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東アジアを再考する

2012年10月20日   田中 宇

 私は、昨年11月に「メディアが出さない世界経済ほんとうの話」を出して以来、しばらく本の執筆をやめていた。今年の春から夏にかけて、北朝鮮が軍事主導から経済主導へと国策を転換し、それを受けて6カ国協議や米朝、南北間の対話が再開し、東アジアの政治環境が敵対から協調に変わるのでないかと予測された。出版社の人から何か書いてくれと言われ、東アジアの転換についての本を書くことを検討した。 (転換前夜の東アジア) (経済自由化路線に戻る北朝鮮

 だが北朝鮮自身、自国の転換を隠す傾向が強い。日本や韓国も、北朝鮮が仮想敵であり続けてくれないと困るので、北が軍事主導から経済主導に転換して脅威が減じていることを直視したがらない。韓国は来年の政権交代後、北朝鮮と和解する姿勢に戻るかもしれないが、それまでは南北対話が進まない。そのため6カ国協議や米朝対話も棚上げされている。日本は対米従属強化やオスプレイ配備のため、尖閣諸島国有化によって中国との対立を扇動し、東アジア協調策と逆方向に動いている。韓国の李明博は、北朝鮮の代わりに日本を敵視することを選択したらしく竹島を訪問し、日韓関係も敵対方向となった。「東アジアが国際協調へと大転換する」という私の読みは(私にありがちなことだが)早すぎる指摘となった。夏に東アジア本を出すのはやめることにした。 (李明博の竹島訪問と南北関係) (東アジア新秩序の悪役にされる日本

 その他この1−2年間で、ユダヤ人、国際資本、軍産複合体など、出版社の方でテーマを考えて私に書かせようとする要請もあったが、すべてお断りするか、検討したが書けないと結論づけている。ユダヤ資本とか軍産複合体などのテーマは、確定的な「事実(つまりマスコミが報じること)」としてでなく、裏話や諜報的事象として存在しており、これらのテーマについて書籍になるぐらいの分量の文章を書こうとすると、根拠の薄い話の連続となる。

 出版界における著者と編集者(出版社)の関係は、男女関係に似ている。著者が「女」で編集者が「男」である。本は子供だ。男が妊娠出産できないように、編集者は自分で本を書くことができない。男が女をくどき、こんな本を書いてくれと頼み込んでその気にさせ、女は産みの苦しみに似た執筆の過程を経て、本を完成させる。男が女にラブレターを書いて会いたがるように、編集者は著名な著者に手紙やメールを書いて面談を求める。会って話せば、口八丁手八丁で、その気にさせられるかもしれないからだ。逆に、まだ本を出したことのない著者は、大手出版の編集者に接近して原稿を読んでもらおうとする。私自身、編集者から接近される方ではあるが、接近される頻度はときどきである。私の本はあまり売れない。

 私は「女」(つまり著者)として、男(編集者)が持ってくるテーマが書きたくなるような話ならばその気になるが、多くの場合、持ち込まれる話はかなり陳腐で、私が「プロパガンダ」と呼ぶ範疇のものだったりする。近寄ってくる男にろくなのがいない状態だ。出版社、書店、取次(問屋)という出版界は、書籍の売上全体のうち6割も取っているのに経営難だ。貧すれば鈍するで、出してくるアイデアに魅力がない。書店に並ぶ文字列は年々けばけばしく即物的になり、上品な男女関係は、下品な風俗業界に変身している。私は数年前から本屋に行くと憂鬱になる。

 しかし今回、別の編集者から面談要請を受け、断るつもりで会って話しているうちに、自分が書く内容を、これまでより少しけばけばしくして本を出すのはどうだろうかと思うに至った。この10年近く、私の分析の中心は、米国の覇権衰退や世界体制の多極化だったが、これまで米覇権衰退と多極化は潜在的な水面下の動きが中心で、世間の人々の多くは「米国の覇権が衰退するはずがない」「多極化なんかするはずない」と思っていた。私は、空想論扱いを避けようと、できるだけ根拠を示しつつ、結論を地味にした文章を書いてきた。

