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金融危機を予測するざわめき

2014年11月15日   田中 宇

 10月末に米連銀が、ドルを大量発行して金融市場を買い支えるQE(量的緩和策)を終了した。代わりに日銀がQEを強化したが、米連銀のQEに比べると影響力が低いと金融界から指摘された。米当局による市場への資金供給が減って、株価が下落するかと思われたが、米国の株価は今月に入っても史上最高値を更新し続けている。米国のQEの終わりが金融危機につながるという懸念は払拭されたかに見える。 (Not All QE Is Created Equal as U.S. Outpunches ECB-BOJ

 しかし短期的な相場の好調をよそに、最近、金融の関係者から発せられるざわめきは「金融危機が近い」「長らく下落方向に抑圧されてきた金相場がいよいよ上昇しそうだ」といった方向性を持つものが目立つ。その最たるものは、最近の記事に書いた、グリーンスパン元連銀議長が長期的な金相場の上昇を予測したことだ。 (◆陰謀論者になったグリーンスパン

 この件は後日談がある。グリーンスパンの講演と質疑応答は、10月29日にニューヨークのCFR(外交問題評議会)で行われたが、CFRは金地金とドルをめぐるグリーンスパンの発言のうちの特に重要な部分を、口述記録から外して発表していたことが発覚した。公表された口述記録には、金地金に関して、グリスパが(政府の政策で価値がつり上げられている株や債券と対照的に)金地金の価値は、政策の範囲外にあるので(QEの政策の失敗が確定した以上)これからは金が上がるだろうと発言した部分しか載せていなかった。 (Former Fed Chief Greenspan Worried About Future of Monetary Policy

 しかし当日の出席者の中に発言を録音していた者がCFR事務局以外にもおり、その人物が録音をユーチューブで公開し、グリスパが進行役(FTの女性記者)の質問に答えて「金地金は、今もまだ、最も重要な通貨である。ドルを含め、あらゆる幽霊通貨は、金にかなわない」(Gold is a currency. It is still, by all evidence, a premier currency. No fiat currency, including the dollar, can match it)と述べていることが明らかになった。 (Alan Greenspan talks GOLD (UNCUT VERSION) YouTube) (Greenspan's Stunning Admission: "Gold Is Currency; No Fiat Currency, Including the Dollar, Can Match It"

 驚きなのは、グリーンスパンがドルを「幽霊通貨」(fiat currency)と呼び捨てたことだ。幽霊通貨とは、1971年の金ドル交換停止(ニクソンショック)によって、金地金と固定された比率で交換できる関係を失った後、価値の源泉があいまいになり、米当局がいくらでも勝手に増刷できるようになった「根なし草」状態のドル(など世界中のほとんどの通貨)を指している。価値が幽霊のように幻影的、詐欺的な通貨という意味だ(71年以後、ドルは米国の政治力、覇権国としての信頼性を担保にするようになった)。これまで、ドルを幽霊通貨と批判的に呼ぶのは、反政府運動家など、米当局の政策を強く批判する人々に限定されていた。ドルを運営する連銀の権威ある元マエストロが、ドルを幽霊通貨と呼び捨てたのは驚きだ。 (CFR: Alan Greenspan on Central Banks, Stagnation, and Gold

 口述記録に漏洩があることを指摘されたCFRは数日後、技術的な失敗を理由に漏洩があることを認めて謝罪し、問題の部分を加筆した口述記録を発表しなおした。グリーンスパンがドルを幽霊通貨と呼び捨てたことは、公式な歴史となった。この件を指摘したゼロヘッジは「連銀元議長がドルより重要だといって金地金を賞賛したのだから(米国の幽霊覇権をどうやって維持するかを常に考えているCFRとしては)口述記録に載せるわけにはいかないよね。いつものやり口『技術的な失敗』で隠したかった事情は理解できる。グリスパの発言を公式化してくれてありがとう」と書いている。 (The Council Of Foreign Relations Apologizes For The "Greenspan Glitch"

 経済問題を協議する最高位の国際機関である(G7より上位にある)G20の傘下の金融監督機関である「金融安定理事会」は最近、こんご金融危機が再発した場合、十分な対策がとれるのか懸念があると指摘している。G20では、金融危機が再発して米欧の大手銀行(シティやJPMやドイツ銀行など)が破綻に瀕した場合、公金で救済する「ベイルアウト」でなく、銀行の株主や債権者、大口の預金者などの、銀行に対する債権を強制的に放棄させる「ベイルイン」のやり方で、対処する新体制を検討している。 (An imperfect plan for fixing the next crisis

 11月16日から豪州で開かれるG20サミットでは、ベイルイン方式を今後の金融危機対策の正式な対処方法として世界的に定着させることを決議する予定だ。この決議が通ると、日本を含む世界各国で、銀行が破綻した場合に大口の預金など銀行への債権が無効化されることがあると法律で定めることになる。これは、預金が安全な資産とみなされなくなる傾向を生む。預金がダメなら金地金を買うしかないと考える人が増え、グリーンスパンの指摘どおり金相場が上昇するのかもしれない。 (Russell Napier Declares November 16, 2014 The Day Money Dies

 米国の機関投資家であるフィデリティのアナリストは最近、今が金地金の買い時だと言い出した。金融危機と債券や株の下落、金価格の上昇を予測する分析者が最近増えている。11月に入り、金相場は乱高下を続けている。 (Now Is A Good Time To Buy Gold Says Fidelity Investments) (If Everything Is Just Fine, Why Are So Many Really Smart People Forecasting Economic Disaster?

