イラン救援に乗り出す非米同盟2008年5月20日 田中 宇ロシア中央部、ウラル山脈の東側に、エカテリンブルグという人口100万人強の町がある。18世紀、シベリア開発の一環で町が創設され、当時の王妃(エカテリーナ)の名を冠した。1918年のロシア革命の後、最後の皇帝ニコライ2世とその家族は、革命党ボルシェビキによってこの町の屋敷に幽閉され、処刑された。その後、ソ連崩壊まで、町の名前はボルシェビキ指導者の名をとってスベルドロフスクと変えられていた。(関連記事) そんな歴史はあるものの、世界的にはたいして有名でないエカテリンブルグに先週、ロシア、ドイツ、中国、インド、ブラジルという世界の諸大国の外務大臣が結集した。欧米や日本のマスコミでは小さくしか報じられていないが、そこでは、世界の今後にとって重要な、いくつかの合意がなされた。集まった諸大国の中に、米英がいないことがポイントである。 エカテリンブルグでは5月14日、ロシアとドイツの外相会談が行われた。議題の中心は、イランの核問題だった。ここでロシア側は「国際社会はイランに対し、外国から攻撃されない保障を与えるべきだ」「その上で国際社会は、中東の諸問題を解決するための外交交渉の場に、イランが他の諸国と対等な立場で参加できるよう取り計らうべきだ。これらの条件を出せば、イランは核開発を中止するだろう」と提案した。同日には、中国の外相もエカテリンブルグに来ており、中露外相会談も行われた。非公式に、中国とドイツの外相会談も行われたかもしれない。(関連記事) ロシアの提案が意味するところは「米イスラエルは、イランを攻撃しないことを約束すべきだ」「イランが中東の大国であることを認め、イラク、レバノン、パレスチナ、アフガニスタンの問題解決のための外交の場に、イランの参加を許すべきだ」ということだ。この2つに関し、米イスラエルは強く反対するだろう。 ロシア、中国、ドイツは、米英仏とともに、国際社会における代表としてイランと核問題に関する交渉を続けてきた(米英仏露中の国連安保理常任理事国とドイツのP5+1)。ロシアの提案に対する中国とドイツの反応は明らかにされていないが、ロシアの提案に反対なら、そもそも外相会談を行わないだろうから、P5+1のうちの半分を占める露中独は、イランを許して国際社会に受け入れることに賛成だということになる。P5+1の中から、イランを許す提案が正式に出てきたのは、これが初めてである。 ▼利害不一致でも影響力を持つBRIC 独露外相会談の翌日の5月15日、エカテリンブルグでは、ロシア、インド、中国の、ユーラシア3大国(RIC)の外相会談が行われた。3カ国の外相会談は、今回が3回目である。翌5月16日には、ブラジルも入れて、非欧米4大国(BRIC)の会議が開かれた。BRICの会議はこれまで2回、国連総会で外相が集まった時に国連内で開かれているが、国連とは別に4カ国会議が開かれるのは、今回が初めてだ。BRICは今後、毎年会議を開いていくことを決めた。(関連記事) RICとBRICの会議内容の詳細はわからない。テロ対策、穀物高騰を受けた食糧問題、石油高騰を受けたエネルギー問題、地球温暖化問題などが話し合われたと報じられている。だが、たとえば温暖化問題については「皆で二酸化炭素排出を減らしましょう」という話し合いではなく、おそらく「先進国が、新興国の富の蓄積をピンハネするために準備している排出ガス規制の国際謀略にどう対処するか」といった話だろう。石油高騰への対応は、前回の記事に書いた「非米価格」での石油取引についての話し合いだろう。(関連記事その1、その2) 今回のRICとBRICの会議の重要さは、非欧米の世界4大国が集まって非公式に意志決定を行い、国際社会で集団的指導力を発揮していくことで合意した点にある。冷戦後、国際社会での指導力は、欧米(米英)だけが持っていたが、今回、非欧米の4大国がそれに異議を唱えた。BRICは今回「非米同盟」になることを宣言したことになる。 