ギリシャから欧州新革命が始まる?2015年1月30日 田中 宇1月25日、ギリシャの議会(300議席)の選挙で左派連合の「シリザ」が149議席を獲得して最大政党となり、党首のツィプラスが首相に就任した。ギリシャは議会が大統領を選出する制度だが、議会が3回投票しても大統領候補が規定の得票数を得られない場合、議会を解散して総選挙する規定だ。昨年末、ギリシャ議会は3回の投票で大統領を選出できず、1月25日の選挙となり、12年から政権にいた中道右派の新民主主義党のサマラス政権が敗北し、シリザが政権をとった。 (Athens and creditors dig in on Greek debt) (Greek presidential election, 2014-15 - Wikipedia) ギリシャの政治は1974年の軍事政権終了以後、中道右派の新民主主義党と中道左派のPASOK(全ギリシャ社会主義運動)が論争(談合)して政界を運営する2大政党制が続いてきた。ギリシャは2010年以来、米英投機筋に債券市場を攻撃されて財政金融危機が続き、EU(ドイツ主導)、ECB(欧州中央銀行)、IMFの「トロイカ」から、財政支援の見返りに厳しい緊縮財政を求められ、2大政党はいずれもトロイカの要求をのみ、貧困対策や福祉の縮小、公務員の解雇などによって政府財政を大幅に切り詰めて対応してきた。 (ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題) トロイカは10年以来、2540億ユーロをギリシャに融資してきたが、そのうちの半分以上が外国や民間の債権者に対する利払い(国債利子)に費やされ、19%は国内銀行を救済する資金となり、ギリシャの政府と国民を救済する用途は11%だけだった。 (Greece's Bailout Programs Are Not Working) 米英金融界の一部である投機筋が新興諸国の国債市場を破壊して財政破綻させ、米英銀行の出身者が政策立案するIMFが、見返りに緊縮財政や(国家資産を安値で米英などの投資家が買う)民営化を条件に救済融資を行うが、その融資の多くが米英などの投資家が以前に貸した資金に対する利払いとして投資家に戻ってくる。この構図は、1990年代の中南米やアジアの金融危機から「ワシントンコンセンサス」として続いてきた。(ドイツ銀行やソシエテ、UBSなど独仏の大手銀行も、米英勢と同じ仕掛けで儲け、米英金融体制に取り込まれてきた) (冷戦後の時代の終わり) 冷戦終結後の世界を席巻した市場経済体制は、金融を拡大し、新興諸国の高度経済成長を実現する利点があった。ギリシャも、成長するため市場経済を積極的に採り入れ、2大政党はいずれも市場経済の国際ルールを支持し、10年以来の金融財政危機後、国際ルールに基づいてIMFやEU(トロイカ)がギリシャに緊縮財政や国有企業・国家資産の民営化を求めることに同意してきた。しかし、トロイカがいくら救済金を出しても、その大半は利払いなどとしてトロイカの側に環流し、ギリシャ国民はほとんど救済されなかった。生活苦がひどくなるばかりの国民は不満を強め、トロイカの救済策がギリシャの危機をいっそう悪くしていると考え始め、トロイカに従う2大政党に愛想を尽かした。 (It's Not The Greeks Who Failed, It's The EU2) ギリシャの権力を握る2大政党や財界、エリート層などが、トロイカが敷いた路線から離脱できないでいる間に、この権力構造の外側にいた急進的な左翼(シリザなど)や右翼(「独立ギリシャ人党」など)の政党が、トロイカの策に強く反対し、緊縮財政や民営化の中止、対外債務の帳消し、貧困対策の再開などを求める政治運動を開始した。特にシリザは12年の選挙から議席を増やし、今回の選挙で2大政党を負かして政権をとった。シリザは選挙後、独立ギリシャ人党(13議席)と連立を組み、議会の過半数を制した。 (Greek debt and a default of statesmanship) 「極左」のシリザが「極右」の独立ギリシャ人党(独立党)と連立を組んだことが、左派の人々を失望させるとの指摘がある。確かに、もし今後、シリザのツィプラス政権がトロイカとの再交渉に成功して財政危機を緩和してギリシャが再び安定した状態に戻ったら、その後の政策で、シリザと独立党が政策で対立して連立政権が解体するかもしれない。