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続くイスラエルとイランの善悪逆転

2015年3月25日   田中 宇

 3月17日のイスラエル議会(120議席)の総選挙で、ネタニヤフ首相の右派政党リクードが30議席を獲得して第一党の座を守り、ネタニヤフ政権が続投することになった。リクードの議席は、改選前から12増えた。しかし、他の右派政党(イスラエル我が家、ユダヤ人の家)を含めたリクード連合の総議席数は改選前の43から44に増えただけだ。 (Netanyahu's win: A resounding loss for Israel's security

 選挙戦では、右派のリクードと、中道のシオニスト連合が接戦だった。ネタニヤフは投票日の前日に、これまで踏み越えたことがない「パレスチナ国家の創設を認めない」「(国際法違反の)入植地住宅を何千軒も作る」という、右派が喜ぶ宣言を行い、他の右派政党から票を奪って第一党の座を守った。第一党の座をシオニスト連合に奪われていたら、組閣の権利が同連合に移り、中道派が右派をある程度取り込んで新たな連立政権を作り、ネタニヤフでなくヘルツォグが首相になっていただろう。 (Netanyahu rejects Palestinian state ahead of knife-edge election

 イスラエル政府は2000年ごろから、パレスチナ国家を創設して和平する「2国式」を建前上の目標にして、同じく2国式を目標にする米国との同盟を維持しつつ、実のところ色々な障害を作って和平交渉が永久にまとまらないようにして西岸とガザの占領を永続する戦略を採ってきた。欧州はイスラエルの二枚舌戦略を見抜き、パレスチナに対する人権侵害を理由にイスラエルを経済制裁する方向に姿勢を少しずつ転換しているが、米国はオバマとネタニヤフの仲が悪くても、イスラエルが2国式を目標にする限り、不法入植住宅の拡大や人権侵害を批判しつつも、イスラエルを支持してきた。 (Netanyahu's victory is clear break with US-led peace process

 しかし、ネタニヤフが選挙直前に2国式を正式に拒否し、入植住宅の急増を宣言したため、米オバマ政権は、イスラエルとの関係を見直さざるを得ないと言い始めている。ネタニヤフは選挙後に2国式の否定を撤回したが、オバマ政権は撤回を認めていない。ネタニヤフ勝利の後、オバマ政権は「イスラエルは西岸とガザの占領を終わらせるべきだ」と表明し始めた。米政府は「パレスチナ運動家」になった。 (Netanyahu's actions may make Washington 'reconsider' Israel policy - White House) (Obama says 'real policy difference' between Israel, U.S.) (White House chief of staff: 50 years of Israeli occupation must end) (Obama Stands Up for America

 昨年から、欧州など世界のより多くの国がイスラエル批判を鮮明にしていくのを見て、パレスチナ自治政府は、イスラエルとの和平交渉妥結を経ずに、国連安保理で国家として承認してもらい、イスラエルと対等な立場になって、国際刑事裁判所(ICC)などの場でイスラエルの国家犯罪を認めさせ、世界がイスラエルを経済制裁し、西岸やガザの占領や入植地住宅建設をやめさせる戦略を開始している。米国は従来、国連安保理のパレスチナ国家承認決議で拒否権を発動して否決に持ち込む方針を掲げてきたが、今後は拒否権を発動せず可決を容認する可能性が高まっている。 (US May Back UN Security Council Resolution on Palestinian Statehood) (Israel likely headed toward conflict, isolation

 パレスチナは4月にICCに正式加盟する予定で、それに先だってICCは、すでに昨年のガザでの戦争におけるイスラエルの戦争犯罪についての捜査を始めている。 (Erekat: Israel's election results mean Palestinians will press at ICC

 ネタニヤフは首相の座を守るため、イスラエルの国家存続に不可欠な米国との同盟関係を破壊する行為をやっている。3月初めに訪米し、オバマが進めるイランとの和解策に反対する演説を米議会で行ったのもその一つだ。ネタニヤフが選挙に勝って続投すると、対米関係がますます悪化し、イスラエル国家の安全が脅かされるとして、選挙期間中にイスラエル軍の元幹部たちが相次いでネタニヤフを当選させるなと国民に呼びかけたが、無駄に終わった。 (Anti-Netanyahu Protest Fills Streets Of Tel Aviv As Ex-Mossad Chief Calls His Congress Speech "Bullshit") (Netanyahu's recklessness has consequences that Israelis fear

