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人民元、金地金と多極化

2015年4月26日   田中 宇

 1カ月ほど前、中国が、ロンドン金地金市場における支配権を拡大し、米英金融界がドルの強さを維持するためにやってきた金相場の下方歪曲策が無効になっていく一方、中国政府がひそかに貯め込んできた金地金を使って人民元を金本位制の国際基軸通貨の一つに昇格させるつもりでないかと書いた。 (◆金本位制の基軸通貨をめざす中国

 3月20日にロンドンの金地金市場の改革が行われ、金相場の値決めに直接携わる銀行(LBMA値決め会員)の数が増え、そこに中国の国有銀行が入ることで、米英金融界による金相場歪曲策を中国が阻止する、というのが私の予測だった。しかし、ふたを開けてみると、3月20日に新たにロンドン金市場の値決め会員になった銀行は、米国のゴールドマンサックスとスイスのUBSだけで、中国勢は入らなかった。事前のFTなどの報道は、中国勢の加盟する可能性が高いように書いてあったのだが・・・。 (No Chinese banks in new London Gold Fixing system - yet) (Gold Fix Replacement Gets More Participants, No Chinese Yet) (Chinese banks to join new Gold fix from March

 ぜんぶインチキな話か?、とも思ったが、この直後、英国が米国の反対を押し切って中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に入る話が出てきた。ロンドン金市場を監督する英国が、必死に中国にすり寄っている。もし中国が望むなら、簡単に金市場(LBMA)の値決め会員になれるはずだ。 (日本から中国に交代するアジアの盟主

 中国政府が金地金に強い関心があるという前提自体が、米国の「地金おたく」の作り話なのか?。そんな風に迷いつつも、3月20日以降の金相場の推移を見ていると、それ以前と微妙に様子が違っていることに気づいた。以前は、そろりそろりという感じで上昇した後、これでも食らえという感じで急落し、急落すると金融界の「アナリスト」らが「地金相場は1オンス800ドルまで下がるぞ」と脅しをかける展開が続いていた。しかし3月20日以降は、1オンス1200ドルをはさんだ小動きの展開がずっと続いている。上げるのも下げるのも、そろりそろりと様子を見ながらやっている。1200ドルで談合が成立しているかのようだ。 (Gold Prices for the Last 90 Days in US Dollars

 米国の「地金おたく」たちによると、中国は今すぐ地金相場を引き上げたいと考えておらず、しばらく安値を継続して地金の備蓄を増やし、いずれ少しずつ値上がりさせ、これまでの米英勢による下落歪曲分を是正するつもりだという。このシナリオに沿って考えるなら、とりあえずの1オンス1200ドルの談合はあり得る。英国政府が中国にしっぽを振っているのだから、中国の国有銀行が日々の値決めに入って値動きを監視しなくても、英国の銀行が英中政府の意を受けて相場談合をしてくれる。中国勢が値決め会員になると、米英マスコミに「中国が金相場をつり上げている」と書かれる。目立たない手口の戦略を好む中国としては、自国の銀行が値決め会員にならない方が好都合だ。 (操作される金相場

 そのうち何らかの兆候が見えてくるのでないかと思っていると、IMF世銀総会(4月17−19日)直後の4月21日、ブルームバーグ通信が興味深い記事を流した。中国政府(人民銀行)は、金地金の備蓄量について09年に1054トン(世界第8位)と発表したきりで、その後発表がないが、中国の地金輸出入などから同通信社が概算したところ、中国政府の金備蓄はその後の5年間で3倍以上になり、今は3510トン(米国に次ぐ世界第2位)になっているという。中国は、この金備蓄を人民元の信用力を増強するものとして使い、IMFが人民元を主要通貨の一つとして認めるよう求めている。主要通貨として認められると、IMFのSDR(特別引き出し権)を構成する通貨になる。SDRは現在、ドル、ユーロ、円、ポンドで構成されている。 (The Mystery Of China's Gold Holdings Is Coming To An End) (China's Stealth Gold Reserves To Quadruple as IMF Seek Answers

 IMFのラガルド専務理事は、元をSDRに入れる方向で検討していると述べている。元がSDRに入るのは時間の問題だ。 (IMF says yuan on path to inclusion in SDR basket

