米国の多極側に引っ張り上げられた中共の70年2019年10月4日 田中 宇10月1日、中華人民共和国(共産党政権の中国)は建国70周年を迎えた。70年前の1949年、中国共産党(中共)は国民党(中華民国)との内戦に勝って建国を果たした。この勝利は中共の自力更正の成果だというのが定説だが、世界の近代史の隠れた最大要因を「軍産vs多極主義者(帝国vs資本)」の暗闘と考える私は、違う見方をしている。軍産の側が、国共内戦を永続化させて中国の分裂状態を長引かせようとしたのに対し、多極の側は、国共どちらかを快勝させて中国を早めに統一して発展させたいと考え、当時まだ米国の多極側と親しかったソ連との関係もあり、国民党より共産党に勝たせるのが早道だということになり、米国が国民党の腐敗を批判するようになって共産党が内戦に勝った。米国の多極側が中共支持の方向に動かなかったら、中国は軍産の罠にはまって国共内戦が長引いていただろう。 (多極化の進展と中国) (Is China or Fear of China the Greater Threat?) 軍産は、中共の中国建国を容認せざるを得なくなったが、その後すぐ金日成をたぶらかして南侵させて朝鮮戦争を引き起こし、米軍と中国軍が敵対せねばならない米中間の冷戦構造を固定化し、米国が中共でなく国民党(台湾)を支持し続けねばならない状態にした。朝鮮戦争は、軍産から多極側への報復だった。米ソ冷戦により、米政界は軍産に席巻され、多極側は冷や飯を食わされた。次に米国の多極側が対抗策を打てたのは、毛沢東がソ連と仲違いしたことに便乗し「ソ連敵視のために中国と和解して味方につける」という論法で1972年にニクソンとキッシンジャーが米中和解を進めた時だった。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ) (世界多極化:ニクソン戦略の完成) それと同時に、国連安保理常任理事国の中国枠が、台湾(中華民国)から中国(中華人民共和国)に代わり、軍産の中国封じ込めが解け、国際社会における中国の台頭が始まった。その後、トウ小平が改革開放(市場経済化)を開始し、高度成長によって中国は経済的にも台頭し始めた。1989年の天安門事件など、軍産(米諜報界)が中国を経済制裁の対象に陥れる場面もあったが、改革開放後の40年間、中国は政治経済の両面で国際台頭を続けている。 (資本主義の歴史を再考する) アヘン戦争からトランプ登場までの近現代のすべての期間にわたって、英米単独覇権体制の永続を望む軍産(英国)は、超大国になる潜在力を持つ中国の恒久的な分裂・不安定化・封じ込めを望んできた。対照的に多極側は、門戸開放宣言や孫文支援以来、資本の論理に基づき、長期戦略として世界経済の成長維持のため、中国だけでなく、ユーラシア内部など軍産に抑止されてきた地域の安定と発展を望んできた。近現代の戦争や国際対立の多くが、軍産と多極側の暗闘の要素を持っている。 (資本の論理と帝国の論理) この世界的な長期の暗闘は、とくに中国に対して激しく行われてきた。それは中国が、巨大な人口(市場としての潜在力)を持つだけでなく、かつて大きな文明を築いたことがある遺伝的才能を持つ人々がいるので、うまく安定・発展すれば英米と肩を並べる覇権的な超大国になる可能性を世界で最も強く持っているからだ。それだけに、近代(産業革命後)の早い時期から、軍産(英国)は中国を分裂・抑止・制裁して中国の台頭をできるだけ遅らせようと試み、多極側は軍産の妨害策を乗り越えて何とか中国を安定と発展に誘導しようとしてきた。それらの英米内の暗闘・相克は、諜報界(覇権中枢)の暗闘のかたちをとって続いてきたので、欧米も中国もそれを「正史」に載せていない(別の説明がなされてきた)。中国自身は、この暗闘の対象であって主役でないので、無自覚な部分がある。これらの要素があるので、中国と世界(英米覇権)との関係がわかりにくいものになっている。諜報界の勢力なので、多極側や軍産の実体そのものに不明な点が多い。 (世界のデザインをめぐる200年の暗闘) 1978年の改革開放の始まりから2013年の習近平登場まで、中国の国家戦略は「できるだけ欧米型(G7型)の国として発展する」「米国覇権体制下の国際社会で、軍産から敵視されずにうまくやる」だった。