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EU財政統合で英国の孤立

2011年12月11日   田中 宇

 12月9日のEUサミットで、独仏が提案したマーストリヒト条約(EU条約)の改訂による財政統合案に対し、英国だけが反対を表明した。条約の改訂にはEUの全会一致の同意が必要なので、英国の反対により、EU条約の改訂は否決された。財政統合は、投資家から財政的な信用を受けられるよう、EU各国に財政均衡政策を義務づけ、EU全体で最優良格(トリプルA)の共通国債を発行し、国債危機の再発を防ぐ策だ。 (UK scuppers Merkel desire for legal clarity

 英国のキャメロン首相はサミットの議論の中で、財政統合にともなう金融規制強化などによって英国の金融界(シティ)が損失を被らないようにするという趣旨の項目を入れない限り、条約改訂に応じられないと主張した。これが他の国々の賛同を全く得られなかったため、条約改訂案に反対票を投じた。

 EUサミットを主導した独仏は、あらかじめ2つの策を用意していた。ひとつはEU統合を定めたEU条約を改訂して財政統合を盛り込むことで、EU27カ国すべての賛同が必要だった。英国などが反対した時に備え、独仏は2番目の策も用意していた。それは、賛成した国々だけでEU条約の枠組みとは別に「財政協約」と呼ばれる協定を結び、とりあえずの財政統合を開始する案だった。 (Sarkozy comes out of summit smiling

 英国の反対により、1番目の策が失敗したため、独仏は2番目の策を提案した。ユーロ圏の17カ国のすべてと、EU内でユーロ不参加の10カ国のうち、6カ国が賛成し、3カ国が自国の議会との調整などを経て態度を決める意向を表明した。英国は2番目の提案にも不参加を表明した。

▼EUサミットで英国の作戦負け

 英国はユーロに参加せず、独自の通貨ポンドを使い続けている。EU統合を加速したい独仏主導の動きに対し、これまで英国は、東欧や北欧の非ユーロ諸国を誘って対抗してきた。独仏やイタリア、ベネルクスといった中欧諸国がEU統合に積極的なのに対し、東欧と北欧がブレーキをかけるという欧州大陸内の対立の構図に荷担し、英国は、自国がユーロに参加しなくても、EU内の議論を自国に都合の良い方向に誘導できる外交力を持っていた。

 それは、英国が17世紀以来、欧州大陸の国際政治から表向き超然としつつ、裏で対立を扇動して介入する「均衡戦略」の延長線上にある策だった。冷戦後、EU統合が始まって以来、英国はこの方法を使い、特に金融財政分野で、常に自国の意見をEU内の決定に反映させることに成功してきた。85年のビッグバン以来、英国の国家戦略は、金融界(シティ)の儲けや相場操縦力によって繁栄し、世界を動かすこと(金融覇権策)であり、英国にとって金融は特別に重要だった。 (City warns Cameron veto may come back to haunt it

 今回のEUサミットでも、当初はハンガリー、スウェーデン、チェコというユーロ不参加の東欧と北欧の3カ国が、英国の主張に賛同しそうだった。英国は、非ユーロ圏諸国をまとめ、ユーロ圏諸国と対立して交渉に持ち込み、自国の金融界の権益を守る趣旨の条項をEU条約の改訂案の中に入れた上で、条約改訂に賛成の立場に転換することをもくろんでいた。 (EU crisis: Europe moves ahead with fiscal union, UK isolated

 報道によると英政府は、ドイツがEU条約の改訂を強く望んでいると分析していた。英国の反対で条約改訂が否決されて2番目の策(条約外での協約締結)に甘んじるよりも、英国の主張を容れて条約改訂を可決した方が良いとドイツが考えている、と英国は判断したという(EUへの国権委譲に対してドイツより消極的なフランスは、2番目の案を好んでいた)。しかしEUサミットの直前、マルセイユで開いた独仏など一部の諸国の会合で、英国の主張を受け入れられないので2番目の策でいくしかないという結論が出ていた。この会合に呼ばれなかった英国は、サミットで勝負に出て負けることになった。 (Cameron veto creates two-speed Europe

 英国が拒否権を発動してEU内で孤立したことに対し、英国では「ユーロは間もなく崩壊するのだから、その前に英国が拒否権を発動したのは良いことだった」と評価する声が、以前からEUを嫌っていた勢力の中から出ている。しかし、まだユーロが崩壊するかどうか分からない以上、英国は、独仏と東欧・北欧の分裂を扇動しておくのが正しい戦略だった。英国だけが反対票を投じて孤立したのは失敗だった。しかもユーロが崩壊したら、欧州大陸諸国の資産に巨額の投資をしている英金融界も大打撃を受ける。 (Britain's cold shoulder for Europe

