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操作される金相場(2)

2010年4月5日   田中 宇

 2008年秋、リーマンブラザーズが倒産し、レバレッジ金融の大崩壊が始まった後のタイミングで、私は「操作される金相場」という記事を書いた。私の記事の多くは、インターネット上で日々公開されている英文情報などをもとにしている。この時期、ネット上で「金相場は価格抑止の方向で操作されてきたが、この構図はいずれ破綻し、金は高騰する」という分析が多く流れ、それを受けて私は自分なりの分析を加えつつ記事を書いた。 (操作される金相場

 私の記事の予測には当たり外れがあるが、予測の多くは私の独断ではなく、記事を書いた時期に、そのような予測を感じさせる言説が英文ネット界に流れていることが多い。諜報界で「ノイズ」「チャット」と呼ばれるものとして、盗聴対象のテロ組織関係者の電話の会話などで、特定の種類のうわさ話や雑談が交わされる量が増えるとテロが起きる兆候という見方があるが、それと似た現象がネット上の情報流通にもある。

「金がいずれ上がる」という話は、金地金関係者が客観的な分析のふりをして価格上昇をねらって流すものかもしれないが、特定の時期にそれが流れることには何らかの意味がありそうだ。前回「操作される金相場」を書いた後、しばらくは、金相場の操作についてネット上の「ノイズ」の中には目新しいものがなかったが、最近また新種のノイズが出てきて騒がしくなっている。

▼GATAを呼んで権威づけたCFTC

 象徴的なのは3月25日、米国の商品先物取引委員会(CFTC)が、金銀の相場操縦に関する公開公聴会を開き、金相場が操作されていると以前から主張してきたGATA(Gold Anti-Trust Action Committee)のマーフィ会長(Bill Murphy、元トレーダー)らが呼ばれ、公的な公聴会で初めて金相場の操作について議論が行われたことだ。 (A London trader walks the CFTC through a silver manipulation in advance

 CFTCが公聴会でGATAの話を聞くこと自体、画期的だ。GATAは以前から「米英などの当局や中央銀行、金融界は、金価格を操作して引き下げている」と主張してきたが、当局や金融界、マスコミなどは煙たがり、無視するか「とんでも(空想家)」扱いしてきた。金取引を監督する米当局であるCFTCがGATAを公聴会に招いたこと自体、GATAの主張が空想でなく、なにがしかの根拠があると認める行為となっている。

 公聴会でGATAのマーフィが発表を許された時間は、わずか5分だった。この短さは、米当局内と、当局に影響力を及ぼす米金融界で、GATAを公聴会に呼ぶことに反対の声が強かったことを示唆している。同時に、金融界の反対を押し切ってGATAに発言の機会を与えるべきだという意見がCFTC内で強かったことも意味している。米マスコミも金融界と一心同体のようで、公聴会でのマーフィの発言について、ほとんど報じていない。CFTC公聴会はテレビ中継されたが、なぜかマーフィの証言の時だけ「技術的理由」で中継が中断した。 (CFTC Gets Facts of Bullion Manipulation

 マーフィは、用意してきた文書を早口で読み上げ、以前から繰り返しCFTCに書簡などの形で伝えてきた、金相場が操作されているという主張の根拠となる分析を述べた。公聴会の議事録に載ったことで、CFTCは今後「金相場の操作が行われていることについて全く知らなかった」と言えなくなった。

 この日のGATAの発言の要点は2つある。一つは、世界の中心的な金相場であるロンドン金市場において、JPモルガン・チェースなど大手の金取引業者である米英金融機関が、相場が上がりそうになるたびに大量の先物売りを浴びせかけ、相場の上昇を防いできたことが、ロンドン金市場のアンドリュー・マグワイヤ(Andrew Maguire)というトレーダーによる暴露で明らかにされたことだ。

▼JPモルガンの不正を告発する

 JPモルガンなどによる金価格操作は、世界経済の最高意志決定機関がG7からG20に移転したことを受けて金相場が上がり出した昨年10月以降にひどくなった。マグワイヤは11月、CFTCにメールを送って相場操作の実態を知らせ始めた。マグワイヤは、今年2月3日には「2月5日の米雇用統計(失業率)の発表に合わせ、JPモルガン主導の金相場抑制策が行われ、相場上昇が妨げられるだろう」とCFTCにメールを送った。 (A London trader walks the CFTC through a silver manipulation in advance