軍産にやられた天安門事件後、トウ小平が出した国家訓「韜光養晦」が一つの象徴だ。この時期、世界の主導役は英米中心のG7であり、中国の国家目標はG7に入れてもらえるような国(先進国)になることだった。このモデルにおいて、日本は中国の先輩だった。 (東アジアを再考する) (米中逆転・序章) だが08年のリーマン危機によって、米国覇権の経済面の中心だった「債券金融システム」が崩壊し、その後、このシステムは米日欧の中央銀行群によるQE(造幣による債券買い支え)などの「生命維持装置」によって延命しているだけで、自立したシステムとしてすでに死んでいる。いずれ中銀群が不健全なQEを続けられなくなったら、米国の金融覇権体制の死滅が顕在化する。リーマン危機で米国の金融覇権が不可逆的に崩壊したことは、当時の米英EU中露などの諸大国も認知しており、世界経済の主導役が米国(英米)中心のG7から、米英EU中露などが並び立つ多極型のG20に移行したことが宣言された。リーマン危機で、世界の覇権構造が多極型に転換していくことが確定的になった。その後のQEによる延命で、転換の具現化が先送りされているが、転換の確定自体は変わりない。 (リーマンの破綻、米金融の崩壊) (習近平を強める米中新冷戦) この転換を受け、中国の国家戦略も「欧米日に追いつき、G7型の国になる」から「G20型・多極型の世界において、欧米とは別の地域覇権国になる。欧米を真似るのでなく、中国独自の国家体制を作る」に変わった。これはちょうど、2013年に中共のトップが胡錦涛から習近平に交代し、翌14年に習近平が中国中心の地域覇権戦略ともいうべき「一帯一路」を開始した時期と重なっている。ユーラシア大陸から米英の影響力を排除して中露主導の共同覇権地域にしていく「上海協力機構」も強化された。 (世界資本家とコラボする習近平の中国) トウ小平から江沢民を経て胡錦涛までの30年間は、欧米・G7諸国の民主主義に似せた感じの、リベラルな党内民主主義・集団指導体制が採られていた。しかしリーマン危機後、米英覇権の崩壊とともに中国はG7型の国を目指す必要がなくなり、そのあと最高指導者なった習近平は、集団指導体制やリベラル指向を捨て、自分に権力を集中させる独裁体制を強化した。G20の多極型世界において「極」となる諸大国(地域覇権諸国)は、それまでの欧米型に固執せず、自己流の国家体制を採れるようになり、習近平は毛沢東風に戻る独裁化を選んだ。これはおそらく、習近平ら中国側が勝手に進めたことでなく、米国の多極側が「これから米覇権が崩壊し、世界は多極型になるのだから、もう欧米を真似たリベラル民主体制っぽい感じを無理して続ける必要はない。好きなようにやればよい」と習近平に伝えた結果だろう。先日の国慶節に、習近平は国家元首として文化大革命以来初めて、国慶節に天安門広場の毛沢東廟(毛主席紀念堂)にお参りした。 (Xi Jinping to outline his vision of a strong China in grand National Day celebration) 習近平になって中国の国家戦略がG7型(対米従属的)からG20型(多極型・独自覇権追求)へと転換した後、米国でゴリゴリ多極側のトランプが大統領になり、米国と中国との経済関係を断ち切る「貿易戦争」を展開し、中国を経済面で無理矢理に対米自立させ、米国に依存しない「もう一つの世界経済体制」を中国に作らせる多極化戦略を強硬に押し進めている。トウ小平が中国の高度経済成長を始めてから40年が過ぎ、経済成長し続ける中国は、軍産を含む米国の上層部全体の金儲け(投資)にとって必要不可欠になっている。89年の天安門事件を最後に、米国は中国の経済成長を阻害する策をやりたがらず、喧伝される「中国敵視策」「中国包囲網」はすべて上っ面だけだった。だがトランプは、そうした従来の策と全く異なり、本気で米中間の経済関係を断絶させている。金融界から軍産まで、米国の上層部は、トランプの米中経済断絶策に反対している。自分たちの儲けがなくなるだけでなく、米国経済の崩壊や世界不況につながるからだ。 (中国の権力構造) (米中百年新冷戦の深意) この30年あまり、米国の最大の経済成長の源泉は、中国の製造業などの資金調達を米国が担当し、その投資利益で儲けることだった。