 だが最近、外交・経済両面における米国の覇権衰退が顕著になり、中露、BRICS、イランなどが、米国と別の世界体制を作る試みを強めている。日本政府が(対米従属維持のために)やっている策も、国益に合わないものだと多くの人が気づいている。私の文章の結論の書き方は地味すぎると指摘され、日本人の頭の中の状況が変わり、私がこれまで書いてきた見方が、前よりもすんなり受け入れられるようになっていると感じた。それで、見出しや結論をやや断定的にけばけばしくして本を出してみることを決め、出版の提案を受けることにした(どれだけケバくできるか疑問だが)。テーマは東アジアである。

 そのような経緯で今週、配信記事を書くのが遅れている(ここまでの文章は遅配の言い訳です)。私にとって本を書くことの意味の一つは、ふだんの配信記事(400字10枚強)の20倍の長さで一つのテーマを包括的に描き切ることだが、本にする内容の多くは、テーマとして、すでにネット上で記事にしたことだ。それをそのまま配信するのは読者に申し訳ないので、私が今回本を書くにあたって新たに考察したことに限定して、配信してみることにした。飛び飛びの話になるが、ご容赦願いたい。

▼中国は反米か親米か

 今回、新たに考察していることのひとつは、中国が国家として親米か反米かということだ。歴史をみれば、その答えは明らかだ。中国(共産党政府)は、1949年に政権をとってから翌年に朝鮮戦争に参戦して米国と戦うまで、中国との協調関係を模索していたが、朝鮮戦争での米国との戦闘後、米国を敵視するようになった。だが中国は、1960年代初めにソ連と仲違いした後、米国との敵対解消を模索するようになり、1972年にニクソン大統領が中国を訪問した後、現在に至るまで、中国は米国と協調しようとし続けている。1949年に共産党政権ができる前、中国はずっと米国に対して協調的だった。つまり中国は、1950−60年ごろの時期以外、ずっと親米、対米協調でやってきた。

 このようなことは、少し歴史をひもとけば考えられることなのだが、昨今の日本では、中国に対する嫌悪感や脅威を煽る報道や世論喚起が不断に行われ、意外に多くの日本人が「中国が米国を敵視するので、米国が中国を敵視している」と考えているようだ。そのため「中国の国策は反米でなく親米だ」という指摘が斬新なものになるらしい。

 ここで考えるべきは、なぜ中国の国策が親米かということだ。その最大の理由は「米国が世界最強なので敵視しない方が良いから」でない。中国は強くなるために近代化の促進を最重視し、近代化とは欧米化であり、第二次大戦後の欧米文明の主導役が米国だ。だから、中国は親米なのである。中国の人民解放軍は、自分たちの軍隊を自慢するときに「私たちはNATO式の組織論を導入して近代化しました」と言う。中国の政府組織の中で最も反米といわれる軍隊でさえ、NATO式、つまり米国式を採用することを近代化といってはばからない。 (米中逆転・序章

 日本と中国の近現代史を比べると、日本は中国よりずっと簡単に近代化を成し遂げられたことがわかる。日本は、江戸幕府の約250間に、幕府が大名たちの領土を自由に入れ替えたり、参勤交代の制度などによって、中央政府が日本全土を支配する中央集権の権力機構が強まるとともに、エリート層(総人口の1割程度だった武士階級)の、質的、文化的な均一化が全国的にはかられた。この均一化と中央集権化が、明治維新後に近代化(国民国家化)する際に、とても役立った。明治維新後、日本がアジアの他の諸国に先駆けて近代化に成功した最大の理由は、よく言われるような「日本人がすぐれていたから」ではない。徳川家が250年も幕藩体制を続けて中央集権化と均一化の下準備をしてくれたからである。

 中央集権化と均一化の結果、日本は社会秩序が安定し、日本人は秩序に対する信頼感を中国など他の多くの国々の人より強く持っている。そのため、日本人は従順な国民性なのだと考えられる。社会が不安定で多様だった江戸時代より前の日本人は、もっと荒々しかったのでないか。

