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米中逆転・序章

2010年4月14日   田中 宇

「米中逆転」と題する本を、角川書店の新書(角川ワンテーマ21)の一冊として出すことになった。6月前半の発売予定で、5月連休前に大体を書き上げるのが締め切りとなっている。私が出す17冊目の書籍となる。(もともと今回は「オバマとカルザイ」の続きを書こうと思っており、ほかにEUに関する分析も書きかけだが、本の締め切りが近づいて尻に火がついてきたので、その考察を先にする)

 私が本を書く理由は、国際情勢の中の一つのテーマについて400字詰めで250−300枚の原稿をまとめる作業を通じて、世界のことについて大局的に考察する良い機会となるからだ。私は毎週2本ネット配信する分析記事を書き、それはそれで知的興奮がある。ここ数年、世界が転換期に入っているようで、米欧日などのマスコミがさらりと報じるだけの出来事が、詳細に読み込むと、実は世界の政治経済システムの転換の一環として深い意味があると思えてくる事象が多くなっている。だから毎週の記事配信の作業は意味がある。だが、毎週書き散らかしている記事の一部を使いつつ、一つのテーマで250枚以上の原稿をまとめる書籍執筆の作業をすると、それまで点と点でしか考えていなかった分析の間に、線的な新たな分析が浮かび上がる。

 世の中には、事実をおさえれば意味など考えなくてもわかると思う人が多いが、国際情勢に関して、この常識は間違っている。世界を動かす戦略の多くは機密で、重要事項の多くは事実の水面上まで浮かんでこない。当事者がもらす情報には意図的な歪曲が多く、それがジャーナリズムをプロパガンダ化している。国際情勢の分析には、見えない水面下や洞穴の奥を推測すること(洞の奥を見る「洞察」)が必須である。私の考察には間違いだといわれるものも多々あるが、事実集めだけでは事態を見誤るのも確かだ。そして考察を進める際に、250枚を書く作業は役に立つ。

 蛇足になるが、私は自分の本の売れ行きにあまり期待していない。書店は、プロパガンダ機関(マスコミ界)の端末である。911ぐらいより後、私は本屋に行くとげんなりする。売れる本を書くには、国際情勢の考察より先に、プロパガンダへの迎合方法の考察をせねばならない。対米従属の日本では、米英覇権が自滅して世界が多極化しつつあることは報じられず、その方向の直裁な題名をつけても大多数の人にはピンとこない(「非米同盟」など)。そもそも、どんな本なら売れるのかというのは出版社の人にもわからない。最近は内容の薄い本がベストセラーになることが多いとも聞いている。

 せっかく出すのだから、多くの人に読んでもらえる方が良いので、本の題名や章立てについてはあれこれ考える(それも創造性を鍛えられる作業だ)。だが、書籍よりネット配信の方が発表媒体の中心である私は、売れ行きよりも250枚を書くことによる自分の分析深化のために本を書くようにしている。

▼中国は世界覇権にならないが

 余計な前置きが長くなった。今回は「米中逆転」にまつわる考察として、田中宇プラスの読者にも興味を持っていただけそうなことを考えたので、ここに書いていく。ここに書くことは「米中逆転」の序章にしようと思っているのだが、思いついたままに書くので、序章の原案・たたき台である。(この後、米中に関係した経済、地政学、日本、朝鮮などの章立てを考えている)

 まず「米中逆転」という題名でつまづく。このキーワードで思いつく事象は、中国のGDPが米国を抜いて世界一になるとか、米中間の軍事バランスが逆転するといった話だが、それらは一般に、20年ぐらい先と考えられている。しかも、中国はいくら台頭してもアジアの地域覇権国であり、世界覇権国である米国に取って代わることはない。米国は戦後、欧州を支配したが、この先中国が欧州を支配することは、ほとんどあり得ない。この点の米中逆転はない。「米中逆転」は、最初から座礁した題名だ。

 しかし、今の国際情勢の全体を見ると「逆転」の感じがただよっている。米英中心体制や先進国(G7)の優勢が崩れ、BRIC(中露印ブラジル)や発展途上国が新興諸国として集団的に台頭し、その中心を担う国の一つが中国である。世界経済の中心組織としてG7に取って代わったG20では、米英とBRICが対等な関係になっている。「米中逆転」ではなく「米中対等化」だ。米中対等化は、覇権多極化の一部である。 (G20は世界政府になる