▼英国からドイツに移る欧州の主導権

 今回の件は、EUサミット会議での英政府のやり方が失敗したという小さな話と考えて終わることもできる。だが、もっと大きく考えると、今回のユーロ危機によって、EU諸国の多くがドイツ主導でEU財政統合を進めるしか打開策がないと思い知り、EU内を分裂させておく英国の策に乗らない方が良いと考えた結果であるともいえる。

 この100年、英国の欧州戦略の要諦は、英国よりも強い産業力をつけて台頭するドイツをどう弱体化させるかだった。2度の大戦、冷戦中の東西ドイツ分割、ポーランドなど東欧にドイツを噛みつかせる策など、ドイツは英国の均衡戦略にやられっ放しだった。しかし、今回のEUサミットでドイツ主導の財政統合策が何とか決まるとともに、英国が孤立したことは、欧州の主導権が英国からドイツに移る流れが明確化したとも受け取れる。

 英国はいずれEUを捨てて離脱するという見方もあるが、EUから離脱した英国には、孤立以外に行き先がない。EUが統合して強くなるほど、周辺の非EU諸国は、EUと組まざるを得なくなり、英国が北欧や東欧の非EU諸国と組む策は有効でなくなる。オバマの米国は、すでに「(これまで最も重要とされてきた米英同盟よりも)アジアを最重視する」と宣言している。 (How long will Britain stay in the EU?) (米国の「アジア重視」なぜ今?

 85年のビッグバン(金融自由化)以来、英国は米国とともに、金融の力で覇権を維持してきた。今回、EUが決めた財政統合策には、米英の金融覇権体制に離反する内容が含まれている。その象徴は、英国が強く反対してきたトービン税(金融取引課税)の導入だ。トービン税を導入したいドイツの目的は、税制の導入課程で国際金融取引の精査を行い、これまでユーロの国債市場をさんざん攻撃してきた投機筋の動きをつかんで規制し、国債投機によるユーロ危機の再燃を防ぐことだ。 (EUでトービン税導入の計画

 ドイツのメルケル首相は、米英が主導する国際金融界を疑念の目で見ている。製造業が経済の原動力であるドイツでは、投機的な金融界の動きが規制されてつぶれてもかまわないという考え方が強くなっている。トービン税は金融取引を縮小させるが、ドイツとしては大して問題ない。金融取引のうち額が多いのは、プログラム売買や先物といった投機色の強いものだ。投機が減るのは、ドイツにとって望ましいことだ。

 半面、英国は先物など金融が経済の大黒柱だ。欧州の金融市場の中で、ロンドンはダントツに大きな存在だ。トービン税が導入されると、英国は、経済の柱である金融の儲けが減るとともに、米英金融覇権の「兵器」だった投機筋の動きも封じられてしまう。

 米国は、リーマンショック後の金融危機を、財政赤字の急増やドル増刷など、金融緩和策で対処している。米政府は金融界に頼っている。対照的にドイツは、昨春からのユーロ危機を、財政緊縮による信用回復によって対処している。欧州中央銀行は米国式のユーロ大増刷を拒否し続けている。 (Euro Crisis Pits Germany and U.S. in Tactical Fight

 90年代以降の米英の金融拡大の中で、欧州大陸でもドイツ銀行や仏ソシエテなどが米英に積極的に進出して先物や債券取引を急拡大した。しかしそれらの動きはリーマンショックで終わり、堅実さを重視する方向に戻りつつある。今回のEU財政統合によって、独仏主導のEUは、金融拡大を追求する米英の金融覇権体制から離反する傾向を強めた。EUが世界の自立した極の一つになっていく流れだ。

▼不透明感が増す世界の中で

 国際情勢は、全体的に不透明感を増している。米英覇権が解体して多極化していく方向と、米英覇権が延命したり多極化が阻止されたりする方向が入り交じっている。ユーロ危機は後者だが、EU財政統合は前者だ。今春のムバラク追い落としは前者だが、先週から始まったプーチン追い落とし運動は後者だ。不透明感が強いので、ユーロと英国の事態が今後どうなっていくか、確定的なことは言えない。

 しかし、ユーロがつぶれていくとしたら、今後2−3か月の間に危機の兆候が大きくなるのでないか。それを越えて延命できれば、ユーロは財政統合の効果が出て安定していくと考えられる。ユーロが安定すると、金融危機が米英の方に戻る可能性が増すが、ユーロが安定したら必ず米英が危機になるというものでもない。

 米英の金融は、構造的に見ると死んでいるはずなのに、ぴんぴんしている。米議会の特別委員会が失敗して財政赤字を抑制できない可能性が高まっても、米国債は下がらない。リーマンとともに潰えて不思議でなかった英国経済も、何とか延命している。自走する価値生成装置である債券金融システムが動いている限り、米金融界は、構造的に死んでいるのに生き続ける。しかし米英とも、金融界以外の実体経済は悪化傾向が続いている。米国債の利回りが上がっていくと、債券金融システムも瓦解する。どうなるか不透明な中で、画期的な年になると前から注目されていた「2012年」がやってくる。



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