 失業の増加が発表されると、税収減と景気対策の財政出動増による米財政赤字の増加を市場参加者が懸念し、ドルが売られ金が買われるが、その瞬間をねらって大量の金先物売りが放たれ、金相場の上昇を抑制するとマグワイヤは指摘した。そして、2月5日に事態がその通りに展開した。金相場抑制を主導するJPモルガンは、抑制の効果を大きくするため、事前に他社トレーダーにやり口を吹聴し、儲けたい他社が同じポジションをとるよう誘導する。マグワイヤはJPモルガンの吹聴を聞き、これは不正だと思ってCFTCに通報した。 (Jobless Claims Rise Unexpectedly to 480,000

 マグワイヤによると、ロンドン金相場では、米国で重要な経済指標が発表される時や、先物の限月が切り替わる時など、金相場が上昇しそうなタイミングで、JPモルガン主導で上昇抑止の動きがとられる。マグワイヤは、CFTCに通報しても何も手が打たれないため、CFTCの公聴会でGATAが発言をする数日前に、CFTCとのやりとりのすべてをGATAに送り、GATAを通じて告発を発表した。 (GATA's evidence of silver and gold manipulation at CFTC hearing

 その数日後、マグワイヤとその妻がロンドン市内で自家用車を運転している時、一台の車が横町から飛び出してきて、マグワイヤの車に衝突し、そのまま逃走した(警察がパトカーで犯人を追いかけて逮捕した)。さいわいにも、マグワイヤ夫妻は1日の入院ですむ軽傷を負っただけだったが、タイミング的に見て、これはマグワイヤに対する暗殺未遂だった疑いがある。パトカーが犯人を追いかけた(カー・チェース)ことと、JPモルガン・チェースを引っかけて、ニューヨーク・ポスト紙は「英国でJPモルガンの『チェース』」という記事を出した。 (JPMorgan 'chase' story in UK

▼多すぎる金の取引量

 CFTC公聴会でGATAは、もう一つ重要な証言をした。それはJPモルガン「チェース」の話より、もっと大規模で長期的、構造的な話である(いずれも金取引関係者には知られた話だが)。

 世界の金地金の価格はロンドン金市場で決まるが、この市場は株式のように取引が集中する公設取引所があるのではなく、私的で非公開の店頭市場の集合体になっている。ロンドン貴金属市場協会(LBMA、London Bullion Market Association)という、約60社で構成する英国の金取引の業界団体の主要会員9社が、1日に2回、金と銀の取引価格を持ち寄って、その日の金銀の平均価格を算出し、これが世界的な金相場となる。 (London bullion market From Wikipedia

 この値決めの仕組みは、世界の短期金利指標の代表格とされてきた英国銀行協会(BBA)のLIBORとほとんど同じだ(LIBORのドル金利の値決め企業は現在16行)。LBMAとLIBORの両方の仕組みが1985-87年の同時期に創設され、双方の会員企業もかなり重なっている。JPモルガン、HSBC(英)、UBS(スイス)、ドイツ銀行、ソシエテジェネラル(仏)は、両方の値決め会員である。 (BBA Libor US Dollar Panel

 LBMAの値決めにたずさわる9社は、米英が2社ずつ、独仏日カナダ・スイスが1社ずつで、G7と似た構成国になっている。米国勢は、おなじみのJPモルガンとゴールドマンサックスだ。日本勢では、三井物産の貴金属取引子会社(Mitsui & Co Precious Metals)が値決めに参加し、数社の商社が一般会員になっている。 (LBMA Market-Making Members

 GATAの指摘は、このロンドン金市場において取り引きされている金の総量が、実際にLBMAの会員企業が保有している金地金の総量よりはるかに多いということだ。金地金を買う人のほとんどは、金地金を買った業者(商社や金融機関)の金庫に預け、自分は預り証だけを持っている。業者の多くは、預かっている金地金を借用して金先物市場で運用して利益を出すが、その結果、同じ金地金が何度も金市場で売買され、すべての預り証に記載された金地金の量の合計が、業者保有の地金量より多くなっている。

 世界の金の年間生産量は2000トン台とされるが、これはロンドン金市場の1日の地金取引量とほぼ同じ程度でしかない。同じ金地金が何度も売買されれば市場の取引量は増えるが、1日の取引量が年間産出量と同じというのは異常だと、前から指摘されている。 (The world Largest Fraud: 5.5 Trillion? Time you stood up

 この異常さについて、詭弁が得意な英米人が各種の説明を試みている。その一つは「終戦直前に日本軍がフィリピンに埋めた『山下奉文の財宝』などの膨大な金塊が、米英によって戦後ひそかに掘り出され、市場で売られている。ヤマシタの亡霊が金市場の取引量を大きくしている」というものだ。 (Is your Gold really there?

