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金地金の多極型上昇が始まった??

2018年1月14日   田中 宇

 1月3日に「まだ続く金融バブルの延命」と題する記事を書いた。今の国際金融市場の最大の原動力は、中央銀行群によるQE(造幣して債券を買い支える)と、ジャンク債の発行を組み合わせた債券金融市場の資金調達であり、ジャンク債の低金利とQEが維持されている限り、株高・債券高・金地金安が続くと、同記事で分析した。12月中旬以来、金地金の相場が上昇しているが、ジャンク債の金利が5%台と非常に低いままなので、今年も株価の最高値更新が続く一方、近いうちに地金相場がまた下がるのでないかと予測した。 (まだ続く金融バブル

 その後、ジャンク債の金利は、依然として5%台の前半だ。1月9日に、日銀がQEによる長期日本国債の買い支えの月額を合計200億円減らす(月額を1700億円に減らす)と発表し、米国債からジャンク債までの金利が一時的に上昇したが、その後また下がり、ジャンク債の金利は5・1%台前半を保っている。米国のダウ平均株価は最高値を更新し続け、1月4日に史上初の25000ドル超えを達成した。ここまでは、まだ私の予測通りの展開だ。 (ジャンク債の金利) (US 10-year Treasury yield above 2.5% after BoJ move

 だが、金地金については、1月10日以来の3日間で、私から見て異様な動きになっている。金相場は、昨年11月に下落した後、12月10日から反転して急上昇した。それまでの下落時は、米国(NY)市場の時間帯に先物を使って相場を引き下げる動きで、ドル(不換紙幣)の究極のライバルである金地金を弱体化する米金融界や米日欧中銀群のドル延命策として行われていた観があった。12月10日以降は、米国でなくアジアの時間帯に買われて続騰し、従来と異質な動きと感じられた。米国がクリスマス休暇で薄商いのなか、中国などアジア勢が買い上げている年末の特殊事情であり、年が明けたら再び下落するのでないか、と私は予測した。 (Trump and Dow 25000

 年明け後、1月8日まで横ばい状態で、9日に値を下げたので、下落が始まったかと思ったが、10日以降、再び上昇に転じ、年末と同様、アジアの時間帯に買われて上昇する状況が再現された。12日の金曜日の米国市場の時間帯には、米国勢とおぼしき売りが入ったが、そのたびに対抗して買いが入るもみ合いの中で上昇が続き、市場関係者が上値とみなしていた1オンス1335ドルを超えた後、1335ドルに引き戻そうとする大量の売りが何度か出たが、その直後に大量の買い入って反騰する動きが繰り返され、この日の下落の試みは全て失敗し、1340ドルで今週末に入った。 (金相場の推移

 数日間のミクロな相場だけで、マクロな地政学(覇権構造の変化)の全体像を推論するのは無理がある。今後、1月後半にかけて再下落するかもしれない。だが、あえて大胆に推論すると、これはもしかして年末以来、金相場を動かす主導権が、米国から中国に移っているのでないか。これまで米国(米英)が金相場を支配して好き放題に価格を抑圧してきた体制を、中国(やロシア)が抑止しようとしているのでないか。

▼金地金をめぐる状況変化は覇権転換と連動している

 今のところまだ、ジャンク債の金利は低いし、株も最高値を更新し続けている。表向き、QEの巨大なバブルはまだ隆々としている。だが構造的には、すでに元旦から、欧州中央銀行(ECB)がQEの減額を開始した。欧州と歩調を合わせ、日銀もQEの減額を発表した。米連銀も、勘定縮小(債券放出)や短期金利の利上げによってQEから遠ざかっている。QEが終わっていくと、いずれどこかの時点でバブル崩壊が起きる。1月3日の記事で「今年末になってもまだバブルは崩壊していないのでないか」と書いたが、この予測が当たる確率は下がってきている。 (Is the bull run over?

 金地金をめぐる状況が変わるとしたら、それは世界の覇権構造の転換と連動している。まずそれを説明していく。

 戦後70年続いてきた米国の単独覇権体制は、08年のリーマン危機後、崩壊過程に入っている。米国中心の世界の金融システムが抱えていたバブルを、リーマン危機後に米当局(連銀など)がうまく収縮させていたら、米国覇権はまだしばらく続いたかもしれないが、米当局がリーマン後にやったのは、バブル収縮と逆方向の、QEなど資金注入策によってバブルを膨張させて延命することだった。 (Bill Blain: "The Market Mood Is Definitely Changed"

 この大間違いな政策により、軟着陸は不可能になり、いずれ起きる巨大なバブル崩壊によって米覇権体制(ドルと米国債の基軸体制、米国がこの30年拡大してきた債券金融システム)の崩壊が不可避になった。今のバブル膨張の最大の原動力であるQEの終了が、バブル崩壊につながるだろう。QEは覇権自滅策である(それを理解した上でバーナンキにQEをやらせた「隠れ多極主義」の黒幕が米上層部にいる感じだ)。

