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米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる

2011年9月7日   田中 宇

これは「新刊本・第1章:やがて破綻するドル」の続きです。

 ここまで、金融危機によって米国の金融システムが壊れていく方向にあり、中産階級は没落し、いずれドルは基軸通貨の地位を失い、米国債は買い手がつかなくなって米政府は財政破綻し、米国は軍事・政治面の覇権をも失うと予測されることを書いた。日本に住んで日本語のマスコミからの情報だけに依拠して生きている読者の中には、米国の強さを信じ、金融崩壊や覇権喪失など起きるはずがないと思う人もいるだろう。「この筆者は、反米感情から、こんなことを書いているに違いない」と思うかもしれない。日本人のこの手の思い込みは根強く、私が詳細に説明しても理解してもらえないことが多い。日本は戦後、対米従属を国是としており、近年はマスコミも国是に合わせて偏向している。実際のところ、日本人の思い込みと無関係に、米国は世界を巻き込みつつ、金融財政の崩壊と覇権喪失の方向に進んでいる。

 米国は戦後65年、世界で唯一の覇権国の座にあった。米国は世界を主導してきた。支配してきた。米国の意思決定なしに世界は回らなかった。米国が覇権を喪失すると、その後の世界はどんなものになるのか。その答えは、すでに現実の動きとして出てきている。08年秋のリーマンショックの直後、それまで事実上、世界経済の最高意思決定機関だったG7(サミット)が、G20に取って代わられた。あの転換が、米国の覇権の弱まりと、きたるべき新たな世界の覇権構造のありようを指し示すものとなっている。G20には、米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア、日本というG7諸国と、中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカというBRIC諸国に加え、メキシコ、アルゼンチン、トルコ、サウジアラビア、インドネシア、オーストラリア、韓国という各地域の主要な諸国、そしてEUの、合計20カ国が参加している。

 G7は、71年のニクソンショックで金本位制を失って弱体化したドルを、米国以外の先進国が為替市場への協調介入などによって支え、ドルを基軸とする戦後の国際通貨体制を維持するために作られた。G7が作られたのは85年のプラザ合意の時だが、この時G7は初めて創設されたのでなく、70年代後半から存在していた先進諸国政府間の秘密の為替介入協定を85年に公然化し、G7と名乗った。冷戦終結とソ連崩壊後、ロシアが加盟してG7はG8となったが、これは当時のレーガン政権の米国が、ゴルバチョフ政権のソ連に対し、冷戦の対立をやめて米露(米ソ)が協調関係になるなら、その見返りにロシアをG7に入れてやると約束したからだった。米国中枢の諸勢力の中でも軍産複合体の勢力や、英国は、ロシアを敵視し続けたのでG7にロシアを入れることに反対で、その結果、G8は経済などの重要課題についてはロシアを外した旧来のG7体制で議論することが多かった。

 G7の目的がドル本位の基軸通貨体制を守ることだったのに対し、事実上08年秋に誕生したG20は、ドル本位に代わる別の基軸通貨体制を創設、運営していくことが目的だ(G20の枠組みは90年代末から存在していたが、リーマンショックまで大した機能を果たしていなかった。G20に参加する国々の首脳どうしが話し合うサミットも開かれたことがなかった)。G7は米国の覇権体制に他の先進諸国が協力するための機構だったが、G20は参加各国が対等な関係にあり、特に米国中心のG7諸国と、米国の従属下に入っていないBRIC諸国(中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカ)など新興諸国とが対等に議論する場になっている。国際政治システムとして、G7は米国(米英)の単独覇権体制であるのに対し、G20は多極型の覇権体制である。

 リーマンショックの直後には、G20によって通貨の多極化が進むことを示唆する発言が各国の要人から相次いで発せられた。リーマン倒産から10日後の08年9月25日には、ドイツのシュタインブリュック財務大臣が、ドイツ議会での発言で「米国は、国際金融システムにおける超大国の地位を失う。米国の弱体化と相対的に反比例するかたちで、アジアと欧州に、いくつかの新たな資本の極(センター)が台頭し、世界は多極化する。世界は二度と元の状態(米覇権体制)には戻らない」と表明した。同年10月6日には、世界銀行のロバート・ゼーリック総裁(米国人)が「G7は、もはや機能しうる組織ではない。先進国だけで集まってもダメだ。中国、ロシア、インド、ブラジル(BRIC)、南アフリカ、サウジアラビアを入れた新組織で議論しないと意味がない」と、G7の存在意義を否定し、代わりにG20を世界の経済政策の意思決定の中心に置くべきだと発言をした。ゼーリックは世銀総裁になる前、ブッシュ政権で国務副長官として、中国を「責任ある大国」にしようとする、対中覇権押しつけ戦略を展開した人だ。

