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金相場抑圧の終わり

2019年6月27日   田中 宇

6月20日、金地金の相場が、この数年間の事実上の相場上限だった1オンス1350ドルを越えて急上昇した。金相場はその後1350ドル以下に戻らず、1400-1450ドルの範囲で上下している。 ("Somebody" Finally Cares About Gold

金地金は、基軸通貨であるドルの究極のライバルだ。ドルは1971年まで金本位制(ブレトンウッズ体制)の中にあり、ドルの価値は金地金に依存し、ドルは金地金に支配され、金地金はドルより上位にあった。だが1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)でドルと金の連携が切れた後、ドルは金地金に反逆した。金地金や金本位制が古臭いものとして切り捨てられる一方、ドルは85年の米英金融自由化の開始以降、レバレッジを拡大して負債の上に負債を重ねる「債券金融システム」として生まれ変わり、08年のリーマン危機まで30年あまりの金融バブル膨張を経験した。 (金地金の復権

米国覇権の放棄と覇権の多極化を目指していたニクソン大統領は、戦後ドルを過剰に発行し続けた挙句に引き起こされた金ドル交換停止によって、ドルと米国の覇権を崩壊させようとしたのだろう。だが、ニクソンの敵である米覇権運営側(金融界、諜報界)は、ドルが債券金融システムとして金地金と無関係に価値をふくらませていくのだと人々に信じこませる新体制(プロパガンダ本位制、バブル本位制)をマスコミや権威筋を動員して構築した。71年以来起きていることは、金地金に対するドルのクーデター、価値の覇権の乗っ取り、長期的な価値の歪曲である。 (ニクソンショックから40年のドル興亡

30年間の債券金融システムは結局のところ「ドルはいくら増刷しても価値が減らないんだ。無から有を生み出せるんだ」と人々を軽信させ続ける巨大なネズミ講、錬金術だった。ネズミ講を軽信する人々は金融投資によって大儲けした半面、金融システムをネズミ講だと批判する人々は得しないばかりでなく、「間抜けな素人」「陰謀論者」として馬鹿扱いされた。自分は賢いと思っている大方の人々がどちらの側につくべきかは、明らかだった。 (陰謀論者になったグリーンスパン

だが、バブルやネズミ講はいずれ行き詰まって崩壊する。00年のIT株バブル崩壊あたりから、債券金融システムの30年間のネズミ講の行き詰まりが始まった。00年まで1オンス200-300ドル台だった金相場はそれ以降、上昇過程に入った。ドルと債券のネズミ講が行き詰まり、バブルが崩壊して、古臭くて野蛮な金本位制的なものが忽然と復活していく過程が、この時点からすでに始まっていたことになる。 (暴かれる金相場の不正操作

しかし、人類を軽信させるネズミ講の威力はすごかった。金相場が上昇基調に入る前後の99-02年の底値の時期に、英国政府は、それまで大事に持っていた金地金の備蓄の半分を売却してしまった。最近の「EU離脱」につながる英国の自滅策の発露である。おそらく、米国だけでなく英国の上層部(諜報界)にも巣食っている多極型覇権体制の信奉勢力(隠れ多極主義者。資本の側。ロスチャイルド!)が、戦後の米国覇権体制の黒幕である英国を自滅させることで多極化を促進する(英国に多極化を妨害させない)ため、英国の政府やエリート層を騙して自滅策を取らせている。 (Sale of UK gold reserves, 1999–2002 - Wikipedia) (資本の論理と帝国の論理

英国の金売却に象徴されるように、30年の債券金融バブルが行き詰まりを強めても、エリート・支配層を含む人類のほとんどはそれに気づかず、金融システムが詐欺であり、それが行き詰まっていると指摘する人々が素人・馬鹿扱いされる状況が今日まで続いている。 (中央銀行がふくらませた巨大バブル

00年に1オンス200台だった金相場は、ドルと債券金融ステムが崩壊したリーマン危機の08年に1000ドルを超え、2012-13年には1800ドル台まで高騰した。だがこの時期、リーマン後のバブル延命策である米国系中央銀行群によるQE策(ドル増刷による債券の買い支え)が定着し、QEで作られた資金の一部を使って金先物(現物とのつながりが実は詐欺である金ETFなど)が売られ、地金の実需でなく先物売によって金相場を引き下げる体制が加速した(金相場引き下げの体制はリーマン危機直後からあった)。14年以降、金相場が1350ドルに達するたびに引き下げが発動されて急落する状態が続いてきた。ドルの基軸通貨性(覇権)を維持したい米国の金融界・諜報界は、永久に金相場の上昇を防ぎたかった。 (操作される金相場) (操作される金相場(2)

