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ユーロ危機からEU統合強化へ

2012年1月31日   田中 宇

 1月30日のEUサミットで、ユーロ危機対策としてのEU財政統合が決まった。FT紙は「財政条約でメルケルの勝利」と書いている。 (Victory for Merkel over fiscal treaty

 この前日、EUがギリシャの政府予算編成の最終決定権を剥奪すべきだという主張が、ユーロ危機対策を主導するドイツから、正式なかたちで出てきた。ギリシャは反対しているが、いずれ了承するだろう。これは財政条約の一部をなすものであり、ギリシャが反対し続けるのが困難だ。これらが具現化していくと、ギリシャの国債危機は沈静化する。 (Germany Formally Requests That Greece Hand Over Its Fiscal Independence

 ギリシャは一昨年に国債危機に陥った後、累積財政赤字のGDP比を2020年までに120%に低下させる緊縮策を決めた(今は160%)。見返りにギリシャは、国債の債務不履行を防ぐための国債償還用の救済資金をEUから受け取るとともに、大口の国債保有者である銀行団に自発的な損切り処理をしてもらい、財政破綻を防いだ。 (Negotiators: Near Greek debt deal

 しかしその後も、米英投機筋からの国債先物売り攻撃が続き、ギリシャは金融経済の悪化と政府税収の減少が激化し、政府が国民に窮乏を頼んで緊縮財政をやっても、財政赤字のGDP比が下がらない事態になった。財政赤字が減らなければ、ギリシャ国債に対する信頼が回復せず、ユーロは危機の根幹が解決されないままになる。ユーロ危機対策は、振り出しに戻った。 (EU ratchets up pressure with Greek default threat

 EUはギリシャ政府にさらなる財政緊縮を求め、見返りにEUが追加救済金を出すと約束するとともに、債権銀行団にも自発的な追加損切りを要請した。自発的でなくEUが損切りを命じると、それは公権力が債権者にギリシャ国債の全額償還を拒否したことと同じであり、法的に債務不履行(財政破綻)とみなされる。昨年末以来「銀行団が損切りに応じるはずがない。ギリシャは財政破綻し、ユーロは崩壊する」といった記事が、米英マスコミで大報道された。 (Greece is defaulting - don't pretend otherwise

 EU、ギリシャ政府、銀行団の3者交渉はまだ続いているが、2月前半までに締結されそうな流れだ。交渉がまとまらず3月20日のギリシャ国債の時期償還日が来ると、国債償還の資金が足りず債務不履行になり、ギリシャのユーロ離脱など危機の急拡大が起きる。ユーロ離脱後にギリシャが独自通貨を発行しても、全く信用されず紙屑になる。債権銀行団もギリシャ政府も窮乏する。だから3者交渉をまとめないわけにいかない。 (Greek bondholders draw line in the sand

▼強まるドイツの覇権

 ギリシャ政府は、1回目の救済策の枠組みで財政緊縮策を作り切れず、2回目の救済策が必要になった。この失敗を繰り返さないための新たなメカニズムとして、ギリシャの政府と議会が約束どおりの緊縮財政策を作れなかった場合、EUが派遣した顧問団(予算監督官)が勧告したとおりの政府予算を組まむことをギリシャに義務づけることが提案された。すでにEUの予算専門家がギリシャに駐在しており、彼らに予算監督権を与える提案だ。 (Call for EU to control Greek budget

 これは、EUがギリシャに内政干渉し、国権や民主主義を制限するものだ。常識的に考えると「悪いこと」「反対すべきこと」である。当然ながらギリシャの政府や野党は反対している。しかしこれは同時に、ユーロ圏諸国を財政的に統合して強化し、危機の再発を防ぎ、欧州を全体として強化するという、国権の範囲を超えた広域で考えると「良いこと」でもある。「国家を超える善悪の価値などない」というのが、フランス革命以来の常識人の善悪観であるが、それを超えた思考をすることが前提となる。

 ドイツのメルケル首相は、今年のダボス会議で「欧州統合を加速することによってしか、欧州を強くすることはできない」と主張したが、その意味するところは、ギリシャなど各国の財政権をEUに統合することでしか、ユーロ危機を乗り越えられないという意味だ。 (Merkel: Only a unified Europe can remain powerful