 同年10月中旬にはイタリアのトレモンティ経済相が「現在、世界の基軸通貨(the currency of Bretton Woods)はドルだが、今後(の基軸通貨体制)は、他の(複数通貨による)組み合わせになるかもしれない。為替をめぐる議論が、再開されることになる」と述べた。これは、1944年以来のドル単独の基軸通貨体制が、ユーロや人民元、円などを含む複数基軸通貨の新体制に移行することを前提にした議論が、今後行われるとの示唆である。トレモンティは10月16日にも、同趣旨の発言を繰り返した。

 10月19日には、オーストリアを代表して欧州中央銀行の理事をしているエワルド・ノウォトニーが、自国のテレビで「世界の通貨システムは、ドルの一極体制が維持できなくなり、アジア・欧州・米国という三極体制に転換していく」と述べた。ノウォトニーは「世界の極となる地域の諸通貨(ユーロ、ドル、人民元、円?)の間で、固定相場制が採られることはないだろう」とも述べ、すでにEU上層部で未来の国際通貨体制について具体策が検討されていると感じさせる発言も放っている。フランスのサルコジ大統領は、G20サミットに出発する直前、パリで「サミットに出て、ドルはもはや世界で唯一の(基軸)通貨ではないと宣言する」と放言し、あとで「あれはどういう意味か」と尋ねるマスコミに対して側近が「大した意味はない」と火消しに回る一幕もあった。2008年9月15日のリーマン倒産から、11月15日のG20サミット開催までの間に、欧州の上層部では、米の覇権崩壊(ドル下落)と多極化が、予測として定着していったことがうかがえる。

 G20サミットについて、フランスのサルコジ大統領ら何人かの首脳は「第2のブレトンウッズ会議」と呼んだ。これは、G20のあり方を象徴する非常に大事なキーワードだ。ブレトンウッズ会議は、第二次大戦末期の1944年7月に、米国ニューハンプシャー州の山間のリゾート地であるブレトンウッズに、連合国側の世界の44カ国の政府の金融担当者たちが集まり、戦後の国際通貨体制を決めた会議だ。戦後の通貨体制として、米ドルのみを国際基軸通貨(貿易決済通貨)と定め、他のあらゆる通貨の為替は、ドルとの固定相場とした。そしてドルを、金と1ドル35オンスで固定するという「金本位制」の形式をとることにした。ドル基軸の国際通貨体制を守るための国際機関として、IMFと世界銀行を作ることも、この会議で決定した(ブレトンウッズ以前の世界では、世界の基軸通貨は英国のポンドだったが、英国は2度の大戦で疲弊し、覇権国として機能できなくなった。英国はその後、米国の軍産複合体と組んで冷戦構造を構築し、米国の国際戦略を乗っ取った)

 08年秋に初めて開催されたG20サミットを「第2のブレトンウッズ会議」と呼んだことは、G20サミットが、ドル基軸のブレトンウッズ体制に代わる、新たな国際基軸通貨体制を決めるための国際会議であることを示している。また、代わりの体制を必要とするということは、米国の金融バブルの崩壊によって、戦後のドル基軸体制がもう持たなくなっていることをも示唆している。新たな基軸通貨体制についてG20では、ドルに加えてユーロや円、中国人民元など複数の主要通貨や金地金の価値を加重平均したIMFの特別引出権(SDR)を活用した複数通貨型・多極型の体制にすることが検討されている。IMFは、08年秋のG20サミット後、ドル基軸体制を守るための国際機関から、多極型の新基軸体制を創設運営するG20の事務局的な国際機関に衣替えする過程に入った。

 SDRは、ドル体制が揺らぎだしたニクソンショック前の1969年、ドルに代わる通貨体制の草案としてIMFが考案した。その後、G7など先進諸国がドルを支える国際機構が生まれ、それによってドル基軸体制の崩壊が免れたため、SDRがドルに代わる通貨体制として使われることはなかった。SDRの原型は、44年のブレトンウッズ会議で英国代表だったケインズが発案した諸通貨や金地金の価値を加重平均する形式の新通貨「バンコール」(Bancor)までさかのぼれる。ブレトンウッズ会議では、ケインズがバンコールを推したのに対し、米国代表はドルを単独の基軸通貨として使うことを提唱して対立し、最終的に米国案が採用され、ドル基軸が戦後の通貨体制と決まった。SDRは各国政府間の決済機能であり、一般の人々が使う通貨になりえないので、ドルに取って代わることは難しいという見方がある。だがSDRはIMFがドルに代わる通貨体制として構想したシステムなのだから、今後、SDRをドルに代わる通貨体制として使うことは可能だ。

