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EUを多極化にいざなう中国

2010年10月7日   田中 宇

 欧州のギリシャは、公共事業や公務員雇用、農漁業補助金など、政府の財政支出が経済を支える割合が高い国だが、今年初めからの国債危機で、ギリシャ政府は財政を大きく緊縮せざるを得なくなり、ギリシャ経済は不況の度合いを強めた。8月から9月にかけて経済難がひどくなり、消費が減退して倒産が増え、政府関係の仕事がなくなって失業率も最悪の地域で70%に達し、ストライキが頻発した。「ギリシャ政府がとれる政策は、マリア様に奇跡を起こしてもらうよう祈ることしか残っていない」と、新聞が皮肉的に書くような事態だ。ギリシャ国民は教会に行って本気でお祈りしている。 (Tensions Rise in Greek as Austerity Measures Backfire) (Greek Bonds Slump As Austerity Backfires, Country Enters "Death Spiral", And The Violent End Game Approaches

 今春にギリシャの国債危機が起きたとき、危機はスペインやポルトガル、アイルランドなど、EU内で財政が脆弱な他の国々に伝播する流れを見せた。英米系のヘッジファンドなどが、ドルとポンドを防衛するためユーロを崩壊させようとする動きが起きた。8月以降、ギリシャ国債の相場が下落し、ポルトガルやスペインの国債も忌避される傾向が始まり、この金融戦争が再燃しそうな気配になっている。9月末には、米国の格付け機関ムーディーズがスペイン国債の格付けを引き下げた。 (Greek debt crisis fuels fears of European sovereign default) (Moody's cuts last of Spain's triple-A ratings

 ギリシャを皮切りとしたユーロ危機の再燃は不可避かと思われる中で、意外なところから強力な助っ人が登場した。それは「中国」だった。10月3日、中国の温家宝首相がギリシャを訪問し、海運業や交通インフラ、観光業などに中国の資本を注入することを約束するとともに、6月にムーディーズから格下げされて以来、下落傾向にあるギリシャ国債を買い支える用意があると宣言した。 (China's Wen offers to buy Greek debt

 中国は今回突然にギリシャを救済し始めたわけではなく、下落したギリシャ国債を昨年末から買っている。今年6月には、ムーディーズがギリシャ国債を格下げし、米英の他の格付け機関の中にはギリシャ国債を投資不適格のジャンク債にまでおとしめ、ギリシャ発のユーロ危機が再燃するかもしれないという事態になったとき、中国の大手船舶会社であるコスコ(中国遠洋運輸)が、ギリシャの首都アテネの外港であるピレウス港のコンテナ・ターミナルを買収し、ギリシャに対するテコ入れを本格化した。同時期に、中国から副首相がギリシャを訪問し、海運、造船、空港、観光などの事業に投資を行うことを表明した。米英がギリシャを見捨ててつぶそうとするのに対抗し、中国がその分を買い上げて支える姿勢を示した。 (China prepares to invest in Greek projects

▼米国より巧妙な中国の覇権戦略

 今年初め以来の国債危機の際、ドイツをはじめとするEU諸大国は、ギリシャに対する支援に消極的だった。そのためギリシャ政府は財政緊縮策として、エーゲ海のミコノス島などリゾート地の公有地を国際的に売却したり、鉄道や水道局を民営化して財政収入にあてることを迫られた。1990年代にアルゼンチンなど中南米や東南アジアの途上国・新興市場諸国が通貨危機に襲われたとき、米国などが救済の見返りに民営化を要求し、危機に陥った途上国の国家資産を安く買いたたく「ワシントン・コンセンサス」の策略が横行したが、その再来がギリシャで起きかけていた。 (Greek Greece starts putting island land up for sale to save economy) (◆ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題

 中国の対ギリシャ投資も、他の投資家に見捨てられたギリシャの資産が安くなっているところを買っており、安く買いたたいている点は、米英のワシントン・コンセンサスと大差ない。だが、米英がヘッジファンドと格付け機関のマッチポンプによって途上国の資産の価値を下落させ、途上国の人々から憎まれる中で買いたたく露骨さを持っているのに比べ、中国は、米英から資産を下落させられる被害に遭っている途上国を救済する姿勢で投資(買いたたき)に参入している。中国のやり方は、漁夫の利を得る巧妙さを持っている。米国の新聞などは、中国も横暴で途上国から嫌われていることを強調するが、実際には、多くの途上国で、中国より米国の方が強く嫌われている。 (U.S. Military Intervention in Africa: The New Blueprint for Global Domination

