米金融界が米国をつぶす2008年11月28日 田中 宇世界最大の金融機関だったシティグループが破綻に瀕したが、米政府がシティに対し、3060億ドルの不良債権に債務保証を与えるとともに、270億ドルの資本注入を行うと決めたことで、シティはとりあえず破綻を免れた。(関連記事) 米政府のシティ救済策は、シティにとって素晴らしい内容である半面、米国民には巨大な負担となる。米国民(政府)が、3000億ドル以上の与信枠を与えた見返りに、シティから得たものは、年間8%の利回りをもらえるとはいえ、270億ドル分の優先株式だけである。シティは、とりあえず破綻を免れているが、いずれ再び危機的な状況に陥ってつぶれるかもしれない。最悪の場合、米政府(米国民)は3000億ドル前後の損失を被る。(関連記事) 米国では今、失業の増加と、株価や住宅価格の続落の影響で、クレジットカードのローン破産が増えている。昨年まで5%前後で推移していたカード債務返済の延滞率は、倍増して10%に近づいている。日本の感覚からすると驚くべきことだが、米国のカード保有者の10人に一人は、ローンを予定どおり返せなくなっている。(関連記事) シティグループは米国を中心に、1億8500万枚のクレジットカードを世界で発行している。これらの発行済みカードが生んだローン債権の中の不良債権(90日以上の延滞債権)は、1年間に67%の急増となっている。米金融界全体に共通することだが、シティグループの不良債権は今後さらに増えることが確実だ。(関連記事) 米政府は、シティ救済の直後には、フレディマックとファニーメイという政府系住宅金融機関2社の救済などのために、新たに8000億ドルの救済枠を作ることを決めた。シティ救済前に約7兆4千億ドルだった政府の金融救済枠の総額は、1週間ほどの間に8兆5千億ドルにまで急増した。いずれ米政府は財政破綻し、ドルの価値が下がって、米国はハイパーインフレになると予測されている。(関連記事その1、その2、その3) ▼金融機関の共食いを容認する米当局 これだけの話でも、すでに米政府は十分に自滅的だが、11月25日のウォールストリート・ジャーナル(WSJ)には、もっと破壊的な話が載った。そもそもシティグループの株価が急落して破綻しかけたのは、同業他社の金融機関がよってたかってシティのCDS(債権の保険)の料率をつり上げて見かけ上の倒産確率を引き上げ、その上でシティの株を空売りするという、シティを潰して儲けようとする行為を行ったからだと、記事は指摘している。 WSJの記事が直接検証したのは、シティより2カ月前に同様の手口で潰されかけたモルガンスタンレーのケースである。WSJが「Anatomy of the Morgan Stanley Panic」(モルガンスタンレー危機の解析)という記事で報じたところによると、08年9月15日のリーマン破綻の2日後、リーマンと同業の投資銀行であるモルガンスタンレーの株価が急落し、倒産確率を示すCDSの保険料も高騰し「次はモルガンスタンレーが破綻しそうだ」という状況が市場で醸成されたが、これは投機的な策略の結果だった。(関連記事) メリルリンチ、シティグループ、ドイツ銀行、UBS(スイス)、カナダ・ロイヤル銀行など、米欧のいくつかの銀行やヘッジファンドは、モルガンスタンレーのCDSを意図的に高い価格で売買して料率をつり上げて、倒産確率が上がっているように見せかけるとともに、モルガンスタンレー株を空売りしておき、株の急落で儲けたと、記事は指摘している。モルガンスタンレーのCDS料率の上昇を見た多くの投資家が、同行の株を投げ売りしたが、破綻には至らなかった。 そしてWSJの記事によると、同じ手口はベアースターンズ(今年3月)や、リーマンブラザーズが破綻する直前にも行われ、2行を破綻に至らしめた。そして最近では、シティグループに対しても同様の手口が行われたと、記事は書いている。シティは、モルガンスタンレーの時には加害者だったが、2カ月後には被害者となった。 この記事を読んで私が考えたのは、こうした金融機関どうしの共食い状態に、米当局はどう対処したのかということだ。財務省や連銀、証券取引委員会などが、この事態を知らなかったはずはない。日本なら、ある金融機関が他社の株を空売りして、他社を潰してでも儲けようとしたら、すぐに当局がその動きを察知してやめさせるはずだ。 