▼意外と安定的な多極型世界体制

 ドルの単独基軸制は、米国が世界の唯一の覇権国(世界のことを意思決定する国)である戦後の国際政治体制(米国覇権体制。パックス・アメリカナ)と連動していた。米国が覇権をとる前には、英国が政治的な覇権国であり、同時に英ポンドが基軸通貨だった。基軸通貨の強さと、覇権国の政治的・軍事的な強さは、歴史的に表裏一体のものだ。今後、基軸通貨がSDRになると、新たな基軸通貨体制は、どこか一カ国の覇権に裏づけられたものでなくなる。この転換は、世界の政治経済体制を根幹から変質させる。従来、通貨の発行は、国家の政府のみが行うものだった。唯一の例外はEUのユーロである。

 これまでは米国が、経済的にも軍事的にも、圧倒的に世界で最も強い国だった。米国が覇権国であることは、自然な状態だった。だが今後、米国が覇権国でなくなり、ドルが基軸通貨として機能できなくなった場合、米国に代わって単独で覇権国となれる強さや規模を持った国は、今のところ存在しない。

 いずれ中国が覇権国になるという予測がよく出回るが、今のところ、中国はまだ発展途上国の範疇にいる。中国政府は、自国通貨である人民元の国際取引を自由化しておらず、人民元の為替は対ドルで事実上固定化(ペッグ)されている。中国政府は、為替を自由化した場合に想定される投資金の海外からの過剰流入や、投機筋からの攻撃を乗り越えて人民元をうまく管理できる自信がないので、元をドルにペッグしている。人民元が基軸通貨になるまでには、まだ遠い道のりがある。しかも中国は伝統的に、東南アジアや朝鮮半島、中央アジアといった自国の近隣を越えた外側の地域に対し、政治的な影響力を行使したいと考えていない。中国はアジア東部の地域的な覇権国になれるが、少なくともこれまでのところ、米国に取って代わる世界的な覇権国に単独でなることを中国政府は希望していない。多様で広大な中国は、まだ社会的に不安定だ。トウ小平が生前に残した指示もあるため、外交より内政を重視する傾向がある。

 米国と並びうる覇権勢力としてEU、ドルに代わりうる基軸通貨としてユーロを挙げる人もいる。しかしEUも、欧州を中心とした地域勢力だ。東欧やコーカサス、地中海沿岸の北アフリカや中東ぐらいまでは、EUの影響圏と考えることができるが、それより外側の地域に影響力を持つことには消極的だ。EUのいくつかの国の軍隊は、NATO軍としてアフガニスタンに駐留しているが、これは米国に引っ張られて開始した例外的な行為だ。しかもEUは、まだ政治経済を統合している途中であり、EUを一つの大国としてみる場合、まだ完成されていない存在だ。

 このように、米国に代わって単独で覇権国になりうる国が、今の世界に存在していない。その代わりにありえるのが、複数の大国が各自の地域における地域覇権を持ち、それらが世界政府的な組織の下で対等かつ協調的に存在する、多極型の世界秩序だ。米国の国力が不可逆的に低下した場合、米国は南北米州大陸、もしくは北米大陸のみに影響力を行使する地域覇権国に自らを格下げするとともに、中国、EU、ロシアなどが各地域の覇権国として機能するという多極型の覇権体制がありうる。そうした世界体制における通貨として、IMFが考案したSDRを使うことができる。

 覇権とは、ある国が他の国に対し、軍事力を使わずに影響力を行使することだ。第一次大戦以後、世界的に、他の国の国家主権を侵害することは国際犯罪であり、軍事力を使った影響力の行使は禁じられている。世界の理想は、民主主義であらゆる国家が運営され、各国の民意に基づく国家の主権が最も尊重されるべきものとなっている状態だとされる。しかし、この状態が維持されるよう、強い国が世界に対して影響力を行使し続ける必要がある。そうしないと、各地の強い国が弱い国を軍事支配する状況が起こりかねない。だから、建前としては、ある国が他の国々に影響力を行使するのは悪いことだが、実際には、世界的に強い国が、他の国々に隠然と影響力を行使し、国際秩序を守るという覇権体制が必要とされる。覇権は、存在しないはずなのに存在しているものである。

 覇権が多国間に分散されているG20の多極型の覇権体制は、従来の米国単独の覇権体制に比べ、多極型の覇権体制内部での対立が起きやすい。たとえば米国と中国の対立など、世界の主要各国間に主導権争いを巻き起こしかねない。G20の諸大国の間では、歴史的に、米露(米ソ)間に冷戦があり、冷戦中は中露も対立していた。中印は戦後、何度か小競り合いの戦争をして、今も対立傾向にある。ここ数年は、米中間も軍事対立の傾向がある。G20の参加各国が協調関係を長く維持できるか疑わしい。