しかし、そんな状況はずっと先のことだ。今のところ、ギリシャがトロイカとの再交渉が成功するかどうかもわからない。 (How Greece's Left-Wing Election Win Could Reverberate Around Europe) シリザと独立党は「緊縮策を中止する」という一点で共闘することを2年前から話し合い、緊密に連携してきた。ギリシャが緊縮策を中止できるとしたら、それ自体が全欧的な政治秩序を破壊するような大事件だ。ギリシャ国民の大半は、緊縮策の中止、トロイカに対する拒否を求めている。中道右派と中道左派の2大政党制(2党談合)にそれが望めない状況で、中道(エリート層)の外側にいる極右と極左が連立政権を組んだのは理解できる。 (Greece's Exit from the Eurozone? The Rumblings of the Left. Podemos, Syriza) 政権交代に際し、新民主主義党のサマラス前政権は、政権の引き継ぎをほとんど行わず、首相官邸の電球から石鹸まで持っていってしまい、首相官邸に設置したWifiや官邸ウェブサイトのサーバーのパスワードを新政権に教えなかった。新政権は、真っ暗でネットも使えない官邸に入り、前首相の写真が載った官邸ウェブサイトの書き換えに時間がかかった。こうした前政権の嫌がらせは、今回の政権交代がギリシャの支配層にとって受け入れがたい大転換であることを象徴している。 (The New Greek Government Arrives In Its Residence: Finds No Power, No Wifi Password And No Toilet Soap) 2大政党制が打破されたことは、ギリシャだけでなくEUの全体で、冷戦後の政治体制の革命的な大転換につながる可能性がある。欧州諸国の多くは、ギリシャと似たような2大政党制で既存のエリート層が権力を維持してきたからだ。ドイツはCDUとSPD、フランスはUMPと社会党、英国は保守党と労働党、スペインは人民党と社会労働者党の2大政党制だ。2つの大政党で政権をたらい回しにして、他の政治勢力(広範な民意)を排除できる2大政党制は、冷戦後のEUの国家統合を進める際に便利だった。 (Syriza, Le Pen and the Power of Big Ideas) EU統合は、各国が国権を放棄して超国家組織であるEUにあげてしまう事業であり、自由な民主主義体制下でやろうとすると、国民から不満が出てうまくいかない。2党談合にして、国民がEU統合に不満が出たら争点をそらして国民の目をくらまし、国民投票の文言も可決されやすいものにしてごまかしつつEU統合を推進するのが、欧州各国のエリートが連合してやってきたことだった。各国のマスコミは、2党談合体制の外側にいる勢力を、暴力団やテロリストを連想させる「極右」「極左」もしくは人気取りだけを求める政党と見なして「ポピュリスト」と呼び、国民が外側を支持しないように仕向けた。ギリシャも緊縮策が失敗して極限状態にならなければ、シリザの人気はこれほど高まらなかった。 (Saxo Bank: The Syriza Victory Is A Disaster For Europe) 欧州は、世界に先駆けて「民主主義の国民国家」(近代国家)など「近現代(モダン)」の政治経済社会体制を創案して自らをそこにはめ込み、植民地化とその独立容認によって世界にモダンを広げた人々だ。欧州各国のエリート層(元貴族)は連携しつつ、自国を近代国家に転換しつつ自分たちが国家の権力を握り続けられるようにした。その策の一つが2大政党制だ。冷戦後、欧州を国家統合してEUにする策を決めたのは、欧州のエリートたちだ(けしかけたのは米国)。エリートは各国の2大政党制を利用しつつ、民意が欧州統合に賛成し続ける仕掛けを作ってきた。 (多極化とポストモダン) (覇権の起源) 私はこれまで、エリートたちの欧州統合事業が成功していくだろうと考えてきた。しかし、今回のギリシャの政権交代を皮切りに、欧州のいくつもの国々で、2大政党制の外側にいる極右や極左の政党が選挙に勝って政権を奪う流れが広がり、欧州各国のエリート層が権力から追い出される「新革命」と呼ぶべき状況が始まる可能性が出てきた。 (ユーロ危機と欧州統合の表裏関係) (ユーロ危機からEU統合強化へ) ギリシャほどのひどさではないが、同様の構図の国債危機と支援要請、緊縮財政に追い込まれたスペインでは、ギリシャのシリザと似たような緊縮策反対の政策を掲げている急進左翼政党「ポデモス」が人気を急速に拡大している。ポデモスは昨年創設され、4か月後にはスペイン議会の8%を占める議席を獲得している。スペインでは今年中に総選挙が予定されており、そこでポデモスが躍進すると、それは経済と政治の統合を推進してきたEU各国の2大政党制(エリート政治)を破壊する第3勢力がギリシャを皮切りに連鎖的に台頭する「革命」的な図式になる。 (Podemos - Wikipedia) (Spain's Podemos inspired by Syriza's victory in Greek elections) ポデモスは、以前からシリザと国際連携しており、ギリシャの選挙期間中にポデモスのイグレシアス党首(Pablo Iglesias)がシリザを応援しにギリシャに来て政治集会に参加していた。 (Syriza, Le Pen and the Power of Big Ideas) フランスでは「極右」政党の国民戦線が国民の支持を拡大しており、党首のマリー・ルペンは次期大統領選挙で当選するかもしれないとまで言われている。昨年5月に全欧で行われたEU議会選挙では、フランスに割り当てられた74議席の28%を国民戦線がとり、第一党になった。ルペンは、エリート層(2大政党)によるEU統合やユーロ運営の政策が失敗してEUが混乱・弱体化している以上、エリート政治体制を民主主義によって破壊すべきと考え、似たような考え方をしているシリザを、極右と極左というレッテルの違いを超えて応援してきた。 (欧州極右の本質) (Syriza's win - Greece turns, Europe wobbles) 仏国民戦線などEU各国の極右は「反移民」である半面、シリザなど各国の極左は「貧困救済」を重視して移民に寛容だ。各国の極右と極左は主張に違いがあるが、今のEUが抱える矛盾が2大政党制によるエリート政治にあるとの主張は有権者に対する説得性があり、その一点で各国の極右と極左が連携できる。アイルランドのシンフェイン、イタリアの五つ星運動などの政党も、2大政党制の外側で勢力を拡大している。 (Italy's Five Star Movement) (Will Syriza's Tsipras turn out to be a Lula or a Chavez?) 昨年5月の欧州議会選挙後、仏ルペンが他の諸国の極右政党を束ねて新しい議会会派を作ろうとしたが失敗している。それに象徴されるように、極右の連携すら簡単でないのだから、極右と極左の連携など無理だという考え方もある。対照的に、ユーロ危機が引き起こした全欧的な難局は、これまで無理だと思われてきたことを可能にしうる、という考え方もある。ECB(欧州中央銀行)がQE(ユーロ増刷による国債の買い支え)を開始したが、米日の先例から見て、これは長期的に欧州の実体経済を悪化させ、欧州の市民生活がさらに悪化し、エリート政治やトロイカ、金融界に対する批判が増すだろう。極左や極右の出番は増える方向だ。結束の試みは何度か失敗した後、成功するかもしれない。 (Europe's Populism and Greece's Far-Left Victory) (ユーロもQEで自滅への道?) ギリシャではシリザと連立政権を組んだ独立ギリシャ人党が、ドイツが主導役としてギリシャを含む全欧を支配するEUの体制を嫌う「反ドイツ」の姿勢をとってきた。ギリシャ人のナショナリズムを扇動する上で「ドイツの借金取りのせいでギリシャが貧困に突き落とされた」という主張は役に立つ。 (Independent Greeks From Wikipedia) シリザのツィプラス党首は、選挙に勝った直後、ナチスドイツがギリシャ占領後の1944年にギリシャ人活動家200人を銃殺した射撃場(Kaisariani)を訪問して「反ドイツ」の姿勢を示した。ツィプラスは「ドイツがナチスの悪事を反省しているなら、ギリシャに譲歩せよ。ドイツは、ナチスがギリシャを占領して破壊した賠償金を払っていない。ドイツは、ユーロ危機でギリシャに貸した金と、ナチス時代の賠償金を相殺すべきだ」と主張している。 (Greece's New Leader Sends Germany A Loud Message With His First Act) ギリシャ政府は前政権だった13年に、ナチス占領被害の賠償など、歴史的にドイツがギリシャに支払うべき賠償金総額を2千億ドルと概算する報告書を作った。別の報告書では賠償金総額を6770億ドルと試算している。ドイツがユーロ危機でギリシャに支援した総額は2540億ユーロだから、相殺対象として十分だ。前政権は報告書を作ったものの、全欧エリート網の一員なのでドイツに相殺を求めなかった。首相になってもネクタイ着用を拒否する「極左」のツィプラスには、そんな「行儀の良さ」「債権者への畏怖」がない。いきなりドイツの政治的弱点である「戦争責任」を突く先制攻撃をかました。 (Greece's new prime minister wants Germany to pay for Nazi war crimes) ギリシャ人に売られた喧嘩をかうごとく、ドイツの2つの権威あるシンクタンクが相次いで「ギリシャをうまくユーロから離脱させるシナリオを準備すべきだ」と主張し始めた。彼らは「ユーロ危機がギリシャで始まった2010年にまだ不安定だったユーロは、今や十分に安定し国際信用もあるので、ギリシャを離脱させてもユーロ全体に対する悪影響が少ない」と言っている。EUの秩序(エリート支配)を乱すギリシャを排除せよというわけだ。ギリシャのユーロ離脱の可能性は35%だという。 (Germany's top institutes push 'Grexit' plans as showdown escalates) 現実には、ユーロが4年前の危機発生時より安定していると言えるのかどうか、大きな疑問がある。もし独機関の見立てと裏腹に、ユーロが依然として不安定なら、ギリシャの離脱はユーロの信頼喪失、国債危機の再発、他の南欧諸国の離脱、ユーロ崩壊、EU失敗につながる。ツィプラスは、ドイツなどのエリート層がEU失敗を恐れてギリシャを離脱させないと考え、債務帳消しの交渉に入ろうとしている感じだ。米欧エリート層が結集する先日のダボス会議では「ギリシャの混乱はあまりにひどいのでドイツはギリシャが求める債務帳消しを受け入れた方が良い」「もはやギリシャにはEUから借りた金を返せる余力がない。債務の一部帳消しが不可欠だ。第二次大戦の敗戦後、ドイツも世界から債務を帳消しにしてもらったじゃないか」という意見が相次いだ。欧州のマスコミなどでは、ツィプラス新首相を「現実派」と評価する見方も強まっている。 (Europe cannot agree to write off Greece's debt) (A Billionaire Lectures Serfs In Davos: "America's Lifestyle Expectations Are Far Too High") EU統合を重視する欧州のエリート層は、ツィプラスを「現実派」と賞賛して取り込みつつ、ギリシャに対してある程度譲歩しつつ交渉をまとめ、ギリシャのユーロ離脱を防ぐかもしれない。しかし、話はエリート層の中だけで完結しない。既存の2大政党制に愛想を尽かしているのは南欧諸国だけでない。ドイツや北欧諸国では、自国民の税金がギリシャ支援に融資され、このままギリシャが融資を返さずに終わることに反対する民意が強い。「ユーロやEU統合を維持するためにドイツ人の税金を使ったギリシャ救済が必要だ」とする2大政党の政策に反対し、ドイツのAfDなど2大政党制の外側にできた新政党が「ギリシャの放蕩に寛容になるべきでない。必要ならギリシャをユーロから追い出し、それでユーロやEUが解体してもかまわない」と、EU統合推進に反対を表明し、国民の支持を集めている。ツィプラスは「現実派」らしく、ドイツ国民に向けて、ギリシャがいかに債務返済できない状況にあるか説得しようとする公開書簡を書いたが、効果のほどは不明だ。 (Alexis Tsipras' Open Letter To Germany: What You Were Never Told About Greece) (Halve Greek debt and keep the eurozone together) ギリシャ人など南欧の人々と、ドイツ人など北欧の人々の相互嫌悪が強まり、欧州統合に必要な加盟国間の親密さが失われていくと、ユーロやEU統合は失敗する。