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加速する日本の経済難

2015年4月14日   田中 宇

 4月10日、日本の平均株価が15年ぶりに2万円の大台に乗せ、アベノミクスが成功して日本経済が好転している証拠と喧伝された。しかし、この日の株価が15年ぶりの高値になったのは日本だけでない。欧州の全欧平均株価(FTSEurofirst300)も、15年ぶりの高値の1640ポイントになった。英国の平均株価FTSEは、この日史上初めて7000ポイントの大台に乗り、史上最高値を更新した。ドイツや米国の平均株価も高騰した。 (FTSE 100, Japan’s Nikkei and Germany’s DAX are at record levels. So why are stock markets booming?

 この日、日本や欧米の株価が高騰した主因は、景気が回復しているからでない。日本銀行をはじめとする先進諸国の中央銀行が、通貨を大増刷して債券や株を高騰に誘導するQE(量的緩和策)を拡大しそうな見通しが強まったからだ。景気回復でなく、中央銀行による株価つり上げ策によって先進諸国の株価が上昇した。 (World stocks reach milestones, dollar gains) (中央銀行がふくらませた巨大バブル

 株高を煽るQEを、先進諸国のいくつもの中央銀行がやっているかのように報じられているが、いま本気でQEをやっているのは日本銀行だけだ。米国は昨年10月にQEをやめている(代わりに日本がQEを引き受けた)。EUの欧州中央銀行(ECB)もQEをやっているが、ECBのQEは、国債がマイナス金利になると買い支えの額が縮小する。ドイツなどで国債がマイナス金利になり、ECBは目標額(600億ユーロ)の3分の2しかQEを行っていない(3月の実績が417億ユーロ)。EU盟主のドイツはQEに反対で、対米関係を重視するECBの総裁に押し切られてしぶしぶQEをやっているだけなので、目標額に達しない方が好都合だ。 (Draghi Is No Longer Bernanke's Best Friend) (German Bond Scarcity Could Turn Into Shortage, BNP Says) (Why Weeks After The ECB QE Started Many Are Already Calling For Its Taper) (ユーロもQEで自滅への道?

「QEが景気を良くして、それが世界的な株高になっている」と考える人がいるかもしれないが、それは間違いだ。権威あるFTですら、QEが景気を良くしていないことを、最近の記事でやんわりと認めている。 (QE may not have been worth the costs) (崩れゆく日本経済) (QEするほどデフレと不況になる

 日本では、マスコミが大企業の給与上昇を喧伝し、政府はアベノミクスの成果として勤労者の賃金が増えているかのように見せているが、実のところ賃金は減っている。厚生労働省が4月3日に発表した平均賃金の統計(毎月勤労統計調査)は、ほとんど報道もされないまま重大な下方修正が行われた。それまでの統計では、2014年の基本給(所定内給与)の指数が、対前年比0・0%、つまりまったく横ばい(同額)だったのが、定期的な調査対象企業の入れ替えの結果、対前年比マイナス0・4%、つまり減額へと下方修正された。政府の喧伝と裏腹に、サラリーマンの基本給は減少し続けている。物価上昇を勘案した実質賃金指数は、今回の下方修正前から20か月連続のマイナスだ。 (修正前(旧事業所データ)の賃金指数) (修正後の賃金指数) (Japan - revised data shows wage growth much weaker than previously reported

 今回の下方修正は、3年ごとの定期的なもので、厚労省がどの企業から統計をとるかは「無作為」に決めていることになっており、横ばいだったはずの賃金が実のところ減少していたのは、公式論だと「無作為の中の偶然」にすぎない(だからマスコミは報じなかった)。しかし安倍政権は、新聞やテレビ局に圧力をかけて政府批判をやめさせる策をとる政権だ。「無作為」の統計対象企業の選定に関して、できるだけ賃金が上昇しているように見せるようにしろと厚労省に圧力をかけても不思議でない。定期修正ごとに、賃金が上昇気味になるように対象企業を選定し、それを「無作為」と言い続けられる。調査対象企業を入れ替えるごとに、実は賃金が減っていたことが露呈するが、それは人目につきにくい「旧事業所データ」に押し込められ、報道されない。 (この件を見やすいグラフにしたもの