 だがこれらの大国間の対立の多くは、過去の世界体制の遺物であり、米国の覇権が崩れていくとともに、対立構造が解消される傾向がある。たとえば、この半世紀で最大の対立構造だった米ソ(米露)の対立は、戦後の米国の中枢で、米英仏露中の5大国が談合して国際社会の安定を維持するという、国連安全保障理事会が象徴する多極型の世界体制を運営していこうとする勢力が当初強かったのに対し、多極型の世界体制を好まなかった軍産複合体(第二次大戦で儲けた体制を維持したい米国の軍事産業や、戦時プロパガンダに協力したマスコミなど)と英国が、チャーチルが1948年の訪米時に放った「鉄のカーテン演説」を機に、ソ連や社会主義陣営(中ソ)の脅威を煽動して作り上げた敵対構造だ。

 軍産複合体は、50年に起きた朝鮮戦争で、米軍を中国国境近くまで進軍させることで、中国が北朝鮮側に立って参戦するように仕向けて成功し、米ソから始まった冷戦の敵対構造は米中に拡大した。冷戦は89年に終結したが、その後も米政界で軍産複合体の力が強く、米国の右派マスコミはロシアや中国の脅威を喧伝する傾向が依然として強い(中露の脅威を低めに評価する者に「左翼」「反米主義者」のレッテルを貼るのも作戦の一つ)ため、冷戦後の今も米露対立や米中対立の構図は残っている。しかし、すでに書いたように、米国債金利の上昇が起きてドルが崩壊するとしたら、米政府は防衛費を大幅に切り詰めざるを得ず、軍産複合体やその傘下のプロパガンダ機関の影響力が消えていき、米中枢で米露対立や米中対立を煽動してきた勢力が弱まる。ドル崩壊後の世界では、米露間や米中間の対立状態が解消されていくだろう。

 この半世紀間の世界では、米国が絡まない大国間の対立もあった。社会主義の路線対立に起因する1960−80年代の中ソ対立や、何度か小規模な国境戦争になった中国とインドの対立がそうだ。しかしこれらも冷戦構造の副産物のようなものであり、歴史的な過去の構図だ。2001年の911テロ事件以後、米国が単独覇権主義を強めたために、中国とロシアは急速に接近し、中露間のすべての国境紛争を解決した。中露は両国が協調して中央アジアや南アジア(印パ、イラン、アフガニスタンなど)の地域紛争を解決し、地域を安定化させていくことをめざした「上海協力機構」を強化している。

 かつてロシア(ソ連)は、極東地域を中国に奪われないよう、国富を投入して沿海州など極東地域の開発に力を入れていたが、最近のロシアは、中国の資本や商人軍団が極東に流入して極東開発をしていくことに同意している。ロシア政府は、シベリアの石油ガス田の開発やパイプライン建設という最重要の事業にも、中国の資本参加を許している。中露は構造的に協調関係を強化している。今後、現在予測できる範囲の将来にわたって、中露が決定的な対立構造に戻ることはないだろう。

 改善された中露関係と対照的に、インドと中国の関係は、現在あまり良くない。それは、近年の中国が、インドの敵であるパキスタンとの関係を強化しているのに加え、インドが米国の軍産複合体が構想する中国包囲網に参加しているからだ。インドは、中国が経済台頭するとともに、ロシアと結束して国際社会で政治台頭していることに脅威を感じ、米国の中国包囲網に協力している。逆にいうと今後、米国で軍産複合体の力が弱まると、インドは米国に頼れなくなる。象徴的な事象として、アフガニスタンに米軍(NATO軍)が駐留している限り、アフガンの米軍とインドが組んで東西からパキスタンを締めつける構図を採れるが、2014年に予定されているアフガンからの米軍撤退が行われると、状況は大きく変わる。

 中国とロシア、イランは、アフガンからの米軍撤退を見越して、中国の傘下に入る傾向を強めているパキスタンを通じて、その後のアフガンの安定化を実現する構想を持っている。アフガン人の地元勢力として最も強いのは、米軍侵攻前に政権を持っていたタリバンだが、タリバンはもともとパキスタン軍の諜報機関がパキスタン在住のアフガン難民たちの結成させた組織である。今もタリバンとパキスタン軍の関係は良い。米軍が撤退すると、その後のアフガンではタリバンが再台頭し、その後見人であるパキスタンと、そのさらに背後にいる中国やロシア、イランという、三重構造でアフガンの安定化が進められていくだろう。インドが米軍と組んで中国を敵視し続けていると、インドはいずれ国際的に孤立してしまう。インドは中国の台頭に脅威を感じているが、同時に、米軍のアフガン撤退後に孤立することも恐れている。

