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多極化の進展と中国

2009年8月7日   田中 宇

 私はこれまで何度か、中国を訪問して大学や政府系研究所の中国人の国際問題の専門家と意見交換する機会があった。最近では、中国の人々も、自国が世界の「極」の一つになることを十分に自覚している。だが、2005年に北京を訪問して、共産党青年団系の組織が主催した国際問題に関する6人ほどによる意見交換会に参加した時には、私が米国の自滅的な衰退と覇権の多極化の傾向、そして中国が世界の極の一つになるとの予測を述べたのに対し、中国側参加者(国防大学、軍事科学院、清華大学、日本研究所などの研究者)は一様に「何を言ってんだ、こいつ」という感じの怪訝な顔をした。

 中国の研究者からの発言は「米国と日本が組んで中国包囲網を強化している」「中国は、米国による封じ込めの被害者である」といった論調が主流だった。「北朝鮮核問題6カ国協議などを通じて、米国は、東アジアの地域覇権を中国に委譲しようとしている」という私の分析に、部分的にでも賛同する人はおらず、私はやんわりと「トンデモ扱い」された。この前後、私はのべ15人ほどの中国の国際政治研究者と会ったが、私の多極化論に対して「ユニークな見方で参考になりました」いう人はいても、逆に私が「なるほど」と思える中国側による世界分析には、全く出会えなかった。

 中国の専門家からの、トンデモ扱いもしくは「ユニークですね」という反応は、少し前まで日本の専門家から私が受けてきた反応と同じである。その意味で、日中の専門家は似たような水準ということもできるが、日本は対米従属を維持するため、戦後一貫して米国中枢の暗闘について「見ないふり」をしたのに対し、中国はむしろ多極化で台頭を果たせる立場にあり、日中は立場が全く異なる。中国の台頭は、中国自身の国家的意志と考える前提に立ち、私は、中国の専門家は日本の専門家と異なり、米国の覇権と衰退について私より鋭い分析をしているだろうと期待したのだが、裏切られた。

 以上は2005−06年ごろの私の経験だ。その後、米国の金融危機やテロ戦争の失敗によって米国の破綻感は強まり、世界の多極化は進み、中国は華々しく台頭している。しかし、この台頭は中国が国家的に画策した結果として実現したものではない。もし中国が能動的に台頭したのなら、911とイラク侵攻の後、遅くとも2005−06年には、中国の専門家が自国の台頭に対して自覚的になっていたはずだ。中国の専門家は全員が共産党員であり、自国の国家戦略に敏感だ。

 私が会った中国人専門家たちが、私を騙すために本質と別のことを言ったとは思えない。本質を隠す場合は、もっとうまい説明をするはずだ(米国のシンクタンク研究者を見よ)。

▼中南海に入れ知恵する米国

 私は、中国人専門家との対話から、中国が自分たちで国家戦略を立てて急速に国際台頭したわけではなさそうだと感じたが、それと裏腹に、現実の国際政治の世界では、中国はかなりうまく立ち回っている。たとえば90年代末に作られた上海協力機構(旧上海ファイブ)は、中国と中央アジア諸国の治安維持・テロ対策をテーマとした国際組織から、そこにロシアが入ってユーラシア大陸諸国の安全保障会議へと発展し、今ではインド・パキスタン・アフガニスタン・イランもオブザーバー参加し、NATOに対抗できる有力機構となったが、中国はこの間ずっと目立たないように上海機構を運営してきた。米国は、一貫して上海機構を軽視し、中露に結束を許してしまった。中露の結束を軸に、BRIC(中露印伯)4カ国の結束が生まれ、米国覇権に取って代わろうとしている。

 今春からは、中国当局はドル離れを画策し、最近では米国債を買い控え、金地金や世界各地のエネルギー利権を買い漁るとともに「ドルの基軸通貨としての地位は危ういので、代わりの国際通貨体制が必要だ」と世界に呼びかけている。対照的に日本などG7諸国は、中央銀行間で通貨スワップ協定を結ぶなど、ドルを支えることに徹し、ドルの縛りから抜けられない。もし今後、米国の財政赤字急増やドルの過剰発行が嫌気され、実際にドル崩壊の現象が起きるとしたら、中国は売り逃げしうるが、G7諸国はドルと共倒れになりかねない。 (Fed's swaps prevented dollar's crash

 米財務省は、財政赤字の穴埋めのため、今年9月末までに2兆ドルの米国債を市場に買ってもらう必要がある。だが、中国などBRICや産油国といった債権国が米国債買い控えの傾向を強める中で、2兆ドルの発行を消化しきれず、国債価格の下落(長期金利の高騰)が起きる懸念がある。ドルに対しては、日本などG7諸国より、中国の対応の方が賢明である。 (Market Review: Weakening dollar, Rising Urban Unemployment) (World Prepares to Dump the dollar