かりに、08年3月のベアースターンズ破綻時に、米当局がCDSつり上げと株空売りの策略に気づかなかったとしても、その後の調査では気づくはずで、9月のリーマン破綻やモルガンスタンレー危機が繰り返されるのは全く奇妙だ。私が考えざるを得なかったことは「米当局は、ベアスターンズやリーマンが金融機関の共食いによって潰されることを容認した」という見方である。 ▼銀行界の中枢が銀行界を壊している 日本では、金融機関より金融当局の方が地位が上で、民間銀行は日銀や金融監督庁に土下座している。だが米国は逆で、民間銀行が連銀や財務省を動かしている。19世紀末、JPモルガンなどニューヨークの大銀行家たちが、財政破綻した米政府に金を貸して救ってやって以来、現在まで、米財務省は銀行家の意に反したことをやらない。第二次大戦前はJPモルガン、戦後はロックフェラー財閥、そして冷戦後はゴールドマンサックスが、米政府の経済政策を立案する黒幕である。 06年からは、ゴールドマンサックスの会長だったポールソンが財務長官になり、米政府を直接に指揮している。20世紀初頭に作られた連銀(連邦準備制度)も同様に、ニューヨークの銀行家たちの主導で創設され、現在に至るまで事実上、ニューヨークの大手銀行の代理人どうしが談合して金融政策を決める場所である。このような米国の状況からいえるのは、ニューヨークの大銀行が談合して決めたことは、連銀も財務省も異議を唱えず黙認するということだ。 「しかし、モルガンスタンレーを潰そうとした連中には、ドイツやカナダの銀行が含まれており、ニューヨークの大銀行の談合では説明がつかない」と読者は思うかもしれないが、それは話の半分しか見ていない。ドイツやカナダやスイスの銀行が「犯人」に含まれているのは、彼らを儲け話で誘い込むことによって、この件についての欧州からの非難を予防し、ニューヨークの大資本家が米国の金融破綻を誘発していることを隠すためだろう。外国の銀行が首謀者だとしたら、米連銀を黙認させて米銀行を潰すことは不可能だ。 この犯行の黒幕はおそらく、米中枢をも握っているゴールドマンサックスやJPモルガン・チェースなど、ニューヨーク資本家の中枢にいる勢力だろう。それ以外に、こんな犯行ができる勢力はいない。彼らは直接犯行に加わらず、シティグループや欧州カナダ勢に「儲かるから」といって空売りやCDSつり上げを勧めたと考えられる。CDSは公設市場が存在せず、電話と電子メールによる相対取引だけなので、料率つり上げを犯罪として立件することは不可能だ。万が一、立件されても、誘われた側のシティや欧州カナダ勢が捜査されるだけで、黒幕は暴かれず、銀行潰しの本質的な目的も暴露されない。 ▼来年はドル崩壊と金高騰? 著名な米国人投資家であるジム・ロジャーズは11月25日に「米政府はドルを下落させようとしている。ドルは来年にかけての時期は持つだろうが、その後は急落し、国際備蓄通貨としての地位を失う。私はドルを売って円を買う」という主旨の発言をしている。ドル急落は、米政府の意志だとロジャーズは言っている。(関連記事) 米連銀や財務省は、昨年夏に金融危機が始まった時から、未必の故意と疑われる失策を繰り返し、リーマン破綻後は、財政赤字を不必要に急拡大している。ドル急落は、米政府の意志である。話を広げると、ブッシュ政権は政治軍事面でも、イラクやアフガニスタンの占領を非常に稚拙に展開し、未必の故意的に大失敗させている。政治面でも経済面でも、意図的な覇権の崩壊が誘発されている。 私は以前から、この動きを「世界を多極化し、長期的な世界の経済成長を加速する目的で、米国民や、米政界で強い力を持つ軍産複合体の目をだましながら、隠れ多極主義の戦略が展開されている」と分析している。G20サミットなど、世界の多極化を象徴する会議も開かれ、あとは実際の、米国債の売れ行きの悪化やドル急落などが起きるのを待つばかりとなっている。FT紙も、財政赤字の急増でドルが下落しそうだと書いている。(関連記事) 11月25日のWSJに載った、香港在住の投資家が書いた分析記事「連銀の弾切れ」(The Fed Is Out of Ammunition)は、米国の金融危機は、いずれドルの通貨制度を崩壊させるが、そのきっかけは、外国人投資家がドルを信用しなくなり、ドルを売って金地金を買う動きを加速させ、金相場が高騰することだろうと予測している。そして、ドル崩壊と金高騰が起きた後には、金本位制が見直され、再検討されることになるという。金本位制復活論は、もはや嘲りの対象ではない。