 しかも、これまでに何度か書いてきたが、米中枢が行うことの中には、以前から、中国などBRICの台頭を煽る策略が感じられ、それは最近、幾何級数的に強まっている。対照的に、経済と外交の分野で米英の力が弱まりつつある。軍事面でも、世界最強の米軍はアフガンとイラクで自滅している。ゴールドマンサックスは「2020年に世界の中産階級は20億人になる」と予測したが、それが現実になると、中産階級(今は世界で8億人)の半分以上は中国インドなど新興諸国の国民となる。 (米国の運命を握らされる中国

 こうした傾向が続くと、中国を主導役の一つとする新興諸国と、欧米日の先進諸国との集団どうしの力関係は、今後まさに逆転する。東アジアの中心が日本から中国に移り、日中の力関係が逆転しつつあることは、日本人の多くが感じているはずだ。つまり、事態はすでに逆転期に入っている。こうした話の全体を、本の題名として4文字に凝縮したのが、今回の私の「米中逆転」である。

▼獅子を眠り続けさせたい勢力と、起こしたい勢力の相克

 中国は「眠れる獅子」と呼ばれてきた。1840年のアヘン戦争など、19世紀の清朝末期から第二次大戦後(中共成立)まで、中国は欧日の列強に分断・支配される弱い国だったが、それ以前の明・清の最盛期には非常に強く、当時の世界水準で考えると大先進国だった。そのため欧米では、中国は潜在力のある獅子のような存在と考えられ、眠っているので弱いが、起こしたら大変な力を発揮すると考え、中国を「眠れる獅子」と呼んだ。

 1949年の中共成立後も、中国は朝鮮戦争、中ソ対立、大躍進の失敗、文化大革命など、失策や国力を消耗する出来事が連続した。獅子はなかなか起きなかった。しかし、1972年のニクソン訪中(米中和解)、79年の米中国交正常化と改革開放政策の開始を経て、中国は経済発展の軌道に乗った。

 89年の天安門事件後の数年間は先進諸国から経済制裁されたものの、97−98年のアジア通貨危機は人民元の閉鎖的為替制度のおかげで乗り切り、2007年以降は米欧が金融危機に見舞われ、米国が財政赤字(米国債発行)を急増するのをしり目に、中国は米国債を買い続け、最大の保有国となった。財政的に、米国が大赤字、中国は大黒字という逆転状態が顕著になり、米国は米国債を買ってくれる中国に厳しい態度をとれなくなっている。

 これで中国が今後、内需拡大の傾向を定着させ、米国に代わって中国が世界経済を牽引する大消費国になれば、経済の米中逆転はさらに如実になる。80年代以降、米英の経済力の源泉は債券やデリバティブなど金融の力だったが、07年以降の金融危機で米英型金融システムは破綻し、今後本格的に復活する可能性は低い(一時しのぎに延命しているだけだ)。

 いずれ米英金融界は儲からない業種になり、米英の金融覇権は終わりつつある(今は株や金融界に資金を集中させ、延命している)。世界経済は再び製造業が主流となり、中国など新興諸国は生産と消費の両面で経済力をつけ、先進諸国と新興諸国の逆転が進むだろう。眠れる獅子がいよいよ起き出したように見える。

 私のいつもの「英米中心主義」と「隠れ多極主義」との、米中枢での暗闘の図式で言うと、英米中心派は「永久に中国を眠れる獅子にしておきたい」と考えているが、多極主義者は「早く中国を起こして強い獅子(高度成長する国)になってほしい(そこに投資して儲けたい)」と考えている。明治維新以来ずっと獅子が眠っているおかげでアジアの大国であり続けた日本は、もちろん「永久に獅子に眠っていてほしい」と考えるのが国策だ。(最近の日本では、獅子が起きつつあることは認めざるを得なくなっているが「中国はバブル崩壊する」「米国と対立して潰される」といった楽観的・神風的な「獅子はまた眠る」の予測が目立つ)

▼モンゴル帝国はイスラムからの発想

 なぜ中国は「眠れる獅子」になったのか。なぜそれが起き出しているのか。それが今回の本のテーマのひとつだ。中国が19世紀のアヘン戦争で負けたのは、英国を筆頭とする欧州列強が産業革命でに強大になったのに対して、中国には強大化がなかったからだ。産業革命以前には、中国は欧州より経済力が強かったが、産業革命によって「欧中逆転」が起こり、中国はアヘン戦争に負けて列強に分割支配され、獅子は眠らされた。

