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ロン・ポールが連銀をつぶす日

2010年12月24日   田中 宇

 ロン・ポールは、リバタリアン系の米下院議員である。リバタリアンは、国家(政府)の機能は秩序を保てる最小限にとどめ、個人の自由を最大限に尊重すべきだという考え方だ。リバタリアンの直訳的な意味は「自由主義」だが、日本語の自由主義は、むしろ「リベラル」「リベラリズム」の訳語である。

 リベラルとリバタンアンは、政府が個人の自由を尊重すべきだという点では同じだが、リベラルは戦後、個人の自由を尊重する社会体制を国家が作るべきだと考える志向を強め、国民に最低限の生活を保障する社会福祉や、政府(米国)はソ連など外国の独裁政権を転覆する努力をすべきだという冷戦的な考えへと変化した。リベラルは事実上「大きな政府」を支持する方に回っている。

 リバタリアンはもっと純粋かつしつこく(ラディカルに)、個人の自由を尊重するには政府の機能ができるだけ小さい方が良いとこだわり続け「小さな政府」を求めている。リベラルは「米政府は国際政治に積極関与し、圧政下の国民が各国国家を転覆する政治運動を支援するなどして、世界を良くしていくべきだ」と考える「国際主義」の傾向が強いが、リバタリアンは「米政府は世界に干渉しない方が良い」と主張し、いわゆる「孤立主義」の考え方をとっている。 (Ron Paul From Wikipedia

 ロンポールはリバタリアンらしく、個人の防衛権保持を理由とした銃規制への反対論や、中絶反対(彼は産科医でもある)、財政赤字の拡大反対などを主張してきた。だが今、彼の主張の中で、米国と世界にとって最も重要なのは、銃規制や中絶の問題ではなく、彼が「連銀(FRB)は存在しない方が良い」と考えていることだ。なぜなら、彼は間もなく米下院で連銀を監督する担当の小委員会(Financial Services Subcommittee on Domestic Monetary Policy and Technology 国内通貨政策・技術小委員会)の委員長に就任するからだ。

 この小委員会は従来、事実上、記念通貨の発行を担当するだけの役目だった。だがポールは、失われていた小委員会の本来の役割である連銀に対する監督機能を復活させ、情報を出したがらない連銀に情報公開を強いると宣言している。これは連銀のバーナンキ議長にとって最悪の悪夢だとCNNは報じている。 (Bernanke's worst nightmare: Ron Paul

▼金銀しか通貨と認めていない米憲法

 ロン・ポールが「連銀は存在しない方が良い」と考え始めたのは、1971年にニクソン大統領が、それまでのドルの金本位制を壊す金ドル交換停止を発表したことによる。このニクソンショック後、ドルの発行総額は、米当局が持っている金地金の量によって決まるのではなく、連銀が政治状況を見ながら恣意的に決められるようになった。

 連銀が十分に情報公開されている組織なら、どのような意図でいくらのドルを発行したか、人々が知るところとなるが、連銀は、連邦議会に対してもほとんど情報公開しなかった。連銀が何をしているかは、米国の政府や議会ではなく、連銀と人脈的につながっている米金融界(ウォール街)の最上層部のみが知る状況だった(今も変わっていない)。つまり連銀が発行するドルは、ニクソンショック後、米金融界の完全な「私的通貨」となった。

 当時、若手の医師だったポールは、金ドル交換停止が発表された日に、政治家になることを決めたという。彼はもっと若いころから、市場の機能を重視するリバタリアン的な経済学であるオーストリア学派の経済学を学んでいたが、同学派は、米国の通貨システムが崩壊するだろうとの予測を1960年代から発表していた。金ドル交換停止が起こり、ポールは同学派の予測が当たったことに驚くと同時に、ドルの価値が政治的に決められる時代に入ったことを悟り、政治の道に入ることを決意した。 (In Defense of our "Unalienable Rights" - An Interview with Ron Paul

 ドルはニクソンショックによっていったん崩壊し、2年後の73年には石油危機も起こり、世界経済は大不況となった。たがその後、74年結成(秘密裏)のG5や、76年結成のG7といった為替市場介入の国際的な協調体制が米英主導で作られ、ドルは、金地金と連動して価値を維持する仕組みから、世界の他の通貨がドルと連動して動くことで世界がドルを支える政治的な仕組みに転換し、国際基軸通貨としてのドルの地位は保たれた。 (Group of Five From Wikipedia

