に従軍させねばならず、多くの人々が腹立たしく思ったに違いない。

 スコットランドは18世紀以来、イングランドよりも多くの兵士を、大英帝国の拡大のために輩出した。スコットランド人が、武力で国権や国益を守ること自体に反対するとは思えない。問題は、911後の米国の戦争を含む世界戦略が、あまりに稚拙で、かなり前から失敗が予測されたのに米政府は立て直せず、世界中から批判される人権侵害や残虐行為を繰り返していることだ。

 英政府は「英国の繁栄には、米国の覇権戦略を英国好みのものにしておく必要がある。それには米国の戦争につき合って英米同盟を維持せねばならない」と説明してきた。だが人々は「英軍が米軍につき合って百万人のイラク市民を殺さないと守れない英米同盟なんてくそ食らえ」と思う傾向を強めた。米英軍は、フセイン政権の人権侵害をやめさせると言ってイラクに侵攻したが、その後フセイン以上のひどい人権侵害をやってしまった。残虐をいとわないブッシュ政権の後に、現実的なオバマ政権ができたが、オバマも英国には冷たく、米国が戦後英国から譲り受けて持っていた中東の利権の多くを放棄して撤退を続けている。

 この10年の米政府の世界戦略がもっと巧妙だったら(早くから英国の忠告を聞いていたら)米英の覇権や国際信頼は崩れず、スコットランド独立運動も盛り上がらなかったかもしれない。しかし今、スコットランドだけでなく、欧州の多くの勢力が、米国の国際主導力に愛想を尽かし、見切りをつけている(アジア人は、欧州人のように偽善的な国際人権重視でないし、自分で考えない権威主義傾向が強いので、まだ米国依存が強い)。米国の過激なネオコン戦略のおかげで、スコットランドが独立に向かっている。

 米英覇権体制に嫌気がさして英国からの独立を模索するスコットランドは、独立したら国連やIMFなどの国際機関で、英国の提案に反対することが多い国になりそうだ。スコットランドでは、独立後にスカンジナビア諸国の一員になることが構想されている。スカンジナビア諸国は、NATO加盟国と非加盟国が混じり、EUに対する親密性もばらばらだ。しかしスカンジナビアは全体として、NATO(米英主導)とEU(独仏主導)という近隣の2大勢力との距離感を勘案して、自分たちの立ち位置を選択している。スコットランドも、この選択の自由を得たいのだろう。北欧ではアイスランドやノルウェーも、20世紀になってからの独立だ。 (Independent Scotland to become Nordic

▼トライデント核兵器のゆくえ

 スコットランドが独立したら、英国との間で、北海油田の権利をめぐる紛争が強まる。北海油田は枯渇に向かっているが、それでも人口が少ないスコットランドにとって大きな収入源だ。北海油田よりさらに興味深いのは、スコットランドを母港とするトライデント核搭載潜水艦群が、独立後にどうなっていくかだ。スコットランド政府は、核兵器など要らないと明言している。英政府は「スコットランド以外に、トライデント潜水艦の母港に適した場所が英国にない」と表明し、独立後もスコットランドに潜水艦母港を置き続けられるよう交渉する意向だ。しかし、交渉しても多分無理だろう。 (Trident risk by Scot independence warned

 英国が「スコットランド以外に置き場がない」と言っても、スコットランドが「絶対に要りません」と言ったら、トライデント核兵器はどうなるのか。英政府は「トライデントを廃棄したり動かしたりする場合、費用はスコットランド持ちだ」と言っている。これを単なる交渉としての脅し文句と見ることもできるが、英政府には以前からトライデント不要論(核抑止力軽視論)がある。それを考えると、英国はトライデントを引き取るつもりがないようにも思える。 (英国政権交代の意味) (中国が核廃絶する日

 英国の上層部では数年前から、自国の核兵器を廃棄する選択肢が考えられているが、他国の核兵器とのバランスや米英同盟重視の観点から、現実的な戦略と見られてこなかった。しかし今後、米国の世界からの軍事外交的な撤退、米英金融破綻などが起きて英米同盟の重要性が低下すると、スコットランド独立を口実に、英国の唯一の核兵器であるトライデントを廃棄する動きが具現化するかもしれない。

 14年後半の住民投票で独立支持が勝つかどうか、まだわからない。独立支持は今のところ、半数よりやや多い程度だ。スコットランド人は民族的に北欧に近いといっても、イングランド人と同じ島に住んでいるので、英国が衰退せず、米英覇権があと20年ぐらい延命するら、まだ独立しなくて良いと考えることもできる。しかし、ここ数年スコットランドで独立運動が盛んになり住民投票が行われることになったこと自体が、米英覇権の衰退の象徴であり、国際政治の現状を如実に表している。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