 米国が能弁に世界戦略を語り、覇権を振りかざす傾向が強いのと対照的に、中国は目立たないよう世界戦略を展開しており、この点も巧妙だ。中国の巧妙なのは、孫子の兵法以来の中華帝国の戦略立案の歴史の厚さがあるからだ、という分析も見た。確かにそれはあると思うが、私はむしろ、米国の上層部に、世界経済の成長度を上げる目的で覇権を多極化しようとする勢力がいて、中国に入れ知恵しているのではないかと考えている。 (Smart Power, Chinese Style) (China's 'frown diplomacy' in SE Asia

 ギリシャはもともと19世紀に英国がトルコからの分離独立を扇動して作った傀儡国で、英国が中東とバルカンに進出するための橋頭堡だった。ギリシャ沖のキプロス島には、今も英軍が駐屯している(1970年代に英国が扇動したキプロス紛争を沈静化する名目で、国連に金を出させて駐留している)。第2次大戦後、英国の国力が低下し、ギリシャに対するテコ入れ役は、米国に受け継がれた。米国の資金は、オナシスなどを経由してギリシャの海運業や観光業に投資され、ギリシャ経済をテコ入れした。ギリシャは、冷戦時代の米国にとって、ソ連の南下を防ぐための反共防波堤の一つであり、ソ連包囲網という米英覇権体制の一翼を担っていた。

 冷戦後、ギリシャはEUやユーロ圏に入り、米英覇権下から自立して独仏を中心に世界の極の一つになろうとする欧州(EU)に属することになった。だが、2008年のリーマンショック後、債券バブルの崩壊で経済破綻に瀕した米英が多極化を防ぐため、ギリシャを皮切りにユーロ潰しを画策すると、独仏はこれに応戦しきれず、ユーロやEUは解体の危機に瀕した。そこに入ってきたのが中国だった。ギリシャを訪問した温家宝首相は、ギリシャを支えることでEUを支援するという趣旨のことを述べている。 (China to give "vote of confidence" in Greece

▼中国に移る海運覇権

 第2次大戦後に、英国から世界覇権を(黒幕の英国に牛耳られつつ)継承した米国がオナシスらを通じてテコ入れしたギリシャの海運業が今、中国によってテコ入れされ始めていることは、覇権や地政学の面で象徴的な出来事だ。米国は、ユーラシア包囲網(英米覇権)の一環としてギリシャをテコ入れしたが、中国は逆に、ユーラシア内部勢力による英米覇権解体策(多極化)の一環としてギリシャをテコ入れしており、力関係が逆転している。

 中国は、ソマリア沖に海賊退治の名目で海軍を派遣し、インド洋に面したスリランカやパキスタンに大きなコンテナ港を建設している。中国から南沙群島、マラッカ海峡、スリランカ、パキスタン、ソマリア沖と続く中国の海運ネットワークは、スエズ運河を越え、地中海のギリシャまでつながる。英国は1970年代、スエズ以東を放棄したが、今や中国がスエズ以西の地中海まで進出し、英国の覇権を食い荒らし始めている。 (Sri Lankan waters run deep with China) (中国を使ってインドを引っぱり上げる

 地中海を出ると大西洋だ。英独や北欧など欧州西海岸、アフリカ西海岸、南北米州の東海岸につながる航路がある。中国は大西洋岸のブラジルにも大規模なコンテナ港を建設中だ。ギリシャの港を運営するコスコは、大西洋と太平洋をつなぐパナマ運河沿いの港湾も運営している。パナマ運河を越えれば、もうそこは太平洋で、海を渡れば中国に戻る。中国は、インド洋、地中海、大西洋を通る世界航路を持つことになった。 (Analysis: Surge in Chinese investment reshapes Brazil ties

 世界一周航路を運営する国は、覇権国といえる。大西洋や太平洋の航路の安全保障(軍事)面の管轄者は、まだ米国だ。しかし経済面では、中国が、世界航路における管轄権を急速に拡大している。15世紀の「地理上の発見」以来、スペイン・ポルトガル、オランダ、英国、米国と移転してきた海運上の覇権が、米国から中国に移転し始めていると読める。中国の覇権は、一国で世界を支配する米英型でなく、ロシアやブラジル、EUなどの他の大国と協調する度合いが強い多極型であるが、台頭する新興諸国の中で最有力なのは中国である。 (世界史解読(2)欧州の勃興

 また中国は、海運だけでなく、ユーラシア大陸に新幹線網を作り、中国とロシア、中東、欧州を結ぶ構想も進めており、陸路交通の覇権も狙っている。中国の鉄道建設技能は、すでに先進国並みの高さといわれている。米国カリフォルニア州でさえ、新幹線建設を中国に頼みたいと言い出している。日本はどこにいる、という感じだ。 (China's railway development is a reminder that the nation is no longer willing to be a technology follower) (California seeks China's help for high-speed rail

