オバマの核廃絶策の一翼を担う日本2009年10月27日 田中 宇10月22日、欧米のメディアで「イスラエルとイランの代表が参加する秘密の多国間会議がカイロで開かれ、両国が初めて核問題で直接に議論し、激論を戦わせた」とする報道が流れた。 (Heated Exchange Marks First Iran-Israel Talks in 30 Years) 問題の会議は、9月29−30日にカイロのフォーシーズンス・ホテル開かれた「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)で、イスラエルからは政府の核エネルギー委員会の政策軍縮部長(Meirav Zafary-Odiz)が参加し、イランからは政府のIAEA担当大使(Ali Asghar Soltanieh)が参加したと報じられている。イスラエル当局は会議に両国代表が参加したことを認めているが、イラン政府は会議が開かれたこと自体を否定し「こんなウソを流すのは(米イスラエルの)心理戦の一環だ」と言っているという。 (Iran and Israel Envoys Were Both at Nuclear Talks) (イランのアハマディネジャド大統領は、イスラエルの意を受けたらしい英国の新聞に「アハマディネジャドはユダヤ人だった」とする記事を流される情報戦争の被害を受けたので、イラン政府がイスラエルと接触したという報道を歓迎しないのだろう) (Analyst finds Israeli fingermarks in Telegraph report) 中東を非核地帯にする目標を掲げ、アラブ諸国の代表も参加して開かれたこの会議では、イスラエル代表がイランを核兵器開発疑惑で批判した。イラン代表は核兵器など開発していないと返答し、返す刀で「貴国は核兵器を持っているのか、いないのか」と問いただしたが、イスラエル代表は何も答えず笑みを浮かべただけだった。匿名の出席者(おそらくアラブ系)が興奮気味にそう語ったと、イスラエルのハアレツ紙は報じている。イスラエルにやられっぱなしのアラブ諸国の代表としては、イランがイスラエルに一矢報いたことが痛快だったのだろう。 (Iran, Israel attend secret nuclear meet in Cairo) イスラエルは、NPT(核拡散防止条約)やIAEA(国際原子力機関)といった国連の核不拡散体制に入ることを拒否し、世界的な批判を無視して核兵器を持っている。非核化会議で非難されて当然だ。しかも会議には、米国の代表は参加していなかった。米国が出てこない一方で、アラブ諸国やイランなどがずらりと参加して中東の非核化を議論する国際会議に、イスラエルが出てこざるを得なくなっていることは、米英の力が低下して非米・反米諸国の力が強まっている世界の流れにイスラエルが抵抗しきれなくなっていることを示している。 ▼日豪が共催する世界非核化会議 ・・・と、ここまでは、私がいつも書いている中東情勢と大差ない。今回、私がこの記事を書く気になった点は別にある。それは、この会議を主催しているのが日本だということだ。ICNNDは、日本とオーストラリアの共催で作られており、カイロ会議にはICNNDの共同議長である川口順子元外相が出席し、もう一人の共同議長である豪州のエバンス元外相と連名で、会議の前と後の議長声明を発表している。 (Middle East Regional Meeting of the International Commission on Nuclear Non-proliferation and Disarmament , Cairo: 29-30 September 2009) この会議は非公開だったが、秘密裏に開かれたものではない。ICNNDのウェブサイトに参加者の一覧が公開されている。事前に日本のマスコミが会議の開催を報じている。川口のウェブサイトには写真つきで情報公開されている。 (Joint Statement by Gareth Evans and Yoriko Kawaguchi, Co-chairs) (中東の核不拡散めぐり協議 カイロで国際委地域会合) (「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会 中東地域会議」をエジプト・カイロで開催しました。(9/28-10/1)) ICNNDはすでに08年の結成時の声明で、印パや北朝鮮と並んでイスラエルの核兵器も議題にすることを表明している。 (Joint Statement by Gareth Evans and Yoriko Kawaguchi, Co-Chairs New York, 25 September 2008) ICNNDは、日豪の外務省が事務局をつとめる有識者会議で、世界の主要諸国の元高官や著名学者らを委員や顧問として集めている。豪州のラッド首相が2008年6月に日本を訪問した際、この組織の結成を日本政府に提案し、日本側が提案を受け入れ、同年9月に会が発足した。 (International Commission on Nuclear Non-proliferation and Disarmament) ▼黒幕はキッシンジャー 調べてみると、この会は米国の隠れ多極主義者たちの肝いりで作られており、米オバマ大統領が提唱する世界の核廃絶計画と連動する組織であると感じられる。まず重要なのは、この会に参加している米国人の面々である。 (ICNND Commissioners) (ICNND Advisory Board) この会に米国代表の委員として参加しているのは、民主党クリントン政権の国防長官だったウィリアム・ペリーであるが、ほかに顧問として共和党系のヘンリー・キッシンジャー元国務長官と、共和党レーガン政権の国務長官だったジョージ・シュルツ、核軍縮に詳しい民主党元上院議員のサム・ヌン(Sam Nunn)が入っている。この4人は、核廃絶を目指す「Nuclear Security Project」という組織を作り、2007年1月と08年1月に、ウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)に、世界的核廃絶を呼びかける文章を連名で発表した。 (TOWARD A NUCLEAR-FREE WORLD By GEORGE P. SHULTZ, WILLIAM J. PERRY, HENRY A.KISSINGER and SAM NUNN) 発表文の中で4人は、1986年に米国のレーガンとソ連のゴルバチョフがレイキャビク会談でまとめようとした世界的核廃絶の構想を継承すべきだと提案し、NPT(核拡散防止条約)の体制下で核兵器保有を容認されている5大国(国連安保理常任理事諸国)も核兵器を廃棄することを目標とした新たな体制を5大国と日独の主導で作ることが必要だと主張している。また、米国は、議会上院が1999年に批准拒否したCTBT(核実験全面禁止条約)を早期に批准することが必要で、米国が批准すれば他の未批准国(中国、イスラエル、イランなど)や未署名国(北朝鮮、インド、パキスタン)をCTBTに引き入れることができると述べている。 (Kissinger, Shultz, Perry & Nunn call for A World Free of Nuclear Weapons) これらの提案の多くは、オバマ政権の核廃絶戦略に踏襲されている。オバマは9月末の国連安保理会議を主催して安保理決議1887をまとめたが、その柱はNPT体制の強化と、旧来のNPT体制下で核保有を認められていた5大国も核廃絶することだ。9月末の国連安保理には、キッシンジャーら4人が全員オバマに招待されて呼ばれている。また、オバマ政権はこれとは別に、米議会にCTBTを再決議によって批准させようとする動きも行っている。 (Nuclear Security Project) (Global Insights: Obama Prepares to Re-engage on CTBT) これらの絡みから考えて、オバマが進めている核廃絶構想のもともとの戦略を練ったのはキッシンジャーたちである。そして、日豪の外務省が事務局をつとめるICNNDも、同じ戦略に沿って作られた組織である。キッシンジャーらが5大国を含む世界の核廃絶を進めたいと考える理由はおそらく、世界の多極化が進展すると旧来の5大国制度をいったん解体せねばならず、5大国のみに核兵器保有を容認していたNPT体制を刷新する必要があるからだ。NPTは来年5月に加盟国が会議(NPT再検討会議)を開いて体制刷新を決める予定だが、その再検討会議のたたき台となる報告書を作るのが、ICNNDの任務である。 (Joint Statement by Gareth Evans and Yoriko Kawaguchi, Co-Chairs New York, 25 September 2008) キッシンジャーは1960年代に共和党のネルソン・ロックフェラー上院議員が大統領になっていたらその補佐官になる予定だったが、ケネディ暗殺で民主党が有利になったので実現せず、70年代のニクソン政権までCFR(外交問題評議会)で中国について研究しながら待っていた経歴がある。 (Lunch with the FT: Henry Kissinger) フランスが1960年、中国が64年にそれぞれ初めて核実験を行って核兵器保有国になり、5大国すべてが核保有したのを見計らうかのように、1970年に「5大国以外は核兵器を持つな」と定めるNPT体制が立ち上がった。キッシンジャーは、5大国に核独占させるNPT体制が組まれたときに米中枢に近い場所におり、おそらくこのプロセスに関与した。その40年後の今、彼は今度は多極化によってNPTの5大国体制を解体するプロセスにも再び関与している。キッシンジャーは、核兵器を使った国際体制を作るところから壊すところまで関わっている。 (List of states with nuclear weapons From Wikipedia) ▼広島長崎五輪は米中枢が後ろ盾 日豪が主催するICNNDを構成する委員の出身国は、G20諸国とかなり重なっている。G20の19カ国のうち13カ国がICNNDの委員を出している。しかもICNNDは、イランとイスラエルの核問題を話し合った中東のほか、東アジア(北朝鮮核問題)、南アジア(印パ)、中南米といった世界の各地域で、地域諸国を集めて核廃絶に向けた話し合いを繰り返し、それをまとめて来年のNPT再検討会議のたたき台にする予定で、G20が向かっている多極型の世界体制と合致した動きをしている。 核兵器をめぐる国際政治は、米英中枢における米英中心主義と多極主義の暗闘の一分野である。核兵器は当初、米英カナダによるマンハッタン計画で開発され、最初は英国が米国を操作して事実上の大英帝国を延命させる米英覇権の力の象徴として核兵器を使おうとしたようだが、米国が国連安保理5大国の多極型世界体制を望んだため、英国はそれをぶち壊す戦略に転じ、ソ連が核技術を盗むことを黙認し、核競争の冷戦体制を作った。