ギリシャやスペインなど南欧諸国で、エリート政治の外側にいた政党が「反緊縮」「反トロイカ」「反ドイツ」を掲げて政権をとると、同時にドイツや北欧で、エリート政治の外側にいた「反EU」「放蕩な南欧の救済反対」の政党が台頭し、南欧と北欧のエリートが談合してEU統合を進める既存の構図が崩れ、EU統合の事業そのものが失敗しかねない。 (Syriza's electoral win is a chance to strike a deal) 英国は、EU内にいながらも、英国の地政学的な優位を喪失させるユーロやEU統合推進を隠然と妨害してきた。英国は今回、ギリシャ新政権を賞賛する側に回っている。英国の新聞は、ツィプラスを賞賛する記事を早々と書いている。英国の中央銀行の総裁は、EUがユーロ危機対策として緊縮財政を強要したのはギリシャなどを借金の罠にはめる失策だったとして、タイミング良く緊縮策に反対を表明した。英中銀は、ツィプラスに対する強力な助っ人となった。 (Alexis Tsipras: the Syriza leader about to take charge in Greece) (Bank of England governor attacks eurozone austerity) 英国は、国家統合を強めるEUに入りつつも、国権をドイツ主導のEU当局に預けることを拒否し、行政統合への参加を拒否し、EUとの再交渉を求めたりしている。EUのジュンカー大統領は再交渉を拒否し、加盟条件を変えようとするなら、もう英国はEUから出ていった方が良いと発言した。英国はEUとの関係で追い詰められている。 (EU President Juncker hints that Britan should leave the EU! - Brexit getting closer!) そんな中で、ギリシャのツィブラス新首相が南欧諸国の英雄になり、南欧と北欧の対立がひどくなってEU統合が崩壊すれば、英国にとってありがたい限りだ。英国がツィプラスを支援するのは、地政学的な戦略として当然だ。 (EU財政統合で英国の孤立) かつて英国は、東地中海地域を支配していたオスマントルコを潰すため、ギリシャの独立を支援した。現代のギリシャ人はロシアと同系のスラブ人で古代ギリシャ人と異なるが、英国はギリシャが欧州発祥の地だと力説し、ギリシャをEUに入れさせた。英国などEUは、トルコ系の北キプロスを国家として認めない半面、ギリシャ系の南キプロスをEUに入れた。かつてキプロス島を植民地としていた英国は、島から出ていく時に南北の仲違いを扇動してキプロス紛争を起こし、真ん中に英軍基地が来るように南北の分断を誘導し、英国軍は国連軍として国連にカネを負担させてキプロスに居座り、東地中海の諜報拠点として利用し続けている。ツィプラス賞賛は、この地域での最新の英国の諜報戦略といえる。 (EUを多極化にいざなう中国) とはいえ、ツィプラス自身が英国の(無意識の)片棒担ぎかといえば、そうでもない(わからない)。ツィプラスが英国にしてやられるか、それとも英国より巧妙かどうかは、彼が最終的にユーロやEUを潰しても良いと考えているかどうかにかかっている。彼自身は「ユーロから離脱するつもりはない」と表明している。ギリシャ側にユーロ離脱の意志がなくても、ドイツの側がギリシャを離脱させてもユーロは維持できると高をくくっていると、ギリシャがユーロから追い出され、たぶんユーロは崩壊する。ギリシャ側とドイツ側の両方が、本心では離脱を絶対させないと考えつつ、ぎりぎりの交渉をして解決策にたどり着けば、ユーロやEUは維持される。今後の事態が「EU解体」「欧州没落」「解体された欧州諸国の対米従属への逆戻り」になるのか、それとも「欧州が統合事業を維持したまま支配層が入れ替わる」ことになるのか、今後の展開しだいだ。 ギリシャのエリート層は今回の政権交代で首相や議会の権力を奪われたが、裁判所や検察、マスコミなどは、まだ既存のエリート層の手にある。今後、シリザ新政権の基盤を揺るがすスキャンダルなどが起きて、検察や裁判所がそれを有罪に持っていき、政権の再転覆が画策されるかもしれない。 ギリシャの新政権は、親ロシア・親プーチンだ。シリザは党の方針として、ギリシャがNATOから離脱することを掲げている。ツィプラスが選挙に勝利した後、最初に会った外国大使はロシアと中国の大使だった。