4カ国は不一致の点も多い。たとえば今回のBRIC会議では、インドとブラジルを国連安保理常任理事国に加えるべきだということを、ロシアが声明文に盛り込もうとしたが、インドの常任理事国入りに賛成できない中国が渋り、実現しなかった。インドは、アメリカから「中国包囲網」の一環として秋波を送られており、中国は、国際社会でのインドの発言力増大を警戒している。(中国は、北京での印中2国会談では、インドの常任理事国入りに賛意を表明していた)(関連記事) 利害不一致が多いため、BRICが集まっても欧米中心の世界体制には何の変化ももたらせないという見方も、米シンクタンク業界にはある。しかし実際には、一致できる点だけで合意を形成するやり方でも、BRICは国際社会の意志決定にかなりの影響力を与えられる。たとえば今回、インドと中国の外相は、コソボのセルビアからの独立を承認した欧米のやり方を初めて批判した。(関連記事) これは、親セルビアのロシアが「コソボ独立は国際法に違反している」と言い続けているのを支持したものだ。今後、コソボ・セルビア問題が再燃した場合、BRICがセルビアを支持する傾向を強め、欧米が支持するコソボが有利になっている従来の状況が変わるだろう。 ロシア近傍のグルジアやウクライナは、米英の支持を受けて反露傾向を強めているが、この状況についても、BRICはロシアを支持するだろう。同様に、ミャンマーや台湾、チベットなど、中国近傍の問題に関しても、欧米の過度な干渉をBRICが排除していこうとする動きが今後、考えられる。すでにミャンマーに関しては、以前から中露が結束し、欧米の人権外交の偽善性を批判している。(関連記事) ▼アメリカの暴挙を黙認する先進諸国への不信 BRIC4カ国の中では、アメリカ(米英)に対する姿勢はまちまちだ。ロシアは米英に対抗しているが、中国は米英と対立せずに大国化したいと思っている。ブラジルは歴代政権によるが比較的親米で、インドは日本ほどの偏重ではないものの対米従属で、最も親米だ。 このように4カ国は、姿勢が異なるものの、911以来のアメリカが好戦的で身勝手な、国際法無視の単独覇権主義を貫いていることに対しては一様に、危険だと思っている。欧州や日本など先進国(G7)が、アメリカの傍若無人を許していることも懸念している。このまま欧米中心の世界体制が続くと、濡れ衣をかけられ侵攻されて100万人以上の市民が殺されたのに加害者のアメリカが罪に問われないイラク戦争に象徴される惨事が拡大する恐れがある。 米政府の無茶苦茶さは経済にも及び、双子の赤字と金融危機によるドルの価値下落が世界的インフレを呼び、エネルギーや食糧が高騰し、食糧不足による暴動が世界各地で起きている。ドルの下落に対し、欧日はドルに代わる基軸通貨の役割を負担しようとせず、ドル安に合わせてユーロや円を弱くする逃げの姿勢をとっている。通貨やインフレの面でも、先進国は世界の主導役を果たしていない。 米政界の好戦性や単独覇権的傾向は、民主・共和両党に共通しており、アメリカの政権が交代しても、世界の良き指導者には戻りにくいと予測される。オバマ候補が当選し、彼がどんなに優秀だとしても、イスラエルロビーや軍産複合体に妨害され、70年代のカーターのような失敗政権になるだろう。(関連記事) ▼新冷戦ではなく多極化 このような状況下、BRICの中でアメリカに最も敵視されているがゆえに最も反米的なロシアが先導し、米英のマスコミや諜報機関から敵対的注目を集めないよう、首都モスクワから遠く離れたエカテリンブルグを開催地にして、BRICを非米同盟にする外相会談が開かれた。 ロシアや中国による非米同盟作りは、一致できる点だけで結束する緩やかな多国間組織を、重複を許容していくつも立ち上げ、欧米がやっている世界運営の中のまずい点について対抗的な戦略を実行する「もう一つの国際社会」を作ろうとしている。軍事面では、上海協力機構(中露と中央アジア)やCSTO(ロシアと中央アジア)などができている。