 EUは今回のサミットで、財政統合の協約を決めようとしている。EU諸国に一定以下(単年度でGDPの3%以下)の財政赤字を義務づけ、これを破ると制裁され、政府の予算編成権を制限される協約だ。財政赤字が基準値を大きく上回らない限り、予算編成権は制限されない。ギリシャの例は、この協約の一足早い履行となる。数ヶ月内に、イタリアやスペイン、ポルトガル、アイルランドなど、危機にある他のユーロ圏諸国にも、同様の制度が導入されるだろう。 (ユーロ危機対策めぐる裏の暗闘

 EU内ではハンガリーも最近、EUの基準を超える財政赤字を出すことになる政府予算を決定した。EUはハンガリー政府に警告を発し、このまま予算が改善させない場合、来年からEUがハンガリーに出していた経済支援金を棚上げする制裁を行うと発表した。これも、ハンガリーの財政権にEUが介入する話で、EU財政統合の始まりを意味する動きだ。 (EU ministers open way for freezing EU funds for Hungary

 従来のEUでは、不況の時に各国が財政赤字の3%基準を超えて赤字を増やし、景気対策をすることを容認していた。ギリシャやイタリアの財政赤字が増えたのは、この条項を抜け穴として使った結果だ。EUは今後、抜け穴をふさぎ、赤字を増やす国の予算編成権をEUが召し上げることで、財政統合を実現していこうとしている。 (Berlin ready to see stronger `firewall'

 EUの財政統合は、ユーロ危機を使ってドイツがEU全体を隠然と支配しようとする覇権的な動きである。各国は、それを承知でEUに参加している。そもそもEUは、東西が再統一されたばかりの冷戦直後のドイツに対し、フランスやイタリアと相談してEUをドイツの覇権領域にしていって良いと、米国が太鼓判を押して具現化したものだ。ドイツはEU創設を躊躇していたが、レーガン政権の米国の強い後押しで、EU統合を主導し始めた。

 フランスは、ドイツ中心のEU統合に積極的に乗ることで、統合後のEUで、国力よりも大きな発言権を手に入れようとしている。フランスが協力することで、EUは独仏共同主導(50%ずつ)に近くなっているが、実際のフランスの国力はドイツより小さい。独メルケル(右派)は仏サルコジ(右派)に感謝し、左派オランド候補に追い上げられているサルコジの選挙遊説に同行する予定だという。 (Merkel to join Sarkozy in campaigning

▼削がれる米英投機筋の攻撃力

 金融財政危機の発生に対し、米国は、ドルの大増刷(QE)と財政の大拡大(急速な赤字化)による経済テコ入れで対処し続けている。米英の当局や金融紙は、EUも米国と同じ大増刷で国債危機に対処すべきだと主張し続けてきた。しかしドイツは、大増刷は通貨の信頼を失墜させ、赤字増は国債の信頼を落とし危機を逆に悪化させるとして、米国式の対策を採用せず、代わりに米国と逆の財政緊縮策を採用している。これだけでは経済難が解消されないので、財政的に弱いギリシャなどが、財政的に強いドイツと財政統合し、ギリシャがドイツの言うことを聞く代わりに強い国債を得る方策を採っている。 (The euro's surprise resurgence

 報道だけを見ていると、ドル増刷と赤字増という膨張策で危機に対処している米国は、経済が上向いている半面、緊縮策とEU統合加速で対処している欧州は、昨年末から景気が悪化しており、米国式の方が良いという論調に傾く。だが、米国の金融危機は影の銀行システムが抱えるバブル化の根本問題が解決せず、延命しているだけだ。しかもEUの危機は米英側からの金融攻撃で起きており、金融システムの自壊から危機が起きている米国と異なる。今後1−2年かけて、EUの危機対策の方が正しいことが具現化するだろう。

 米英とユーロ圏の金融戦争は、今回EUが財政統合を決めて前倒し実現していくにつれ、米英投機筋のユーロ攻撃が効かなくなり、しだいに下火になるだろう。攻撃用兵器の一つは国債CDSだが、ギリシャ国債CDSの取引は昨秋から減少し、取引高がゼロに近づいている。すでに投機筋によるギリシャ攻撃が終わっている観がある。まだギリシャ危機が続いているかのように見えるのは、マスコミが「債権銀行団との交渉が決裂した」と騒ぎ立て「闇夜の枯れすすき」状態にしているからだろう。 (Greek lessons for Portugal