 産業革命前、中国は欧州を支配下に置こうとはしなかった。だが、産業革命で欧中逆転が起きた後、欧州は中国を支配下に置いた。この違いはなぜ起きたか。それは、私なりの言葉で書くと、コロンブス(もしくは欧州から喜望峰回りのインド航路をひらいたポルトガル人バスコダガマ)以来の「世界帝国」と関係がある。15世紀の「地理上の発見(大航海)」以来、欧州は「世界帝国」を持つようになった。最初はスペインとポルトガルによる世界分割、その後はオランダの植民地拡大、英国による大英帝国、近代の二度の大戦の後は米国による覇権と、主役は欧州(欧米。米国は欧州の拡張地)の内部で交代しつつも、欧米はこの500年、ずっと世界帝国を保持してきた。

 欧米はこの500年、世界帝国を保有してきたが、中国はその手のものを持ったことがない。中国は、東アジアから中央アジアにかけての地域限定の覇権(帝国)でしかない。だから、中国は優勢な時に欧州を侵略しなかったが、欧州は優勢になったら世界帝国の策略の一環として中国を侵略した。世界覇権の維持はコストがかかる。

 米国は、500年前にスペインとポルトガルが世界を二分する帝国を築いて以来の欧州の世界帝国を、戦後に英国から引き継がされ、理想主義の米国民は「わが国が世界を主導せねば、世界は良くならない」と自己暗示にかけているが、911以来の米国の世界戦略の無茶苦茶ぶりを見れば、現実は理想とかけ離れている。今後たとえ米国の覇権が崩壊しても、中国が世界覇権を引き継ぐつもりはないと、私は分析している。中国が世界覇権にならないので、米英中心主義で世界経済が成長できなくなった後、世界を「多極型」にする必要があるというのが多極主義者の考え方のようだ。

 歴史的には、中国にも例外がある。それは、13世紀に騎馬の軍事力でユーラシア全体を侵略支配し、欧州をも侵略しかけたが果たせなかったモンゴル帝国である。モンゴル帝国は、世界帝国を目指していた。だがモンゴル帝国の発想は、中国に由来するものではない。チンギスハンは、7世紀からのイスラム勢力による世界帝国の策略をまねて、そこに中央アジアの草原で培った騎馬の軍事力を加えることで、世界帝国を目指した。中国の影響でモンゴル帝国ができたのではなく、モンゴル人が中国を侵略して元王朝を作った。モンゴルは帝国の運営において、中国人の漢族ではなく、中央アジア系のイスラム教徒である胡人(色目人)を重用した。世界帝国創造の発想の原点は、シルクロード西部のイスラム側にある。 (世界史解読(1)モンゴル帝国とイスラム

▼イスラムが作った世界帝国への勧誘としての鄭和の大航海

 ここで「世界帝国」とは何かを分析する必要が出てくる。コロンブスは15世紀だが、ムハンマドのイスラム帝国は6世紀で、世界帝国の構想としてはイスラムの方が先だ。コロンブス以降の欧州の世界帝国は、インド洋沿岸の東アフリカ、中東、インド、東南アジアの貿易拠点をイスラム帝国から奪って作られている。イスラム世界が持っていた国際商業ネットワークを奪うことで、欧州は世界帝国を作った。

 世界帝国の起源は、アレキサンダー大王らにさかのぼる話として、シルクロードの征服によって西アジア(今の中東、インド、中央アジア)に帝国を作る東方の動きと、ギリシャやローマ以来の地中海の帝国が合体したものだ。その後9−10世紀になってイスラム世界はインドやインド洋を経由して東南アジアに拡大した。インド洋のマレー半島からインド、アラビア半島、アフリカ東海岸には古代から季節風を活用した帆船の航路があり、マレー人やアラブ人の商人がこのルートで商売をしていた(アフリカ東海岸のマダガスカル島の住民の大半はマレー系)。イスラム帝国は、このインド洋海域に布教して影響圏を広げた。

 歴史教科書的には、イスラム帝国は、13世紀にモンゴルがバグダッドのアッバース朝を滅ぼした時に終わったが、実質的には15世紀にオスマントルコ帝国がイスラム世界の盟主の後継者として出現して北アフリカから東欧までを支配し、トルコがイスラム帝国を継承した。イスラム世界はその後、欧州にインド洋の支配権を奪われたが、その後も第一次大戦までオスマントルコとしてのイスラム帝国は縮小しつつ存続した。