最近は毎日のように、この手の驚くべき話が、米英の新聞に掲載される。(関連記事) シティグループ自身、11月27日には「金相場は来年末までに1オンス2000ドル以上まで急騰する」という予測を発表した。現時点の金価格は約800ドルなので、2倍以上だ。以前に書いた「操作される金相場」で指摘した、金を下落させている金融機関の空売りが、そろそろ終わりに近づいている。上記のWSJの記事やロジャーズの話と合わせて考えると、来年には、金が高騰してドルが崩壊しそうだ。(関連記事) 米国は景気も大崩壊しており、世界的な不況になる。来年は「この世の終わり」に似た事態になりうる。中東での戦争もあり得る。最近では、ブッシュ政権が訪米したイスラエルの首相に「イランを空爆するなら、ブッシュの任期が終わってオバマが大統領になった後(来年1月20日以降)にしてくれ」と伝えたという話も出ている。オバマ当選の直前、バイデン副大統領候補やパウエル元国務長官が「オバマが大統領になったら、就任後半年以内(もしくは就任翌日)に、国際的な危機が発生する」と言っていた、という話も思い起こされる。(関連記事その1、その2) ▼裏で公金処理されたリーマンCDS 米金融当局はCDSをめぐっても、財政破綻につながる公金の浪費(もしくは詐取)をしている。私は以前に「CDSで加速する金融崩壊」という記事を書き、破綻したリーマンブラザーズのCDSの清算時に、いくつかの金融機関が合計3000億ドル前後の巨額の支払いを義務づけられるのではないか、と書いた。 実際には、リーマン関連のCDSでは、総額60億ドルの支払い義務しか発生しなかったと、とりまとめ役となった組織(DTCC)は発表した。しかし、フランスの大手銀行BNPパリバの幹部は、どうみても支払総額は2200億から2700億ドルはあったはずだと言っている。(関連記事) 不可解と思いつつ、しばらくウォッチを続けていると、11月になって「ニューヨーク連銀が、破綻した大手保険会社AIGを救済するという名目でAIGに入れた資金の一部は、AIGが引き受け、ゴールドマンサックスなどの米欧の金融機関が保有していた、リーマンなどが発行した債権にかけられていたCDSの保険契約を清算するために使われ、資金はゴールドマンサックスなどに支払われた」という指摘が出てきた。(関連記事) 保険会社であるAIGは、保険の一種であるCDSを巨額に引き受けており、その中にはリーマン関連の債権に対するCDSもあった。それらの債権自体は、ゴールドマンなどが所有していた。リーマン破綻によって、ゴールドマンなどはAIGから保険金(清算金)を受け取る権利を持ったが、AIGが破綻すると、CDSの保険契約自体が無効になり、支払いを受けられない。ゴールドマン出身のポールソンは、公金を投入してAIGの倒産を防ぎ、AIGの株式の8割を米政府が買収して経営権を乗っ取り、AIGに投入した公金を使って、ゴールドマンなどが持っていたリーマン債権などに対するCDSを清算し、損失の発生を回避した。(関連記事) こうした資金の動きを、米政府は発表していない。裏側でAIGを経由した公金が使われたため、リーマン破綻にともなうCDSの表向きの清算額が小さくなったと考えられる。米当局はあちこちに巨額の不透明な公金投入をしたから、AIG経由以外にも裏側の経路が作られ、ゴールドマンなどがかけていたCDSが公金で清算された可能性がある。 AIGには、総額1500億ドルの公金が投入された。そのうちわかっているだけで350億ドルが、ゴールドマンのほか、メリルリンチ、ドイツ銀行、UBSなどに、CDSの保険金として支払われた。ここでもドイツやスイスの銀行を仲間に入れることで、本質を見えにくくする仕掛けが作られている。 リーマンのCDSが意外な少額で清算されたと発表されたとき、金融危機の拡大を恐れる金融関係者らは喜んだが、これはぬか喜びだった。実は、CDSは裏で公金で救済され、今後、米財政赤字の急拡大による財政破綻やドル崩壊という、最悪の事態が逆襲してくるだろう。 AIG救済策を主導したのは、ティモシー・ガイトナーが総裁をつとめていたニューヨーク連銀だった。ガイトナーはオバマ政権の財務長官になる。金融機関を救う代わりに米財政を破綻させるやり方は、オバマ政権にそっくり継承されそうである。
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