 現行の米単独覇権体制が崩壊すると、その後に世界を席巻しそうなるのは、中露などBRICSと欧州、米国などの地域覇権諸国が立ち並ぶ多極型の覇権体制だ。中国が米国に代わる単独覇権国になるのではない。中国の影響圏はユーラシア東部・中部だけだ。他の地域は、各地域の大国が主導的な地域覇権国となる(米国は国際影響力が縮小した後、北米地域の地域覇権国になりそう。日本は、米中の間に位置する海洋アジアの地域覇権国になり得る)。

 BRICSやG20のゆるやかな結束、中露中心の上海協力機構、中国の一帯一路、中国にすり寄るIMF、露イランによるシリア周辺の安定化、EUの軍事統合とNATOの必要性低下、覇権放棄屋トランプの登場など、多極型体制の準備・出現を感じさせる動きが、すでにいくつも起きている。

 米単独覇権体制から多極体制への転換は、米国と中露が戦争することで起きるのでない。英国からドイツへの覇権移転を阻止した2度の世界大戦の先例から「覇権は争奪されるもの」と考える人が多いが、それは少なくとも今回の場合、間違いだ。今回の覇権転換は、米国が覇権を自滅させていき、その間に中露やEUやIMFなどが多極型の新世界秩序を準備しておき、米覇権の崩壊が顕在化・具現化した後、用意されていた多極型の体制がいつの間にか世界を席巻している流れになりそうだ。

 多極体制を最も積極的に推進しているのはプーチンのロシアであるが、ロシアは資金力がないので、巨額資金を持っている中国を誘い、中露が結束して多極体制を推進している。中露は、米国から覇権を奪う行動をとらず、多極型の新体制を準備しつつ米国の自滅を待っているだけだ。覇権は奪うものでなく、転がり込んでくるものだ。多極型の準備と、米国覇権の自滅の加速(=QE、トランプなど)は、すでにリーマン危機以来の9年間に進んでいるが、人類のほとんどは、これが覇権転換の準備だと気づいていない。今後も、ほとんど報じられずに覇権が転換していくだろう。

▼多極型覇権への転換の準備のために金相場の上昇と主導権移転が必要

 覇権(世界体制)を運営する際に重要なことの一つは、通貨や金融市場、貿易などの経済ルールに関する主導権を持つことだ。米国は1980年代以来、ジャンク債やデリバティブなど錬金術的な金融技能を駆使して経済覇権を握ってきたが、この錬金術は不可避的にバブルの膨張を招く。そのためか中露は、今後きたるべき多極型世界において、米国のやり方を継承したくない。むしろ中露は、米国が1972年のニクソンショックで捨てた金本位制の方に、自分たちの通貨を安定させつつ、国際的な決済備蓄用の通貨としての地位を高めるための魅力を感じている。中露の政府や中央銀行はリーマン危機後、さかんに金地金を買い集めており、国民にも金地金の備蓄を推奨してきた。中露は、完全な金本位制でないものの、自国通貨の価値の裏づけとして金地金を利用する態勢を構築している。 (人民元、金地金と多極化) (金本位制の基軸通貨をめざす中国

 中露は、多極化の準備を進めているが、もともと中露とも通貨のシステムが割と貧弱であるため、人民元やルーブルを国際通貨にするのは容易でない。中露は、元やルーブルを手っ取り早く国際通貨に仕立てるため、金地金を買いあさっている。中露の中央銀行が金地金をたくさん持ち、金相場が上がるほど、元やルーブルに対する国際信用が強まる。中露は中長期的に、金地金の価格の上昇を望んでいる。 (Russia And China Lay Economic Foundation Based On Golden Rule

 対照的に、これまでの覇権国である米国は、金本位制を捨てて金融錬金術を拡大して覇権を維持しており、自分たち(ドルや米国債)の強さを維持するため、NYとロンドンの金市場を先物と現物がごたまぜの構造に仕立て、先物を使って金相場を歪曲的に引き下げた状態にしてきた。これまでの覇権国である米国は金相場を抑圧してきたが、今後の覇権体制を準備する中露は金相場を引き上げたい。米国が自滅し、覇権が多極型に転換する過程で、世界の金相場の主導役が米国から中露に交代し、これまで抑圧されてきた金相場が上昇傾向に転じるはずだ。

 米覇権が崩壊すると、ドルは国際基軸通貨の地位を失う。代わりの基軸通貨が必要になる。その後の世界は多極型になるだろうから、そこでは多極型の基軸通貨体制が必要になる。主要な諸通貨(ドル・ユーロ・元・円・ポンド)を加重平均したIMFのSDR(特別引き出し権)をそのまま使うか、SDRを改良して多極型の基軸通貨にする必要がある。その作業には試行錯誤など準備の時間が必要だ。ドルが崩壊してから代わりの基軸通貨を考えるのでは遅い。新たな基軸通貨に手っ取り早く国際信用をつけるには、金地金の信用力を使うことだ。SDRの諸通貨の中に、金地金を加えることが検討されている。 (David Stockman Warns "Gold Is The Only Safe Asset Left"

 元やルーブル、SDRなど多極型世界の基軸諸通貨の信用力を、金地金を使って増大させるには、まず米金融界が従来続けてきた、先物を使って地金相場を引き下げる歪曲行為をやめる必要がある。米金融界が自発的に地金相場の引き下げ行為をやめることはないので、中露、とくに巨額資金を持っている中国勢が、地金市場に殴りこみをかけ、米金融界による引き下げ行為をしのぐ大規模な引き上げ行為をやり、金相場の主導権を、米国から中国に移転させる必要がある。これをやり、金相場が上昇していくと、金地金を使って元やルーブル、SDRの信用力を増大させやすくなり、通貨部門における多極化の準備を進めやすくなる。これが、昨年末から起きている金相場の上昇の意味でないかというのが、私の今回の推論だ。

▼ロシアが金備蓄を誇示したことも連動している?