環境や人権の問題も、その多くは、欧米主導の改善策のふりをした支配戦略なので、対抗的な政策を必要としている。 BRICは、4カ国合計で世界のGDPの12%を占める。その比率は00年の8%から増加し、外貨準備も急増している。4カ国は、今秋には経済担当相会議を開く予定で、BRICは経済面からも欧米に圧力をかけようとしている。(関連記事) アメリカは最近、ロシア敵視を強めており、中露(+イランなど)と欧米の「新冷戦」が始まるという見方もあるが、それは間違いだ。中露側は、エネルギーや製造業などの分野で世界経済に不可欠な存在となっており、中露側を切り離した場合、困るのは欧米の側である。前回の記事に書いたように、世界の石油埋蔵の9割は、中露など非欧米諸国の国有石油会社が持っている。米金融界は、中国やアラブからの投資の流入がなければ立ちゆかない。日本も、最大の貿易相手国は中国であり、日中の冷戦的敵対はあり得ない。グローバル化した世界経済が、冷戦体制の再来を不可能にしている。 現実的にありそうなのは「新冷戦」ではない。欧米中心体制(G7、NATO、日米安保など)と、非米同盟(BRIC、上海協力機構、GCC+イラン+イラク、中南米やアフリカ諸国の共同体、OPECなど)という2つの国際社会が並列し、アメリカが経済的、政治的な覇権を失っていき、その分非米同盟が強くなり、欧州も対米従属を薄めて自立していく「多極化」である。 表向き、アメリカは金融危機から立ち直りつあるかのように見えるが、危機はむしろこれからだ。金融危機と不況の元凶である米住宅市況の底値は来年以降で、まだまだ下落が続く。米企業の倒産率は現在の6%から、来年には最大11%に増える。ドルの価値下落によって、原油価格が1バレル200ドルになるとの予測もあちこちで出ている。アメリカの金融危機と不況によるドル失墜は、米覇権を衰退させる。米経済が弱まる分だけ、投資家にとっても非米同盟の新興市場が重要になる。(関連記事その1、その2、その3) ▼無罪が確定したイラン BRICの会合を前に、イラン核問題でロシアが、アメリカのイラン侵攻の可能性を抑止する方向での解決策を提唱したのも、欧米に任せていると危険な状態になるイラン問題を、非米同盟が解決しようとするものだ。イランも、イラク同様、アメリカから濡れ衣をかけられ、侵攻されそうになっている。 イランの核開発については、昨年9月に国連のIAEAが「イランの核開発が軍事転用されている証拠は見つからなかった」という報告書を出した。国際法的には、この時点でイランは無罪になるべきだった。11月には米諜報界も、イランは02年以来核兵器開発していないという報告書(NIE)を出した。(関連記事その1、その2) しかし、米政界に強い影響力を持つイスラエルは、イランが無罪になると、自国の近隣で武装するイラン傘下のヒズボラやハマスが強気になり、泥沼のゲリラ戦を仕掛けられかねない。そのため、米政権内の親イスラエル派は、IAEAやNIEの報告書を無視し、イランが間もなく核兵器を完成させそうだと言い続け、彼らの影響下にある米マスコミも、現在まで誇張を流し続けている。 米政府はその後、イランが核兵器開発している新たな証拠として、イラン反体制亡命組織ムジャヘディン・ハルクがイラン政府内から盗んできたと主張するノートパソコン内の、核兵器の設計図などのデータをIAEAに提出した。しかしノートパソコンの出所が曖昧で、イスラエルの諜報機関がねつ造したとの説もあり、しかも問題のデータを使って実際の核兵器開発が行われた兆候もなく、設計図を持っているだけでは違反ではないため、今年2月に出されたIAEAの結論はイラン無罪で変更はなかった。(関連記事その1、その2) P5+1の中では、比較的イラン寄りの中露も「アメリカはイランに濡れ衣をかけている」と声高な真っ向からのアメリカ批判はしていない(露政府は何回か、イランは無実だと表明したが、この件で強い対米非難をしていない)。