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中国の権力構造

2017年10月27日   田中 宇

 10月25日、中国共産党の党大会が終わった。中国の権力を握る7人の共産党中央政治局常務委員(最高指導部)の顔ぶれは、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニングポスト(SCMP)のコラムニスト(元編集局長)であるワン・シャンウェイ(王向偉、Wang Xiangwei。前職が吉林省政治協商会議=共産党系の人)が10日前に書いたとおりになった。 (What China’s leadership reshuffle means for Xi Jinping’s New Era

 日米のマスコミは、習近平の子分(陝西派閥)である陳敏爾(57歳)ら、1960年代生まれの「若手」を常務委員に入れなかったことを理由に「習近平は後継者を指名せず、2022年までの任期を無視して、それ以降も権力を握り続けて独裁者になるつもりだ」といった論調を流布している。習近平思想が共産党の規約に盛り込まれ、毛沢東と並ぶ権威になったことで、80-90年代にトウ小平が作った集団指導体制を壊し、毛沢東のように死ぬまで独裁制を敷くつもりだ、という見方も喧伝されている。毛沢東の死後、廃止された「党主席」の職位(党の決定に拒否権を持つ)を復活し、習近平自身が就任して死ぬまで独裁する、という予測もある。だが、SCMPのワンは、これらの説を否定し、習近平はレイムダック化を避けるため、任期が終わる直前に後継者するつもりなだけで、任期を守って22年に権力を後継者にわたすだろうと予測している。 (Xi’s new era beckons, but China’s leadership reshuffle may not be as dramatic as expected) (Does Chinese leader Xi Jinping plan to hang on to power for more than 10 years?

 習近平の目標は、彼自身が党大会の演説で示唆したように、2050年までに中国を国際台頭させ(かつての明清帝国を超える)安定したアジアの覇権国にすることだ。中国の弱点は、権力闘争によって政治が不安定になりやすいことだ。トウ小平が作った集団指導体制はそれを改善し、権力の継承を制度化した。集団指導体制は、今の中国がとれる最も安定した権力構造だ。習近平が集団指導体制を壊して独裁を強化すると、彼が生きて独裁制を敷いている間は良いが、彼が死んだ後、次の独裁者にうまく引き継がれず、権力闘争が再び激化し、不安定になって、中国はせっかく獲得した覇権を失いかねない。 (China’s new leadership line-up revealed in full for first time with seasoned duo tipped to take key jobs

 習近平は、自分が死んだ後も中国が安定した覇権国であり続け、未来の中国人たちに「今のすごい中国があるのは習近平のおかげだ」「習近平思想はすばらしい」と思わせたい。そのためには、独裁者にならず、集団指導体制を守る必要がある。習近平が立案した経済覇権拡大戦略(アジア広域のインフラ整備事業)である「一帯一路」(新シルクロード計画)は、2013-16年が動員期、16-21年が計画期、21-49年が施行期だ。習近平の任期の節目である17年と22年の直前に、一帯一路も節目がくるよう設定されている。これを見ても、習近平が任期を守るつもりであることが感じられる。(かつて江沢民がやったように、習近平も、2022年の政権交代の後、しばらく党中央軍事委員長に残留することはありえる) (Xi's Roadmap To The Chinese Dream Pepe Escobar

 習近平は、今回の党大会に先立つ今年7月、共産党の従来の最大派閥である共青団派(胡錦涛の派閥)の若手の最有力者だった重慶市党書記(中央政治局委員)の孫政才(54歳)を汚職の容疑で解任し、党大会直前の9月末に党籍剥奪している。習近平政権の後、共青団派が権力を取り戻す場合、孫政才が次期の最高指導者になると目されており、党大会での人事で、孫政才が政治局常務委員になるのでないかと予測されていた。党大会直前の孫政才の失脚は、習近平が共青団派をしりぞけて独裁を強化するつもりであるとの分析につながった。

 だが、党大会で決まった新たな常務委員(最高指導部)の7人の中には、共青団派が2人(李克強、汪洋)が入っており、李克強は引き続き序列2番の首相となった。常務委員には、習近平の派閥(陝西派)が3人(習近平、栗戦書、趙楽際)、上海派(江沢民の派閥)が1人入ったほか、江沢民以来ずっと国家戦略の立案を担当してきた学者の王滬寧が入り、バランスに配慮した人選となっている。定年制の慣行を無視して留任させるのでないかと予測されていた王岐山も、定年を守って辞めさせた、これらの人事からは、習近平が従来の集団指導体制を尊重していることが感じとれる。