そのさらなる対抗策として米国の多極主義者がやったのが、1960年代に中国とフランスも核武装させて、NPT体制による国連の5大国制度の復権を目指すことだったと考えられる。 (List of states with nuclear weapons From Wikipedia) 今回、世界多極化に沿ったNPTの再編を目指すとき、それを米国だけが主導すると、英イスラエルから圧力がかかって英米中心主義を延命させる方に流され、むしろ多極化を阻害する結果になる。その一方で、米英からの棚ボタで核武装した中国やロシアに、自国の非核化を含むNPT新体制作りを主導させるのも無理だ。そのため、英米と親しいが核武装していない豪日に世界核廃絶の準備となるICNNDを作らせたと推測できる。特に、日本は唯一の被爆国であり「核のない世界」は戦後の日本人が念仏のように唱えてきた悲願である。 念仏を唱えるだけでなく、実際に国際会議を開いて非核化を進めてみろと、米国の多極主義者は昔から何度も日本政府にメッセージを送っていたのだろうが、米国の核の傘や対米従属一本槍の国是に固執し、世界の主導役などリスクが大きくてやりたくない日本政府は、事実上、何もしてこなかった。ブッシュ政権のやりすぎによる米英覇権体制の自滅策が一巡して世界の多極化が顕著になり、次の米政権では5大国制度の解体や核廃絶が必要になるとキッシンジャーらが考え始めた07−08年になっても、対米従属と違う方向のことはやらないのが日本の姿勢だった。 そのためキッシンジャーらは、アングロサクソンの一員として米国と親しいものの多極化の中で中国やASEANと協調してアジアの一員になりつつある豪州に「日本の引っぱり出し」を要請したのだろう。それを受け、豪ラッド首相は08年に訪日した際、世界の非核化を論じる国際組織を主催することを日本に提案し、日本政府はいやいやながらも共同議長国となることを了承した。 NPTの核不拡散を日々の監視行動によって実現する組織である国連のIAEAでは、12月に任期が切れて辞めるエルバラダイ事務局長(エジプト人)の後任に、日本外務省の天野之弥が就任する。国連の仕事は、建前上は出身国の意向と関係ないことになっているが、実際は違う。エジプト人のエルバラダイは、イスラム諸国の意志に沿う形で、イランよりイスラエルの核を問題にすべきだと発言している。日本は来年にかけて、ICNNDでのNPT体制の改訂作業と、IAEAの事務局長という、世界非核化をめぐる2つの重責を負う。日本は、非核化が単なる念仏にすぎないのかどうか、世界から問われることになる。 (IAEA事務局長に日本人選出の意味) 日本では9月に政権が対米従属の自民党から従属離脱の民主党に変わったが、日本が核廃絶の舞台に押し出されていく流れは、この政権交代の後に顕在化しており、タイミングとして絶妙だ。鳩山首相や岡田外相は「日本が世界に非核化を提唱するのだ」と言い、すっかり右傾化した日本国民の多くから「絵空事」と冷ややかに見られているが、鳩山らが言っていることは、意外と世界の流れに沿っている。 民主党が8月に発表したマニフェストには「2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議において主導的な役割を果たす」という条項が入っている。民主党内では2005年ごろからNPT再検討会議を意識した非核化政策を検討しており、キッシンジャーらの動きと連携している観がある。民主党には、米国の「隠れ多極主義」の息がかかっているように見える。 キッシンジャーらは、非核化念仏を唱えてきた日本を、他の面からも使おうとしている。それは荒木武・元広島市長が1982年に作った国際組織「平和市長会議」(Mayors for Peace、世界平和連帯都市市長会議)である。 (Mayors for Peace) この組織は2003年に「2020年までに世界から核兵器を廃絶する」という目標を掲げた「2020ビジョン」を打ち出し、その一環として08年4月に「広島長崎議定書」を発表した。それは「5大国だけが核兵器保有を許されていることは、NPTの差別的な特性である」と批判し「5大国を含むすべての国に核兵器廃絶を義務づけるようNPT体制を刷新し、2020年までに世界から核兵器をなくす」と提案している。この内容は、07年のキッシンジャーらの提案や、先日のオバマ主導の国連決議と同趣旨であり、提案されたタイミングから見ても、同じ流れをくむものだ。 (The Hiroshima-Nagasaki Protocol) 広島市は先日、長崎市と連携して2020年のオリンピック開催地として立候補したが、この動きは「2020年までに核廃絶」の運動と連携したものだろう。キッシンジャーらが起草し、オバマが実行している世界核廃絶の動きの一環であり、広島の秋葉市長は米中枢の人々から「2020年の五輪に立候補したら応援する」と言われているのではないか。 (Hiroshima, Nagasaki to Bid for 2020 Olympics) だから広島市長は、東京の政府にも広島県庁にもほとんど相談せず、五輪の立候補を表明した。表明後、東京の政府や広島県から「相談もせずに立候補するな」と叱られたようだが、米中枢や国連が後ろ盾なのだから、東京に相談する必要などない。キッシンジャーやオバマの世界核廃絶が本当に実現できるかどうか、まだ怪しいところが多いが、少なくとも広島長崎の五輪開催は、あえなく敗退した東京都の五輪立候補よりも、かなり実現性が高いと考えられる。
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