 オバマ政権は、クリントン政権時代に中東和平交渉を担当し、交渉が失敗したのはイスラエルが悪いと発言して「反イスラエル」のレッテルを貼られているロバート・マレイを国家安全保障会議の中東担当に任命した。米国とイスラエルの「特別な関係」は終わったと評されている。 (White House names Israel critic to top Mideast post) (Say bye-bye to the "special relationship"

 在米パレスチナ人活動家はNYタイムスに「ネタニヤフの勝利はパレスチナにとって良いことだ」と題する記事を投稿している。今回の選挙はイスラエルを内部から変えようとした人々(中道派)の敗北であり、今後はアパルトヘイト時代の南アフリカが世界から経済制裁されて終わったように、内部からでなく外部からイスラエルを変えることになり、世界がパレスチナを国家として承認する動きも進む、と書いている。 (Netanyahu's Win Is Good for Palestine

 ネタニヤフの訪米演説が決まり、オバマとの関係悪化に拍車がかかった2月中旬、イスラエル大手のレウミ銀行が米国人の金持ちの脱税を手伝っていたとして、米当局が捜査して罰金を取ったことがリークされ報じられた。CNBCによると、レウミ銀行は、米国企業の売上金の一部をスーツケースに入れた現金で受け取り、イスラエルの同行口座を経由して企業自身に戻すといったやり方で、米企業が売上高を低く申告して脱税することに手を貸していた。脱税は1970年代から行われ、米当局は遅くとも89年に関係者から告知され脱税の事実を把握していたが、捜査せず放置していた。レウミ以外のイスラエルの銀行も米国で同様の脱税幇助しており、レウミは罰金を減らしてもらう見返りに他行の脱税幇助について米当局に情報を提供したという。 (Finally! The US is busting Israeli banks

 レウミは、米イスラエル間の資金のやり取りを疑われにくいユダヤ系米国人経営者の脱税を助けたと考えられる。米イスラエルの「特別な関係」の醜悪な実態を浮き彫りにする事件であり、オバマからネタニヤフへの攻撃として絶妙なタイミングのリークだ。脱税された資金の一部は、米国でのイスラエル右派の政治資金として使われ、イスラエルに逆らう議員が落選させられ、イスラエル右派が米政界を牛耳る構図がこの資金で維持されていたのだろう。

 同時期にオバマ政権は、米政府の核兵器開発部門がイスラエルに核開発技術の情報を渡し、イスラエルが核兵器を開発できるようにしてやったことが書かれている1987の国防総省傘下機関の秘密報告書の機密解除を行った。米政府がイスラエルの核兵器保有を公式に認めたのは、これが初めてだ。この件は2月中旬に米国の分析者のブログで指摘されていたが、イスラエル選挙後、米国のマスコミ(The Nation)の報じるところとなった。この機密公開も、オバマからネタニヤフへの攻撃だろう。核兵器開発していないイランに対する核の濡れ衣が解かれていく一方で、核兵器保有を公然の秘密として黙認されてきたイスラエルの核保有が国際犯罪として問題にされていく画期的な善悪転換の流れが起きている。 (It's Official: The Pentagon Finally Admitted That Israel Has Nuclear Weapons, Too) (Obama Leaks Israeli Nuke Violation Doc Before Bibi Visit

 英国も、イスラエル敵視拡大の動きをしている。英国のサザンプトン大学は4月17-19日に、イスラエル国家に国際法上の合法性があるかどうかを問うシンポジウムを行う。イスラエル国家は滅びた方が良いかもしれないと言わんばかりの、パレスチナ人やイランを力づけるシンポジウムだ。イスラエル右派系の勢力は「反ユダヤだ」と猛反対している。イスラエル国家の合法性を損ねているのは、まさにイスラエル右派系の勢力によるパレスチナ和平交渉阻止の国際法違反行為が原因なのだが、それを「ユダヤ人差別」にすり替えて攻撃するところが彼らの得意技だ。パレスチナ問題の元凶としての国境線引きや戦後の国連でのパレスチナ決議を主導したのは英国だ。英国とイスラエルの百年戦争は、米国を巻き込みつつ、ずっと続いている。 (U.K. conference questions legality of Israel's existence) (International Law and the State of Israel) (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争

 米国がイスラエルの国際犯罪を暴露する流れは、2017年初めにオバマ政権が終わるとともに絶える可能性が高い。次期米大統領は、民主党のヒラリー・クリントンがなるにせよ、共和党のランド・ポールがなるにせよ、ゴリゴリの親イスラエル政権として発足する。2人は、自分の方が親イスラエルだと言い争っている。 (Rand Paul: "Proud to sign a resolution welcoming Israeli PM Netanyahu to Congress."