14年以来、金相場は抑圧された日々を送ってきたが、この時期は同時に、それまで(後進国だったがゆえに)世界の金相場の価格形成に全く関与していなかった中国が、金相場の形成に関与するようになり、しだいに中国が金相場の主導権を(米英の隠れ多極主義勢力によって)握らされていった、潜在的な転換期でもあった。人民元はこの時期、IMFのSDRに入れてもらうなど国際化が進んでいた。中国は上海に国際的な金相場を作り、人民元を金本位制を意識した通貨にすることで人民元の国際化をやりやすくしようとした。 (人民元、金地金と多極化

世界的な金相場の価格形成の権限は、覇権的な権限の一つだ。戦後、表向きの覇権が英国から米国に移った後も、世界の日々の金相場の形成は、米覇権の黒幕である英国のロンドンで行われてきた。そんな覇権行為である金価格形成の決定権を「敵」である中国に与えてしまって良いのか、という疑問が湧く。だが「金地金は古臭い、時代遅れの資産」という「プロパガンダ本位制」の(歪曲された)価値観に基づくなら、金価格形成の決定権を中国に与えることは「米英が中国にゴミを押し付ける」のと同じであり、むしろ米英が「省力化」のために積極的にやるべきことになる。 (「ドル後」の金本位制を意識し始めた米国と世界

中国は14年から上海金市場を整備し、人民元は16年からSDRに入れてもらい、17年末には米日欧の中央銀行群によるQEが終わりになった(米連銀からQEを肩代わりさせられていた日欧中銀がQEを終えていく姿勢になった)。中国側の主導で金相場が上昇していくかに見えた。だが結局、中国側は金相場を押し上げず、相場は1350ドルまで上がった後に再反落した。中国側が出てこないのを見て、米国側はどんどん相場を引き下げ、半年後の18年(昨年)夏には1オンス1200ドルまで下がった。中国側は、金相場の下落を看過した。これは中国側が、いずれ起きるドル崩壊(金高騰)の前に、自国(政府と民間)の金備蓄を増やしておくため、金相場の低迷をむしろ好んでいたからかもしれない。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (金相場の引き下げ役を代行する中国

今回、1350ドル以下への抑圧を破って金相場を上昇させたのも、おそらく中国側だ。6月20日以降の何度かの急上昇は、中国(上海)市場が開く朝方(とくに午前9時すぎ)に起きている。中国側が金相場に上昇に踏み切った理由は、トランプの米国が中国に理不尽な貿易戦争を吹っかけ、それが長期化することが確定的になり、これまで米国と共存共栄する体制をしばらく続けても良いと考えていた習近平の中国が、米国(ドルや米国債)の覇権体制を引き倒して多極化を早めた方が良いという考え方に転換(バランス戦略の中で、共存共栄より覇権引き倒しの割合が増加)したためだ。 (中露に米国覇権を引き倒させるトランプ

トランプは以前から、覇権放棄策を強めて中露への覇権の押し付け(多極化)を進めたいと考えてきたが、以前は米国上層部の軍産(諜報界)に阻まれてできなかった。だがトランプは、軍産との暗闘でしだいに優勢になり、今年3月にはトランプ支持者のウィリアム・バーを司法長官に据えることに成功し、バーが軍産のトランプ潰し策の中心だったロシアゲートの濡れ衣性を暴露していき、軍産がトランプに潰される傾向が強まった。トランプは好き勝手にやれるようになり、中国やロシア、イラン、インド、トルコなど、非米反米諸国が米国への敵視を強めるよう誘導する好戦策を多方面で強化し、中国とロシアが結束して米国覇権の引き倒しにかかるよう仕向けた。 (米国の覇権を抑止し始める中露) (スパイゲートで軍産を潰すトランプ