 近代化とは、工業化(産業革命の進展)と、国民国家化(民主化)である。工業化によって生産力を飛躍的に増強するとともに、国民国家化によって、近代以前に貧農など貧しく無気力だった人々を「国の主人」として持ち上げ、教育で洗脳してやる気にさせて、愛国心を持ってすすんで納税や兵役をこなす「国民」に仕立てることで、人々の労働効率を高めることを近代化という。これを最初にやったのは、英国発の産業革命とフランス革命を18世紀後半に行った欧州で、その後欧州が世界を植民地化する過程で、2つの革命が世界に広がり、日本や中国にも伝播した。

 日本が幕藩体制のおかげで比較的簡単に近代化できたのと対照的に、中国は近代化で難儀した。中国は、国土が日本よりずっと広いうえ、同じ漢民族でも50キロほど離れると話し言葉が違ってくる多様性を持つ。中国は古来、強権を操れる帝国ができたときには統一されて強い国になるが、帝国政府の力が弱くなると辺境から分裂し、弱体化する。強権で支配される人々は「阿Q正伝」や「帝力いずくんぞ我にあらんや」的な、ばらばらな個人主義だった。

 阿片戦争後、清朝は「洋務運動」の近代化策によって富国強兵を試みたが失敗し、25年後に明治維新を経て富国強兵策をやった日本に追い越され、英仏露日独に分割支配されるに至った。1911年の辛亥革命後、中華民国政府が民主主義を植えつけようとしたが、これも失敗し、日本による支配と戦後の国共内戦を経て社会主義国として建国した中華人民共和国も、人々を統合するのに強権を必要とし続けている。

 日本で政府が統治に強権を必要とせず、大した愛国心教育もせずに十分結束した国家を作れているのに対し、中国では政府が統治に強権を必要とし、露骨な愛国心教育を続けねばならない。その理由は、日本の方が国民国家としての統一化、均一化がずっと進んでいる一方、中国はいまだに国民国家になっていないからだ。中国のような広大で多様な地域が、何とか一つにまとまり続けていることの方が驚きだ。中国を一つの国民国家としてまとめようとする国民革命以来の百年の試みは、大胆なものだ。

 世界の歴史は一般に、近代以前の方が、近代以後よりも安定していた。鎖国して安定していた江戸時代の250年間に、中央集権と国内均一化を進めておいた日本は幸運だった。対照的に中国は、国民国家化を進めようとしたこの百年間、欧日列強に分割支配されたり、内戦や文化大革命など不安定が続いた。中国が安定して国民国家化を進めることができたのは、米中が国交を正常化し、トウ小平が改革開放策を開始した1978年の前後から現在までの25年ほどにすぎない。

 今の中国は社会主義を一応採用しているが、この社会主義というやり方自体、ソ連や中国、旧ユーゴスラビア、英国など欧州列強が支配のため民族分布を意図的に無視して国境線を引いたアフリカ諸国など、簡単に国民国家になれない国々のための「疑似国民国家制度」ともいうべき建国システムである。前近代の社会システムに生きる人々を「国民」に仕立てるには、民族主義を基盤にした愛国心(ナショナリズム)を涵養することが必要だが、民族関係が入り組んでいる場合、民族主義を全員一致の愛国心に結びつけられず、国民を形成できない。そのため社会主義では国民の概念を使わず、階級闘争の概念で人々のほとんどを占める貧困層を「人民」としてくくって団結させて愛国心に結びつけ、富国強兵を目指していた。 (資本主義の歴史を再考する

 しかし、社会主義を採用した国々の多くは、名目だけ社会主義で実際は独裁体制であり、腐敗が横行し国家が発展できず、1989年のソ連崩壊とともに社会主義は国家建設のやり方としてすたれた。(市場原理主義の発展モデルに取って代わられたが、その後リーマンショックを経て市場原理主義モデルが崩壊し、最近、社会主義的な再び国家中心主義モデルが復活している)

