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日銀QE破綻への道

2015年3月5日   田中 宇

 日本銀行の意を受けた金融界が、日銀による金融緩和策の資金で、金地金相場を引き下げる目的で金先物取引をしているのでないかという指摘が出ている。円を大増刷して債券を買い支えるQEに代表される金融緩和策の資金は、株式市場に流入して株の相場をつり上げる(株が上がっているのだから景気は回復していると政府が言えるようにする)ために使われていることが半ば常識になっているが、2012年秋以降の、日本株(日経平均)と、金相場の推移のグラフを重ねると、株が上がるほど金地金が下がる、見事な逆相関関係を示している。 (An Inside Look At The Shocking Role Of Gold In The "New Normal"

 債券や株、通貨(紙切れ資産)に対する信用が落ちるほど、金地金の価値が高まる。金地金の価値を人為的に下げておけば、たとえ紙切れ資産の信用が落ちても、代わりの資産である金地金に資金が流入せず、信用失墜が具現化しない(地金に対する信用が上がらない)ので、信用が落ちていることにならない。金相場は、実際の地金のやりとりなしに、数字(金額)上だけの巨額な先物取引で簡単に上下する。日銀はQEを13年春から開始、14年秋に大幅拡大しており、12年秋からの逆相関関係は、時期的にもおおむねQEと一致する。 (操作される金相場

 2月17日に、その日の円ドル為替と、金相場、米国株式相場(S&P500平均株価)の推移の関係を分析者が調べたところ、円安になるほど金相場が下がり、米株が上がる相関関係が見られた。日銀や金融界は、QEの円資金をドルに替えて(円安ドル高を引き起こし)その資金で金先物売りと米株買いを行い、金安と株高を演出している。この日、米株は途中で利食い売りされており、日銀は米国の投資家を儲けさせる動きもやっていたことになる。日銀は日本だけでなく、米国中心の世界の金融システムを救済している。さすがは忠臣クロダだ。 (Is The Bank Of Japan 'Managing' US Stocks Today?) (◆陰謀論者になったグリーンスパン

 日銀だけでなく、欧州中央銀行(ECB)など世界中の中央銀行がQEや他の激しい金融緩和策を行っており、それらの資金が株式や債券に流入し、相場を押し上げている。「株高は景気回復の先行指標」というのは、すでに時代遅れの見方だ。今の株高は緩和策の影響であり、景気回復と関係が薄い。 (◆QEするほどデフレと不況になる

 米国では1980年代後半から、当局が株式相場をつり上げる政策をこっそりやっているとの指摘が存在する。最近、80年代後半の米レーガン政権の株式下落防止組織(Working Group on Financial Markets)のメンバーだった一人(Pippa Malmgren)が、株式相場のつり上げを認める発言を行った。権威筋が「陰謀論」と否定してきた下落防止組織の動きが現実のものであることがわかった。 (Ex-Plunge Protection Team Whistleblower: "Governments Control Markets; There Is No Price Discovery Anymore"

「景気の先行きは、株でなく債券相場にあらわれている」と指摘する人もいる。景気か回復すると、インフレ気味になるのでつられて長期金利が上昇傾向になり、資金需要も増えて金利が上昇する。たしかに長期国債の相場を見ると、日本や米国、英国など世界の主要な国々で、2月初めから金利が上昇傾向にある。 ("Monetary Policy Is Bankrupt" Dr. Lacy Hunt Warns "Bonds, Not Stocks, Are A Good Economic Indicator"

 しかし、債券の金利も中銀網がQEによって動かしたいものの一つであり、実のところ株と同様、景気との関係が薄い。むしろ最近の金利上昇傾向は、日銀などのQEの威力が低下していることを示している。日銀は昨年11月から全力でQEをやっている。QEで債券を買い支えているのだから、日本や米英の国債の長期金利が下がるのが自然だ。11月から1月中旬までは、日米英とも長期金利が低下傾向だった。しかしその後、2月中旬にかけて金利が上昇し、その後また下がる傾向にある。乱高下の状態だ。