 このような状況下、上海協力機構を代表してロシアがインドに接近し、米軍のアフガン撤退と歩調を合わせてインドとパキスタンが和解していき、和解後の印パが上海協力機構に同時加盟することで印中の対立も解消し、インドも中露主導の南アジア安定化策に入る構想が続けられている。11年6月には、印パの外相会談が2年半ぶりに再開された。防衛費の削減が必要で、アフガンを撤退していかざるを得ない米国は、この動きを黙認している。インドと中国は、ロシア、ブラジル、南アフリカとともに構成する「BRIC」にも入っている。BRICは毎年サミットを開き、国際問題を協議している。インドと中国は、BRICと上海協力機構の両方の場で、協調関係を構築していける。

 ドルが崩壊し、いったん多極型の世界体制ができても、その後ずっとすべての大国間の対立が解消されるとは限らない。だが、ここに見たように、諸大国の関係を読み解いていくと、今の国際政治は、多極型世界を無理なく作っていく準備がかなり整っているということができる。こうした現状は、マスコミが中国やロシアの状況を悪く描くことに注力している観がある日本では、あまり報じられていない。

 それまで覇権争いをしていた複数の大国が、構造的かつ不可逆的な協調関係を結ぶことを決定すると、意外と強く長期的な団結力を見せることの先例としては、欧州統合(EU)がある。よく言われることとして「独仏英伊などの欧州諸国は、すべて民主主義国であり、国家規模もだいたい同じだったので、国家統合という、究極の恒久的で後戻りできない協調関係の構築を実現できた」という考え方がある。裏を返すと、G20諸国が協調して多極型の世界体制を維持していく試みは「米欧やインドのような民主主義国と、中国などの独裁国が混じっており、国家規模も違う国々が入っているので、うまくいくはずがない」という話になる。日本では、この見方が支配的で「多極型の世界体制はうまくいかないので、日本は対米従属のままでよい」という「下の句」が続けられる。

 しかし実際のところ、欧州の歴史は、独仏英など大国間の覇権争いの連続だった。第二次大戦後、冷戦終結までは、欧州(西欧)がまとめて米国の覇権下に入っていたので、欧州諸国間の争いがなかっただけだ。欧州諸国は、それまで争いばかりの歴史だったのに、冷戦後、欧州統合をやることになったら、その後は一貫して相互の協調関係を強めていく努力を続けている。民主主義とか独裁とか政治体制とは無関係に、諸大国が恒常的な協調関係を構築することは十分に可能だ。

 多極型の世界体制の歴史的な先例として、国際連合の安全保障理事会と、国際連盟の理事会の体制が存在する。これらは、いずれも米国が設立を希望して構想し、英国が構想に協力して設立されたが、設立後、英国によって世界体制としての定着が阻害されている。第一次大戦後に国際連盟が作られた時は、ウィルソン政権の米国が、英国の味方として大戦に参戦することの見返りとして、英国が米国の国際連盟設立構想に協力し、それまでの英国の覇権体制を国際連盟に委譲することになった。だが実際に米英がドイツなどに勝利して第一次大戦が終わり、国際連盟が設立されてみると、それまで約100年間の覇権国として外交や国際会議の得意な英国が、フランスなど他の大国と組んで米国の構想を骨抜きにしていき、米国がめざした多極型の世界体制は国際連盟の表向きだけになっていた。国際連盟の実際は、対戦前の英国の覇権体制を体現するだけのものになっていた。米国は国際連盟に加盟せず、欧州のことに関与しない「孤立主義」の姿勢をとった。

 その後、欧州ではドイツが再び台頭し、英国を打倒してドイツの覇権体制を作ろうとして、第二次世界大戦が起きた。米国は当初、傍観していたが、多極型の世界体制を希求していた米国は、英国の覇権に代わってドイツ(日独伊)の覇権体制が作られることを看過できなかった。再び、米国が英国の味方をして参戦する見返りに、多極型の世界体制を具現化するための国際機関として国際連合(国連)を作る構想(1941年の大西洋憲章)が米英間で合意された。第一次大戦後の国際連盟は本部を欧州のスイスに置き、米国は参加国の一つという位置づけだったが、国際連合は本部を米国のニューヨークに置き、米国自身が世界の中心として機能する形をとった。