 中国では、毛沢東が人間改造的な独自の社会主義を進めようとして文化大革命を起こして失敗した。だが同時期にニクソン訪中によって米国が中国に接近してきて、トウ小平はおそらく米国との経済協調の強化を織り込んで「改革開放」という名の資本主義(市場経済)化を開始した。共産党政権を続けるために「社会主義」の名前だけは残したが、その後の25年間の中国は、社会主義というよりも開発独裁の国家体制である。

 トウ小平は政治的に「上海派」を起用するとともに、香港に隣接する深センや広東省に自由市場経済システムを優先的にやらせた。上海は英国が作った町だ。アヘン戦争で英国が上海を租借・開港させるまで、上海には小さな漁村しかなかった。同様に広東はフランスが租借して発展させた。天津や廈門も英国、青島はドイツ、大連はロシア(のちに日本)など、ほぼすべての中国の沿岸諸都市が、欧州列強によって開発された。 (600年ぶりの中国の世界覇権

 中国は伝統的に海が苦手だ。騎馬民族のモンゴル帝国を滅ぼして作られた明帝国は、沿岸を襲撃する海賊(倭寇)に手を焼いた挙げ句、すべての沿岸地域や島々に住む人々を内陸部に強制移住させ、沿岸部を無人の地域にすることで、海賊が沿岸部を襲撃しても意味がないようにする「海禁」の政策をやった。その次の清朝を作った満州人も北方の内陸民族で、断続的に海禁政策をおこなった。つまり阿片戦争以前の中国には、港湾都市も沿岸都市も存在しなかった。中国の沿岸都市の多くは、阿片戦争で中国(清朝)を破った英国や他の欧州列強が、清朝から土地を租借して港や都市を作ったところから始まっている。 (世界史解読(1)モンゴル帝国とイスラム

 このような経緯から中国では一般に、北京など内陸諸都市で古くからの中国式の政治風土が強い半面、上海や広州などの沿岸諸都市では、西欧(欧米)式の発想が通りやすい。トウ小平はそのことを利用し、中国の近代化(欧米化)を進める改革開放政策をやるにあたり、上海や広東など中国の沿岸諸都市を重視した。このことからも、中国が本質的に反米でなく親米であることが見てとれる。

 米中間の敵対の主な原因は、中国が米国を敵視しているからでない。米国の中に、中国を敵視する勢力が強いからだ。米国には、英国好みの地政学的な「ユーラシア包囲網」の冷戦型戦略を推進する軍産複合体系の中国敵視の勢力と、国連安保理の五大国制度を推進したロックフェラー家に代表される多極型の世界を好む親中国の勢力がいて、冷戦開始以来ずっと暗闘を続けている。中国の上層部も、この暗闘状態を理解し、米国から敵視されてもやりすごし、米国の中の親中派だけと腹を割ってつき合うようにしてきた。

 とはいえ、イラク戦争やリーマンショック後、米国の覇権が弱体化し、それでも米政府が「アジア重視策」という名の中国包囲網を強化しようとしているのを見て、中国上層部の中でも人民解放軍系の人々は、米国の中国敵視に対して見て見ぬふりをするのはやめて、米国から売られた喧嘩を買って勝てば良いでないかと言い出している。だから、習近平の政権になる今後は、中国が米国の軍産複合体から売られた喧嘩を買って米中対立がひどくなるかもしれない。 (中国の台頭を誘発する包囲網

 ここまで書いて、自分は内省的な分析調の文章しか書けず、人々に意外感を感じさせることを目的とした文章にならないと思い始めている。意外感を醸し出す文書を書くことを出版社から期待されていると思うとうんざりしてくる。ユーロ危機とEUのノーベル受賞、スコットランドやカタロニアの分離独立問題の関係を分析したので、そっちを早く書きたいのだが、出版社から受けているテーマが「東アジア」なので、欧州が後回しになる。購読者に申しわけないし、自分としても馬鹿馬鹿しい。やはり、本を書くのはやめるかもしれない。私の書籍執筆をめぐる思いは、いつもこんな堂々めぐりである。



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