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米中百年新冷戦の深意

2019年6月9日   田中 宇

5月末、スイス西部の湖畔リゾート地モントルーに欧米の超エリートたちを集めて開かれた「ビルダーバーグ会議」に、米政府を代表してポンペオ国務長官とクシュナー大統領顧問が参加し、米国が同盟諸国を率いて中国を相手に、長期の貿易戦争など、経済を中心とした百年冷戦を開始したことを欧州勢に通告した。ビルダーバーグは完全オフレコ会議なので、この話は、FTの軍産系のコラムニストでビルダーバーグ出席者のマーティン・ウルフがさらりと1行書いて示唆しただけだが、これは重要な暴露だ。 (The looming 100-year US-China conflict

トランプが中国と長期の新冷戦を始めていることは、昨年10月にペンス副大統領に米中新冷戦の開始についての演説をやらせた時に、すでに宣言されていた。しかし最近まで、専門家(=軍産)など多くの人々は、トランプが本気で中国と新冷戦の長期対決をやると思いたがらなかった。「トランプは貿易交渉で中国を譲歩させるための口だけの脅しとして、冷戦という言葉を発した。まもなく米中は合意する」といった見方をマスコミが流布し続けた。だが実のところ「もうすぐ米中が妥結する」といった見方の方が、トランプの目くらましに騙されていた。 (中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦) (トランプが米中貿易交渉を妥結?。その意味

5月上旬に米中貿易交渉が破談して、中国の対米輸出品に懲罰的な高関税がかかることになった。加えて米政府は、中国の大手通信機器メーカー「華為」に無根拠なスパイ容疑をかけて制裁し始めた。トランプは中国だけでなく、メキシコやEU、インドなどに対しても、貿易戦争を吹っかけている。米中はその後も形式的な貿易交渉を続けているが、交渉妥結の可能性はほぼゼロだ。中国は、サンクト経済会議でロシアとの戦略関係の強化を発表するなど、米国から経済制裁される分のマイナスを非米諸国との関係強化によって補おうとしており、米国との新冷戦を前提とした戦略に移行している。 (習近平を強める米中新冷戦) (貿易世界大戦) (Russia's Best Defense Against America's Pressure Strategy May Be China

そんな中でポンペオらがビルダーバーグ会議で欧州勢に百年冷戦の開始を通告したことは、米国が中国との新冷戦を世界戦略の中心に正式に据えたことを意味している。ビルダーバーグの年次会議は1950年代、軍産複合体が米国の覇権運営を牛耳って世界戦略の中心に米ソ冷戦を据えた後、冷戦体制における西側の結束を維持するため、米国の戦略立案者や有力者たち(軍産エスタブ、諜報界)が、欧州側の立案者や有力者らと毎年非公式・秘密裏に会合し、欧米間の軍産エスタブどうしの調整を行う場として作られた。 (ビルダーバーグと中国) (中国を招いたビルダーバーグ

この年次会議は冷戦後も、世界運営や、911後のテロ戦争(イスラム世界を敵に回した第2冷戦)、イラク戦争、リーマン危機、それから地球温暖化問題や偽ニュースなどプロパガンダ系の策略についても、米国側が欧州側に戦略や釈明を伝え、欧州側が反論や懸念などを表明する場として機能してきた(近年は、米諜報界の有力機関となったグーグル/アルファベット社が事務方を仕切っており、この会議も「民営化」された)。軍産内部の国際調整会議ともいうべきビルダーバーグで今年、米国が欧州に米中百年冷戦の開始を宣告したことは、米中冷戦が米国(軍産)の正式な長期戦略になったことを意味している。 (ビルダーバーグとグーグル

従来なら、これでトランプの米国が欧州など同盟諸国・軍産全体を率いて中国と長い冷戦状態に入った、と宣言できるところだが、近年の世界はトランプが作った倒錯した体制下にあり、同盟諸国も軍産の主流派も、トランプの米中冷戦に賛成していない。トランプは、今年3月にロシアゲートの濡れ衣を晴らしたことで、当選前からの軍産との戦いに勝って米政界を席巻した。軍産はトランプに負けているため、軍産と欧州勢の集まりであるビルダーバーグ会議も、トランプが送り込んできたポンペオらによる米中百年冷戦の宣言に、不満を表明しながらも、受け入れざるを得ない。冒頭で紹介した、ビルダーバーグに出席したFTのマーティン・ウルフも、コラムの中で、トランプの米中新冷戦の戦略に強く反対している。ウルフは、反対する論を展開するために、ビルダーバーグ会議の完全オフレコのルールを破り、会議で米中百年冷戦について議論したことを暴露した。 (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) (ロシアゲートとともに終わる軍産複合体