 国連の中心は、米英仏露中の5大国が安保理常任理事国になり、談合して世界の安定を維持する体制だった。ところが、戦争が終わり、国連ができて3年後、英国のチャーチル首相が訪米時に放ったソ連の脅威を喧伝する演説(鉄のカーテン演説)を皮切りに、米ソ対立の冷戦構造が立ち上げられていき、安保理5大国の協調関係は破壊され、国連は本質的に機能不全に陥った。この状況は89年の冷戦終結まで続いた。

▼いずれG20が世界政府になる

 こうした歴史を見ると、08年のリーマンショックを機に、米国が、それまでの米英主導の世界体制の象徴だったG7に取って代わるかたちで、多極型のG20を世界経済の最高意思決定機関として置いたことは、国際連盟、国際連合に次ぐ、100年間で3度目の「多極化の試み」もしくは「世界政府設立の試み」だということがわかる。G20サミットの機構は、米国の金融危機がひどくなってドルが基軸通貨の地位を喪失し、米国の覇権体制が終わった後に立ち上がる多極型の世界体制を安定したものにするために必要な「世界政府」として機能する予定の組織として、リーマンショックの直後に創設された。G20は今、経済政策に特化した機能だが、いずれ役割が外交軍事部門にも拡大し、G20が国連と統合されて、安保理常任理事国の5大国の機能に取って代わる可能性もある。

 リーマンショックからしばらく経つと、米政府や米連銀が巨額の資金を出して金融界を救済した効果が出て、機能不全に陥っていた米国の債券金融システムが蘇生したため、米国覇権が延命し、ドル崩壊も今のところ起きていない。そのため09年以降、G20サミットが定期的に開かれても、G20が世界政府として機能する方向に展開せず、G20は大した役割を果たさないまま、世界は従前どおり米国の覇権体制下で動いている。もし、今後もずっと米金融やドルが延命するなら、G20の体制は必要とされないまま終わるのかもしれない。

 欧州や日本、中国を含め、世界の多くの国が、米国が単独覇権主義をふりかざさず、良質な覇権国として機能し続けてくれるなら、わざわざ覇権を米国から奪って多極化する必要はないと考えている。ロシアやイランなどは、米国の覇権が失墜した方が良いと考えているが、彼らは少数派だ。だが実際のところ、米金融危機が再燃し、ドルが破綻していく流れが再発すると、再びG20の機能が重視され、覇権を多極化していかざるを得ない事態になる。

 G20が果たしそうな「世界政府」という概念は、民主主義を好む人々から嫌われる傾向が強い。世界政府は、超国家的な権力として、世界各国の国家主権を制限するものになると予測され、民主主義によって作られる世界各国の国家主権を、勝手に奪っていくものだからだ。第一次大戦以後の現代世界において、民主主義に支えられた国家主権は、世界で最も尊重すべきものとされており、民主的に選出されたわけではない世界政府の権力が、上から国家主権を制限することは「悪いこと」とされている。

 国連の権限も、国家主権を侵害しないものとなっており、国連安保理がある国の国家主権を制限する決定を下せるのは、その国が人権侵害や他国への侵略など、国際的な違法行為を行ったと判断された時だけに限定されている。しかし戦後の世界体制は、世界の中で米国が圧倒的に強いという、米国の覇権を前提としたものであり、米国の覇権が失われた場合、世界の不安定化を防ぐため、何らかの代わりの覇権体制が必要であり、それが多極型にならざるを得ない以上、世界政府的な組織が求められる。

 今後、G20が事実上の世界政府として機能していくとしても、それはできるだけこっそり行われるだろう。G20が世界政府を目指しているということは、マスコミの見出しには全くならない。だが、覇権国である米英の新聞(FTなど)のコラム記事などをよく読むと、G20がドル崩壊後の世界政府として機能する予定であることを示唆するものが時々あり、そういったものに常時接している私は、多極化やG20の世界政府化が今後の流れなのだと感じざるを得ない。ちなみに、日本人は要人であっても世界の中心で起きていることに全く疎く、日本の新聞は深みのある記事を全く載せないので、いくら注意して読んでも、世界の大事な流れを感じ取ることはできない。

 現在の国連は、加盟諸国からの拠出金を財源としており、国連として独自の財源を持っていない。国連は、最大の拠出金を出してきた米国や、対米従属の国是を堅持する日本などからもらうお金に頼った運営をしており、米国の意にそぐわない意思決定が難しかった。G20は、この点の制約を受けないようにするため、世界の銀行のすべての国際金融取引にごくわずかの税率の税金をかける「トービン税」などを新設し、G20の独自財源にすることを検討している。独自の財源を持つことで、国家を超越した世界政府に近い存在となる。トービン税は、以前から国連の独自財源として検討されてきたものの、実現していない方式だ。