 金利動向が「景気」と「QEの効果」の両方を表すと考えて「原油安などの影響で1月中旬から日米などで景気が回復基調に入って金利が上昇傾向になり、中銀網によるQE強化の効果と相克し、乱高下になっている」という説明もできる。しかし、この説明は楽観的すぎる。権威筋としてQEの効果扇動に協力するFT紙ですら、債券金利の上昇要員のうち、景気とインフレの要素は4分の1だけで、残りは市場の先行き不透明感を懸念する信用不安の要素であり、危険だとする記事を出している。 (The dangers in rising bond yields

 先進諸国の経済は、日本も欧州も景気が悪く、良いのは米国だけと言われている。しかし米国も、アトランタ連銀が最近、今年の経済成長率の見通しを、他の権威筋の予測の半分以下の1・2%と予測した。金融界だけは儲かっているはずがそうでもなく、英国の大手銀行が、米国を中心に事業展開してきた投資銀行部門を次々と大縮小・閉鎖している。米国の投資銀行事業の儲けがピーク時の3分の1に減ったという。米国も景気が良いとは言えない。長期金利の上昇は景気回復でなく信用不安(市場の先行きの不透明感)の要因が大半だろう。

https://www.frbatlanta.org/cqer/researchcq/gdpnow.aspx GDP Shocker: Atlanta Fed Calculates Q1 Growth Of Only 1.2% (UK retreat from investment banking gathers pace

 債券市場の先行き不透明感は、QEの当然の帰結でもある。QEによって本来民間が買うべき債券を中央銀行が買ってしまうので、投資家は債券の利回り低下(価格上昇)を勘案しつつも、どの程度の利回り低下が妥当か価格の判断がつかなくなり、価格決定不能の危機になる。日本政府が新規に発行する国債の全量と同額を日銀が買い取っている日本の場合、特にその傾向が強い。

 そもそも政府が発行した国債を中央銀行が買い支えるQEは、財政政策上非常に不健全で、危機の時にしか認められない行為だった。それがリーマン危機後、最初はQEが時限的な政策として導入され、今では無期限・無制限にやれる政策になってしまった。権威筋のマスコミや専門家は、安倍政権筋の報復が怖いからなのか、日銀が不健全なQEを全力で無期限に続けていることをほとんど批判しない。

 公式に語られないものの、QEをめぐる不健全性を多くの投資家が感じている。不健全な政策はいずれ行き詰まり、金融危機になり、金利が高騰する。それがいつ来るか、多くの投資家は断定できないが、いずれ金利が高騰するという懸念が常にある。投資家の間に先行き不透明感があるので、何かのきっかけで投資家の間に「いよいよQEが効かなくなって金利が高騰しそうだ」という懸念が広がると、いくらQEで金あまりでも市場から巨額の資金逃避が起こって金利が上昇し、パニックが急拡大する。近年の金融界は瞬間的なプログラム売買が増え、どこも似たようなプログラムを組んでいるので、危機が瞬時に急拡大しやすい。 (BoJ Is Losing Control As Demand Wanes For JGBs_vv

 無制限のQEを認められている日銀は、パニックが起こりかけたらすぐ円を大量発行して債券を買い支え、その日のうちに事態を安定化できる。しかし、投資家の間には「日銀がQEをやらなかったら金融崩壊が起きていた」という記憶が残り、不透明感と不信感が増す。次にパニックになった時には、日銀が前より大きな額を投入しないと事態が安定化しなくなる。QEは中毒症状を生み、最終的に日銀がいくら買い支えても金利が下がらなくなる。2月上旬以降の日米英の金利の乱高下は、国債市場が価格決定不能の危機に陥ったことの表れで、QE中毒の悪化を示しているという分析が出ている。 (Is The Bank Of Japan Losing Control? JGB Yields Surge Most Since 2003