戦後の米覇権体制の世界を運営してきた軍産(米エスタブ、諜報界、英国、欧州など同盟諸国)の中国に対する基本方針は、1950-70年代に共産主義敵視・台湾(国民党)支持の、中国封じ込め・大陸反攻路線だったが、70年代以降、先進諸国の経済成長の鈍化を受け、世界経済の下支えとして中国大陸を経済成長させることが必須になり、米中国交正常化による米中和解と、トウ小平の改革開放が進んだ。軍産は、政治地政学的に中国敵視を希釈して続けつつ、経済的に中国を米国主導の世界経済の中に取り込んだ。70年代から昨年まで、米国と同盟諸国の対中国戦略の基本は「政冷経熱」だった。 (経済覇権としての中国) (600年ぶりの中国の世界覇権

中国は米国などの市場への輸出で経済成長し続け、輸出代金で米国債を買ってドル覇権の維持に協力する。その一方で、青年団などトウ小平の子飼いの親米的なリベラル派が中国共産党を仕切り、中国が米国覇権の維持に協力することを条件に、中国を米同盟諸国の仲間入りさせていく路線を中国側が模索してきた。冷戦後、ロシアだけでなく中国をG7に入れる案や、米中が協調して世界を運営するG2の構想が出たが、いずれも実現までいかなかった。 (米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる

昨秋来のトランプの米中新冷戦の戦略は、これらの従来の米中協調路線を破壊し、経済分野でも中国を冷戦的に敵視・縁切り・経済制裁するものだ。トランプ政権は、対中国姿勢を協調から敵視に転換する理由について、経済面の「中国がWTO違反の不公正な貿易慣行を続け、米国の国益を侵害しているから」と、政治面の「文明の衝突」的な「欧米文明と異質なアジア勢の中国が台頭するのは米国の国益を損なうので、中国を弱体化させる必要がある」という2本を主張している。だが、中国のWTO違反よりも、トランプの懲罰関税・自由貿易破壊の方が不公正の度合いが大きい。トランプはWTO自体が米国の国益を損ねていると言っているが、この姿勢自体が戦後の米国覇権体制を自ら否定する「覇権放棄」だ。 (中華文明と欧米文明は衝突するか) (Trade War With China Is Not About Trade But About Geopolitics

政治面の、米中間の「文明の衝突」の戦略(考え方)は、90年代のハンチントン論文で試論として提示されたが、中国の経済成長が世界経済と米国覇権の維持に必要になる度合いが強まっていたため採用されなかった。「文明の衝突」の考え方は、911テロ事件を機に、イスラム敵視の部分だけが米国の世界戦略に採用され、中国敵視の部分は使われないできた。だがこれも、トランプ政権は最近、国務省のキロン・スキナー政策立案局長に、中国との文明の衝突論を発表させている。スキナーは黒人(非白人)だが、中国を「非白人の文明」、米国を「白人の文明」と分類する表明を発している。このあたり、トランプならではの、リベラル主義が内包する偽善性を嘲笑する痛快さがある。 (Slip-up or signal? What US official’s ‘clash of civilisations’ remarks suggest) (Kiron Skinner - From Wikipedia) (仕組まれた9・11【13】 なぜアメリカは戦争を企図するか

2000年のIT株バブル崩壊後のバブル再生あたりから、米国中心の先進国(米欧日)の経済は金融バブルへの依存がひどくなり、バブルの部分を除いた世界経済は、実体経済における中国の成長が非常に重要となった。08年のリーマン危機後の中銀群のQEによるバブル再生で、この傾向がさらに強まった。そんな状況下で、トランプが米国と中国を経済的に切り離して対立させる新冷戦を始めたことは、米欧日にとって、とても危険で自滅的なことだ。そのため、米国と同盟諸国のエスタブたちは、こぞってトランプの米中新冷戦に強く反対している。今年のビルダーバーグ会議でも、激論が交わされたはずだ。 (The Next Stage Of The Engineered Global Economic Reset Has Arrived) (Escobar: "Clash Of Civilizations" Or Crisis Of Civilization?

だが、エスタブたちがいくら反対してもトランプはひるまない。トランプは、バブルまみれの米欧日の経済を自滅的に破綻させるために、米中新冷戦をやっている。意図的な破滅策なので、エスタブ側からの猛反対は計算のうちだ。エスタブ側は、トランプ当選後、ロシアゲートの濡れ衣スキャンダルでトランプを潰そうとしたが、トランプは今春、濡れ衣を晴らしてエスタブ側に勝利した。この時点ですでに暗闘に決着がついている。 (スパイゲートで軍産を潰すトランプ