 G20による国際金融課税の構想には、もう一つの目的がある。課税を行う前提として、世界のあらゆる金融取引についての情報をG20、もしくはG20の財務省として機能することになりつつあるIMFが集める必要がある。これが実施されると、世界のすべての金融取引をG20当局が把握ことになる。これまでどこの国の当局からも全く把握されないままヘッジファンドなどが資金を動かせた債券金融市場やオフショア金融市場の情報も、G20当局に握られることになる。

「影の銀行システム」とも呼ばれているこれらの市場は、米英金融界の傘下にあるヘッジファンドなど投機筋が資金を蓄え、その資金は、10年春以来のギリシャ国債危機を皮切りとしたユーロ圏の国債危機など、ドルを防衛するための「金融覇権戦争」の「兵器」として使えるものだった。債券金融やオフショアの市場は、米英系の投機筋の秘密の「金融弾薬庫」である。97年のアジア通貨危機、98年のロシア金融危機なども、米英系の投機筋からの攻撃によるものだった。中国政府が人民元のドルペッグをやめられないのも、米英系の投機筋からの攻撃を恐れてのことだ。中国やロシア、EUは、米英系の投機筋が無規制・監督なしの金融市場に隠し持つ資金を使って自国の金融財政を破壊しようとすることを恐れている。

 米国が覇権国として、投機筋の攻撃的な行為を止めてくれるのなら良いが、実際には逆に、ドルが潜在的に崩壊感を強めるほど、ユーロ危機に象徴されるように、米金融界が投機筋を使ってドル防衛のため、他の有力な国の通貨や金融を攻撃する傾向が強まっている(円は、日本政府が土下座的に対米従属を堅持しているうえ、国債の95%が国内金融機関など国内勢に買われて国際化していないこともあり、攻撃されずにすんでいる)。

 今後、米国やドルの単独覇権が終わるのであれば、同時に債券やオフショアの市場の監督を強化し、ヘッジファンドなど米覇権体制の残党が、多極化を阻止するために「最期の通貨戦争」を仕掛けてくるのを未然に防がねばならない。米英の金融界はマスコミを動員して「自由市場こそ最も望ましい」という建前を言い続け、債券やオフショア市場への監督強化を回避しようとするので、中露やEUが正面から戦っても勝てそうもない。そのために、G20の財源としてトービン税を設けるという名目で、債券やオフショア市場への監督を強化し、通貨戦争の金融弾薬庫を無力化しようとしている。

 ドルが崩壊するかどうかもわからない中で、G20やIMF、BRICなどで隠然と準備されている多極型の世界体制については、当然ながら、よくわからないことが多いが、いくつか感じ取れる傾向がある。その一つは、世界が多極化していくと、EU統合を模範とする、同じ地域諸国どうしの国家統合が、アフリカや中南米で進みそうだということだ。大陸ごとに国家の統合や協調関係の構築が進むと、各大陸の地域紛争を地域内で解決していく力が強まり、多極型の世界が安定していく。

 アフリカ大陸では、エチオピアに本部を置く「アフリカ連合」が、EU型の国家統合をめざしている。アフリカ大陸は19世紀後半以来、英仏など欧州列強によって無数の国々に分断支配されていた。独立後も、分割された諸国間が対立する傾向にあり、発展が阻害されていたが、欧米はその状態をあえて放置し、アフリカに対する間接的な分断支配を続けていた。アフリカ大陸の諸国間が統合していくことは、こうしたアフリカの近現代史を根本から塗り替える画期的な動きだ。アジスアベバのアフリカ連合の本部ビルが、中国政府による援助で建てられていることも、アフリカが欧米支配から離脱しようとする動きとして興味深い。

 欧州は第一次大戦まで世界を支配していたが、第二次大戦後は国際政治的に没落し、冷戦体制下で米国(米英)に支配されてきた。冷戦終結とともに始まったEU統合は、欧州が再び自立した世界の極の一つになるための画期的な動きである。EU統合は、世界の多極化と連動した動きといえる。ドイツとフランスという、長くライバルだった欧州大陸の2大国が協力してEU統合を進めている態勢は、多極型の世界を作るための予行演習のようなものだ。

 世界最大の人口を持つ中国は、貧困層が中産階級になって内需が大幅に拡大していくことを通じて、長期的に、従来の米国に取って代わる巨大な消費市場となり、その消費力が世界経済の牽引役となる。中国は、今後の多極型の世界において、従来の世界体制下よりもずっと大きな力を持つことが予測される。しかし現在の中国は、世界が急速に多極化していくことを望んでいない。米国の軍産複合体は中国を敵視するが、中国共産党は米国の覇権が瓦解することを望まず、米国がいったん良質な覇権国に戻って中国敵視をやめたうえで、あと20年ぐらいは覇権国のままでいてほしいと思っている。その理由は、中国の内政がまだ不安定で、経済も発展途上にあるからだ。