 世界の金融取引の97%は、JPモルガンやシティなど、世界の10大銀行によって行われている。金融取引の総量をふくらませているデリバティブなど架空的な取引を行っているのが10大銀行だからだ。米連銀がQEをやめても、これらの大銀行の架空的な取引が維持されている限り、金融市場は崩壊しにくいが、架空的取引が破綻すると危機が再来する。また、企業が債券発行で資金を作って自社株を買い戻す行為も、株式相場のバブル的な上昇に拍車をかけているが、自社株買いのブームも、今後いつまで続くかわからない。 (QE isn't dying, it's morphing) (Corporate buybacks fuel all-time highs - but for how long?

 米国(米欧)の金融界が、金や為替や債券の相場を不正に操作して、債券高や金地金安、ドル高などを演出してきたことも、しだいに暴露されている。英国の中央銀行では、為替取引の担当者が銀行界と結託して為替相場の不正操作に参加していたことが発覚し、英中銀は先日、行内の為替取引の統括責任者を、部下に対する監督不行き届きの責任を取らせて解雇した。また、スイスの銀行UBSを捜査していたスイス政府の金融当局は最近、金融界が為替の不正操作と同様のやり方で金相場を不正に操作し、ドルの対抗馬である金価格が上がらないように抑圧していると指摘している。金融界自身による為替や金の相場の不正操作は2年ほど前から指摘されていたが、マスコミは無視してきた。 (Swiss regulator flags attempt to manipulate bullion benchmarks) (BOE Chief FX Dealer Fired as Probe Faults Non-Escalation) (金融大崩壊がおきる

 米国などでは、政府の造幣所が発行する銀貨の需要が非常に強くなり、売り切れの状態が続いている。銀地金は、金地金以上に価格が大きく抑圧され、安値感が出ている。 (Silver price tumble triggers global scramble for coins, bars

 米経済は金融だけで持っている。金融以外の実体経済は悪化し続けている。9四半期連続で赤字増のシアーズなど、小売店の経営難はひどくなるばかりだ。ケーブルテレビの有料視聴者の減少も加速している。中産階級は有料テレビに支払う金もなくなっている。 (Sears Continues Retail Death Spiral, Still Sells A Few Useful Things) (Pay-TV `Cord Cutting' Accelerates

 住宅や商業地など不動産価格は上がったが、買っているのは実需の一般市民や実務企業でなく、銀行が融資の担保の価値をつり上げておくために債券発行した金で購入しているものだ。米国の不動産の現状は、バブル膨張の典型だ。 (Why Private Equity firms that bought thousands of single-family homes across the country are going to have trouble.

 ドルや米経済覇権の崩壊に対し、最も能動的に準備しているのはロシアと中国だ。プーチンのロシアは、米欧から制裁されて経済関係を断絶した分、中国との経済関係を強化し、人民元での貿易決済の体制を拡大している。ロシアと中国の当局は、ドルに対抗する資産として数カ月前から金地金の備蓄を急いで増やしている。米国とロシア(中露)は冷戦再来のような悪しき敵対状態に陥っているとゴルバチョフやキッシンジャーが警告しているが、新冷戦の主戦場はウクライナよりも通貨や金融の分野だ。 (China hoarding Gold to challenge U.S. dollar) (Putin stockpiles Gold as Russia prepares for economic war) (Ruble-yuan settlements will cut energy sales in US dollars - Putin) (Kissinger warns of West's `fatal mistake' that may lead to new Cold War

 米金融界は、ロシアを経済破綻させようとルーブルの為替相場を下落させ、これまではロシアの中央銀行がルーブルの対ドル・ユーロの為替相場を維持しようと備蓄資産を使って市場介入してきた。しかし最近、ロシアが中国との貿易関係を強化したことを踏まえ、露中銀はルーブルの対ドル・ユーロ為替相場を維持することを放棄し、ルーブルの為替下落を放置することを決めた。 (Russia ends dollar/euro currency peg, moves to free float

 この件は米欧マスコミで、いよいよいロシアがルーブルの破綻、経済破綻に近づいたと報じられている。しかし、ロシア政府の財政の大半は石油ガスの輸出収入であり、いまではロシアが輸出する石油ガスの最大の買い手は中国で、契約は長期で、決済は人民元で行われている。ルーブルの対ドル為替が下落しても困らないような状況を、ロシア政府は作っている(民間経済は困るが)。 (Russia Is Preparing For A "Catastrophic" Oil Price Collapse

 中国の習近平は、先日のAPECで終始プーチンを隣に置くことで、中国がロシアを擁護する姿勢を世界に示した。中国は、米国の経済覇権に真っ向から対決し始めたプーチンを助けることにしたようだ。経済制裁を逆手にとって米欧との経済関係を切り、中国と組んだプーチンが、これからどんな動きをして、米露のどちらが勝つのかが、来年にかけての国際情勢の要点になる。また、日本の円の価値が1ドル120円から145円、170円へと急速に減価していくかもしれず、ドルより先に円が幽霊通貨と化していることも今後の懸念だ。 (USDJPY 145 Next And "A Tidal Wave Of Deflation Westward"



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