 影の銀行システム急拡大の立役者で、投機筋の親玉と目される米大手投資銀行JPモルガンのトップは「ユーロ圏周縁諸国から資金を撤収することも検討したが、主に社交的(social。政治的?)な理由から投資を続けることにした。今後も末永く投資する」と述べている。金融筋のこうした姿勢からも、ユーロ危機が収束に向かい始めていることが感じられる。 (JPMorgan admits it weighed euro exit

 米英側のもう一つの金融兵器である「債券格付け」も、これまでの米英主導の3大格付け機関の体制に横やりを入れるべく、EUは、欧州を代表できる新たな民間の格付け機関を今夏までにオランダにドイツ人(Roland Berger)主導で創設することにしている。3大格付け機関は、自社が行った格付けに責任をとらない条件下で格付けを行っているが、新機関は格付けを依頼したクライアントに責任をとる予定で、それによって3大機関の欧州での影響力を削ごうとしている。 (European rating agency could launch in 2012-report

▼EU自立で崩れる欧米協調

 一昨年からのユーロ危機は、米英側が自分らの金融システムや経済覇権を守るため、投機筋や格付け機関を使ってこっそりユーロを壊そうとしたものだ。米英は表向きEUと友好や同盟関係を保ちつつ、裏でEUを破壊しようとした。EUから見ると、欧米間の協調関係に対する破壊であり、本質として敵対的な攻撃である。米国の金融システムは延命しているだけなので、今後も攻撃が続く可能性がある。こっそり攻撃してくる相手と友達であり続けるのは間抜けだ。EUは、表向き米国と友好や同盟関係を保ちつつ、裏で米国依存から抜け出して、EUを国際的に自立させる動きを加速するだろう。

(英国はEU加盟国だがユーロ非加盟で、米国と債券金融システムを共有しているため、今回米国と組んでユーロ潰しに荷担したふしがある。英国は昨秋来、EU内で孤立を深めている。英国と独仏の関係が今後どうなるか注目されるが、その話と欧米関係の話を一度に両方書こうとすると膨大になる。今回はより重要なEUと米国との関係に力点をおいて分析し、英国をめぐる話はあらためて考える)

 米英の金融界が債券金融システムを急拡大して大儲けしていた90年代半ばから05年ごろまで、ドイツ銀行や仏ソシエテ、クレディスイスなど、欧州大陸の主要銀行は、大儲けに乗り遅れるなと、米英金融システムへの参入を急拡大した。当時のEUは、米英型の金融システムを取り入れ、リスクの格付け制度を多用したバーセル(国際決済銀行)型の世界的な銀行経営基準など、欧米協調で金融制度を構築していた。

 しかし06年のサブプライム危機からリーマンショックを経て、米英の金融システムが崩壊期に入り、一昨年からはユーロ危機へと転化して、事情は全く変わった。米連銀が大緩和を続けても、欧州中銀は緩和を拒否し、欧米間の通貨当局の協調はなくなった。欧州大陸の銀行は、米英型の金融事業の縮小を試みている。EU(独仏)は、銀行に自己資本比率を厳守させるバーセル型の価値観を脱却し、不況の時には銀行が融資を拡大できるよう、自己資本比率の低下を容認する柔軟さが必要だと表明したが、英国は猛反対しており、銀行の経営哲学をめぐるバーセルの国際協調が崩れ始めている。 (Paris and Berlin seek to dilute bank rules

 今後も、表向きのマスコミ報道的な欧米協調は続くだろうが、米英がEUを壊そうとして、EUが壊されず防衛に成功しつつある以上、裏の本質的な意味で、欧米協調体制は崩れていくだろう。米英覇権を協調的に維持するには(軍事部門は米国が圧倒的なので単独覇権が許されても)少なくとも金融経済の部門において、欧米協調が必須だった。ユーロが崩壊していたら、EU諸国は国ごとにずっと対米従属を強いられただろうが、今回の財政統合開始でユーロが防衛できる可能性が高まり、逆にEUが対米協調から離れていく流れが強まった。

 これは欧州と米国の覇権体制に関わる話だ。近現代の人類の建前上、国家を超える権力は存在しないことになっているので、覇権はいつも裏の動きだ。覇権をめぐる状況は、いつの間にか、往々にして「別の説明」をかぶせられて、変化していく。特に、国家として覇権に関与しない方針の戦後の日本に住む人々には、全く情報が与えられず、何も感知できないだろう。