▼金の取り付け騒ぎ

 もし、金地金を買ったすべての人が、預けてある実物の金地金の引き渡しを求めたら、金地金業者は引き渡しができず「金の債務不履行」が起きる。LBMAは英国の中央銀行が監督しており、地金が足りない場合は、中銀が貸し出す。LBMAには米国の金融界も深く関与しているので、世界最大の金保有者である米連銀も貸し出せるとされる。しかしGATAの推定によると、米英中銀も、保有しているはずの金地金のほとんどを、ドル防衛のために金融界に貸し出して売らせており、実際の保有量は少ない。金地金が物理的に米連銀の金庫にあっても、その所有者は米当局ではないという状況が疑われる。

 従来は、ドルや債券といった「紙」の証券に対する揺るがない信用が世界的にあり、金地金を物理的に手元に置こうと考える金保有者は少なかった。しかし、すでにドルや債券に対する信頼が揺らぎだしており、今後さらに紙の証券に対する世界的な信頼が揺らぎそうだ。そうなると金地金を手元に置かないと安心できない人が増え、金の債務不履行が起こりうる。ニューヨークや東京などの金市場も、主導役はLBMA会員企業だから、同じ構図である。

 金の債務不履行が起きるときには、前提として、紙幣を含む紙の証券に対する信頼が失われている。金地金業者は「保有する金地金が少ないので、代わりに現金でお支払いします」と言うだろうが、現金が信用できないから金地金を手元に置きたいと思っている人々は拒否し「紙切れは要らない。金地金をくれ」と怒るだろう。これは「金の取り付け騒ぎ」である。

 ここ10年ほど、金地金や金鉱山株など金関連の資産を債券化した「金ETF」の売り上げが世界的に急増した。株は危ないが金なら安心だと人々は考えて金ETFを買っているのだろうが、金ETFは、金地金よりもっと「紙」に近い。金ETFの中には、金地金と交換できないものも多い。金地金が資産としての真価を発揮するはずの、ドルや米国債の崩壊時(金の取り付け騒ぎが起きる時)に、人々は、金ETFの多くは「金」ではなくて、金に交換できない「紙」なのだという現実(契約の詳細)を知ることになる。金ETFは、LBMAのニセの「現物」の延長であり、ドルと米国債を延命させるために「金のふりをした紙」に人々の資金を吸い取らせる英米主導の「ねずみ講」と考えられる。 (Gold ETFs or fraud funds?) (Who "Owns" the Bullion in a Precious Metal ETF?

▼金のふりをした紙の市場

 LBMA参加企業群が売った金の総量は、同企業群が保有する金の総量より多いことは確かだが、その差はどのぐらいなのか。ウィキペディアでは、差分が1万5000トンとされている。世界の金採掘量の7-8年分だが、LBMAの1日の金取引総量約2000トンと比べ、さほどの量ではない。 (London bullion market From Wikipedia

 だが、CFTCでの公聴会では、もっと大きい数字が取り沙汰された。GATAのメンバーが「LBMAの企業群は、保有する金の100倍の量を金市場で取引している」と証言したのに対し、世界的に著名な金投資のコンサルタントであるCPMグループ社長のジェフリー・クリスチャン(Jeffrey Christian、元ゴールドマンサックス)が、100倍という数字を認めたうえで「金の売り先物は買い先物で相殺する仕掛けができているので全く問題ない」と証言した。

 この証言を聞いた分析者からは「先物どうしの相殺は、金地金取引を現金で清算することであり『現物取引』の体をなしていない。金保有者の大多数が金地金そのものの引き渡しを求めた場合に破綻する危険性を、権威あるCPM社長が認めたことになる」「金地金市場として世界で最も信頼されているはずのロンドン金市場が、実は現物市場のふりをした先物市場だということが露呈した」との指摘が出ている。 (Former Goldman Commodities Research Analyst Confirms LMBA OTC Gold Market Is "Paper Gold" Ponzi