 15世紀には、中国を統一して強い勢力となった明朝が、おそらくイスラム世界からの招きを受けて「鄭和の遠征」をしている。明朝は元朝の衰退後に建国したが、元朝が重用したイスラム教徒の胡人たちは明朝にも登用され、鄭和は永楽帝に仕えた胡人の一人だった。鄭和は皇帝のお墨付きをもらって艦隊を建造し、東南アジアからインド洋、アフリカまで何度も航海し、表敬訪問や貿易をした。それらは中国側が企画した事業というより、明朝ができて中国が繁栄し始めたのを見て、イスラム世界の側が中国を自分らの商業ネットワーク(世界帝国)の中に引っ張り込もうとした感じだ。鄭和の艦隊は、インド洋沿岸の各港を支配する地元のイスラム勢力から物資補給や情報提供を受けなければ、航海できなかった。

 鄭和自身がイスラム教徒であり、イスラム世界の側は、明朝の中国を国際商業ネットワークに引き込んで儲けさせ、中国をイスラム化していく戦略だったとも思える。しかし、その戦略は成功しなかった。明朝の宮廷では、国際派の鄭和ら胡人(宦官)と、鎖国派の儒家が、国家戦略の立案で対立し、最終的には儒家が勝って中国は鎖国策(海禁)を採り、イスラム国際ネットワーク(世界帝国)への参加を見送った。 (世界史解読(2)欧州の勃興

(日本も17世紀から鎖国したが、日本の鎖国も中国と同様、欧州の世界帝国から自らを切り離す政策だった。日本は鎖国しても中国との管理貿易を続けていた)

 鄭和の遠征から約100年後、東からの中国に代わって、西からの欧州が、インド洋・アジアの国際商業ネットワークに入ってきた。それがコロンブス以後のスペインとポルトガルによる世界帝国の創建である。これは、実は「創建」ではなく、イスラムが作った既存の世界帝国の「共用」から「奪取」への動きだった。バスコダガマもコロンブスもマゼランも、命をかけてめざしていたのは「インド」だった。それは「香辛料貿易」のためだとされているが、私は違う見方をしている。

 欧州の勢力、特に、地中海や欧州諸国間、欧州と中東以東などの貿易をめぐる資金決済や資金提供(資本家)の役割を長く独占してきたユダヤ商人(宮廷ユダヤ人。スファラディ)たちが、インド洋貿易の支配権をイスラム商人から奪うこと、イスラムが作った世界帝国を欧州が乗っ取ることが、欧州の「地理上の発見」事業の隠れた最大の目的だったのではないか、ということだ。

▼世界秩序の後ろの方に並ばされた中国人とイスラム教徒

 私がいう世界帝国とは、欧州から東アジアまでの商業ネットワークであり、陸上では中央アジアや西アジア経由のシルクロード、海上ではインド洋の航路の支配権のことである。ネットワークは、古代にはユーラシアの陸路が主役だったが、その後イスラム帝国がインド洋航路を組み入れ、15世紀に欧州がアフリカ回りの航路を新設してインド洋を乗っ取るとともに、南北米州や太平洋にも新航路を作ってネットワークを拡大し、全世界を網羅するに至った。近代英米の「地政学」は「ユーラシア大陸を制するものが世界を制する」と陸路系のみを強調するが、それはユーラシア内陸部が英露の確執の場だったからであり、それ以前に「インド洋は永久に英米のもの」という暗黙の揺るがぬ前提がある。インドと中国が台頭し、欧米軍をグアム以東・スエズ以西に退却させ、インド洋がBRICの海になると、地政学は前提から崩れ去る。地政学的な米中逆転が起きる。 (中国を使ってインドを引っぱり上げる

 地理上の発見以来、ネットワーク(世界帝国)の支配者はずっと欧州(欧米)である。第二次大戦では日独が世界帝国の乗っ取りを図ったが、これは「欧米」内部の主導権争いである(日本は明治維新でうまく欧米化した)。今の世界は「自由貿易体制」で、商業ネットワークの支配者などいないことになっているが、本質はそうではない。経済界の中で最も利幅が大きい業界である金融ネットワークは米英が握り、米英に脅威となりそうな国は米英系ヘッジファンドに売り先物を仕掛けられて潰される(日本は狙われたくないので、米国を抜く前に自分でバブル崩壊を起こして自滅した)。行いが良くない国には、米英主導のIMFが厳しい「財政改革」を強要する。今でもネットワークの支配は強固だ(IMFはBRICが強いG20の事務局になりつつあるが)。

