イラン核問題と中国2010年3月10日 田中 宇米国の政府と議会は、イランを「核兵器開発疑惑」で追加制裁することを検討している。国連安保理で新たなイラン制裁を決議するか、それができない場合は、米議会が追加のイラン制裁を決議し、同盟諸国を制裁に参加させようと考えている。これまで何度も指摘してきたが「イランが核兵器を開発している」という主張は、根拠のない濡れ衣である。米政府は「イランが核兵器を開発している証拠」とされる数多くの情報をIAEAに出したが、そのすべては、証拠といえない曖昧なものであるか誇張や間違いであると、すでに結論づけられている。今や国連では、対米従属系でない多くの国々が、イラン制裁に反対している。 (イラン問題で自滅するアメリカ) こうした状況下で米政府は、イラン制裁案を安保理で通すため、常識を超える戦略を考えついた。それは、安保理で拒否権を持っている常任理事国に対し「イラン制裁案に賛成してくれるなら、実際の制裁を守らなくても良い」と認めることだ。各国は、産油国であるイランとの貿易関係を持っている。安保理で制裁案に賛成する(もしくは反対を取り下げる)常任理事国は、自国とイランとの貿易をそのままにして制裁破りをしても良い、米国はそれを大目に見ますよ、と提案する作戦だ。これは考え方として、かなり腐敗している。 (China pushes for more diplomacy over Iran as West pushes sanctions) この米国の戦略で、最も得をするのは中国である。中国は最近、米国のイラン制裁案に強い反対を表明し続けている。中国は、イランから石油やガスを買い、日用品などを売り、イラン国内のインフラ整備事業などをさかんに受注している。欧州や日韓などの国々はここ数年、米国に同調してイランとの貿易関係を切ってきたが、中国企業は、欧日が去った後のイランの利権を漁り、逆にイランに深く入り込んでいる。イランの最大の石油輸出先は中国である。 (Congress hot to trot on Iran sanctions) 中国がイラン制裁への反対を取り下げ、制裁が実施されると、イランは中国に対して激怒し、中国との関係を切ると考える人がいるかもしれないが、実際は逆だ。制裁され欧米日と貿易できなくなるイランは、制裁参加を免除される中国との貿易に頼る割合をむしろ強める。他の常任理事国であるロシアやフランスもイランと貿易しているが、彼らも制裁免除だ。欧州でイランと最も関係が太いドイツは常任理事国ではないが、ドイツはイランと欧米との交渉の主導国の一つなので、常任理事国と同様、制裁免除の対象にすることを米国は考えている。 (U.N. Powers Could Dodge New Iran Penalties, Say U.S. Officials) この除外規定はまだ構想で、実施されるとは限らない。だが実施された場合に最も損をするのは、以前はアジアで最もイランと関係が強かった日本と、近年中国と競ってイランに進出してきた韓国である。米国の案では、中露と欧州の主要国(独仏英)はすべて制裁参加免除だが、日韓は常任理事国ではないので制裁を守らねばならない。特に日本は2006年、米政府からの圧力を受けてイランの油田開発への参画を大縮小するなど、対米従属の国是を貫き、イランとの関係を自ら削り続けてきた。 (US Seeks China 'Exemption' From Iran Sanctions) 制裁に反対する中国が得をして、まじめにやってきた日本はイランの利権を失っていく。しかも、イランの核兵器開発疑惑は米イスラエルによる濡れ衣なのだから、中国が制裁に反対するのは正しい。問題はむしろ、日本の「まじめさ」の方にある。対米従属を重視するあまり、日本はイラン核問題の濡れ衣性に目をつぶり「イランはそのうち米軍に侵攻され、イラクのように潰される。日本企業はイランに近づかない方がよい」とたかをくくっていたのが間違いだった。 ▼イラン問題も米国対BRICの構図に イラン制裁は、米国自身も抜け穴だらけだ。米政府の会計検査院(GAO)が調べたところ、米国からイランへの輸出は、何が輸出されているのかよくわからない状態にある。イランに輸出する米企業は、財務省に何を輸出するかを届ける決まりだが、それは書類提出だけだ。年間3億ドル近い米国からイランへの輸出の多くは農産品とされるが、実際に何が輸出されたか米政府は検査していない。これでは効果のある制裁ができないとGAOは警告を発している。 (GAO report: US sanctions on Iran will prove ineffective) (GAO: US Trade With Iran Poorly Documented) 米国が濡れ衣基調のイラン制裁にこだわるのは、米政界がイスラエルに牛耳られているからだ。米中枢の本心は、米英イスラエル中心体制とは正反対の多極型の世界を望んでいるので、米政府はイスラエルの言いなりになるふりをしつつ多極化を推進している。だから米国は、中国を焼け太りさせる除外規定案を出し、自国の対イラン輸出を抜け穴だらけの状態にしてある。米国は、日本や韓国に対米従属をやめさせたいので冷たくあしらっている。 イスラエルは米国に、イランからの輸出入を監視する制裁体制作りのため、ペルシャ湾岸地域に米海軍を結集するよう要請している。