 中国がSDRに元を入れたければ、09年から発表していない金地金の備蓄量を発表する必要がある。金備蓄の量が多いほど、人民元は亡霊通貨でなく、金地金という実体ある価値に裏打ちされた状態になる。IMFは、毎年10月の秋の総会でSDRの構成通貨を見直す。中国政府がその前に金地金の備蓄量を発表するはずで、その量が3510トンだろうとブルームバーグは報じている。中国が発表よりはるかに多い金地金を持っていると以前から指摘してきた金融分析サイトのゼロヘッジは、人民銀行の地金保有量を3千−8千トンと概算している。 (The Mystery Of China's Gold Holdings Is Coming To An End) (China's secret Gold stockpile may be world's 2nd biggest

 中国は3・7兆ドルの外貨準備を持っている。3千トンの地金は、外貨準備全体の3%を占めるにすぎない。中国は、厳格な金本位制でなく「金本位制を意識した新通貨体制」に向かっている。米国やドイツは、外貨準備の半分以上が金地金だ。しかし、米政府が保有する8100トンの地金の大半は、地金相場を売り先物で引き下げてドルの価値を守る策をやるために金融界に貸し出され、たぶん二度と戻ってこない。米政府の金地金は「亡霊通貨」ならぬ「亡霊地金」だ。ドイツの地金の多くは敗戦後、米国に預託されたまま、米当局から米金融界に(片道切符で)貸し出されている。 (金塊を取り返すドイツ

 4月のIMF世銀総会で、人民元をSDRに入れる件は正式な議題でなかったが、各国の中央銀行幹部を集めてこの件について話す非公式な会議が開かれた。人民元だけでなく、金地金そのものをSDRに入れることも同時に検討されている。金地金のSDR入りは、金地金を通貨とみなすことを意味する。現在、金地金は多くの国で「通貨」でなく「商品」とみなされ、地金取引(地金と通貨の交換)が課税の対象だ。米国の憲法は、金銀だけしか通貨として認めてはならないと第1条の第10節の(1)に書いてあるが、実際は金銀と何の関係もない紙切れが通貨として流通している。IMFがSDRに金地金を入れ、地金が通貨として認められるようになると、世界的に地金への対応が大きく変わる。 (Gold-Backed SDR "Is Quite Likely To Happen", LSE's Lord Desai Warns) (ロン・ポールが連銀をつぶす日

 これまで米国と傘下の欧日の通貨だけで構成されてきたSDRに、金地金や、地金による裏打ちを意識した人民元が入ることは、米国覇権とドルが凋落している今の流れを象徴している。IMF世銀総会では、IMF世銀体制の外側に中国がAIIBを作ったことも、非公式な議題としてさかんに論じられた。これも米国覇権の凋落の象徴だ。IMF総会に出たインド政府の経済顧問(Arvind Subramanian)は「米国は、IMFでのBRICSの発言権を拡大したオバマと、その策の批准を拒否して話を潰した米議会の間の国内政治対立によって、世界経済を率いる役割を自ら放棄し、新興諸国に覇権を渡してしまった」と述べている。 (US Economic Decline Overshadows IMF-World Bank Meeting) (US primacy seen ebbing at global meet

 金本位制を意識した動きは、中国だけでなくBRICS全体のものだ。中国、インド、ロシアの中央銀行が、3月に金地金を大量購入した。ロシアの中央銀行は3月、ルーブルの為替が安いにも関わらず、3カ月ぶりに金地金を30トン買い増した。ロシア中銀の金備蓄の量は05年の3倍になった。インドと中国はスイスからの地金購入が急増し、3月の購入量はインドが73トン、中国が46トンだった。 (Russia Returns to Gold With Biggest Purchases in Six Months) (Big day in Gold: Russia buys more; China may reveal; India buys too

 中国だけでなくロシアも、金地金とルーブルをやんわり結びつける準金本位制に向かおうとしている。全体として、米英(アングロサクソン)は、戦後の米覇権下のブレトンウッズ体制の1オンス=38ドルの固定相場制やNATOの5条(相互参戦の義務)など、決まりを確定的に明文化、条約化することが好きだ。対照的に、今後の覇権運営者になりそうな中露などBRICSは、明文化や決まりの確定化をせず、最初から最後まで隠然とやることを好んでいる。だから今後、基軸通貨の制度が金本位制に戻っても、ニクソンショック以前のような確定的な金本位制に戻るのでなく、通貨と地金のつながりが曖昧なままになると予測される。 (Gold And Russia

(米英は、決まりを明文化し、大々的に発表したうえで、微妙な運用上あるいは秘密の諜報機関の動きとして、重要で狡猾なことをやる。条約と諜報、明確な決まりと運用上の隠微な動き、表の正義と裏のインチキの対照性が、アングロサクソン覇権の特長だ。「建前と本音の使い分け」は日本よりも米英の特長だ。日本人の本音はすぐばれるが、米英人の本音はなかなかばれない。上手にウソをつき通せるのが米欧の大人であり、日本人は子供だ)

