中国を招いたビルダーバーグ2011年6月13日 田中 宇6月9日から12日まで、スイスのリゾート地サンモリッツで、ビルダーバーグ会議が開かれた。同会議は1954年以来、毎年1回、欧米のリゾート地のホテルを借り切り、欧米(米国、カナダ、欧州)の政治家、財界人、外交官、マスコミ幹部、著名学者らが、米国から30人、欧州から80人、国際機関から10人という割合で集まり、世界のあり方について完全非公式で議論する場である。 (Leaked attendee list Bilderberg Conference June 9-12, 2011 in Suvretta House Hotel) 同会議は欧米主要国の首相や大統領らが飛び入りで参加することもあり、今年もドイツのメルケル首相やスペインのサパテロ前首相、米国のゲーツ国防長官、NATOのラスムッセン事務総長らが、おしのびで参加したと指摘されている。半面、欧米以外の人々は、国際機関の代表として呼ばれる場合以外、出席できなかったので、同会議は「世界を支配する欧米の超エリートたちが、世界の今後の政策を決める秘密会議」と呼ばれている。 (Bilderberg 2011: The opposition steps up) 欧米による世界支配の象徴のようなビルダーバーグ会議であるが、今年の会議は、その欧米支配が崩れていることを象徴する新たな事態が起きた。中国政府を代表すると思われる2人の要人が、今年の会議に招待されたことがそれだ。中国当局の関係者が呼ばれるのは初めてのことだ。 (The Chinese Hit up Bilderberg Conference in 2011) 中国からの出席者の一人は、外務次官(副大臣)の傅瑩(Ying Fu)である。彼女は中国で2人目の外務次官で、09年まで駐英国大使、それ以前には駐オーストラリア大使をしており、アングロサクソン諸国との関係に詳しいようだ。モンゴル族の彼女は、温家宝首相の外交面の重要な片腕であり、北朝鮮の核開発問題で中国の外交団を率いて訪朝したこともある。 (Fu Ying From Wikipedia) 中国からのもう一人の出席者は、北京大学の中国経済研究所の黄益平(Huang Yiping)教授である。彼は、現在事実上ドルに為替固定(ペッグ)している固定相場制の人民元を、投機に対する制限をつけた変動相場制に移行し、中国が為替維持のため米国債を買わざるを得ない状況をやめるべきだと言っている。 (Two Beijing Economists Urge Yuan Free Float) 彼の主張は5月初めにウォールストリート・ジャーナルで紹介された。米国の市場関係者の間では「これは、中国の上層部で人民元の為替自由化が公式に検討されていることを示している」ととらえられている。黄益平は、中国の為替政策を立案する重要人物の一人ということになる。 (When Will China Liberalize the Yuan?) ▼多極化とビルダーバーグの内密な関係 今年のビルダーバーグ会議に、中国政府を代表する立場にいる外務次官の傅瑩が呼ばれたことは、会議の場で、台頭する中国と世界(米英覇権体制)の関係の今後についてや、中国が北朝鮮をどう制御するかという問題などが話し合われた可能性がある。また、人民元の為替政策を練る北京大学の黄益平が呼ばれたことは、基軸通貨としてのドルの地位がぐらつく中で、人民元の自由化と国際化をいつどうやるか、ドル単独基軸制から人民元やユーロを含む多極型の基軸通貨体制にどう移行するかといった問題が話し合われた可能性がある。 今年の会議には、欧米以外の参加者として、トルコから4人、ロシアから一人が呼ばれている。トルコ人もロシア人も、数年前から毎年呼ばれており、トルコからは中東の石油ガスを欧州に引っ張ってくるパイプライン構想の関係者など、ロシアからはビジネスマンか、ロシアの人権問題を批判する団体の幹部が呼ばれている。これらの人選から考えるに、トルコやロシアは欧米覇権体制の周縁諸国と位置づけられている。外務次官と為替政策立案者が呼ばれた中国とは、位置づけが異なる。中国の代表は、欧米と別の「次の覇権国」の人として呼ばれている。こうした方向性は、すでに一昨年に感じられていた。 (ビルダーバーグと中国) 今年のビルダーバーグ会議には、フェイスブックやアマゾン、マイクロソフトの創設者らが呼ばれ、フェイスブック革命と呼ばれたエジプト革命など「中東の春」の行方についてや、インターネット上で言論統制を行うべきだということについて議論されたと言われている。