 ポールは1976年の補欠選挙で米議会下院に初当選したが、数か月後の総選挙で落選し、次に当選したのは78年だった。この時にはすでに、G7による国際談合でドルの価値が保持されるシステムができあがっていた。新人議員のポールは大したことができなかったが、初当選以降、一貫して、金地金との交換性が確保されていないニクソンショック以後のドルは、合衆国憲法に違反して発行されたものであると主張している。

 米国の合衆国憲法を見ると、第1条の第8節の(5)に「(連邦議会は、次の権限を有する)・・・貨幣を鋳造し、その価値及び外国貨幣の価値を規律し、度量衡の標準を定めること」と書いてある。つまり、貨幣の鋳造権は、連銀(中央銀行)ではなく、連邦議会が持っている。米憲法には中央銀行についての定めがない。また、米憲法の第1条の第10節の(1)には「いかなる州も・・・貨幣を鋳造し、信用証券を発し、金銀以外の物を債務支払いの弁済となし、・・・・ことはできない」と定めている。つまり全米各州は、金銀以外のものを通貨(債務支払いの弁済)として使ってはならないと定めている。貨幣の発行についての条項は、これらの2つだけだ。 (アメリカ合衆国憲法邦訳) (Thread: Ron Paul "Only gold and silver are legal tender"

 米憲法に沿って考えると、連邦議会が連銀に権限委譲してドル紙幣を発行することは合憲だろうが、ドル紙幣が金銀との交換性を持っていない場合、全米各州はそれを合法的に通貨として流通させられない。連邦議会が連銀に刷らせたドル札が、金銀との交換性を保障していれば、それは金銀と同じ価値を持つので、全米各州は合法的に流通させられる。ロンポールが「ニクソンショック後、ドルは憲法違反の通貨だ」と主張し続けるのは、こうした理由による。

▼影のシステム拡大で連銀の管理力が低下

 連銀(FRB)は、米国も巻き込まれた1907年前後の世界的な金融危機を受け、1913年の連邦準備法(Federal Reserve Act)で議会から通貨発行権を委譲されて発足した。米金融界は金融危機を意図的に悪化させ、パニックを作り出した上で米政界に圧力をかけ、どさくさ紛れに連銀法を成立させたと言われるが、一応、連銀は合法的な存在だった。だが1971年のニクソンショック後、連銀が発行するドル紙幣は違憲な存在になった。

 ドルは70年代後半以降、連銀が、日銀や西独連銀など世界の主要な中央銀行を談合に引っ張り込んで作った国際通貨システムの中で価値を維持されるようになった。85年には米英で金融が自由化され、のちに「影の銀行システム」と呼ばれる債券金融システムが誕生し、急拡大した。これは国際通貨システムの一部として機能し、実は紙切れでしかないドルが国際政治の力で価値を維持する「無から有を生む」メカニズムを拡大して、実は価値の低いジャンク債を金融界内部の談合によって高い価値を持たせるシステムだった。このシステムは20年以上うまく機能し、債券金融の拡大によって米英経済は金融主導で発展し続け、この発展が世界経済の成長を牽引した。

 この間、ロン・ポールは当選し続けたが、彼の主張はマスコミに無視され続け、彼はほとんど変人扱いされていた。ポールは議員として、連銀に委譲された通貨管理権を議会に戻すことを目指し、連銀に対し内情を開示するよう何度も要求した。だが、ポールが所属する共和党の中には、連銀を牛耳る米金融界の傀儡として機能する議員も多く、ポールの主張はなかなか通らなかった。彼はリバタリアンとして、連銀などの連邦機関の権限縮小を求めたが無理だった。

 だが、98年のアジア通貨危機と、00年の米国IT株バブル崩壊の崩壊による金融危機あたりから、影のシステムがうまく機能しなくなった。00年2月、ポールは米議会において、連銀による通貨発行量(M3)が急増し続けている問題について尋ねた時、連銀のグリーンスパン議長は「今や、通貨とは何であるかを定義するのが困難になっている。だからM3は意味のない指標になっている」と答えた。この証言が意味するところは、「もう一つの通貨」ともいうべき影の銀行システムが急拡大し、伝統的な銀行システムの指標でしかないM3で通貨発行量を計る意味は失われている、ということだ。

 連銀は、通貨の流通を管理して安定を確保するのが任務である。ポールは「連銀が通貨を定義できないとしたら、定義できない存在を管理することはできないのだから、連銀は通貨を管理できませんね」と尋ねた。グリーンスパンは「確かに、定義できないものを管理することはできません」と答えた。連銀が、影のシステムを含んだ米通貨システムを管理できなくなっていることを認めた瞬間だった。 (In Defense of our "Unalienable Rights"

▼ポールが潰す前に連銀は自滅する?