たとえば、高成長してきた米NYのADR(米国預託証券)株式市場の上場銘柄の90%が中国企業だ。しかし今トランプは、ADRなど米国の株式市場において中国企業の上場を禁止し、既存の中国企業の上場も廃止する新政策を検討している。この新政策が実行されると、米国のADR市場そのものが文字通り消失してしまう。資金調達源がなくなると中国側も一時的に困るが、中国はトランプに敵視されて以来、米国(ドル建て)以外の資金源、とくに自国の人民元建ての拡大を急いでいる。他のBRICSや新興市場諸国の多くも、米国から嫌われ・制裁されている順に、資金調達や貿易決済の非ドル化を急いでいる。中国は、資金源の非ドル化・人民元化に拍車をかけて対応する。 (Restricting US capital flows into China could impact global markets, analysts warn) (Trump’s plan to restrict U.S.-China investment: a negotiating ploy or harbinger of a longer-term battle?) 世界的にドル建て決済の総額が増えており、それだけ見ると「ドルの覇権は安泰だ。基軸通貨の多極化など起こらない」というマスコミ論調が正しいように見えるが、ドル建ての増加は債券金融のバブルが膨張しているからであり、バブルは膨張するほど最終的な破綻に近づく。いずれ大規模な金融崩壊が起きると、ドルは基軸通貨性を劇的に喪失していき、非ドルの経済システムの方が生き残る。トランプが米中の経済関係を断絶しているのは、きたるべき米国の金融破綻の「大洪水」で中国や他の非米諸国が溺死せず生き延びて多極型の世界システムを作るように仕向ける「ノアの箱船」作戦である。米金融が崩壊したら中国も「浸水」が不可避だが、トランプの米中切り離し策による事前の準備が進むほど、浸水度が減る。米国や日本など、ドルへの拘泥を続ける側は、今のところ中国や非米側を嘲笑しているが、最後はおそらく残念ながら「溺死」する側だ。ゴールドマンサックスに支えられてきた孫正義のビジョンファンドが、ウィワークの上場失敗で急速に危険にさらされているのが「溺」の予兆かもしれない。 (Softbank Shares Tumble As Investors Waver Over New Fund After WeWork Farce) (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) 日本や豪州などは、金融面で「溺死」側だが、安保外交面では、すでに中国敵視をほとんどやめて対中協調を強めている。中国軍幹部は今夏「米国が今後、アジア太平洋地域に中国を標的にする米軍基地を新設しようとしても、アジア太平洋の諸国はすでにどこも中国と親しい関係を望んでいるので、米国はすべて断られ、基地を新設できないだろう(笑)」と発言している。そんな中でトランプは最近、日豪や東南アジア諸国を巻き込んで、軍事安保面の中国敵視を強める策をとっている。トランプ政権は今年6月、国防総省に中国専門の国防次官補代理の職位を新設した(国防次官補代理が3人から4人に増えた)。また9月に行われた日米合同軍事演習は、中国軍が熊本県に上陸侵攻してくるシナリオで行われた。こうした米国の策は、日豪などが米国を迷惑に思う傾向を強め、対米自立へと押しやるためのものでないかと勘ぐれる。 (Chinese military figures cast doubt on US plans to build more bases in Asia-Pacific) (The Pentagon has created a new office solely focused on China. Is that a good idea?) (US Military Starting To Use China As 'Bad Guys' During War Games) 今年の10月1日の中国の国慶節(建国記念日)をめぐっては「香港」と「金地金」でも、多極側に支えられた中国の覇権拡大を思わせる事態が起きている。