その理由は、この件で国際社会がアメリカを孤立させて追い詰めると、イラク侵攻の時のように、アメリカ単独でイランに侵攻しかねないからだ。 ▼イランとの戦争は米イスラエルの自滅 ロシア中心のBRICが、米イスラエルに「イランを攻撃しないと約束しなさい」と言っても、米イスラエルは聞くはずがない。米イスラエルが聞きそうもないと見て、イランも「P5+1から安全保障の確約をもらう必要などない」と強気の姿勢を見せた。今回のイラン核問題に関するロシアの提案は、現実性のない空論ともいえる。(関連記事) しかしもう一つの現実としては、米イスラエルはイランに「攻撃も辞さない」と言い続けているものの、実際に攻撃したらイランを強化するだけの逆効果となり、自滅策である。米イスラエルがイランを空爆したら、イラク駐留米軍は、今はわりと静かにしているイラクの親イランのシーア派ゲリラから本気で戦いを挑まれ、ベトナム戦争的な敗走を余儀なくされる。今年3月以来、米軍はバスラとサドルシティ(バグダッド)で、イランの仲裁によって、米軍傘下のイラク政府軍をシーア派ゲリラに潰されずに何とか停戦している。すでにイラクでは、アメリカよりイランの方が優勢である。(関連記事) 米イスラエルがイランを空爆したら、イスラエルは、ハマスとヒズボラとシリアという、イラン傘下の3勢力から包囲反撃される。3勢力は近年、イランの支援でミサイルなどの攻撃力を拡大しており、イスラエルには何千発ものミサイルがふりそそぐことになるとイスラエル軍は予測している。イスラエルは、イランと戦争するわけにはいかない。(関連記事) 米イスラエルがイランを敵視しつつも戦争しない状態が続くと、どうなるか。その間にもイランは、イラクのシーア派や、ヒズボラやハマスを強化し続ける。アメリカは財政が尽きたところで米軍をイラクから撤退せざるを得なくなり、その後はイスラエルだけが取り残され、いずれゲリラ戦の消耗戦を仕掛けられ、亡国の危機に陥る。滅びたくなければ、どこかの時点で、ロシアの仲裁に頼らざるを得ない。 ロシアは今夏、イスラエルとパレスチナなどの代表をモスクワに呼んで中東和平会議を行う予定だ。昨年11月、アメリカが米東海岸のアナポリスで中東和平会議を行ったときに、次はモスクワと決まっていた。隠れ多極主義のブッシュ政権は、中東和平交渉の仲裁を放棄し、ロシアに任せてしまった。(関連記事) アメリカが仲裁役なら、イスラエルは恫喝によって自国に有利な采配をさせられるが、ロシアはどちらかというとアラブやイランの味方で、イスラエルには不利だ。だからイスラエルは「モスクワ会議は不必要だ」と言っているが、この態度をいつまで続けられるか怪しくなっている。(関連記事) ▼各国に破られる米イラン制裁 今年4月、IAEAによるイラン無罪が確定した観が定着した後、各国がイランとエネルギー関係の契約締結に乗り出した。ロシアのガスプロム、中国の国営石油ガス会社などが、イランの巨大な世界最大規模の天然ガス田(サウス・パースなど)の開発について交渉を開始した。(関連記事) 中露に先を越されてはまずいと、インドも4月中旬、イランのアハマディネジャド大統領に、外遊中の専用機の給油名目でインドに立ち寄ってもらい、イランからパキスタン経由でインドに天然ガスを引くパイプラインの建設計画について話を進めた。米政府はインドを引き留めようとしたが、口出ししないでくれと異例の拒否を食らった。(関連記事その1、その2) 欧州勢では、昨年すでにイラン側とガス開発の契約をしているオーストリアの大手石油ガス会社OMVに続き、今年4月にはスイスの会社が、イランからガスを買う契約を結んだ。米イスラエルの政府や、在欧ユダヤ人のシオニスト組織は、オーストリアやスイスを非難しているが、阻止できていない。