 中国はギリシャだけでなく、東欧を流れるドナウ川に橋を架けたりするインフラ整備事業によって、バルカンから東欧にかけての地域全体への影響力を拡大している。橋や道路を作るのは、中国が東南アジアやアフリカでさかんにやっていることだ。 (China builds a bridge across the Danube

 中国だけでなく、ロシアやトルコも、バルカン・東欧への影響力を拡大する試みを続けている。EU、中国、ロシア、トルコが、東欧に対する覇権を競っているかのように見えるが、事態はそれほど対立的ではない。EUが面倒見切れない分の経済利権を中国が買い取るとか、ロシアは天然ガスパイプラインなどエネルギー分野の覇権拡大に専念するなど、補完的な面も強い。これは、多極型の新世界秩序の特徴である。 (Ironically, Turkey now appears to be Serbia's new best friend

▼日本の中国嫌いは自滅的

 今の中国と似て、日本も1960−90年代に造船や海運で世界の雄となり、世界を席巻した。日本がやる気なら、国際影響力をもっと拡大できたはずだ。しかし日本は、あくまでも米国の傘下の国であり続けたいという、覇権を拒否する姿勢を貫いた。米国は、日本の代わりに中国を隠然と支援し、今になって日本はやすやすと中国に抜かれることになった。

 70年代の米中関係正常化以来、日本の上層部は、米国が中国をテコ入れしているので、いずれ日本が中国に抜かれることを察知していたはずだ。今ごろになって「中国の脅威」を騒ぎ立てるのは芝居じみている。日本で一般的に売られている諸商品の半分ぐらいは中国製もしくは中国製の部品や材料を使っているのに、それを無視し、具体策を欠いたまま「中国と経済的に縁を切るべきだ」とマスコミで主張する人々も、発言の意図が別のところにある感じだ(政治家の人気取りとか、テレビに出続けたい評論家とか)。欧米企業は、中国政府からいくら意地悪されても、中国市場への参入を強めている。そんな中、日本が企業を中国から撤退させるのは、間抜けな自滅策だ。 (In China, Foreign Banks Lag Behind

 今回の記事のように、中国が台頭し日米が不利になる現実を描くことは、今の日本で、しだいにやりにくくなっている。読者から「あなたは支那のエージェントですか」という感じの中傷メールが来る(日本が不利になったのは小沢一郎のせいだと書いて、小沢批判をしたりするのは歓迎されるだろうが)。

 だが、中国が台頭して日米が不利になるのは、米国の隠れ多極主義戦略の当然の帰結である。中国の軍事台頭も、米国が中国を怒らせて誘発したものだ。ネオコンなど、米国中枢の隠れ多極主義者こそ支那のエージェントである。現実を直視せず、現実を指摘する人を非難してしまうのは「裸の王様」的なお門違いだ。ゴールドマンサックスは中国のエージェントだと分析する記事も出ている。 ('Goldman Conspiracy' helps China defeat U.S.

 日本の対米従属策は最近、自滅性を増している。中国の台頭が軌道に乗った今ごろになって尖閣騒動を起こし、日本市場を中国製品に席巻された後になって中国と経済的な縁を切れと言い出し、日銀はドルの崩壊感が強まっているのに円安ドル高にこだわり、ゼロ金利や円売りドル買い介入を必死でやっている。米国では経済学者のジョセフ・スティグリッツが「連銀の量的緩和は自滅につながる」と指摘したが、日本の言論界の人々は、仲間外れにされることを恐れ、この手の鋭い指摘をしたがらない。 (Fed, ECB throwing world into chaos: Stiglitz

▼中国が仕掛けた「トロイの木馬」の中身

 話を中国の対ギリシャ投資に戻す。分析者の間からは、ギリシャが国債危機に陥り、EUがそれを救済しきれない状況下で、中国がギリシャを救済したことについて、今はEUにとって中国がありがたい存在でも、いずれ中国がギリシャや南欧に対して隠然とした政治影響力を持つようになり、その分、南欧に対するEU(独仏英)の影響力が低下することになる「トロイの木馬」になりかねないとの指摘が出ている。トロイは古代ギリシャの都市だ。 (A dragon-tailed Trojan horse?