 中国によるこれらの巧妙な戦略は、誰が立案しているのか。すでに述べたように、中国の専門家には先見の明が少ない。国際情勢に関する中国のマスコミの記事も、おおむね英文からの翻訳の範囲を出ない。中国の外交官の質は、日本の外交官より、さらに低いかもしれない。私の推論は、中国の国家戦略を作っているのは、私が会ったような中堅の専門家ではなく、もっと上層の、北京の中南海(党首脳が執務する区域)の人々であり、中南海の人々は、米国の中枢(NY資本家)からのアドバイス(先読み)を参考にしているのではないかということだ。

▼上海協力機構の過小評価は意図的?

 そもそも中国の今の経済発展につながる1978年からのトウ小平による改革開放政策は、同年の米中国交正常化を受けて開始されている。米国が中国に「中国が経済を開放したら、米国主導の西側先進諸国は、中国に投資や技術供与を行うので、高度成長できますよ」と提案した結果という感じがする。

 79年の米中国交正常化は、72年のニクソン訪中に始まる一連の流れによって実現したが、ニクソン訪中は、大統領補佐官だったキッシンジャーと、キッシンジャーを政権に入れたCFR(外交問題評議会)によって立案された戦略である。第1次大戦前から米国の世界戦略を采配してきたCFRでは、第2次大戦後、ロックフェラー家(NYの資本家)が重要な役割を果たした。ロックフェラーは昔から親中国で、中国を発展させて世界経済の牽引役に仕立てる長期戦略(今でいう米中G2の戦略)を持っている観がある。

 冷戦後に「第2冷戦」を企図する「企画書」としてハーバード大学のサミュエル・ハンチントンが「文明の衝突」を書き、そこにはイスラム世界のほかに中国が、いずれ欧米の敵となる存在として示唆されている。こうした中国包囲網の考え方は軍産英複合体が好むもので、ロックフェラー的な中国台頭誘導策と対立するが、CFRでは両方の考え方を内包し、あたかも米中枢で対立がないかのような構図に仕立てられている。誰がどの戦略の黒幕か特定しにくいようにあるのが、米中枢の巧妙なところである。911事件によって、文明の衝突戦略は一気に実現したが、事件直後、デビッド・ロックフェラーが訪中し、当時の江沢民総書記と会って「テロ戦争は中国を敵としたものではありません」と伝えている。

 その後、ブッシュ政権の「テロ戦争」は、イラク戦争の泥沼など、いくつもの過激で重過失的な失策によって失敗していったが、それと並行してブッシュ政権では、ゼーリック国務副長官やポールソン財務長官といったゴールドマンサックス系の高官が、中国を「責任ある大国」になってもらうべく誘導するとともに、米中関係(G2)を、米英関係に取って代わる、米国にとって最重要の戦略的2国関係に仕立てる努力を行った。米国では、中国敵視派が退潮し、しだいに対中国協調派と交代していく展開が演出された。

 こうした流れの中で考えると、今やユーラシアの地政学的な逆転(包囲網の打破)を実現している中露中心の上海協力機構も、もしかするとCFRやロックフェラーなどが中国にアドバイスした結果、創設されたものかも知れない。米国の政府やマスコミは、上海機構を過小評価する姿勢をとり続けている。上海機構がNATOに対抗しうる大勢力になり出した2007年夏には、米国のシンクタンク「ニクソンセンター」で、中露など非欧米の諸大国が結束することで米国中心の世界体制が崩されるのではないかと懸念する「欧米抜きの世界」(A World Without the West)という研究事業が立ち上がったものの、どこからか政治的な横やりが入ったのか、研究成果は数週間後には更新されなくなった。 (Report and Retort: A World Without the West (07.01.2007)

 私が疑っているのは、中国を台頭させ、BRICを結束させて、世界の覇権構造を多極化(非欧米化)したいNY資本家勢力が、上海機構の強化など、非欧米諸国が多極化を画策していることを、軍産複合体系の人々に察知されて阻止されないよう、情報操作して、マスコミや米政界が上海機構やBRICサミットを過小評価するよう誘導しているのではないかということだ。

 これと同じ構図は、米国の不況や金融危機についても疑える。米経済は今後、再び悪化して二番底となる懸念があり、金融危機の再燃や、米国債の売れ行き悪化、金利高騰、ドル下落によるインフレなどが起きる可能性が増している。だが、米政府やマスコミは逆に「不況と金融危機は終わりつつある」と言っている。