米軍を中東に駐留させてアラブやイランの台頭を防ぐのが、91年の湾岸戦争以来のイスラエルの戦略だが、米軍のイラク撤退が進んでいるので、数年内に中東の駐留米軍は大きく減る。代わりにイラン制裁を強化し、米軍を引き続き中東に駐留させるのがイスラエルの考えだ。しかし実際には、米軍はアフガニスタン攻略だけで手一杯で、もしかするとソマリア沖にいるEUや中国、ロシアなどの海軍に、イラン制裁の監督を頼むかもしれない。米国はイスラエルの裏をかき、多極化を進めている。 (Call for Iran sanctions backed by muscle) 中国だけでなく、ブラジルもイラン制裁に強く反対している。ロシアはもともとイラン制裁に反対だったが、最近は、場合によっては賛成しても良いという感じの態度をとっている。これはおそらく、米国の譲歩を引き出すためだ。ロシアが従来のような米国敵視一辺倒だと、米政界は反露的になるばかりだが、ロシアがイラン制裁に協力するとなれば話は別だ。本質的には、ロシアはイランを弱体化するつもりはなく、イランが中東の大国になり、親米的なアラブ諸国と均衡することを望んでいる。 (Russia: We will consider 'smart' Iran sanctions) 中国、ブラジル、ロシア、インドの4カ国は、多極型世界の骨格をなすBRICである。4カ国は以前から何度かサミットを開き、08年にG20サミットがG7に取って代わるかたちで定例化してからは、BRICがG20の中心に位置している。イランをめぐる問題は、しだいに米国(米欧)とBRICとの対峙のかたちとなり、米国が日本など同盟国の利権を削ぎつつBRICに譲歩する場となっている。これは、昨年末のコペンハーゲンでの地球温暖化サミットの時の構図と同じだ。 (イラン救援に乗り出す非米同盟) ▼問われる日本の外交力 米国が、同盟国放棄の隠れ多極主義の戦略を進めているのは、しだいに確定的になっている。しかも米国は、そのうち財政破綻して経済的にも自滅する可能性が高い(前回の記事に書いたように、長期的に米国は復活して多極型の世界を主導するだろうが、その前に自滅する)。 (◆大均衡に向かう世界) もはや、日本が対米従属を続ける利得はないのだが、官僚組織やマスコミは米英の傀儡から脱却できず、日本は姿勢を変えられないでいる。核問題担当の国連組織であるIAEAの事務局長には、日本外務省の天野之弥が就任しているが、天野は最近、米イスラエルの圧力に屈し、それまでのIAEAの「イランが核兵器を開発していると思われる証拠はない」とする姿勢を曲げて「イランが核兵器を開発していないと言い切れる証拠はない」と言い出している。これは、以前と同じ事実の反対側を言ったにすぎないが、イラン側は「終わった話を蒸し返すな」と怒り、対立が再燃している。 (New UN Watchdog Head Faces Rising Tension With Iran) (IAEA事務局長に日本人選出の意味) 日本は、自ら方向転換できない情けない国になっているが、イランは日本を味方に引き寄せたいと思っているようで「日本にウラン濃縮を代行してもらうのは良い考えだ」と言い出した。イランは、ウランを20%に濃縮して作る医療用アイソトープがなくなりかけているが、自国で濃縮すると兵器転用を疑われるので、どこか外国に濃縮してもらうことを模索している。これまでロシアやフランスが候補だったが、交渉がうまくいかず、最近になって日本に濃縮を発注する構想が浮上した。 (Iran 'to study Japan offer to enrich uranium') この件は、2月末に訪日したイランのラリジャニ国会議長らに対し、日本政府が濃縮の受注を提案したと報じられている。ラリジャニらは広島と長崎を訪問して「イランは日本と同様に、核兵器を作れる技術を持っても核兵器を作らず、平和利用に限定する国になる」と表明した。イラン当局が日本のマスコミにだけイランの核施設を見学させるサービスも行われた。 (Japanese Media Get Special Tour of Iran Uranium Conversion Plant) (Iran's New World Order) 日本人の天野がIAEAの事務局長だからイランは日本に好意的なのだろうが、頑強な対米従属の日本政府が、米国の怒りにふれる恐れがあるウラン濃縮を本気で受注する気かどうか疑わしい。官僚支配を脱却したい民主党政権が、政治主導で言い出したことかもしれないが、これまで政治家の対米従属離脱策をいくつも潰してきた百戦錬磨の外務省に、すでに話を潰されている可能性もある。 (US aims to turn China over Iran sanctions) とはいえ、NPT刷新のための川口・エバンス委員会など、米中枢は、日本に核兵器をめぐる覇権体制の転換(5大国例外扱いの終わり)を進める実働部隊になることを期待している観がある。それを考えると逆に、イランのウラン濃縮を日本が代行する話は、意外と生き延びる可能性もある。この件は、引き続き注目が必要だ。 (オバマの核廃絶策の一翼を担う日本) 【続く】
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