 19世紀まで、中国(清朝)とオスマントルコ(イスラム帝国の後継国)は、欧州支配に属さず、世界帝国に入らずに自立する2つの地域帝国だった。この2つ以外に自立的な地域帝国はなかった(ロシアは欧州の外縁部として拡大した。中南米の帝国は15世紀にスペインに滅ぼされた)。中国とイスラムの帝国は20世紀初頭に相次いで崩壊し、中国は「眠れる獅子」となり、トルコとその傘下のアラブ人などイスラム世界は、近代化(欧米化)しきれない「遅れた人々」に成り下がり、中国人とイスラム教徒は、世界帝国内の序列の後ろの方に並ばされた。世界には「世界帝国」以外は存在しなくなった。

 その後、中国もトルコも近代化を急ぎ、経済も政治も欧米式である(社会主義は欧州で考案され、欧州の端くれであるソ連の支援で中国に導入された)。今では中国の軍幹部が「わが軍はNATO式の組織論を導入し、立派になりました」と胸を張る。もはや世界には、欧米流(世界帝国流)でない国は存在しない。中国が台頭しても、欧米流と全く異なる明朝や清朝の体制が復活するわけではない。中国の台頭は、中国が欧米流を完全に取り入れて世界帝国の序列を上がることを意味する。やり方として、明治以降の日本と同じである。 (中華文明と欧米文明は衝突するか

▼地理上の発見とユダヤ商人

 話を歴史分析に戻す。「米中逆転」を歴史的に見ると、まず500年前からの欧米の世界支配があり、200年前ぐらいに産業革命で欧米がさらに強くなって、この力で約100年前に欧州は、それまで世界支配の外にあった中華帝国(清朝)を滅ぼした。だがその後、中国は欧米化に努力し、ここに来て中国(やその他の新興諸国)の再台頭となり、米中逆転の現象になっている。こうした歴史を見ると、分析すべきは「中国の再台頭」の前に「欧米の世界支配」である。(私はこれまで、ニクソン以来の米国の隠れ多極主義者が、中国の台頭を誘発してきたことは何度も記事にしてきた。そのことは新刊本には書くとしても、ここで改めて詳述する必要性はなさそうだ) (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (隠れ多極主義の歴史

 私が見るところ、欧州が15世紀の「地理上の発見」を引き起こし、世界帝国になった背景には「エンリケ」と「ユダヤ商人」の合体がある。エンリケは、15世紀前半に「航海王子」と呼ばれたポルトガルの王子で、彼は航海術を教える学校を作って船乗りを養成し、欧州より進んでいたイスラム世界の航海術を学び、アフリカ西海岸や南大西洋を南下する航路を開拓したとされる。彼は「地理上の発見」の先駆者である。

 ポルトガルやスペインが大航海に乗り出したのは「世界にキリスト教を広めるためだった」という説明もある。だが、艦隊を組んでの航海には巨額の費用がかかり、難破のリスクも大きい。キリスト教を広めるためなら、スペインとポルトガルが新天地発見をめざして必死に競争する必要などなく、一緒に仲良く艦隊を組めばよいはずだ。当時、巨額の費用を出せたのは、地中海など欧州の貿易を握っていたユダヤ商人である。コロンブスもユダヤ系だ。

 ユダヤ人は分散民族で、ユダヤ商人のネットワークは古くから中東やインドにおよび、イスラム世界の貿易ネットワークをユダヤ商人も享受していた。また、欧州からアフリカ大陸を南下するとインド洋に到達できることは、古代からわかっていたとされる(古代エジプトの地図にアフリカ南部まで描いてあった)。1453年にオスマントルコが東ローマ帝国を滅ぼし、地中海東部から中東経由でインド洋に行く貿易ルートがトルコによって断たれた。

 東ローマ帝国の学者がイタリアに移ってルネサンスが始まり、欧州の科学技術の発展が始まった。ユダヤ人は、地動説や羅針盤など科学技術の取得に積極的で、アフリカ回りのインド洋航路の存在、大西洋を西に行くことでインドに到達するという考え方を合わせ、そこから「どこかの国王に金を貸し、中東イスラム世界を経由する従来ルート(陸路)ではなく、海路でインドに行く新ルートを開拓し、イスラム世界からインド洋のネットワーク(世界帝国)を乗っ取り、世界貿易の利益を一手に握る」というユダヤ商人の戦略が出てきて実現したのが、ポルトガルやスペインによる地理上の発見事業だったと考えられる。