 CFTCでの議論は「世界の金保有者の全員が今日、金の預り証をLBMA業者に持ち込んで地金との交換を求めたら、そのうちの1%にしか地金を渡せない」ということだ。金保有者の中にはLBMA会員の業者自身も多く、彼らは地金の引き渡しを求めないだろうから、実際には1%より多くの人に地金を渡せるだろうが、それがたとえ50%だったとしても、残りの50%の人は金地金を得られず、預り証を、紙切れになりそうな紙幣と交換できるだけだ。

 このところ米国債の売れ行きが落ちており「金の取り付け騒ぎ」の可能性は架空の話と片づけられない。「自分は金地金を持っているので、米国債やドル(円)が崩壊しても大丈夫」と思っている人の多くは、実は預り証しか持っていない。

▼ロンドン金市場は金融覇権体制の一部

 私が見るところ、世界の金相場をロンドンで決めるLBMAの体制は、世界の金利をロンドンで決めるLIBORの体制と合わせ、英米が主導するG7構成国の大手金融機関の間の談合による相場の値決めによって、金地金と金利の上昇を防ぎ、ドルの不安定化を防ぐ「裏G7」とも呼ぶべき仕掛けだ。これは、前回の記事で書いた英米主導の「金融覇権体制」の一部である。 (激化する金融世界大戦

 ニクソンやレーガンの政権内にいた米国の隠れ多極主義勢力が、1970年代以降、米国のドルや財政を失策によって破壊して、戦後の米英覇権体制を壊して世界体制を多極化しようとした。英米の金融覇権体制は、それへの対抗策であるドル延命策として生まれ、85年にプラザ合意とG7の設立、英米の金融自由化を行ったことから開始されている。LBMAが創設されたのは、それから間もない87年だった(LIBORは85年)。 (BBA Libor Historical Perspective

(金と金利の世界市場の両方が、ニューヨークではなくロンドンにあるということは、つまり、1980年代に金融覇権体制を発案したのは英国である。米国は、英国から誘いを受けて乗っただけだ。英国は、米政府ではなく米金融界を巻き込み、米金融界が政治資金の政治力を発揮して、米国を金融覇権国へと移行させ、90年代のクリントン政権を発足させたのだろう)

 それ以前のロンドン金市場は、英国の金融機関が毎日集まって相場を決定していたが、透明化を口実としたLBMAの創設とともに、ロンドン金市場の参加企業はG7加盟国と似た体制へと拡大され、裏G7として機能し始めた。

 価格決定の仕掛けは、値決め会員の中で数が多い英米銀行が、談合を主導できるようになっている。LBMAとLIBORは、値決め会員各社が持ち寄った今日の価格のうち、最も低い2社分と最も高い2社分を無視し、中値の5社(LIBORは12行)の平均値を、今日の価格として発表する。談合に参加しない会員が1-2社出ても、それらの価格は切り捨てられる。現実の店頭で金利や地金の相場上昇が起きても、米英主導の談合によって、世界の人々が知りうる「今日の相場」に反映されないようにできる。

 談合参加の各社は最大手なので、金や金利(銀行間融資市場)の市場で主導的な役割をしている。今日の相場を談合で決める一方、現実の相場を引き下げる先物取引などを各社が談合して活発にやれば、現実の相場の方も1-2日で下げられる。談合参加企業は、売り先物を仕掛け、実際に相場が下がることで儲け、最大手の座を維持できる。談合に参加しない企業は損を出し、業績が悪化して、定期的に見直しがかかる値決め会員のリストから外されていく。LIBORが歪曲されている疑いは、これまでに何度か出されている。 (U.K. bankers group to speed review of Libor

▼JPモルガンの功罪

 JPモルガンは、この談合体制の中で光る存在だ。JPモルガンは、債券(債権)のリスクを債券化した金融派生商品(デリバティブ)であるCDS(債券保険)を1997年から開発して毎年倍増の勢いで巨額発行し続けた。これによって米英中心の国際金融市場におけるリスク(金利)の低下に大きく貢献し、IT株バブル崩壊後の2000年以降の国際金融を「金あまり状態」にして、ドルや米財政の崩壊につながる金融破綻を防ぎつつ、自社も大儲けした。その一環としてのJPモルガン主導の金相場の操作も、以前から指摘されてきた。 (How the Thundering Herd Faltered and Fell) (Comex Gold and Silver Markets Hurtling Towards Default