ロシアだけでなく中露の2大使と同時に会ったことが注目される。それは、EUと交渉するためロシアに接近してみせる演技を超えて、米単独覇権体制と中露BRICSの多極型体制の相克の中で、中露BRICS側に接近してみせる演技だからだ。ツィプラスは地政学をふまえた戦略家のように見える。 (Tsipras has first clash with EU - over Russia) ギリシャのシリザだけでなく、スペインのポデモスもフランスのルペンも、イタリアの五つ星運動も、こぞってプーチンを支持している。この傾向は、彼らがプーチンやロシアが好きだからというより、今のEUのエリートが、EU統合という欧州を多極型世界の極の一つに仕立てることにつながる事業を手がけているのに、冷戦時代の対米従属からうまく脱せず、米国がウクライナを危機に陥れて濡れ衣的にロシアとの敵対や制裁を強めている策に同調してしまっていることに反対する姿勢だ。 (Alarm bells ring over Syriza's Russian links) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動) ギリシャ新政権は就任早々、EUの理事会で、ロシアに対する経済制裁の強化に反対した。EUの決定は全会一致が原則で、ギリシャはEUの対露制裁に拒否権を発動した。ギリシャ新政権は「ウクライナの新政権は米国の政権転覆策に乗ったクーデターで作られた政権だし、政権中枢にネオナチが入り込んでおり、政治的に不当な存在だ。ロシアは悪くない」と表明している。全く正当な表明だが、これまで欧州諸国の政府の中で、こうした正当な表明をしたところは一つもなかった。ギリシャ新政権は、EUだけでなく国際政治の全体を揺るがす画期的な流れを作り出している。 (Putin's Unexpected Victory: Europe Furious That Greece Is Now A Russian Sanctions Veto) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) ドイツなどは「債務国の分際で・・・」とギリシャに怒ったが、どうしようもない。ドイツ国内では、経済的にロシアとのつながりが深いので、ロシアを制裁すべきでないという意見が強かったが、独政府自身は米国との関係を重視し、米国主導のロシア制裁に荷担し続けてきた。ギリシャの動きは、ドイツ国内の世論に影響を与え、最終的に独政府の態度を転換させる可能性を持っている。 (Greeks rebuff EU call for more Russia sanctions) 私は従来、メルケルの慎重姿勢を評価してきたが、今回のギリシャの政権交代を見ると、メルケルの慎重姿勢が裏目に出て失敗していることがわかる。EUが、国家統合という対米従属離脱事業を手がける一方で対米従属から脱せないでいるうちに、米英投機筋がギリシャなどでユーロ危機を誘発し、対米関係に慎重なメルケル政権のドイツがユーロ危機対策の立案をIMFに任せてしまい、EUは自滅的な「ワシントンコンセンサス」に巻き込まれ、危機がますます悪化した。米英(EUに統合を勧めたレーガンなど隠れ多極主義でなく、それと対峙する軍産複合体)が、自分らの覇権崩壊につながるEU統合を潰したいと考えるのは当然だ。米英覇権主義者に食われてしまったドイツは自業自得だ。 (ドイツの軍事再台頭) (The stand-off that may sink the euro) その結果、ギリシャに新政権ができ、ドイツに債権放棄を迫っている。ドイツ(EU)がギリシャに対する債権を少しでも放棄すると、スペインやイタリアなど、EU(ドイツ)から救済融資を受けている南欧諸国が同様の放棄を求め、緊縮策に反対してきた極右や極左の政党が台頭して新政権になり、2大政党制(エリート支配)が崩れ、EU全体の権力構造が転換していく流れが強まる。全欧的な権力構造の転換が起きるかどうか、転換したらその後どんな政治体制になるか、まだこの新事態が始まったばかりなのでわからない。とりあえず、欧州でフランス革命やロシア革命に匹敵するかもしれない画期的な事態が始まった感じを強く受けている。
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