▼資本家の存在と競争原理の始まり

 地理上の発見事業には、ポルトガルとスペインだけでなく、英国やフランス、オランダも乗り出したが、各国間の競争状態になったことも、ユダヤ商人たちが裏で資金と戦略素案を出していたとすれば合点がいく。資本家は、自分の資金をできるだけ効率的に、短期間で大きな利益を出そうとする。資本の効率を上げるには、金を貸す先の人々を必死にさせる必要がある。ポルトガル王家に大航海の話を持ちかけて金を貸し、ポルトガルから航海技術の機密を入手したら、その一部をスペイン王家に教えて金も貸し「急げば、ポルトガルより先に新天地を発見できる」とそそのかす。ポルトガルとスペインは必死になり、新たな航路の発見が早まり、ユダヤ商人の資本効率が高まる。

 事業がある程度達成されたら、そこで競争をやめないと、次はスペインとポルトガルが領土争奪戦を起こす。戦争は、ユダヤ商人の目的である貿易ネットワークの構築を損なうので、適当なところで両国に別々に和解をそそのかす。こうしてスペインとポルトガルが必死に競争した後で談合し、両国による世界貿易ネットワーク(世界帝国)が形成されたのではないかと私は推測している。

 競争はユダヤ商人たちの間にも存在していたはずだ。各国の王室に取り入り、今でいう財務大臣や中央銀行総裁になったユダヤ商人は、キリスト教に改宗し(たふりをして)、その上で「ユダヤ人差別」の動きを扇動し、ライバルのユダヤ商人たちが弾圧処刑されるように仕向ける。ユダヤ人差別を扇動した上で、差別を理由に利権拡大を図るのは、1970年代以降の米国のシオニスト右派(AIPACなど)にまで継承されている「お家芸」だ。

 資本家が王侯貴族に資金と事業素案を出し、競争させるやり方は、その後もずっと欧州諸国の特性となった。19世紀には、欧州諸国が競ってアフリカや中国に進出して植民地を作り、アフリカや中東を分割したが、これも「資本家による競争扇動」と考えれば納得できる。このころになると、覇権国となった英国が、資本家的なやり方に熟達し(英国には改宗ユダヤ人の政治家や官僚が多い)、列強によるアフリカや中東の分割を進めて「均衡戦略」による効率的な世界支配を展開した。 (覇権の起源

 世界を植民地化するにあたり、欧米人は武力を多用したが、これも資本の効率化との関係がありそうだ。資本家に扇動され、競争の図式にはめ込まれて、できるだけ早く植民地を拡大せねばと考えた欧州列強の政府は、最も手っ取り早く支配を拡大する方法である「殺害」や「武力による脅し」を多用した。ゆっくりやって良いのなら、双方が利益を得られるやり方を話し合いで模索し、そもそも植民地支配などしなかっただろうが、それでは他の列強に先を越されてしまう。

 この手のやり方は、今では世界に定着し「市場原理」「自由競争社会」が、ありがたいものとして席巻している。「従業員にやる気を出させる方法」みたいな感じの本が、世界中の書店に山積みされている。この手の考え方の源流がどこにあるかという話は、見事に消えている。欧米の金融業だけでなく記者や学者、理論家、分析者、広告業にユダヤ人が多いが、歴史的に見てそれは、資本の効率化に「人々をその気にさせること」が必要なことと関係している。

 権力が表(王侯貴族など政治家)と裏(資本家)に分かれていた欧州は、この分立があったがゆえに競争原理が導入され、経済と国力が成長した。だが中国やイスラム世界にはこのような分立がなく、単一の権力構造だったため成長の効率が悪く、帝国を欧州に滅ぼされ、人々は貧しくなった。

「米中逆転」が主題なのに、いつのまにかユダヤ分析になっている。こんな風にあさっての方向に展開してしまった話を、どうやって元々の主題に戻し、最後に読者に「なるほど」と思わせるかを考えるのも、書籍執筆の醍醐味(苦しみ)の一つだ(それもユダヤ的な「詭弁の世界」の営みなのだが)。今回の記事について4日間も考察してしまい、配信が遅れているので、今回はここで終わり、配信作業に移る。



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