 習近平は、集団指導体制を尊重しつつも、共青団派の孫政才を失脚させることで、自分のあとに共青団派が最高権力者になるのはダメだという姿勢を示したと考えられる。共青団派は、トウ小平が80年代以降、改革開放(経済自由化による高度成長戦略)を進めた際、経済、行政、政治、社会などの分野の改革の急先鋒になる勢力として重用し、台頭させた。だが、それから30年たち、中国(共産党)は、経済や行政の運営技能を十分につけた。欧米から学ぶ時代が終わり、欧米と肩を並べる大国としての実践の時代に入ろうとしている。そのため近年、中国を大国にする戦略を掲げる習近平が、改革を重視する共青団派を押しのける傾向が強まっている。この押しのけ(主役交代)は、権力闘争の結果というよりも、中国の発展段階の変化に呼応した動きと言える。

 10月の党大会で何を決めるか、誰を昇格させるかは、8月に党の上層部が海岸避暑地に集まって10日間議論する「北戴河会議」でおおむね決まるとされている。だが、SCMPのワンによると、今年の北戴河会議では、意外なことに、長老たちが習近平の政策を賞賛し、党大会の人事も習近平に任され、何も紛糾しなかったという。最大のライバルであるはずの共青団派を含め、習近平のやり方に誰も反対していない。習近平による中国の覇権強化、政治経済の改革の抑圧、リベラル風潮の終了、党の統制強化、習近平自身の権力と権威の強化などは、彼が反対を押し切って独裁的に決めたことというより、党の上層部の総意を受けて行われている感じが強い。 (China’s leadership reshuffle: what’s behind Xi Jinping’s poker face?

▼トウ小平の高度成長から、習近平の覇権拡大に中国の段階が移行したことによる党の独裁強化

 中国の権力機構は、共産党が政府よりも上位にある。それは中華人民共和国の建国から変わっていないが、党内の権力闘争がずっと続いたため、党や政府のどの職位にある人が権力者であるか一定しなかった。共産党は、内情を外部にもらしたがらない秘密結社であるため、権力機構が制度化されていない傾向が強い。任期が定められていない要職も多く、上層部の権力闘争を生みやすい。加えて、中国人の個人主義的な民族性もある。権力闘争で勝った人がそのとき持っていたポストが最高権力の職位になる「人治」の体制が続いた。党主席や党総書記、国家主席などの職位は、廃止・復活・軽重の変化を繰り返した。長い混乱を終わらせたのは、毛沢東死後の政争に勝ち、1980年代に、経済成長を国策の最優先課題に据えたトウ小平だった。

 長期の経済成長を実現するには、政治の安定が不可欠で、それには権力者の交代を制度化・法制化する必要がある。トウ小平は、党総書記・国家主席・党中央軍事委員長という、党・政府・軍の最高職位を兼務する最高指導者が、10年ごとに交代する制度を慣行として作った。党の高位は任期が明文化されていないが、政府の国家主席は憲法で1期5年で2期まで再任できると定められており、2期10年ごとの国家主席の交代と同時に、党の2つの高位も交代させることで、完全な法治体制でなく慣行ではあるが、準法制的な、近代的な権力システムを作った。 (中華人民共和国憲法 第3章 第2節

 トウ小平は、江沢民と胡錦涛という年齢差がある2人を後継者として指定し、自分が引退したあと2人が10年ずつ最高指導者をつとめるよう命じた。党の高位の幹部たちは、97年のトウ小平の死後も遺言を守り、2002-12年に予定どおり胡錦涛が最高指導者をつとめた。最高指導者は、数人(歴史的に5人から9人の間で変化してきた)で構成する政治局常務委員会に属し、常務委員の中には最高指導者と異なる派閥や出自の者もいて多数決で政策を決めていき、党内全体のバランスをとった「集団指導体制」が行われるよう仕向けられている。

 胡錦涛までは、トウ小平が決めた人事だったが、習近平は違う。習近平は、トウ小平の死後の集団指導体制の中で選抜されている。江沢民(=上海派)は、早くから習近平を支持していた。胡錦涛(=共青団派)も、習近平の選出に反対しなかった。しかも、最高指導者が胡錦涛から習近平に代わる時に、合議制の最高指導部である政治局常務委員会の定数が、9人から7人に減らされている。常務委員の人数が少ないほど、最高指導者(党総書記)は政策立案の合議をまとめやすく、権力を強化しやすい(人数が多いほど各派閥の勢力が均衡する)。常務委員の数は、胡錦涛の就任時に7人から9人に増やされ、胡錦涛は政策をまとめるのに苦労した。党の長老たちは、習近平のために、胡錦涛には与えられなかった権力を集めやすい機構を用意してやったことになる。