 1970年代から97年に死去するまで中国の最高指導者だったトウ小平は、死ぬ直前に「あと50年は米国の覇権に逆らわず、国際的な影響力を拡大せず、国内の安定と発展に注力せよ」という遺言(24字箴言)を残している。トウ小平が「次の次の指導者」として選び、2012年まで最高指導者である胡錦涛は、この遺言をできるだけ忠実に守ろうとしている。その後、最高指導者になる予定の習近平も、自国の国際影響力の拡大は、目立たないようにゆっくり慎重にやろうと考えているようだ。

 中国の国際影響力を拡大させようとしているのは、中国自身でなく、米国である。米国の軍産複合体が中国を敵視し、ベトナムや台湾、日本などをけしかけて、中国と一戦交えさせようとするほど、中国の中枢では、覇権拡大に慎重な外交部などの勢力より、アジア地域での覇権拡大を主張する人民解放軍が強くなり、中国は国際影響力を拡大する方向に引っ張られていく。軍産複合体の中国敵視策は、事実上「中国引っ張り出し策」である。米国中枢には、在米華僑を通じて1911年の孫文の革命(辛亥革命)を支援したころから、中国を引っ張り上げたい、経済発展させたい、投資して儲けたいと考える人々がいた。半面、米国には、1950年の朝鮮戦争で金日成の南侵を誘発して米中対立の構造を作った軍産複合体もおり、米国の中国に対する態度は両義的、暗闘的であるが、71年のニクソン訪中以来、中国を引っ張り出そうとする勢力がしだいに強くなっている。米政府は、前ブッシュ政権時代、中国に対して「米中G2」の事実上の覇権体制を構築することを提案し、オバマ政権も中国を重視する姿勢を続けている。

 米国が中国を国際社会の主導役として引っ張り出そうとしているが、慎重に台頭していきたい中国は、米国の姿勢を性急と考え、誘いを断わる傾向だ。米中が世界を分割支配する構図であるG2より、多極型の世界体制であるG20の方が、中国にとって抵抗感が少ないはずだ。だが、中国はG20に対しても主導役でなく、08年秋にドルに代わる通貨体制の構築を掲げて初めてのG20サミットが行われた時も、中国は脇役に徹していた。主導役はフランスのサルコジ大統領やロシアのメドベージェフ大統領で、仏露の提案を米国が了承する流れでG20がG7に取って代わることになった。中央アジアや南アジアの安定化を希求する上海協力機構や、東南アジアの外交会議であるASEAN+3など、自国周辺の諸国で構成する国際組織では、中国が主導権をとっている。だが、もっと広い世界規模の合議体であるG20などでは、少なくとも今のところ、中国は目立った主導権をとりたがらない。

 中国だけでなく、EU、日本などG7諸国も、米国の覇権体制が今後も続くことを望み、多極化を歓迎しないものの、やむをえないこととして考え、準備を進めている。中国は人民元の取引自由化や国際化を進めている。EUはギリシャ国債危機の対策という口実で、EUの財政政治統合を進めている。ドイツやフランスは、冷戦構造を乗り越えるべく、ロシアとの関係強化も慎重に進めている。

 日本も09年秋に長い自民党政権が敗北して民主党の鳩山政権ができた直後、日中協調強化を意味する東アジア共同体の構想を進めるとともに、米国に対する従属的態度を縮小し、沖縄県民の基地反対の世論を煽って在日米軍の縮小を引き起こそうとする動きがあった。これは、米国の一極覇権が崩れて多極化していく世界の流れと合致するタイミングで開始されたが、国是の転換が起きると日本の権力が官僚主導から政治主導に転換するため、対米従属の国是の上に乗って戦後の日本を支配してきた官僚機構が、戦後ずっと官僚機構の傘下にいたマスコミも動員し、鳩山やその背後にいる小沢一郎に対して、濡れ衣の司法的な動きを含む攻撃を展開し、鳩山政権を短命で終わらせ、その次の菅直人政権を官僚側に取り込むなどして、日本が多極化に対応する道をふさいでいる。米国の債券金融システムが延命していることもあり、日本が対米従属への固執は、今のところ悪い結果を生んでいない。

 このように、世界は、米国覇権の延命の方向と、米覇権が自滅して多極化していく方向とがない交ぜになっている。米国で大きな金融危機が再燃すれば自滅の方向に行くし、再燃しなければ延命状態が続く。

「第3章:世界のデザインをめぐる200年の暗闘」に続く】



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