ビルダーバーグ会議は、トランプ以前にも「米覇権主義者のふりをして米覇権体制を壊す勢力」「軍産エスタブの一員のふりをして軍産エスタブ支配を壊す勢力」「親イスラエルのふりをしてイスラエルを自滅に導く勢力」である「ネオコン」に席巻されている。ポール・ウォルフォウィッツ、ジョン・ボルトン、ロバート・ケーガン、リチャード・パールといった国際戦略立案のプロだったネオコンたちは、軍産の一部として、米国が好戦的な世界戦略を強めた90年代末からビルダーバーグ会議の常連だった。911事件の発生を予測していたと思われる諜報関係者である彼らは、好戦的な米単独覇権主義の策をやりすぎて、イラク戦争などで米国の覇権を自滅的に低下させた。当初、ネオコンたちの好戦策を歓迎したビルダーバーグのエスタブたちは、イラク戦争の失敗後ネオコンたちに愛想を尽かしたが、時すでに遅しだった。すでに、ビルダーバーグ自体が茶番劇と化している。トランプは、ネオコンを継承する勢力だ。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?) (Gold Sees Biggest Inflow Since Brexit As Investor Exodus Contagion Spreads To Credit

トランプが米中新冷戦を本格化し、米欧日と中国の経済関係を無理矢理に引き裂いているため、世界経済が急速に不況に陥っている。6月中にまた株価の世界的な暴落が起こりうる。ドルの究極のライバルである金地金は、これまで6回失敗した1オンス1350ドルの壁の突破を再度試みている。これらも、トランプの計算のうちだろう。トランプは再選に向け、株価の維持を最重視している。最高値水準にある米国などの株価が急落すると、トランプは米連銀FRBに強烈な圧力をかけ、連銀にしぶしぶ利下げをやらせる。連銀は15年に不健全なQEを日欧中銀に肩代わりさせた後、ドルを延命させるため、利上げと資産圧縮(債券放出、QT)を続けてきた。米国の覇権を自滅させたいトランプは、自分が起こした米中冷戦による世界不況を背景に、連銀に利上げやQTをやめさせ、利下げやQEを再開させたい。 (The fate of Trump’s economy now hinges on the Federal Reserve, the agency the president called ‘crazy’) (The Fed, QE, & Why Rates Are Going To Zero

これからの利下げやQE再開は、ドルを再び不健全な状態に引き下げ、基軸通貨としてのドルの国際信用、つまり米国の経済覇権を失墜させていく。米国の覇権は失墜していくが、利下げとQEによって株価は最高値を更新し、トランプは再選を手に入れる。ライバルの米民主党は左右の分裂がひどく、トランプに勝てない。民主党では、トランプに負けない財政的に無茶苦茶な話を展開するAOCやウォーレンといった左派が席巻し、唯一のエスタブ候補であるバイデンはセクハラを暴露され弱体化している。 (Progressives Who Prefer Trump to Biden) (Liz Warren Unveils "Economic Patriotism" Plan: Calls For Aggressive Market Interventions, Active Dollar Management) (Ocasio-Cortez: Serious climate plan to cost at least $10T

トランプが中国に冷戦をふっかけたため、習近平の中国は、これまで躊躇しつつやっていたロシアと同盟して米国に対抗する路線を、本格的に歩み始めた。それが、先日のサンクトペテルブルグの経済フォーラムでの習近平とプーチンの力強い共同声明の意味だ。今後、中露が協力して米国の無茶苦茶な世界戦略の推進をやめさせる度合いが強まる。米中新冷戦の体制下で、自由貿易や国際協調主義を標榜するのは中国の方であり、米国は保護貿易と単独覇権主義という「間違ったこと」ばかりゴリ押ししている。欧州や日豪などの従来の同盟諸国は、信条的に中国が正しいと認めざるを得ず、米国と組めなくなっていく。これも、トランプの意図的な「覇権放棄策」だ。 (China-Russia Partnership Threatens US Global Hegemony) (Russia, China unite against US economic brinkmanship

トランプは、中国を勝たせ、従来の米覇権体制を自滅的に解体して多極化するために、米中新冷戦をやっている。今年のビルダーバーグ会議で、ポンペオら米国勢は「中国と百年の冷戦をやる」と欧州側に通告したようだが(確証はないがFTのウルフがそのような見出しのコラムを出したので多分そうだ)、米中新冷戦は百年も続かない。今から5年後のトランプの2期目の終わりぐらいには、米連銀の再QEが限界に達し、ドルと米国覇権が崩壊し、多極化が進んで米中新冷戦が終わりそうだ。そもそも「百年」という言い方は、40年続いた米ソ冷戦や、冷戦を真似て40年続くと称されたが18年間(?)で終わったテロ戦争に対抗し、中国は格好の敵なのでもっと長い冷戦になるぞという誇張表現だろう。 (Did David Rosenberg Just Stumble On The Genius Behind Trump's Madness?) (In Turkey, Many Celebrated As Notre Dame Burned



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