 この分析は、おそらく正しい。中国がギリシャへの投資を地政学的な覇権がらみの戦略の一つとして考えていることは、ほぼ間違いない。しかし(1)近代ギリシャが英国(今の米英覇権)の傀儡国として誕生したこと、(2)冷戦後のギリシャが米英と別の地域覇権を目指すEU(ユーロ)の傘下に入ったが、リーマンショック後にドルとポンドが崩壊しかけると、米英はドルとポンドを守るためギリシャを財政崩壊させ、EU(ユーロ)をぶち壊そうとしたこと、(3)そこで中国がギリシャ買いに入り、EUとユーロの崩壊を防いだこと、などの点を考慮すると、ギリシャ救済という「トロイの木馬」の中に中国が潜ませた策略は、中国がEUを支配することではない。

 むしろ中国の真の意図は、米英同盟が一極支配する従来の覇権体制を崩し、中国やEU、ロシアなどが並び立つ多極型の覇権体制に転換することにある。一度はEU統合を許した米英が、今になってEUをぶち壊しにかかっているのを阻止する多極化戦略が、中国のギリシャ救済の本質だろう。

 中国は昨年来、ロシアの影響圏だった東欧のモルドバに対しても経済支援を続けている。モルドバは、ルーマニアとウクライナに挟まれた旧ソ連の国で、NATO加盟を目指す親米派と、それに反対する親露派が対立してきた。ロシアは経済力に限界があってモルドバを支援しきれないので、代わりに中国が支援している。 (中国とロシアの資本提携

 中国がモルドバを支援した意味を、ロシア、欧米、中国という3つの勢力が、モルドバに対する影響力を競っていると解説する向きもあるが、最近の中露パイプラインの結節、上海協力機構やBRICでの中露協力の現状からすると、中露がモルドバで覇を競っていると考えるのは間違いだ。中国は、ロシアに代わってモルドバを支援し、EUに代わってギリシャを支援することで、米英が東欧を崩壊させてロシアやEUを不安定にすることを阻止する、隠然とした多極化戦略をやっていると考えられる。

 EUは近年、ロシアと安全保障分野の協調関係を強めようとしている。フランスのサルコジ大統領は、ロシアのメドベージェフ大統領に対し、安全保障に関する仏独露の三極サミットを10月18−19日に開くことを提案した。また、NATOは11月のサミットにメドベージェフを招待した。 (Russia's season for summits - try and deflect Moscow from reorientation towards China

 ノルウェーは、冷戦時代を通じてロシア(ソ連)と対立していた北極海の領海紛争に終止符を打ち、両国は9月に北極海における海上国境線を確定した。この動きは、両国が北極海の海底油田・ガス田を共同開発する経済利益のためと説明されている。だが、近年の欧露間の接近や、米英の覇権力の低下を考えると、この動きは、欧州側が米英覇権の低下と多極化を見据えて、ロシアとの敵対を解消する意図に受け取れる。 (Russia and Norway Settle Arctic Boundary Dispute

 ドイツは、バルト海における対ソ連諜報活動の目的で10隻の潜水艦を持っていたが、今年6月、このうち6隻を退役・解体することを決めた。これも欧州が、冷戦型のロシア敵視策を放棄し、逆にロシアとの協調を強めて、対米従属を脱する動きをしていると読める。マスコミでは、世界不況の中でドイツが財政を緊縮せざるを得なくなり、潜水艦を削減したと「解説」されている。ドイツは、冷戦体制下で対ソ連防衛のために存在していた徴兵制度も縮小しようとしている。 (Germany retires more than half of its subs

 EUの統合にとって最近の経済難による影響は「米英系の金融勢力にユーロを壊される」というマイナス面だけではない。「EU諸国の防衛費を削減するため、EU諸国間の軍事協調を強め、EUの軍事統合を進める」という、EU内の各国議会などにいる対米従属派の目をごまかしつつ国家間の統合を促進するプラス面が、こっそり存在している。EUの27カ国の国防相たちは9月下旬の会議で、EU諸国の財政支出を減らすため、各国に必要な最小限の軍事力を策定した上で、それ以外の軍事支出を各国で共有化し、EUに軍事専門家の部署を創設拡大して、加盟各国間の軍事協調を効率化していくことを決めた。これは、従来のEUで禁句とされてきた「EU軍」創設への基盤作りである。 (EU2 defense ministers advocate military cooperation as austerity measure

 EUが軍事統合を進めれば、米国の軍事力の傘下から離脱していき、NATOは不要になり、欧州での米英覇権は縮小し、欧州の地域覇権勢力はEU自身となる。英国はこの動きに反対したいだろうが、現実は逆だ。英国自身がひどい財政難で、EUの軍事統合と多極化に抵抗できず、英国では史上初めてフランスと航空母艦を共有して防衛費を減らす構想が出ている。 (British, French Navies to 'Share' Aircraft Carriers to Save Money

 EUでは対米従属派も強く、日本と同様、なかなか米英覇権体制から抜け出せない。だが、これを書いている間にも、ドルか諸通貨に対して値を下げ、ドルに対する信用低下を示す金地金の高騰・史上最高値更新が起きている。今後、ドルの崩壊感がさらに強まると、状況は転換し、EUと中露の結束が顕在化していくと私は予測している。

【続く】



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