▼EU自立の裏にある米軍「アジア最重視」

 EUは今回、金融財政の分野で米国との協調や対米従属の体制から離れていく流れに乗り始めた以上、軍事外交の分野でも、しだいに米国から離れていくだろう。米英が独仏を率いてロシアと敵対するNATOの基本構図は、対米従属が強すぎる。 (ぼやける欧米同盟

 今回の財政統合は、EUが以前から目論んでいた「政治統合」の重要な第一歩でもある。EUは財政統合より前に、外交政策の統合を進めており、EUとしての外務大臣(外務安保政策上級代表)もいる。外交の延長である軍事分野では現在、EU各国が別々にNATOに加盟している。だがこれも、NATOのアフガン駐留が2014年(もしくは13年後半)に終わるのと前後して、EU統合軍を作っていく話が、どこかのタイミングで進むだろう。 (Sarkozy to Speed French Pullout, Urges NATO to Step Up End of Afghan War

 すでにブリュッセルには、EU統合軍の萌芽的な事務局組織としてESDP(European Security and Defence Policy。99年設立)が作られている。EUが外交安保面で、NATOから自立していくことは、米国も冷戦終結時から了承している。ESDPの前身組織(96年設立のESDI)はNATO内にあった。 (Common Security and Defence Policy - Wikipedia

 覇権をめぐる転換は、いつも目立たない形で、多くの目くらましを包含しつつ進んでいく。世界の経済戦略を決める機関がG7からG20に移った後も、G7は消えずに存続し、日本のマスコミでは、あたかもまだG7が中心であるかのような報道が続いている。同様に、EUが軍事統合し、軍事的に米国から自立し、NATOが意義を失っても、まだNATO自体は存続し、マスコミは欧米軍事同盟を喧伝するだろう。しかし現実は、そうでなくなる。

 対米従属から脱したEUは、国際的に自立し、ロシアや中国、中東の諸大国(トルコ、イラン、イスラエルなど)と、独自の関係を結ぶ傾向を強めるだろう。EUは、多極化しつつつある世界の中の「極」の一つになる道を歩んでいる。

 米国主導のイラン石油禁輸制裁が始まっており、躊躇している日韓をしり目に、EUは7月までにイランからの石油輸入を止めていくことを決めた。制裁理由の「核兵器開発」が米国による濡れ衣であることを考えると、EUのイラン石油禁輸の決定は、対米従属的だ。EUが金融経済面で対米自立していこうとする流れと矛盾している。 (EU2 sanctions on Iran peppered with exemptions

 だがこれも、もし7月までにEUがイランとの国際交渉を率いて何らかの解決まで持ち込むつもりなら、話は別だ。EUがイラン制裁を決めると同時に、米露中英仏独とイランとの国際交渉が1年ぶりに再開されている。同時期に、米国とイスラエルが「イランはまだ核兵器開発していない」という認識で一致したのも重要だ。イランをめぐる話は、あらためて書く。 (Anti-Iran sanctions, dead end: Russia

 米国政府はEUの自立方向を予知していたかのように、防衛費削減策の一環として、2015年までに欧州駐留米軍を縮小していく政策をすでに決めている。EUが政治経済的に対米従属を離脱し、EU統合軍ができてNATOが有名無実化し、米軍は欧州から出ていく。自然な流れだ。米軍はイラクやアフガンという中東からも撤退している。 (German Angst as U.S. troops bid "Auf Wiedersehen"

 これらの流れを裏返すと「米軍はアジアにだけ、従来どおりの駐留を続ける」ということになる。これが昨秋来のオバマ政権の「アジア最重視」宣言の本質である。この宣言のもう一つの本質は「日韓やアセアンの希望どおり、米軍をアジアから撤退しないでやるから、アジア諸国は米国製品をたくさん買えよ」という、TPPや米韓FTAなどを通じた交換条件である。EUは対米自立していくが、日韓はまだ自立したくない。(韓国は今年の選挙後、転換がありえる) (New US military strategy - Korea should boost its own defense capabilities

 一部の読者から「記事を短くしろ」と言われているのに、また長々と書いてしまった。そもそも、複雑な世界情勢を、マスコミの「別の説明」にどっぷり浸かっている日本人向けに、短く書くことなどできないのかもしれない。長くても読みたいという読者の方が多いとも思う。短くしろという要望には、応えられそうもない。



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