 今回の定期修正は全体的に、平均賃金がさかのぼって下方修正されており、アベノミクスの粉飾が露呈するかたちだ。今回の下方修正を前に、厚労省は3月31日に予定されていた今回の発表を4日間遅らせた。厚労省は、安倍政権の不利につながりかねない下方修正をして良いかどうか、政権中枢と協議したのかもしれない。米国では、雇用統計の粉飾が常態化している。対米従属の日本が「お上」の真似をして賃金統計をごまかしてもかまわないわけだ。 (Japan Admits Fabricating 2014 Wage Growth Data) (米雇用統計の粉飾

 今回の厚労省の件は、ゴールドマンサックスが指摘し、米金融分析サイトのゼロヘッジがネット上に公開した。日本では日刊ゲンダイだけがこの件を記事にした。余談だが、日刊ゲンダイの記事は「大手シンクタンク関係者」と「某シンクタンク主任」の発言として書かれている2つのコメントが、ゼロヘッジの分析とまったく同じ内容だ。たぶん日刊ゲンダイの記事の筆者は、コメントを取材したふりをしてゼロヘッジの分析を翻訳しただけだろう。ゼロヘッジは以前からアベノミクスの問題点を鋭く指摘し続けており、目を通しておくべきサイトだ。 (公表遅れた「勤労統計」 やっぱり下方修正ラッシュの衝撃結果

 日本など先進国の経済の大黒柱は「製造」でなく「消費」で、GDPの6−7割が人々の消費で成り立っている。人々の消費の源泉は賃金だ。勤労者の賃金が増えれば消費も増えるし、賃金が減少傾向なら消費も減る傾向だ。日本の勤労者の賃金が減っている以上、消費も増えにくい。経済成長が止まって当然だ。日銀が発表した3月分の短観でも、日本経済が好転していないことが確認されている。 (Recovery in Japan business mood stalls, capex to be cut: BOJ tankan) (Abewrongics: Nikkei/USDJPY Tankin' After Terrible Tankan

 米欧日では80年代の金融自由化以来、金融システムが実業(実体経済)の規模より何百倍も大きくなり、金融の儲けの一部が実業界に流れ出し(トリックルダウン)人々の賃金を押し上げ、消費を拡大してGDPを成長させてきた。08年のリーマン危機による金融システム崩壊後、延命策としてQE(造幣による買い支え)が行われているが、QEは金融システムの延命だけで手一杯だ。トリックルダウンの機能が消失し、中産階級は賃金が減って解雇も増えて(フルタイム減、パートタイム増)貧困層に転落し、延命策の副産物の金融相場上昇でますます儲ける金持ちと、それ以外の転落傾向の一般市民の所得格差が拡大している。この傾向は数年前から米国で顕著だが、最近は日本でも貧困拡大、中産階級の転落、貧富格差拡大が指摘され始めている。貧困層への転落が拡大すると、消費が伸びず、マイナス成長になり、政府は統計のごまかしで経済成長が続いているかのように粉飾するしかなくなる。 (Under 'Abenomics,' rich thrive but middle class on precipice) (揺らぐ経済指標の信頼性) (Japan Shocked To Find Abenomics Is Destroying Its Middle Class

 日本経済は見かけ上、株高やベースアップで景気が好転しているかのようだが、株高はQEによるバブル膨張であり、全体の賃金は下がっている。実質的に、日本経済は悪化し続けている。機関投資家の多くは、株高がQEによるバブルだと知っている。QEの主目的は債券相場の崩壊(利回り高騰)を防ぐことで、株価の上昇はQEによる資金過剰の副産物だ。 (The Fed's Big Problem: "De-Risking A Bull Market Is Very Different From De-Risking A Bear Market"