 実際にはその後、米国は経済成長を維持するために影のシステム、つまりジャンク債の発行に頼る傾向を急速に強めた。製造業など、成長できる他の要素が失われていたからだった。影のシステムは肥大化してバブルとなり、07年のサブプライム金融危機以後、バブルは崩壊過程に入った。連銀は、帳簿上だけでなく簿外勘定(メイデンレーンLLCなど)をも使い、ドルの過剰発行である「量的緩和策」を拡大して、影のシステムの不良債権を買い取り続けた。連銀は今秋から、赤字急拡大を止められない米政府発行の米国債をも買い支えている。

 こうした不健全を見て、中国などこれまで米国債を買い増してきた海外の投資家が、ドルと米国債に対する懸念を強めている。金地金市場では、中国政府が帳簿外の金地金備蓄を急増しているとの推測が飛んでいる。国際市場で直接に金を買い付けると目立つので、国内民間市場で金を買って備蓄しているようだと推測されている。中国では、民間市場の金需要が急増しているが、その一因は中国政府の備蓄用の買いにあるのかもしれない。 (China Central Bank absorbing substantial amounts of gold without disrupting market

 このようにドルの崩壊感が強まる中、議会下院で来年初からロン・ポールが連銀の監督を担当する小委員会の委員長になる。米議会では連銀に対する不信感が強まっており、それがポールの委員長就任につながったのだろう。連銀の不透明さが問題だという、ポールの主張はもはや変人扱いの対象ではない。米国民の4割は連銀の透明化を求め、2割は連銀の廃止を求めている。世論もポールを支持している。だが、連銀は何十年間も、米議会からの運営情報の開示要求を拒否し、内実の非公開を貫いてきた。ポールやその他の議員らがあらためて圧力をかけたところで、来年にどれだけの情報が開示されるかは疑問だ。 (Rep. Paul Pushes Fed To Be More Transparent

 だが、ドルや米国債に対する国際的な不信感は強まっている。ポールはフォーチュン誌のインタビューで「連銀は、私が潰す前に自滅しそうだ」と述べている。ポールらが議会で、連銀に情報開示させることに少し成功するだけで、連銀にとって不都合な事情が世界に暴露され、ドルと米国債に対する不信がいっそう強まる。今は、不信感が米国債の金利高騰など破綻的な状況に結びついておらず、潜在的な状態にとどまっているが、不信が一定以上に強まると、ある時点で一気に顕在化し、破綻的な状況が突然に起こりうる。ポールは、その引き金を引く可能性がある。そして、連銀不要論を主張してきたポールは、それを望んでいると考えられる。 (Ron Paul's Fed Focus Carries Risks

 ポールは全米に、学生など草の根的な支持者がいる。ポールは「全米各州の政府が、憲法に従って金銀の地金を通貨として認める決定を下せば、米国民はドルのほかに金銀を通貨として使えるようになり、ドルに頼る必要がなくなる」と述べており、今後もし連銀が崩壊していくなら、全米各地で金銀の地金を通貨として使おうとする運動が起こり、各州議会で金銀地金の通貨化が可決されるかもしれない。こうした展開は、今はまだ「空想」「トンデモ話」として処理されがちだ。だが、破綻的な状況はあるとき突然に起こる。今後2-3年以内に起こりうる。 (Ron Paul: Fed `monopoly' could be broken if Americans use gold, silver as currency

 ロン・ポールの息子であるランド・ポールは、先の中間選挙でケンタッキー州から上院議員に当選した。彼は「茶会派」の一部と見られている。茶会派はリバタリアン系の勢力が強いものの、どんな政策を打ち出していくかまだ不透明だ。かつて「ネオコン」が、米単独覇権主義者のふりをして実際には単独覇権をぶち壊して世界の多極化につなげたように、茶会派も、共和党の主流派や親イスラエル勢力を取り込んだようなことを言いつつ、実は主流派やイスラエルが嫌うリバタリアンの方向に事態を持っていってしまうかもしれない。ロン・ポールだけでなく、別働隊としてのランド・ポールも、今後の米政界で重要な存在になっていくだろう。 (The War Party vs. Rand Paul by Justin Raimondo



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