 世界のCDS発行残高の85%はJPモルガンが発行・流通時に関与したと言われる。同社は、債券市場で大量のCDSを売って金利を下げる一方、LIBORとLBMAで金利と金の相場を談合で低めに誘導し、英米金融覇権体制を永続させる見事な戦略を展開していた。ゴールドマンサックス(GS)よりJPモルガンの方が黒幕という感じだ(GSは現在、LIBORの値決めに参加していない)。 (JPMorgan Responsible for the Destruction of U.S. Financial System

 だが完璧なはずの金融覇権策は、2007年のサブプライム住宅ローン危機を発端として、総崩れの状況を強めた。この崩壊は、なぜ起きたのか。私が見るところ、JPモルガンがデリバティブの仕掛けを作って誘発した金あまり状況に、米欧金融界の各社が過剰に乗り、債券市場が膨張しすぎてバブルとなり、それが崩壊して金融危機が起きた。

 これは単に、米金融界が欲張りすぎてバブルを膨張させたと考えられることが多いが、私はそうは考えない。金融危機がひどくなる過程で、G7(英米金融覇権体制)の代わりにG20(多極型覇権体制)が世界経済の最高意志決定機関となり、今回のCFTC公聴会のように「裏G7」としてのLBMAの詐欺的体制を暴露する動きが起きている。昨年末の金相場高騰は、G20がG7に取って代わることが決まった直後に始まった。

 こうした流れを見ると、どうも最初から金融崩壊を引き起こす「やりすぎ」としてバブル拡張が画策され、JPモルガンが作った巧妙な構図を潜在的に破壊する隠れ多極主義的な政治策動があったと思えてくる。これは、ブッシュ政権のネオコンが、最初から失敗が予測されたイラク侵攻を強行する過剰策をやって、米国の軍事覇権を自滅させた戦略の「金融版」である。

 JPモルガンは、リーマンブラザーズなど大手金融機関が次々に潰れた08年に、ドイツ銀行やUBS、ソシエテジェネラルなどを誘って米大手金融機関のCDSを次々に売り、連鎖破綻を起こそうとした疑いを持たれている。ドイツ銀行、UBS、ソシエテジェネラルは、いずれもJPモルガンと一緒に毎日ロンドンのLIBORやLBMAで金利や金の世界相場を決める談合仲間である。英米覇権を維持するためのロンドン談合体制が、覇権の自滅に使われている。この動きのどこかで、隠れ多極主義者が画策している感じがする。 (米金融界が米国をつぶす

 今回CFTCが公聴会を開いた背景には「金相場が操作されているとしたら取引規制が必要だ」という考えがある。CFTCは、金融機関が1日に金市場で取引できる上限額を設定しようとしており、これは金融界の猛反対を受けている。もしCFTCが金融界の反対を押し切って金取引規制を設けたら、金相場の上昇を先物やETFで抑制してきた策略も続かなくなる。隠れ多極主義者はCFTCの中にもいる。 (Dispute over curbs on metal futures) (Executives: Metals trade limits would hurt US

▼G20が金を高騰させる?

 08年秋、リーマンブラザーズ倒産後に「第2ブレトンウッズ会議」の触れ込みでG20サミットが開かれた。この直後、分析者の間から「G20は、金相場を高騰させることで、ドル基軸を終わらせ、新たな複数基軸通貨体制の世界を創出しようとしている」とする見方が出た。数十兆ドル規模の巨大なバブル崩壊への対応策として、世界の金融資産の総価値のうち90%を償却(帳消し)し、残りの10%の資産を金と連動する3つの新たな基軸通貨に置き換えることで、複数基軸通貨の金本位制を確立するという分析だ。金は、今の5倍の1オンス5300ドルになるという。 (The G-20's Secret Debt Solution) (Gold at $53,000 an ounce?

 米国では1930年代に、国民の金保有を禁止して政府が国民から金地金を強制的に買い上げた後、金の公定価格を大きく切り上げて金本位制を復活したが、それと似た世界戦略がG20で検討されているとも推測されている。 (Executive Order 6102 From Wikipedia

 G20サミットが開かれるたびに金相場が上がり、G20の事務局として機能するIMFが新興諸国に金塊を売り、G20が世界的な金ドル本位制を確立したブレトンウッズ会議の再来と称されている。これらのことから、G20がドル崩壊を見越して何らかの金本位制を模索していることが感じられると、FTブログも指摘している。それに加えて私は、G20は覇権多極化のための機関だと感じている(多極化をしないならG8プラス中国で十分だ)。