 パレスチナ人からオバマまでの、イスラエルを孤立させたい勢力にとって、ネタニヤフの選挙勝利は祝福すべきことのようだが、もう一つネタニヤフの勝利をさかんに祝福している意外な勢力がある。それは、テロリストの「アルカイダ」である。「アルヌスラ戦線」などシリアのアルカイダは、ゴラン高原で国境を接しているイスラエルから支援を受けている。以前の記事に書いたように、イスラエルがシリア南部のアルカイダを支援していることは、国連も報告書を出した「事実」だ。 (ISISと米イスラエルのつながり

 昨年8月、ネタニヤフの政党リクード議員アユーブ・カラ(Ayoob Kara)の側近メンディ・サファディ(Mendi Safadi)がブルガリアのソフィアでアルヌスラなどシリアの反政府武装勢力と会合を持った。両者は、それ以来連絡を取り合い、イスラエルからアルヌスラへの支援に関しても、サファディ経由で話し合っている(リクード以外の右派政党の中には、ネタニヤフのこの行為に反対する者もいる)。 (Deputy Minister's aide holds talks with Syria opposition, presents himself as 'official' Israeli envoy

 ネタニヤフ当選後、シリアの反政府武装勢力が、こぞってサファディ経由でネタニヤフとリクード議員に選挙勝利のお祝いのメッセージを送り、物資(武器)の追加支援を求めてきた。エルサレムポスト紙は、祝電の送り手を「穏健派のシリア反政府勢力」と書いているが、今のシリア反政府勢力に「穏健派」などいない。全員がアルカイダかISIS傘下の過激派だ。イスラエルが武器や医療などを支援してきたのはアルヌスラなどアルカイダ系だから、祝電を送ってきたのはアルカイダであると考えられる。 (Syrian rebel groups congratulate Benjamin Netanyahu on his election victory) (Syria militants congratulate Netanyahu's election victory

 アルヌスラとネタニヤフの間を取り持つカラ議員は、広義のイスラム教シーア派の一つである密教的(神秘主義的)なドルーズ派だ。ドルーズ派は、イスラム敵視が国是のイスラエルで「イスラム教でない一神教」、シリアやレバノンでは「広義のシーア派の一つ」と称し、この両義性を活用してイスラム教徒としてアルカイダと接し、イスラエルとの関係を取り持っていると考えられる。

 在米イスラエル人政治学者バラク・マンデルソーン(Barak Mendelsohn)は、米国の最高権威の外交論文誌フォーリンアフェアーズに「アルカイダを敵視して弱体化させると、その構成員たちがISIS(イスラム国)に流入してISISを強化してしまう。アルカイダはISISとライバル関係にあるのだから、敵視をやめるべきだ」と主張する論文を掲載した。 (Accepting Al Qaeda

 マンデルソーンはイスラエル軍の戦略分析担当をしていたことがあり、この主張はネタニヤフ政権がアルヌスラを支援していることの延長線上にあると考えられる。この主張に対し、米国の他の分析者は、アルカイダとISISが完全な敵でない以上、アルカイダを支援することはISISを支援することになってしまうと反対している。アルカイダもISISもまったくのテロ組織であり、イスラエルは立派な「テロ支援国家」に成長したことになる。 (Haverford College: Faculty: Barak Mendelsohn) (CFR: Support Al Qaeda to Defeat ISIS

 ISISは「クルアーン(コーラン)にユダヤ人と戦えと書いていないので、イスラエルとは戦わない」とする宣言を昨年に出している。米国の信号諜報機関NSAが持っていた機密情報を暴露してきたエドワード・スノーデンは昨年、ISISの最高指導者であるアブバクル・バグダディを指導者として育てたのはイスラエルの諜報機関モサドだと指摘している。 (ISIS: God did not command us to fight Israel) (Baghdadi 'Mossad trained'

 パレスチナ問題では米英とイスラエルが対立的になっているが、ISISをこっそり支援する点では、米英とイスラエルが同盟体だ。3月初め、イラク軍の特殊部隊が、ISISが占領するイラク第2の都市モスルで、ISISの軍事顧問団をしている米国やイスラエル、湾岸アラブ諸国の要員数人を逮捕し、米国やイスラエルの旅券を押収したと発表した。 (Iraq Arrests ISIL's US, Israeli Military Advisors in Mosul