 QEは資金過剰(金あまり)を引き起こし、高リスクな株式やジャンク債への資金流入を煽っているが、QEが引き起こす最大の危険は、資金が過剰なのに債券が買われない(買えない)状態を引き起こすことだ。QEは、中央銀行が債券金利の上昇を防ぐために債券を買い支える政策なので、投資家は皆、債券の価格(金利)が中央銀行によって歪曲(操作)されていることを知っている。投資家は、操作されない状態の価格(金利)がどのぐらいなのか知りたいが、それがわからないので混乱する。 (The Bank Of Japan's Liquidity Crisis In One Chart

 債券相場は、債券の需給でなく、中央銀行がQEをいつまで続けるか、拡大か横ばいか縮小かによって変動することになり、中央銀行がどっちつかずな態度をとると相場が混乱する。中央銀行がQEで債券を大量に買うため、市場への債券供給が減り、売買したくても期待通りの値がつかなくなる。混乱がひどくなると、取引を見送る投資家が増え、資金過剰なはずなのに市場に入る資金が減って流動性の危機が起きる。近年は機関投資家の多くがコンピューターを使ったプログラム売買で、皆が同じようなプログラムを使っているので、混乱が瞬時に急拡大する。最近、日本と米国の両方で、国債市場の流動性の危機が指摘されている。 (Biggest Shortage Of US 10-Year Treasurys Since June 2014) (Japanese Government Bonds Are Crashing - Biggest Surge in Yields In 2 Years

 米連銀はすでにQEをやめているが、国債償還(満期)で得た現金で国債を再購入したり、短期国債を長期国債に買い換えることで小規模な事実上のQEを続けている。米政府は3月16日に財政赤字が法定上限に達し、それ以来国債の新規発行をやめているので、国債が供給減になっている。米政府は、国債の金利上昇を抑止するため、昨年から国債発行を減らし、需給の逼迫を意図的に引き起こしてきた。これらが流動性の危機を招き、4月5日、権威あるWSJ紙が「(米国の)債券市場は壊れている」「担保になる米国債の不足で、銀行間の短期融資市場(レポ市場)も取引が滞っている」「流動性が低下し、金融危機が起こりかねない」とする記事を出した。 (Broken Bond Market Complicates Fed's Plan to Raise Rates) (Lew warns Congress over US debt ceiling

 QEは中央銀行の財務内容を悪化させるので永久に続けられず、いずれやめねばならない。QEをやめると、債券の価格が下がる(金利が上がる)が、投資家はどのくらい下がるのが妥当かわからない。QEをやめていく局面で債券市場が混乱しやすい。昨年10月末に米連銀がQEをやめる2週間前の10月15日、米国債市場で数分間で相場が急上昇した後で急落する事態があり、この手の混乱が今後も起きかねないと米金融界が懸念している。 (Fed official warns `flash crash' could be repeated) ("Another Crisis Is Coming": Jamie Dimon Warns Of The Next Market Crash) (QEの限界で再出するドル崩壊予測

 対米従属が国是の日本は、米国覇権の力の源泉である米国債を頂点とする債券金融システムの崩壊を防ぐため、米連銀がやめざるを得なくなったQEを昨年11月から引き継ぎ、それまでの日本独自のQEを急拡大して続けている。今年2月以来、日本の国債市場では流動性の危機が起きており、金融界や日銀内部から、QEの続行に対する懸念が表明されている。 (The art of Japanese debt juggling) (日銀QE破綻への道) (米国と心中したい日本のQE拡大

