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スコットランド独立めぐる駆け引き

2011年6月1日   田中 宇

 英国のスコットランドで5月5日で選挙が行われ、英国(連合王国、UK)からの独立をめざすスコットランド国民党(SNP)が、総数129のスコットランド議会で単独過半数の69議席をとって圧勝した。SNPは、英国からの独立を問う住民投票を行うことを掲げて07年の選挙で勝って第一党となり、それ以来、英国内で内政面の自治を持つスコットランド自治政府の政権をとっている。07年の選挙で、SNPは勝ったものの過半数よりはるかに少なく少数派政権だったが、今回の選挙は圧勝で、スコットランドは独立に向けて一歩進んだ。 (Scottish pro-independence party wins majority

 とはいえSNPは、すぐに独立を問う住民投票をやろうとしていない。SNPのサーモンド党首は、昨年初めの段階で、昨年中に住民投票をやりたいと表明していた。だが昨年9月になると、今年5月の選挙の後にやることにしたと延期し、今回の選挙戦では、2015年ごろにやると言って、さらに延期した。選挙後、自治政府の首相を続投することになったサーモンドは、独立に対して以前より消極的になり、住民投票より先に、英政府からより大きな権限を移譲してもらう交渉を行う方針をとっている。 (Salmond adviser Kay: Independence 'offers little gain'

 スコットランド自治政府が英政府から委譲されるかもしれない権限の一つは、法人税をめぐる政策決定権だ。すでに英国内でも北アイルランドの自治政府は、英政府から法人税の決定権を移譲され、法人税率を英国全体の半分以下である12・5%に引き下げ、法人税の低さで外国企業を誘致する戦略をとっている。これは、隣のアイルランドが国を挙げて低法人税戦略をとって企業誘致につとめていることに対抗したものだが、北アイルランドに許されるならスコットランドにも許されるはずだという理由で、SNPの自治政府はロンドンの英政府と交渉を開始している。 (Salmond aims to turn votes into more powers

 スコットランドに対し、以前より大きな自治権を与えることで、英国からの分離独立を防ごうとするのは、保守党や労働党など、分離独立に反対してきた勢力が考えてきた戦略だ。独立を希求していたはずのSNPは、この戦略に自ら乗っている。SNPは、独立しない方が良いという考えに転換したのだろうか。

▼英米同盟と欧州統合のはざまで動く独立気運

 私が見るところ、本質はそうでなく、今は独立を問う住民投票を行うべき時でないので、SNPは時間稼ぎをしている。英国から取れるものを取ってから独立しようという、離婚訴訟のような作戦だろう。 (Scottish election victory for the SNP is Labour's reward for devolution

 スコットランド独立とは、スコットランドが英国の枠内から外れて、代わりにEUの枠内で振る舞うことを意味している。戦後60年以上、英国の国家戦略は「英米同盟」として(英国が米国の世界戦略を誘導して)世界的な覇権体制を守ることで、欧州大陸諸国は英米覇権の傘下に従属させる。対照的に、EUの戦略は、諸国の統合によって欧州を強化し、欧州を世界の中での地域覇権勢力の一つに仕立てることだ。その際は、米国とEUが対等な別々の広域勢力となる。

 歴史的に、スコットランドの独立要求は、英国の世界戦略が失敗色を強めるほど盛り上がる。英米同盟は、第2次大戦で強い結束となったが、戦後、1957年のスエズ動乱(第2次中東戦争)で、米国がアラブの側を支持して英イスラエルを非難した後、70年代にかけて英米関係が悪化した。英国は米国の後ろ盾を失って弱体化し、67年にスエズ以東のアジアから総撤退せざるを得なくなった。

 このころ、スコットランドの独立運動が盛り上がり、SNPが政治台頭している。当時ちょうどスコットランドの北の海で北海油田が発見され、石油危機で原油価格が高騰する中「北海油田はスコットランドのものだ」「北海油田さえあれば、スコットランドは落ち目の英国から独立した方が経済的に強くなれる」といった主張がさかんに発せられた。同時に、欧州統合の動きもさかんになり、67年にはEUの源流であるEC(欧州共同体)が発足した。東西ドイツ和解や米ソ軍縮の気運が強まったのもこの時期で、英米同盟がソ連と長期に敵対する冷戦構造の中で覇権を維持する構造が壊れかけた。70年代、英国が弱くなり、欧州大陸に未来がありそうに見える状況の中で、スコットランド独立論が語られていた。 (Scottish independence From Wikipedia

 その後、1985年の英米の金融自由化(ビッグバン)開始後、英米は、金融を使った新たな覇権戦略に移行して成功し、冷戦は過去の遺物として終わりになり、EU統合の試みが始まった。英政府はEU統合によってスコットランドの独立機運が高まることを防ぐため、90年代に議会設立などスコットランドの自治権を拡大してやり、それ以上の独立傾向を抑止した。だが、90年代末にEU通貨統合が進んでユーロが立ち上がり、2000年代には、英国が米国の単独覇権主義に振り回された揚げ句、08年のリーマンショック後は金融覇権も崩壊感が強まると、スコットランドで再び独立論が強まった。 (独立しそうでしないスコットランド

 英国はなかなかしぶとく、英米金融覇権の道具である投機筋が、ドル延命のためにユーロを潰そうとして昨春以降、ギリシャを皮切りにEU周縁諸国の国債危機を誘発した。ドイツなどではEU統合より自国のナショナリズムを重視する気運が起こり、EUは統合開始以来の危機に陥っている。英経済の悪化は続いているが、EUもひどい状態になった。昨年、SNPがスコットランド独立を問う住民投票を先送りする傾向をとり始めた背景には、このような状況があったと考えられる。英政府の側からは「SNPは独立を問う住民投票を先延ばしせず、早くやるべきだ」という主張も出ている。これは、EU統合が危機に陥って、スコットランドの民意が独立に消極的になっている現状が続いている間に投票をさせ、否決させてしまおうという戦略だろう。 (Former army chief says Cameron should call Salmond's bluff on independence

▼英国の解体と覇権体制の転換

 SNPが早期の独立に消極的なのは、現在の英国全体の財政難の状況下で、独立後のスコットランドが国家運営のために負担せねばならない財政費用が大きすぎるからという理由もある。SNPは、独立したら英国軍と軍事基地を共同利用することで防衛費を節約しようと考えているが、英軍はこれに反対を表明した。安上がりの防衛体制によって独立を許したくないという意図だろう。スコットランドの独立は、英国の分解と国力低下を意味しかねないので英軍に反対されている。 (Defence minister attacks 'worrying' SNP plans

 SNPは、スコットランドが独立したらNATOを離脱することも検討している。欧米間の軍事同盟であるNATOの本質の一つは、英米同盟が欧州大陸諸国を従属させたうえでロシアと対峙する構図を維持するという、英米同盟を使った英国の覇権戦略だ。SNPのNATO離脱構想は、スコットランド独立が英米同盟戦略から離脱することを示唆している。 (Independence-lite? Devolution-max? Fish, fowl or dog's breakfast?

 私は、覇権構造について分析するうち、英米の中枢に、英米同盟による覇権体制を維持しようとする常識的な勢力(政治ベクトル)と別に、英米の覇権体制を意図的に破壊し、覇権構造の多極化を誘発して、欧米(先進諸国)以外の国々の経済発展を引き出そうとする、一見非常識的なベクトル(勢力)が存在しているのではないかと感じ、これを「隠れ多極主義」と呼んでいる(歴史を見ると、そのベクトルは米国だけでなく英国にも存在する感じだ)。スコットランド独立は、英米覇権の黒幕的存在である英国を解体してしまう動きであり、SNPのNATO離脱構想と合わせ、まさに隠れ多極主義的である。世界の構造転換を引き起こすだけに、スコットランド独立は、政治謀略の多い、波乱に満ちたものになる。 (資本の論理と帝国の論理

 スコットランドは、1603年以来イングランドとの連合王国であり、1707年に国家主権が英国(連合王国)に統合されて以来、1999年のスコットランド議会の創設(約300年ぶりの再開)まで、国家主権を持っていなかった。スコットランドが英国に併合された17世紀は、欧州大陸で諸国間が世界的な植民地拡大競争を開始し、欧州内部の覇権争いが激化した時期だ。スコットランド併合は、英国(事実上イングランド)が、この覇権争いに勝てる強大な国家を作るために必須の作業だった。

 英国は18世紀後半からの産業革命によって覇権国の座を確定して「近現代」が始まり、英国の国家システムは世界の模範(ひながた)となったが、スコットランド併合は、覇権国になる英国の基盤を用意した。今ではEUという超国家的な組織が登場し、国家の意義がやや変わってきているが、それでもスコットランド独立は、世界の国民国家の模範だった英国が解体することを意味し、覇権構造の転換と、もしかすると近現代の終わり(次の時代への移行)をも意味するかもしれない。

 英王室は、スコットランド独立の動きをとても気にしている。スコットランドの独立派の中には、独立後に「共和国」になることを望む勢力も多いが、その一方でSNPのサーモンド首相は「スコットランドが独立しても英連邦に属し(カナダのように)引き続き英国の(女)王を象徴的な国家元首としていただきたい」という趣旨のことを述べている。エリザベス女王は、母親(ジョージ6世妃)がスコットランド貴族の家系だ。英王室は、スコットランドに広大な土地を持っている。独立しても英王室をいただく体制になると、スコットランドは1603年以前に戻るのでなく、君主のみイングランドと連合していた1603−1707年の状態に戻ることになる。エリザベス女王は、スコットランド独立の動きについて細かく報告するよう、英政府に求めている。 (Queen's fear of UK break-up



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