(関連記事その1、その2、その3) アメリカがイラン制裁を強めたのは、クリントン政権がイスラエル系ロビーの圧力に負けて制定した1996年の「イラン・リビア制裁法」(ILSA)以来で、この制裁法は全世界の企業に、一定額以上のイランとの取引を禁じている。だが、当時から欧州勢はこの制裁法に不満で、クリントンはEUの企業がイランのエネルギー開発に参入して制裁法を破っても咎めないと約束していた。(関連記事その1、その2) 2001年の911事件後、アメリカのイラン敵視は強くなり、当初はEU勢も対イラン投資を控えたが、ここにきてIAEAによってイランの無罪が確定したため、米主導のイラン制裁は破綻しつつある。 イギリス系の石油会社シェルや、スペインの石油会社レプソルは、米政府から非難され、イランでのガス開発を見合わせた。だが、撤退したわけではなく、もうすぐ開発が開始される鉱区を手放し、代わりに、まだしばらく開発が始まらない鉱区の開発権を得た。そのうちイラン制裁が解除されると予測し、時間稼ぎすることにしたのだろう。(関連記事) ▼隠れ親露のドイツ ロシアを中心とする非米同盟の立ち上がりの中で、特異な位置にいるのがドイツだ。ドイツは欧米の一員だが、実は親ロシアの「隠れ親露」である。ドイツは、ロシアと組んで米英中心の欧州支配に対抗したい。第2次大戦後の米英中心体制は、冷戦によってロシアを敵にするとともに、ドイツを東西2分割する体制で、独露を仇敵とみなすイギリスに都合が良かった。戦後「ホロコースト」の罪を着せられたドイツは、首脳が毎年イスラエルを訪問して謝罪し、巨額の賠償金を支払わされ続けている。(関連記事) ドイツは、英イスラエルがアメリカを牛耳って続けている米英中心の世界体制の被害者である。しかし「敗戦国」なので、正面切って米英イスラエルに逆らえない。逆らえば「ナチス」呼ばわりされる。そこで「隠れ親露」になる。現政権では、メルケル首相は右派で反露親米的、スタインメイヤー外相は左派で親露的で、首相と外相がしばしば激突しているが、これは役割分担して喧嘩する演技をしつつ、結論的に「隠れ親露」を実現する戦略と疑われる。(関連記事その1、その2) 冒頭に書いたように、ドイツ外相は5月14日、エカテリンブルグでロシア外相と会談し、この席上、ロシア側から、イランに安全保障を与えて許す解決策が提唱されたが、ドイツ側がロシアの提案に賛成したのかどうか報じられていない(反対するなら会わなかったはず)。ドイツ外相がエカテリンブルグに行ったことすら軽視され、ロシア訪問の目玉は、モスクワで「メドベージェフ新大統領に最初に会った外国代表」ということだった。 実際には、ドイツ外相はロシア側と「ロシアの経済をエネルギー偏重から、製造業など多角化するためにドイツが支援すること」で合意している。この部分は、今のロシア経済の最大の弱点である。ロシア中枢は、プーチンの時代にはエネルギー産業の再国有化によって国力を復活し、メドベージェフの時代には、エネルギー輸出で貯めた資金を使って製造業などを強化し、今後の石油価格の下落に備える長期戦略を持っている。ドイツは、このロシアの強化策に協力する構えだ。(関連記事) EUでは今、ロシアとの関係を強化することに関し、親露的なドイツやイタリアなどと、反露的なポーランドやバルト諸国の意見が対立している(反露勢の黒幕はイギリスだ。表に出ず、自国の国益を代弁してくれる他国を裏で操って喧嘩をやらせるのが、イギリスの以前からの戦略だ)。ドイツの親露戦略は、EUでは合意事項ではない。(関連記事) だが、来年からアメリカの政権が交代し、次期大統領がマケインになった場合は、単独覇権主義を続けて欧州から嫌悪される度合いを強める。オバマになった場合は逆に、ロシア中心の非米同盟の存在を容認するだろう。どちらになっても、今後のEUでは、親米より親露の方が強くなる。イギリスは不利に、ドイツは有利になる。 ロシア軍は5月26日から、NATO軍の海上演習に初めて参加する。ロシアとNATOは、今年2月にルーマニアで開かれたNATOサミットで、協調関係に入ることを合意している。