この誘導に乗って、6月5日に習近平がロシアを訪問し、プーチンと一緒に、米国の覇権(ドルの力など)を抑止しつつ、ユーラシアから米国の影響力を追い出していく新戦略を宣言した。米国とドルの覇権を抑止するには、金地金の力を強める(金相場を抑圧から解いて上昇させる)ことが必要だ。そのため、中国は6月20日に金相場を上昇させての抑圧から解放したと考えられる。この仮説に基づくなら、今後、金相場を1350ドルに向けて再下落させようとする動きがあった場合、中国当局が金相場に介入し、1400ドル以上の水準を保とうとすると予測される。明日以降はわからないが、今のところ金相場は1400ドルを超えた水準で推移している。 (中露に米国覇権を引き倒させるトランプ

「中央銀行の中央銀行」と呼ばれるBIS(国際決済銀行)は3月29日、世界の銀行の財務諸表における金地金の位置づけを、それまでのコモディティ(商品)とみなす扱いから、通貨とみなす扱いに事実上変更した。金地金を通貨とみなすことは、「古臭い」はずの金本位制の世界に戻る方向を示している。ドルが金地金を抑圧(政治犯扱い)して作った今の債券金融システム(プロパガンダ本位制)が行き詰まって崩壊寸前になっているので、BISつまり金融界でさえもが、金本位的な体制に「先祖返り」して金地金を再び通貨とみなす「名誉回復」をせざるを得なくなったと考えられる。 (Is March 29, 2019 the Day Gold Bugs Have Been Waiting for?) (Gold & Basel 3: A Revolution That Once Again No One Noticed

ここ数日、金相場が急上昇すると同時に、中露などがイランにドルを使わない国際決済を許す動き(ドル放棄、米国の権威に対する無視と反逆)、米軍がアフガニスタンから撤退する動き、ロシアがイスラエルとイランを仲直りさせようとする動き(米国は同席しつつ傍観)、トルコがNATOを捨ててロシアやイランに接近する動き、習近平が北朝鮮を訪問し、6月29日ごろにはトランプが金正恩と板門店で会うかもしれない動き、トランプが日米安保条約を破棄したいと表明したこと、中国が昨年、日本に対して安保協定を結びましょうと提案していたことが今ごろ報じられたことなど、米国覇権の放棄と多極化の動きが多方面で一気に加速・表面化している。(これらはいっぺんに起きているので今は書けない。改めて書く) (China ‘wants new security relationship with Japan’ as US trade war leaves Beijing looking for friends) (Moscow seeks Iran-Israel compromise at Jerusalem security chiefs meeting) (U.S., North Korea in Informal Talks for Third Summit, South Korea’s Moon Says

また、明日からのG20サミットではトランプの覇権放棄的な演技が予測され、米国覇権の低下が露呈しそうだ。フェイスブックのリブラも、ドルのライバルとして出てきた。もう一つのドルのライバルであるビットコインも急騰している。米露イランが同席した6月18日からのロシア主導のウファでの安保会議も、日本で全く報じられていないがとても重要だった。などなど、例が多すぎて全部列挙しきれない。これらの地政学的な急進展は、地政学的な資産である金地金の相場上昇と、矛盾なく合致している。金相場は米国と中国の対立を示している観があり、今の習近平の中国は米国に負けない姿勢を示している。金相場が1350ドル以下に戻ることは、中国が米国に負ける印象になる。中国は、こうした印象を世界に持たれることを好まない。これらの地政学的な状況からみて、金相場が今後再び1350ドル以下に向けて急落下していく可能性は低いと考えられる。 (Will US and Iranian officials be at Russia’s Ufa meeting together?) (If Gold Pulls Back, It Will Most Likely “Be Short and Shallow”) (フェイスブックの通貨リブラ:ドル崩壊への道筋の解禁

とはいえ、この記事を書いているうちに金相場が下がってきた(笑)。1400ドルをぎりぎり維持しているだけだ。最後は弱気に書いておく。政治的な長期の覇権動向と、短期の相場の上下が日々連動するとは限らず、私の政治分析が、明日以降の金相場を正確に予測していると自信を持って言うことはできない。時期的なズレが(場合によっては年単位で)発生し、私の予測が外れるかもしれないので、実際の投資は自己責任で行なってください。私自身は、投資をお勧めしません。 (金地金の多極型上昇が始まった??



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