 しかし日本政府は、自国の金融財政の健全性の維持よりも、政治的な対米従属(日米同盟の維持)の方が重要と考えているようで、日銀の上層部は「QEを永久に続けるわけではない」などと煙幕を張りつつ、QEをやめるそぶりがない。もともと日銀のQEは今年4月までの予定だったが、ほとんど議論なく静かに無期限に延長されている。 (Bank of Japan Votes Down Call to Slash Easing) (Exclusive - BOJ's Nakaso warns market against betting on more easing

 日本国債を大量に保有している日本生命の岡本圀衞会長は4月10日「日銀はこれ以上QEをやるべきでない」と表明し、日本の金融界を代表するかたちで、QEの続行に強く反対した。日銀や財務省といった当局への忠誠が基本の日本の民間金融界のトップが、日銀の基本的な政策に明確に反対意見を述べたことは異例だ。日銀のQEへの大きな危機感が金融界にあることを示している。ロイター通信の日本語の記事はやんわりした感じで書いてあり、それほどの危機感を感じさせない。 (インタビュー:追加緩和、そろそろ好ましくない=岡本・日生会長

 しかし英文記事では、岡本氏の発言が意味するところをすくいとって「日本国債の9割を(当局の言うことを聞く)国内金融機関が持っているからという理由で、QEを続けても日本国債の金利高騰(相場暴落)が起きないと考えるのは愚かだ」「QEによって日銀の勘定の肥大化が起きている」「QEが債券市場の機能不全を引き起こす懸念がある」といった、厳しい内容になっている。 (INTERVIEW-Nippon Life chairman: more BOJ quantitative easing undesirable

 岡本会長の指摘で最も恐ろしい点は「日銀がうまいことQEを終わらせていく方法があるのか疑問だ(入口はいいが、出口となるとなかなか出られない)」という趣旨の発言だ。日銀のQEは日本の債券市場を破壊しているのでやめるべきだが、日銀がQEをやめようとすると、米連銀がQEをやめた(日銀に引き継いだ)時のように他の国の中央銀行に引き継いでもらうことができないので、うまくやめられず、日銀のQE終了が日本国債市場の崩壊、流動性危機から金利急騰を招きかねない。日銀が今すぐQEをやめるつもりでも日本国債が危機(金利高騰)になるかもしれないと、日本国債の最大級の保有者である日本生命の会長が懸念している。日本はすでに、QEを続けても破綻、やめても破綻という事態に入り込んでいる懸念がある。ゴールドマンサックスも、同種の警告を発している。 (Japan QE Limit Approaching As Goldman Says BoJ Risks Losing Crediblity) (QEやめたらバブル大崩壊

 QEは一般に金融界を救済する政策だが、日銀のQEは「米国の」金融界を救済するものの、日本の金融界を救済せず、逆に経営危機に陥らせている。日本の地方銀行でつくる地銀協の寺門一義会長(常陽銀行頭取)は先日「日銀がQEで日本国債を買い占めてしまうので、地銀は従来のように日本国債を買って運用できず(買えてもQEのせいで利回りが低すぎる)、営業コストをまかなうために危険な外債や株に手を出さざるを得ず、危険になっている」という警告を表明した。地銀64行のうち、金利収入で営業コストをまかなえているのは約20行にすぎず、残りは経営改善できない場合、他の銀行に吸収合併してもらうしかないという。 (Japan's regional banks feel impact of BoJ stimulus

 自国の銀行の安定を守ってやるのが中央銀行の使命だ。しかし今の日銀は、自国の銀行の安定を犠牲にして、米国債(と日米同盟)の安定を守るためのQEを無理して続けている。しかも、日銀がQEで全力で支えても、米国の債券金融システムは不安定化している。いずれ日米ともに国債が破綻しそうだ。日銀のQEは「売国奴」にすらなっていない愚かな自滅行為だ。日銀は安倍政権になって、黒田総裁を送り込まれ、政府から自立した中央銀行であることをやめさせられ、政権(対米従属の官僚権力機構)に乗っ取られている。日銀はすでに死んでいるといえる。 (米国と心中したい日本のQE拡大



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