 習近平は12年に最高指導者になってすぐ「一帯一路」を策定し始め、13年から一帯一路を中国の公式な国際戦略にしている。同年には、米日主導のアジア開発銀行のライバルとしてAIIB(アジアインフラ投資銀行)を創立している。これらは、89年の天安門事件の教訓から「(米欧からの敵視を避けるため)国際的に目立たないようにしつつ、国力を蓄えよ」と命じていたトウ小平の遺言(韜光養晦)から逸脱している。だが、習近平を選んだ党の重鎮たちは、彼を最高指導者にしたら覇権拡大戦略をやると、事前にわかっていたはずだ。一帯一路は、当初から現在まで、党の重鎮たちの明確な反対を受けていない。すんなり中国の国家戦略の中心になっている。 (中国一帯一路) (中国の一帯一路と中東

 古老のトウ小平は、当時の子分(のちの重鎮)たちに、目立たないように国力を蓄えよと命じたが、それがいつまでやるべきか、国力を十分に蓄えた後は何をすべきかについて、どう語ったか不明なままだ。推測にすぎないが、トウ小平は、十分が国力がついた後、欧米と肩を並べるアジアの覇権国になることまで子分たちに説き、国力の備蓄期間(改革開放政策の期間)として、自分と江沢民と胡錦涛で10年ずつ、合計30年間を用意したのかもしれない。胡錦涛の後、中国を覇権国にする35年間の戦略を打ち出す習近平がすんなり出てきたことから、さかのぼってそのように推測できる。この推測をもとに考えると、毛沢東が建国し、トウ小平が経済成長を実現し、習近平がアジアの覇権国に押し上げる、という3人の大指導者の歴史が語られ、習近平思想が党の規約に書き込まれることも理解できる。

 トウ小平は、経済成長を実現するため、それまでの毛沢東時代の共産党が、中国政府を完全な支配下に置いていた状況を改め、政府を党から少しずつ自立させ、党上層部からの教条的な圧力を受けにくいようにして、行政や経済の専門家が政府で活躍しやすいようにした。大学の体制も、研究者が党からの干渉を受けにくいようにしてやり、自由な研究ができるようにした。国営マスコミが、政府の非効率を批判したり、党幹部の不正を暴く報道をするよう奨励し、政府や党が自らを改善せざるを得ないように仕向けた。トウ小平は、これら各界の改革や自由化の主導役を共青団に担当させた。 (Xi Jinping has been good for China’s Communist Party; less so for China

 習近平は、これらのトウ小平の政策をくつがえしている。政府が党の支配下に戻る傾向の政策が展開されている。大学やマスコミに対する、党による規制が厳しくなり、党を批判することが許されない傾向が増している。共産党員全体に対し、党への忠誠を強めることを命じている。習近平は、共産党を再強化しないと、冷戦末期のソ連のように共産党が弱体化して国家崩壊につながりかねないと言って、それを統制強化の理由にしている。米日などのメディアは、習近平が自分の独裁を強化するために党による支配を強めていると喧伝している。 ("China's Big Reshuffle": A Preview Of The Year's Biggest Political Event, China's 19th Party Congress

 私から見ると、この習近平の姿勢も、経済発展して国力を蓄えるというトウ小平時代の目標が達成され、アジアの覇権国として台頭するという習近平時代の目標に置き換わったことと連動している。自由化を続けるほど、一党独裁体制がゆるみ、政権が潜在的に弱くなる。これまでは経済成長が優先され、自由化が容認されていたが、今後は経済成長より国体の強化を優先するので、もう自由化を容認しない、というのが習近平のやり方だ。経済分野でも、習近平は権力に就任当初、民営化や自由市場化を進めると言っていたが、その後言わなくなり、今では株や不動産のバブル膨張を抑えるため市場主義を制限している。 (China’s Xi Approaches a New Term With a Souring Taste for Markets

 欧米は中国(など新興諸国や途上諸国)に対し、政治と経済の自由化を阻害すると成長できず衰退するぞと脅し続けてきた。だが最近は、米欧日の中央銀行が通貨を大増刷して金融相場をつり上げ、欧米自らが自由市場を破壊している。トランプと軍産複合体の暗闘、欧州極右の台頭など、政治面もおかしな事態だ。マスコミは米国でも日本でも、プロパガンダ機関になっている。欧米はもはや、中国(など新興諸国や途上諸国)が学ぶべき対象でない。今後の中国は、独裁で統制が厳しいのに台頭し続け、欧米と肩を並べる。欧米マスコミは、これを嘆かわしい事態として報じ始めているが、その報道姿勢は、欧米自体が嘆かわしい状態になっていることを棚に上げている。



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