 リーマン危機後、初めてのG20サミットが開かれ、世界経済の主導役が、米覇権機関のG7から多極型のG20に移譲された。当時のブッシュ政権の米政府自身が、この移譲を発表している。米国自身が、リーマン危機によって米覇権体制が崩れ、多極型に転換していくことを認知していた。その後、米連銀がQEを開始し、リーマン危機で破綻した債券金融システムに資金を注入して延命させる措置をとった。これは米覇権を延命させることにつながり、覇権の多極型への転換も先送りされた。だが今年から、米連銀からQEを肩代わりさせられた日欧の中銀がQEをやめていく。

 今年から日欧中銀がQEをやめていくことは、米覇権の延命措置の終わりを意味し、先送りされていた覇権の多極型への転換が具現化していくことになる。ドルに代わる多極型の基軸通貨を早く準備せねばならない。金相場を動かす主導権を米国から中国など多極側勢力に移し、金相場を歪曲的な抑圧から解放し、相場上昇を容認する必要がある。それが、昨年末からの金相場上昇として具現化しているのでないかと私は考えている。

 今年から、日欧の中銀が、少しずつQEを減額していく。米連銀も資産放出や利上げによってQEから離れていく。まだしばらくの間は、うまくいけばジャンク債金利も低いままで、米欧日の株価の上昇も続く。だが、それが何年も続くとは考えにくい。いずれ大バブルが崩壊し米覇権が終焉する。それまでに、多極型の基軸通貨の準備を進めておく必要がある。そのために、日欧のQE減額を始める直前の昨年末から、中国など多極側の勢力が金相場の上昇(買い上がり)を開始し、金相場の主導権を米金融界から中国などに移す動きを始めたと考えられる。 (Ron Paul: "What Has QE Wrought?"

 現時点で、ジャンク債の金利はまだ十分に低いので、米金融界は金相場を抑圧できる力をまだ持っている。だが米政府、特に共和党は、ブッシュもトランプも覇権放棄屋の傾向があり、QEを続けられなくなって米覇権が終わるなら多極型への転換はやむを得ないと考える姿勢が強い(もっと積極的な、隠れ多極主義の傾向すらある)。米金融界にも(無極化より多極化の方がましだと)多極化を容認(歓迎)する勢力がいる(多極化は、資本の論理に合致している)。このような大きな枠で考えると、金融界の余力に関係なく、QEの終わりが見え出した現時点で、金相場の主導権が移って相場の上昇が始まっても不思議でない。 (資本の論理と帝国の論理

 もう一つ、中露が金相場を引き上げていきそうな感じにつながっているのは、ロシアの中央銀行が今年に入って、自分たちが備蓄している膨大な金地金の写真を公開したことだ。ロシアのウェブサイト「イングリッシュロシア」が1月8日、ロシア中銀の中央金庫に備蓄されている1800トンの金地金を撮影した24枚の写真集を公開した。ロシア中銀の金備蓄量は10年前、世界の金地金総量の3%を占めるだけだったが、今やそれは17%に増えている。ロシア中銀が金備蓄の写真集を公開したのは、おそらくこれが初めてだ。 (How is 1800 Tons of Gold Being Stored in Main Gold Storage of Russia

 写真を掲載した「イングリッシュロシア」は「個人のウェブサイト」を自称しているが、欧米などでかなり見られている有名なサイトだ。ロシアの上層部(プーチン?)が「ロシアはたくさんの金地金を持っている。すごいだろ」と誇示する意図で、写真の撮影と公開を許可したと考えられる。1月8日といえば、10日から今年の金相場の上昇が始まる直前だ。これから金相場が上がっていくとしたら、国力を誇示したいプーチンの意図がさらに明確になる。 (Stunning Photos From Inside Russia's "Fort Knox"

 今回の分析は、不確定要素が多い推論だ。今後、金相場が本当に上がっていくのかどうか、確証はない。中露が金地金を好んでいるのは確かで、多極化とともに金相場が上がりそうな感じも強いが、それが今であるとは言い切れない。しかし、もし今後金相場が上昇傾向になるなら、それは覇権転換の準備と関係している可能性が高い。金相場を地政学的、覇権分析的に解釈するために私の有料配信を購読している読者が意外といるのでないかと思い、生半可な推論であっても記事を配信した方が良いと考え、今回の記事を書いた。



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