しかし、中国から外交と人民元について権威ある2人を呼んで、中東やネット関係の議論に参加させるとは思えない。ビルダーバーグは覇権の今後のあり方を話し合う会議なのだから、覇権をめぐる中国と欧米(米国)の関係が議論されたはずだ。 (Bilderberg conference 2011: agenda overview) 今回の会議では、世界経済の成長鈍化やユーロ圏の国債危機、ドル弱体化にともなう世界的インフレなど、経済問題についても話し合われたという。人民元の自由化問題は、この中に入りうる。米国(ドル)の揺らぎと中国(人民元)の台頭という覇権交代の話は、ビルダーバーグにふさわしい議題だ。フェイスブック革命やらネット言論統制やらの話は、表層的な目くらましという感じがする。中東の民衆革命は、米中枢のCFRなどで何年も前から構想されており、今さら議論する必要性は低い。 (ソーシャルメディア革命の裏側) ビルダーバーグは、覇権のあり方を論じる会議だ。今後の多極型の世界体制を意味する「新世界秩序」という言葉を敵視する、いわゆる「陰謀論」好きの国際問題の活動家(何でもロックフェラーとロスチャイルドで語りたがる人々など)の中には、ビルダーバーグを「影の世界政府」と呼んで敵視する人が多いようだ。しかし、覇権というものは元来超国家的なエリートの世界であり、建前上、国家を超える主権勢力が存在してはならないことになっている以上、覇権の話はこっそりとやらざるを得ない。 ビルダーバーグには以前から毎年「ネオコン」の人々が呼ばれ、今年もリチャード・パールが公式出席者のリストに入っている。ネオコンは、米国の覇権を強化すると言って過剰にやり、逆に米国の覇権を自滅させて覇権構造の多極化に寄与し、中国の代表をビルダーバーグに呼ばざるを得ない状況を実現した立案者だ。欧米中心の世界体制を維持するための秘密会議であるビルダーバーグの内側に、もっと内密的な、欧米覇権を自滅させる多極化の構想があったことになる。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?) ▼日本が呼ばれたことがない理由 ビルダーバーグ会議には、日本人が日本を代表するかたちで呼ばれたことがない。国連難民高等弁務官だった緒方貞子が呼ばれたことがあるが、それは日本代表としてでなく国連幹部としてであり、90年代に浮上した難民問題について話す説明要員だった。日本のウォッチャーは「欧米は自分たちの覇権を守るため、欧米人しかビルダーバーグに呼ばれないんだ」と自分たちを納得させる傾向が強かったが、今回中国の代表が呼ばれ、この見方が間違いである可能性が強くなった。 日本から誰も呼ばれたことがないのは、戦後の日本が覇権的行動(他国を傘下に入れて面倒見ること)を全くやりたがらず、米国から頼まれても無視していたからだ。戦後日本の官僚機構は対米従属の体制下で日本の支配層になったので、対米従属の終わりにつながる覇権的行動を嫌っている。日本が呼ばれないのは、欧米でなく日本の都合だ。 中国代表のビルダーバーグ出席は、アジアの代表が日本から中国に交代したことを象徴するものでもあるが、イラク戦争の失敗(つまり米国の覇権衰退の顕在化)以来、ビルダーバーグ自体の影響力が低下している感じもする。昔は完全な秘密会議だったが、2-3年前から英国などのマスコミが会議について報じるようになり、悪い意味で有名になった。今回の会議では、スイスやイタリアの国会議員が、秘密会議はけしからんので自分も参加させろと言って、相次いで会場の入り口にやってきて警備員と押し問答になって報道された。ビルダーバーグは「悪いエリートたちの秘密会議」的なイメージを持たれつつある。 (An Italian Diplomat Was Violently Expelled From St. Moritz After Trying To Sneak Into The Bilderberg Meeting) 今後、ドルや米国債の崩壊もあり得る中で、米国の覇権衰退と多極化がますます顕在化し、欧米の世界支配を支えてきたビルダーバーグ会議も、G7などと同様、時代遅れのものになっていくと私は予測している。胡錦涛や習近平がおしのびでビルダーバーグに来たら面白いが、お堅い彼らはそんなことをせず、公式なおつき合いとして外務次官を派遣した。G7よりもG20が重要になったように、ビルダーバーグよりも上海協力機構などBRIC系の国際会議で何が議論されているかが大事な状況になりつつある。だが、欧米中枢よりBRICの方が内幕が見えにくい。
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