もともと反ソ連の欧米軍事同盟だったNATOは、ロシアを容認することで存在意義が薄れ出し、代わってEU統合軍の構想が進み、欧米間は軍事的にも乖離が始まっている。この分野でもドイツに有利になっている。(関連記事その1、その2) ▼独露でイラン・イスラエル仲裁を模索 ドイツは「隠れ親露」であると同時に「隠れ親イラン」でもある。ドイツはイランにとって、世界第2位の貿易相手国である(1位は中国)。イランの中小工場の75%には、ドイツの製造技術が導入されている。イラン人はドイツが好きで「僕らは、アラブ人やユダヤ人のような劣ったセム・ハム系の民族ではない。ドイツ人と同じ優秀なアーリア系だ」などと言う(民族的優越感がナチス的とみなされてタブーになった戦後のドイツ人は、そう言われても、顔をひきつらせ、聞こえないふりをするだろうが)。 ドイツ政府は4月16日、イランの外務次官をベルリンに招待し、ドイツ政府各省や財界人などとの会合が持たれた。独政府はこの件を発表せず、あとでドイツの右派が見つけて問題にした。ドイツも、露中など同様、イランが許されるのは時間の問題だと考え、イランとの関係改善や経済協力の準備をしている。(関連記事) ドイツはロシアと組み、イランとイスラエルとの仲を仲裁しようとしている。ロシアがイラン担当で、ドイツがイスラエル担当である。ロシアは、イランの原子力発電所を建設中で、イランが言うことを聞かないと、発電所の部品をロシアからイランに送るのを止めたりしている。(関連記事) ドイツからは今年3月、メルケル首相がイスラエルを訪問し、毎年の義務となっている永遠謝罪の土下座外交をした際、イスラエルに「ロシアの仲裁でイランと和解してはいかがですか。ドイツはイスラエルの味方をしますから」と提案した。イスラエル側は懐疑的で「お前らは、本当はイランの味方だろう」となじったが、土下座側のドイツは、なじられるのは慣れっこだった。(関連記事その1、その2) ▼イスラエルを礼賛するほど弱くなる米 現在、建国60周年の祝賀催事が展開されているイスラエルには、ブッシュ大統領や、民主党ペロシ下院議長ら、米政界の有力者が相次いで訪問し、口々にイスラエル礼賛とイラン非難、「イランへの軍事攻撃も辞さない」といった発言を繰り返している。ブッシュはイランをナチスにたとえて非難し、ペロシは「アメリカは、イラン制裁に積極的でない国とは仲良くしない」と述べた。(関連記事その1、その2) ペロシの発言は、アメリカが国際的な信用と威信を持っている状況下なら有効だが、現状は違う。IAEAがイランを無罪とみなし、イランに対するアメリカの非難が根拠のない濡れ衣だと国際的に認識され、アメリカの信用と威信の失墜が加速している。その中でのペロシの発言は、多くの国々に、アメリカと仲良くすることをあきらめざるを得ないと思わせる。イギリスなどアングロサクソン諸国や日本は、アメリカとの縁が切れたら国家的危機だと思っているが、その他の国々は、アメリカより非米同盟を重視する傾向を強めざるを得なくなる。ペロシの発言は、世界の多極化を煽っている。 一方、イランをナチスにたとえたブッシュの発言は、アメリカがイランと交渉することを不能にしている。米政界では「ナチス」は「交渉してはならない最悪の敵」を象徴しているからだ。(関連記事) 米政府内では、ゲイツ国防長官が最近、イラク安定化のためにはイランとの交渉が必要なことを認め「イランに何かあげない限り、米イラン間の交渉はうまくいかないだろう」と発言した。この「何か」とは、ロシアが提案する「安全保障の付与」を示唆している感じもするが、ブッシュの強硬姿勢は、ゲイツらの現実策を不能にしている。イスラエルのオルメルト政権の中枢も、イランとの戦争ではなく和解を望んでいると思われるが、ブッシュの好戦性に阻まれている。(関連記事)
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