香港では、民主化や「送致法」反対を唱えてきた民主派が中共を敵視する傾向を強め、国慶節の祝賀を妨害・破壊する目的で、香港の繁華街を占拠して警察隊との衝突を繰り広げたり、地下鉄の駅などの公共施設や商店街を破壊している。軍産傀儡の偽ニュースの傾向を強めるマスコミの中には、香港市民の多くが、中共の独裁強化への反対を強めているので民主派の破壊活動を支持しているかのような報道が目立つが、実のところ香港市民の多くは、民主派による破壊活動の激化を嫌っている。民主派が破壊活動をするほど市民からの支持が減る傾向だ。さらに民主派が間抜けなのは、彼らが国慶節に対する妨害破壊を拡大することで、中国大陸の何億人もの中国人たちから嫌われる傾向に拍車をかけている点だ。 (Hong Kong protests turn city into ‘ghost town’ with shopping centres, restaurants shut, as MTR network crippled amid major National Day unrest) (Hong Kong Protesters Taunt Beijing in Bid to Spoil Communist China’s Birthday) 香港の民主化運動は、大陸に人々が「自分たちも香港のように民主主義を持ちたい。香港がんばれ」と思うようになると成功だ。中共は香港だけでなく大陸の民主化もせねばならなくなる。だが実際は逆だ。香港民主派は、英米の国旗をふって香港が中国の一部になる前の植民地時代を賛美し、中国と中共への敵視を表明し続けている。大陸の人々は「売国奴香港死ね」と思ってしまう。今の香港の民主化運動はトランプ政権の米当局に支援されており、トランプ政権は中国をこっそり強化する多極側の戦略の一環として、香港民主派に今のような自滅的な策をやらせている。香港はこれまで米欧からの投資金を中国本土に流入させるための金融窓口として機能してきたが、今年の民主化運動による混乱で香港は経済機能を喪失しかけている。これはトランプが中国を米国中心の金融システムから切り離して対米自立・多極化対応させようとしているのと連動している。香港が民主化運動の暴動で金融機能を喪失するほど、中国は資金調達のシステムを非米化・国内化していく。 (さよなら香港、その後) (Hong Kong Protesters Ratchet Up Violence; Mall Captured, Subway Stations Attacked) もう一つの金地金の話は、中国が10月1日からの国慶節の連休に入っていくのと同期して国際金相場の反落が加速したことだ。今年6月以来の金相場は、中国(当局筋+民間投資家)が上昇(ドル潰し)の側で、米国(金融界+当局筋?)が先物利用の下落(ドル延命)の側だ。今年6月にトランプが覇権放棄と中国敵視の両方を強化したため、中国にとって、米国の覇権を引き倒すことが難易度と正当性の両面でやりやすくなった。それが、これまで米国側による金相場の抑圧を看過してきた中国を、米国側の抑圧に抗して金相場を上昇させる新たな策略へと転換させた。金相場(ドル建て、元建て)は6月下旬から急上昇し、8月半ば以来、1オンス1500ー1550ドルで上下していた。 (金相場抑圧の終わり) (Gold Prices Plunge Right On Cue As China Golden Week Begins) だが、中国が国慶節の連休に入る9月30日の週明けから下落が加速した。中国が連休で民間の買い手が減ったのを機に、米国側が下落攻勢を強めたと考えられる。中国当局は、中国の民間投資家に損をさせず上昇相場を支えてほしいので、連休明けに大損して撤退を余儀なくされる投資家が続出する大幅安の放置を避けたかったらしく、10月1日以降、中国当局筋(?)が買いに入り、金相場は再上昇している。こうした動きは、中国が金相場や金本位的なものの世界的な主導役になっていることを思わせる。ドルの究極のライバルである金地金の統制権が中国の手に渡っていることは、多極化の重要な一要素である。 (Is This The Real Driver Of Gold's Recent Weakness?)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |