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景気回復という名のバブル再膨張

2012年3月5日   田中 宇

 米国で景気が回復しつつあると報じられている。今年は、株価が上昇し、雇用も回復に向かい、住宅市況が数年間の悪化を脱して好転するという予測が出ている。失業率は昨年8月に9・1%だったが、今では8・3%と改善している。 (Why Recent Job Gains May Stick This Time

 ダウ平均など米国の株価は、昨年11月から上昇傾向に転じている。企業業績も全般に好転している。企業が好調なので、雇用が回復していくと期待されている。雇用が回復すると、米経済の70%を構成する消費が復活し、企業業績がさらに良くなって好循環になる。オバマ政権の人気も再生し、秋の大統領選挙でオバマが再選される可能性が増す。これまでの3年間は「弱い回復」だったが、今後の3年間はもっと力強い「強い回復」になるというバラ色の予測も出てきた。 (The US economy's `double recovery'

 雇用については、新規失業保険申請件数が4年ぶりの少なさである35万1千人まで減った。同件数は昨年12月初めから、雇用増の状態と判断される閾値とされる40万人を割り込んで減る傾向にある。いよいよ雇用が回復しつつあると、楽観的な論者たちが分析している。 (Initial Jobless Claims in U.S. Lowest Since March '08

 企業の経営回復を示す株価の上昇と、家計(消費)の回復につながる失業減の両方が続き、経済を構成する企業と家計の両方が改善しているのだから、これで景気回復は間違いないとも言われている。欧米企業の利益率は、全般的に史上最高の水準にまで高まっている。 (Corporate margins reaching record levels

▼雇用なき企業拡大

 しかし私が見るところ、米国は本質的な景気回復をしていない。まず雇用については、新規失業申請が減っているものの、新規雇用が増えていない。解雇が底打ちしたが新規雇用は増えていない。米国の新規雇用は2000年から07年まで月平均520万人だったが、その後08年末にかけて410万人へと減り、その後、景気が回復方向に向かっていると言われているのにさらに390万人まで減り、現在も増えていない。1980年代以来の米経済の悪しき特徴である「雇用増なき回復」の状況が加速している。 (What's the truth about the unemployment numbers?

 不況が長引き、失業者の再就職に時間がかかっている。平均失業期間は史上最長の状態だ。求職活動をやめてしまう人が急増している。オバマ政権は「就任以来166万人の雇用を創設した」と自慢しているが、同期間に714万人が職探しをあきらめて、自分から「失業者」の統計範疇から外れている。この半年で失業率が0・8%下がった大きな理由は、職探しをあきらめた人が増えたことだ。

 このほか、雇用されているもののフルタイムで働けず、やむなくパートで働いている人が全米に300万人いる。多種多様な雇用関連の統計の仲から、雇用が回復して見えるものだけ強調して大きく報道することで、あたかも雇用と景気が回復しているかのようなイメージが世界に流布するという、数字のトリックが使われている。 (More on the Recovery

 昨今の米経済回復のイメージを支えるもう一つの大黒柱である株価や企業業績の回復については、各産業の本業部門の回復よりも、ジャンク債を中心とする資金調達の好調による金融部門の改善によって支えられている。米企業はこの3年間、売上減だが利益増の状況だ。復活しているのが企業金融とITの分野が大きいこともあり、雇用増を伴わずに利益増が実現されている。この雇用なき企業拡大は以前からの傾向で、雇う方の重役層と株主は金持ちになるが、雇われる方の一般市民は失業で貧乏になり、貧富格差の拡大につながっている。

 中国などアジアから米国に戻ってきている製造業もあるが、その多くはハイテク系でなく、最低賃金によって成り立つ原始的な加工組立だ。かつて世界に冠たる掃除機メーカーだった米国フーバー社は、中国など米国外に工場を移し、07年にオハイオ州の本社工場を完全に閉鎖したが、最近、再び中国から米国本社に工場の一部を戻した。しかし、新しい作業場にはベルトコンベアもなく、作業員どうしが手渡しで製品を流しつつねじ止めする作業で、前回工場閉鎖時に13−17ドルだった作業員の時給は、今回最低賃金の7・5ドルまで下げられた。米国工場の作業は単純なねじ止めなので、コストを極端に下げないと利益が出ない。これで「製造業の復活」「製造業で中国を見返す」と言えるのか、大きな疑問だ。 (Manufacturing Back From China?

▼リーマンショックを忘れた債券金融の再活況

 オバマは今年の年頭教書で「製造業の復活こそ、米経済の発展だ」と宣言した。それは正しいことだ。金融関係者だけが大金持ちになって一般市民が中産階級から貧困層に転落する現状を脱し、米国の国民経済が蘇生するには、錬金術的な債券金融システムに頼ることなく、製造業の復活をめざすしかない。 (Why Manufacturing Still Matters

 しかし現実には、米製造業の復活と呼ばれるものの実態の多くが貧相だ。しかも、米国の製造業は伸びていない。米供給管理協会(ISM)が発表する製造業の活動指数が悪化している。米企業の復活を支えているのは、依然として、リーマンショックで戒められたはずの債券の錬金術である。 (U.S. job market shows signs of recovery, consumer spending lags

 ジャンク債市場は2月前半から、リーマンショック前の活況を取り戻している。2月第一週の米国でのジャンク債の起債は、史上最高額だった。 (Record global sales of junk bonds

 ジャンク債が売れると、潰れそうな企業でも起債で資金調達して倒産を免れる。債券を発行した資金で企業買収する事業も、リーマン後、二度と復活しないと言われていたのに、ここにきて復活している。起債が増えると株式市場に資金が入って株価が上がり、債券の潜在敵である金地金の価値を潰す金先物売りが増えて金相場が下がる。 (Buyers Take a Shine to 'Junk') (Access to junk bond market revives LBOs