 BRICS諸国の中央銀行は、昨年から地金の備蓄量を急増している。BRICSは、米国が、リーマン危機で壊れかけた金融システムの延命のためQE(通貨の過剰発行)や経済統計の粉飾でバブルを膨張させていると懸念している。いずれ米国発の国際金融崩壊が起こり、戦後のブレトンウッズ体制(ドル基軸)が壊れそうなので、BRICSは、ドルに代わる備蓄対象として金地金の備蓄を増やしている。BRICSは、きたるべきドル崩壊後、米国中心のIMFと世界銀行(ブレトンウッズ機関)がうまく機能しなくなることを見越して、BRICS独自の危機準備基金や開発銀行、ADB(世銀の子分であるアジア開銀)に代わるAIIBなどを設立した。中国やロシア、インドの中銀が金備蓄を増加するのは、こうした流れの中にある。 (The Stage Is Now Being Set For Gold To Be Officially Accepted As The Ultimate Reserve Money Once Again) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序

 IMFは、総会で発表した経済報告書で、米欧日のQEによるゼロ金利状況が世界の金融システムを不安定にしていると指摘している。リーマン危機の対策としてのQEが、世界の金融システムの不安定を招き、BRICSが不安定を是正しようとIMF世銀での発言力の拡大を求めたが米国の内紛で実現せず、しかたなくAIIBや人民元と金地金の基軸通貨化といった非米化・多極化を進めている。今春のIMF総会の周辺での各種の動きは、そうした動きの一環である。

 BRICS以外では、イランも金地金を貯めている。イランは米国に制裁されドルを石油ガスの決済代金に使えないため、トルコやインドなどに石油ガスを売る際、金地金を対価としてきた。イラン中央銀行は金地金を急速に蓄積し、きたるべき金本位制を意識する時代への準備を、期せずして整えている。イランを困らせるはずの米国の制裁が、イランの復活に手を貸している。さすが、米国の好戦派は隠れ多極主義者だ。 (Iran, Secret Gold and the Mystery Trade Boosting Turkish Exports

 人民元は今年中にSDRに入るだろう。元は、世界が多極型の複数基軸通貨体制に転換していくなか、基軸通貨の一つになる。一方、金地金のSDR加入はまだ先かもしれない。グリーンスパンも言うように、いずれ金地金は高騰する。しかし、その前に中国が米金融界に地金相場の再引き下げを黙認し、BRICS諸国の中銀がその下落を利用して地金の蓄積を増やすかもしれない。元や金地金の先行きを決めるのは、元や金自身でなく、ドルの延命策がいつ破綻するかによる。日銀のQEなどゼロ金利策の長期化により、日米の国債の値決めが困難になる信用不安が起きているのが、今の最大の金融不安だ。この信用不安が拡大・顕在化するかどうかが、今後しばらくの注目点だ。 (Is The Credibility Bubble Bursting?) (BoJ QE Exit "Out Of The Question," Former Official Says) (金融危機を予測するざわめき

 金地金相場は下方歪曲されてきた。「正しい」相場がどのくらいなのか気になる。それを考える際に確定せねばならないのは、今の世界にどのくらいの(すでに採掘された)金地金が存在しているかだ。世界の金地金総量を100万トンとする見積もりがあるが、この場合、50兆ドルと概算される世界の金融資産の総量を、100万トンの金地金とひもつけると、1グラム50ドル前後の今の相場でちょうどよくなり、今以上の地金相場の上昇は高すぎることになる。世界の金地金総量を20万トンとする概算もあり、この場合、金本位制になったとすると、適正な金相場が今の5倍の価格になる。金融資産の世界総量も、どこまでの範囲を考えるかによって変わってくる。この手の計算は、いつも曖昧さがつきまとう。 (There's A Lot Less Gold In The World

 金地金の再台頭は、米国の覇権が自壊し、中国などが主導する多極型の覇権体制に転換することと同期して起ころうとしている。この転換の中で、日本は自壊する米国に最後まで追従し、米国より先にQEの出口戦略の失敗から金融財政が破綻して大幅に弱体化しようとしている。まもなく行われる安倍首相の訪米は、短期的に「日米同盟を強化した」と賞賛されるだろうが、長期的には、日本の破綻への道を決定づけるものとなるだろう。 (日本をだしに中国の台頭を誘発する) (加速する日本の経済難



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