 危険信号は日銀の関係筋からも発せられている。日銀出身の翁百合・日本総研副理事長は3月2日、ブルームバーグ通信に対し、日銀がQEを拡大すると「債券市場の機能が大幅に低下する副作用がある」「出口戦略が難しくなる」と警告した。同通信社の日本語記事では、この機能低下の中身について書いていないが、英文記事では、QE拡大直後の昨年11月に金融界が日本政府に対し、日銀が買い占めるので市場への国債の供給量が減り、価格の確定が困難になっていると苦情を言ったことが紹介されており、翁氏が指摘する副作用とは、価格決定不能の危機であることが示されている。 (Kuroda approaching limit on JGB buying, says ex-BOJ official) (日本総研の翁氏:追加緩和は必要ない−国債買い増し副作用

 日銀のQEで、日本国債市場に価格決定不能の危機が起きている。日銀はこの危機を、QEの拡大による人為的な債券価格上昇(金利低下)によって抑えようとしている。しかし、QEを拡大するほどその後の価格決定不能の危機がひどくなり、QEの効き目が低下し、日銀に対する信用が失墜し、最後には日本国債の金利高騰で日本政府の財政破綻につながる。だから翁氏はQEの拡大に反対したのだろうが、通信社の日本語記事からそれは読みとれない。 ("We Can't Do This Forever," Fed Admits "Market Will Overwhelm Us"

 金融分析サイトのゼロヘッジの記事によると、米国では連銀がQEをやめることになった昨年10月15日、国債市場が価格決定不能に陥り、数時間混乱した。QEは開始時より後半や終了時に危機を生みやすい。日銀は、QEは無期限だと宣言しているが、QEは長引くと効果が低下し、無期限にやれない。米連銀は以前、最初から期限を切ってQEを実施したので何とか終了できたが、日銀はそうでない。片道の燃料しか積まずに空爆しに行く「カミカゼ」と同じだ。日本はいつまでも戦略が稚拙だ(今の日本の権力機構は、米国より先に破綻したい対米従属なので、それを考えるとこの自滅策は稚拙でなく妥当な戦略だが)。 (Japan Approaches Limit To Bond Buying Former BOJ Official Okina Warns) (More Flash Crashes To Come As Shadow Banking Liquidity Collapses

 価格決定不能の危機が恒常化すると、債券は価格(価値)を失って「紙切れ」になる。日銀はカミカゼ的なQEで、そこに向かって突進している。今ならまだ引き返せる燃料が機体に残っているかもしれない。しかし、日本にQEをやらせているのは、自分でQEを続けられなくなった「お上」の米国だ。お上への絶対忠誠を植えつけられている日本人の選択肢に、引き返すことは含まれていない。 (米国と心中したい日本のQE拡大

 大事なのは金利を下げることでなく、市場の透明度を改善して価格決定機能を強めてやることだ。デフレ対策のふりをして金利を下げるQEは、逆に市場の透明度を下げてしまう。日本に無謀なQEをさせるのがお上(米国)の意志であるなら仕方がない。 (Rates Don't Matter - Liquidity Matters

 世界の金融市場を全力で底上げしている日本のQEが失敗すると、国際金融システムは大混乱になる。日銀QE以外にも、原油安による米石油産業の債券破綻、米国から敵視を強められている中露による米国債の売却などが危機再発の引き金を引きうる。グリーンスパン元連銀議長や、中国の信用格付け機関「大公」などが、数年内の金融危機発生を予測している。今年中に、中央銀行網に対する世界的な信用失墜が起きるかもしれないという指摘も出ている。 (Chinese Rating Agency Warns Coming Crisis Is Worse Than 2008, Blames US "Printing Press") (◆QEやめたらバブル大崩壊) (2015 may be the year that investors will lose confidence in central banks



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