 米英(もしかすると独仏日も含む)の国家資産を急減させ、代わりに中露印ブラジル(BRIC)やその他の発展途上国の資産を急拡大させると、多極化が起こる。これを、金地金の移動とその後の金の大幅値上げによって引き起こすことができる。世界各国政府の公式な金地金保有量は、米国が8千トンで突出し、独仏などが3千トン、中国は千トン、日本が800トンなどとなっている。だが、米当局(政府と連銀)の金地金は、この20年間のドル延命策の一環として、民間銀行に貸し出され売却されており、米当局の金保有は8千トンよりはるかに少ないと考えられている。

 うわさ話だが、連銀は90年代に、金地金を大量に保有しているように見せかけるため、タングステンを中につめた金塊を大量に作り、連銀保有の金塊の多くが実はタングステンだという話もある。これが本当だとしたら、それはドル延命策の一環として米当局が金を売り続けた穴埋め策である。昨年10月、中国当局が米国から買った金塊を調べたところ、中身がタングステンの「もなか(最中)」の状態だったという(この話はウソだという指摘もある)。 (Fake Gold bars in Bank of England and Fort Knox) (A Revisit to the Fake Gold Plated Tungsten Story

 英国ではブラウン首相が、蔵相だった1999年前後、金相場が非常に安かった時代に、英政府保有の400トンの金塊を売却してしまった。当時は、07年以降に崩壊した米英金融バブルが膨張し始めたころだ。ブラウンは、米国からの圧力でドル延命策の一環として金を売らされたのかもしれないが、これから金が高騰するとしたら、あの売却は英国にとって致命的だった。 (Waiting for the train wreck

 敗戦国である日本とドイツの政府が持つ金塊の多くは戦後、米当局の金庫で保管されている。スイスも同様だ。これらの金は、すでに米当局の金庫にないか、タングステンに化けている可能性がある。これと似た話として、中国やアラブ諸国が、これまでロンドンの金庫に金塊を保管してきたが、タングステン事件の発覚と前後して、自国に金を引き揚げているという。 (World to America: We Want Our Gold Back

 中国は最近、中央アジアのウズベキスタンの金鉱山を買収するなど、公式な金備蓄以外の金保有を拡大している。IMFは、中国やインドに金を売っている。ロシアや韓国などの新興市場諸国の政府も、金を買い漁っている。先日のCFTCの公聴会では、新興市場諸国政府が金を買い漁っているため、いずれ世界的に金地金不足が露呈する懸念が指摘された。 (Uzbekistan: Chinese Investors Buy Majority Stake in Gold Firm

 今後、ドルと米国債の崩壊が進み、金相場が高騰、もしくはロンドン金相場の信頼低下が起きて金地金の実勢価格が上がる可能性がある。それが単なる市場原理の動きではなく、政治的な策略(多極化策)であるとしたら、金が高騰してふたを開けてみると、英米政府は金をほとんど持っておらず、中国などBRICが多くの金を持っているという状況があり得る。すでに世界の石油利権の多くは、いつの間にか米英からBRICに移っているが、それと同種のことが起こるかもしれない。 (反米諸国に移る石油利権) (Russia remains a Black Sea power

 世界が金本位制に戻り、1オンス5000ドルに値上がりし、地金業者に金を預けておくのが危険なら、金地金を買って自宅に置くか、一般の金庫に入れて保管すれば良いと思うかもしれないが、金本位制に戻るとなると、もしかすると1930年代と同様、国家が国民の金地金を強制的に安く買い取る政策が発動され、せっかく貯蔵した金を政府に奪われるかもしれない。全体的に、従来の常識からすると思いもよらないリスクが浮上しうる時代に入っている。

 英米による金相場の操作を以前から指摘してきたGATAは4月1日、英米金融界の詐欺的な手法を皮肉ったエイプリルフール記事を載せた。それは「GATAはIMFから191トンの金塊を仕入れ、ロンドン相場より100ドル安く皆様に販売します。省力化したネット販売ならではの安さです。皆様が買った金地金は、米英など各地にあるGATAの金庫に保管し、預り証を発行します。セキュリティを重視し、金庫の所在地はGATAだけが把握しますので安心です」と書いてある。間違ってこのエイプリルフールを本気にする人は「紙の金」にまだ騙されていることになる。 (GATA will sell 191 tonnes of Gold on IMF's terms but $100/oz cheaper



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