 またイラクの軍司令官が最近、ISISと米軍との間の交信を傍受し、米軍がISISに武器や食料を空中から投下して支援していることが明らかになったと発表した。米英軍がISISに武器や食料を投下支援していることは、以前にも書いたとおりだ。 (Fars: Iraqi Commander: Tapped Communications Confirms US) Aids to ISIL (露呈するISISのインチキさ

 米国とその同盟諸国がISISをこっそり支援していることは、いくつもの面で明らかになりつつある。最近、英国の3人の若い女性が、ISISに参加するためトルコを経由してシリアに入ったことが報じられたが、3人のトルコからシリアへの入国を道案内したのは、ヨルダンにあるカナダ大使館の要員(Mohammed Mehmet Rashid)だったことが、トルコ当局の調べで明らかになった。 (Agent 'working for Canadian intelligence' has been arrested in Turkey for allegedly helping three British girls cross into Syria to join ISIS

 トルコ外相の発表によると、この要員はヨルダン人で、カナダ国籍をとりたいのでカナダの諜報機関に協力し、ISISと外部との連絡役として、2年間で30回もシリアとトルコの国境を行き来し、逮捕された時も、これからシリアに入ってISISに参加しようとする17人の旅券を持っていた。ISISに参加するための旅費は、英国の銀行を経由して当事者に送金されていた。英国は世界で最もテロに対して厳しい銀行法を持っている国であるはずなのに、いとも簡単に法が破られていた。怪しまれないのは送金をISISでなくカナダ当局側が行うことであるだけに、その可能性が強い。 (Canadian intelligence caught clandestinely backing Islamic State) (Reports link Islamic State recruiter to Canadian Embassy in Jordan

 カナダ当局によるISIS支援について暴露的な発表をしたトルコ当局自身も、こっそりISISを支援している。トルコはシリアのアサド政権を敵視しており、2月下旬にシリア北方の都市アレッポで、ISISがシリア政府軍に包囲され負けそうになった時、トルコの特殊部隊が国境からアレッポ郊外に侵攻してシリア政府軍を攻撃し、ISISを挽回させようとした。この時はトルコだけでなくNATOや国連も、シリア政府軍を勝たせたくない(ISISを負けさせたくない)ので、アレッポでの停戦を呼びかけた。 (Syria: Special Forces From Turkey Attack The Syrian Arab Army) (NATO/UN Desperately Seek Ceasefire To Save ISIS After Syrian Army Encircles Aleppo

 ISISの英語の広報役として人質に刃物を突きつけて世界を脅す悪名高い「聖戦士ジョン」は、英国人モハメド・エムワジであることがすでに判明しているが、エムワジは英国の国内諜報機関(公安警察)MI5に取り込まれた末にISISに入った可能性が高いことが、英国の人権団体ケージ(CAGE)の調べでわかっている。ケージによると、エムワジは09年にサファリ旅行に行ったアフリカのタンザニアでイスラム過激派と間違われて現地当局に拘束された末に英国に帰国した後、MI5の要員から接近され、MI5の要員にならないかと言ってつきまとわれたため、ケージに救援を求めてきた。彼はその後、13年夏から偽造旅券で英国を出国して行方知れずになり、次に登場したのが昨年のISISの動画だった。カナダの諜報機関がISISを支援しているなら、英国の諜報機関がISISを支援するためエムワジをISISに押し込んだとしても不思議はない。 (Did British Security Services Drive 'Jihadi John' to Join ISIS?) (`Jihadi John': Islamic State killer is identified as Londoner Mohammed Emwazi) (テロ戦争を再燃させる

 NATOや米軍、イスラエルはISISをひそかに支援しているが、オバマ政権はISISを本気で潰そうとしているようで、そのためオバマはISISと最も本気で戦っているイランに対する核の濡れ衣を解こうとしている。米政府は先日発表した年次報告書の中で、ISISとの戦いに貢献しているという理由で、イランとヒズボラ(レバノンのシーア派武装勢力)をテロ支援勢力の一覧から外した。イランが「悪」でなくなり、イスラエルが「悪」にされる流れが続いている。長くなったので、イランについてはあらためて書く。 (US intel. scraps Iran, Hezbollah from terrorist threats list



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