 金融界も解雇は多いが、居残れた人々によって、まるでリーマンショックなど起きなかったかのように、債券金融の活況が戻っている。この活況の恩恵を受けようと、欧州や日本、ブラジルなど世界中の企業が米国で起債する傾向を取り戻し、米国での外国企業の起債が倍増している。 (Foreign issuers rush to sell bonds in US

 これらの話は景気が良い感じだが、実際のところ、金融バブルの膨張である。バブル膨張を放任すると、いずれサブプライム危機やリーマンショックのように、債券に対する信用が急落する危機が起こる。米国の金融界と政府は、これまでの危機で金融財政的な力をかなり使い果たしており、次回は、これまでよりもっと大きな崩落(金融911と名づけられている)になると、米国の悲観的な分析者たちが懸念している。 (Analysts warn Americans to buy guns and gold, predicting market crash and street riots within a year

▼住宅市場は死んだまま

 米経済は1990年代からずっと、製造業でなく、金融バブルの膨張によって成長してきた。その結果、バブルの部分(債券金融。影の銀行システム)は、既存の銀行部門よりも大きくなっている。この観点からすると「20年以上うまくいったのだから、金融バブルでもかまわない」という考えが出てくる。これは正しい。金融界の儲けを一般国民に分配するシステムを強化しつつ、一つの金融分野のバブルが崩壊する前に次の金融分野のバブルの膨張が始まるという、焼き畑農業的なバブルの連鎖を永遠に続けられるなら、それでかまわない。崩壊しなければバブルと呼ばれない。クリントン時代の米国の繁栄は、それで回っていた。 (影の銀行システムの行方

 しかし今、債券金融システムは高リスクな片肺飛行だ。サブプライム危機までバブルを支える大きな分野だった住宅ローン担保債券の分野が、瓦解したままになっている。米金融界は全米で、住宅ローンを返済できず担保権行使して没収したが売りに出せない空き家の住宅を300万軒、住宅ローンが返済されず没収が必要になっている住宅を500万軒抱えている。米国の住宅相場は全国的に下落傾向が続いている。これらの合計800万軒がいずれ売りに出ると、もっと相場が下がり、まだローンを払っている人々も払いたくなくなり、さらなるローン破綻となる(米国の住宅ローンは日本と異なり、担保物件を明け渡せば借金も消える)。まだ返済が続いているローンの3分の1は、家の時価が債務額を下回っている。 (Housing is the rotting core of the US recovery

 米国の住宅市場は少なくとも今年いっぱい、下落が続くと予測されている。800万軒を消化するのに1年では足りないから、少なくともあと2−3年は下落が続くだろう。その間、銀行の不良債権が増え続け、連銀が救済を続けねばならないし、他の債券の儲けによって銀行の赤字を穴埋めしていかねばならない。米国は麻薬中毒的な金融バブル依存から逃れられない。 (How Debt-Ridden Housing Holds Back U.S. Recovery

 ドイツ銀行は最近、米住宅市場が回復に向かっているとする報告書を発表した。これは茶番だ。ドイツ銀行は90年代以来、米国で住宅ローン債券を買い込んで運用して大成功したが、サブプライム危機後、大失敗に転じている。自分たちが持っている不良債権の価値を何とか少しでも押し上げようと、実態と異なる報告書を書いたのだろう。ドイツ銀行だけでなく、多くの金融機関の報告書が、同じ茶番の構図を持っている。金融機関のアナリストの説明と推奨に頼るしかない個人投資家は、いいカモだ。 (Housing recovery for real? Deutsche Bank says yes

 債券金融システムは、その重要な一部分だった住宅ローン債券部門が死んだままなのに、今回復活している。米金融界中枢の旧投資銀行群が、債券金融の中の他の部分(具体的には今のところ不明)を拡大して、システム全体を再生したと推察できる。IT関連に対する注目も、00年のIT株バブル崩壊以来の復活を見せている。債券システムの蘇生力はかなりのものだが、サブプライム危機以前より危なっかしさが増しているのも確かだ。

 いずれ次のバブル崩壊が起きるとしたら、それはバンカメから始まるかもしれない。バンカメは昨秋以来、大量解雇をして人件費を削り、備蓄を取り崩して利益にあて、利益を大きく見せるための会計基準の変更を行い、最後には顧客に嫌われてもデビッドカード手数料を新設しようとした。これら一連の動きは、経営が急速に悪化するのを何とか防ごうとする最後のあがきだと見られている。一連のあがきをやり尽くした後、何カ月かしたら、経営難が表面化して破綻に瀕する可能性がある。バンカメの危機は昨夏から指摘されている。 (Bank of America In Trouble?) (◆バンカメの危機

 債券危機が起こっておさまらない場合、米国債の下落(利回り上昇)につながる。これが起きると米国の破綻、ドル崩壊である。昨夏、S&Pが米国を格下げした時、その危険が存在していた。その後、現在にかけて、債券システムが復活してくる傾向が続き、危機は退潮している。しかし、債券システムがバブルの様相を帯びてくると、好調だったはずの債券システムに対する信用が、小さな引き金によって急落する、サブプライム危機の時の展開が繰り返されうる。予兆は崩壊の2−4週間前にならないと出てこない。そうした危機は起こらないかもしれない。しかし、世界最大の米国債の保有国である中国は、すでに外貨準備に占めるドル(米国債)の比率を大きく下げている。債券市場の不調を未然に防ごうと、米連銀は量的緩和の再開を検討している。見かけ上の景気回復と裏腹に、バブル崩壊の懸念が根強く存在している。 (Dollar Share Of China FX Reserves Dives To 54% In June From 65% In 2010



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