 多極化や金融危機に関して実態と逆の価値観を人々に刷り込むと、人々は慢心して警戒や対策を怠り、最終的に起きる崩壊の被害は、警告が正しく発せられた場合に比べてはるかに大きくなる。私は、多極主義者(NY資本家)の目論見について、既存の英米中心の世界体制を崩壊させ、英米中心主義者がBRICや途上国の経済成長を抑制していたことをやめさせて、世界経済の成長力を復活させることが目的だと推測しているが、これを実現するには、米英の経済的、軍事的な覇権の崩壊の度合いが大きければ大きいほど良い。また、BRICや途上国の側が、目立たないように準備を進められるほど良い。このような理由で「上海機構は大したことない」「米金融危機は終わった」という間違い情報が流布されているのだと思われる。

 中国は今春以来、ドル離れの姿勢を強めているが、マスコミでは「中国は、米国債などドル建て資産を買いすぎて売れないという『ドルの罠』にはまっている。だから中国のドル離れは口だけだ」といった「解説」が目につく。これも、多極主義的な意図的に間違った説明に見える。 (Beijing's dollar trap - Burden of China's forex holdings

▼軍産複合体を吼えさせて中国の台頭を誘発

 中国の指導者だったトウ小平は、1989年の天安門事件で引っかけられて米欧に制裁された教訓から「(共産党中枢は)今後50年は、国内の発展と安定に専念し、国際的な覇権を目指してはならない。欧米から挑発されても頭を低くして耐えろ」という趣旨の国是(24字箴言)を残した。現指導者の胡錦涛はトウ小平が自ら選んだ後継者だから、トウ小平の遺言を守り、中露協調で米英に刃向かうとか、人民元の国際化など、できればやりたくないだろう。米国は、そんな中国側の意志を変えさせる戦術も持っている。米国の多極主義者にとって、軍産英複合体が使える点はここにある。

 軍産複合体の戦略は、ユーラシア周縁部の米英と傘下の欧日が、内陸部の中露を恒久的に封じ込めるという冷戦の構図である。米中対立を誘発維持するため、中国を怒らせる軍事・外交面での言動を断続的に行うのが軍産複合体の戦略である。だが、中国を怒らせる戦略は、適度な強さでやるなら米中対立を恒久化できるが、ブッシュの「世界強制民主化」のように、逃げ道なしで過激にやると、逆に中国は本当に脅威を感じ、これまで組む相手とみなしていなかったロシアなどとの協調を真剣に考えるようになる。

 ブッシュの過激策には、ロシアやイラン、中南米諸国なども脅威を感じていたので、これらの非米・反米諸国は結束する傾向を強めた。しかもその後、米国は、軍事でも経済でも自滅的に疲弊し、非米・反米諸国は、結束すれば従来の米英覇権体制を壊してもっと良い体制に世界を転換できると考える傾向を強めた。つまり、ブッシュ政権は、軍産英複合体の戦略を過剰にやることで、複合体の戦略をむしろ潰し、多極主義者の戦略を成功させている。

 中国は、ドルが危ないなら人民元を急いで国際化せざるを得ない、米国債を売って金地金や地下資源利権などに替えざるを得ない、と考えるようになり、これがまたドルの潜在危機を深化させている。胡錦涛は、トウ小平の24字箴言を棄てざるを得なくなった。あとは、現実の米国債やドルの崩壊が、よく言われているような、今年9月から年末にかけてのタイミングで起きるかどうかである。 (Bond Worry: Will China Keep Buying?

▼ドイツ帝国の先例

 覇権国に対抗しうる大国の台頭を誘発し、それによって世界の覇権(国際政治)体制を転換し、世界経済に新たな発展をもたらそうとする。私が見るところ、こうした「覇権ころがし」をNY資本家がやったのは、今回の中国の件が初めてではない。1871年の晋仏戦争によって誕生したドイツ帝国が先例として存在する。

 それまで無数の小国に分裂していたドイツは、東方のプロシアの主導で統合され、プロシアはオーストリアやフランスという周辺の大国との戦争に相次いで勝って国境線を確定し、ドイツ帝国を成立させた。統一され、ナショナリズムを喚起されたドイツは経済成長を遂げ、英国をしのぎ、米国に次ぐ経済大国となった。当時、ロンドンから世界経済の中心を移転しつつあったニューヨークの資本家は、ドイツ経済にさかんに投資し、欧州経済の中心を、英国からドイツに移し、大英帝国を瓦解させようとした。

 19世紀後半のドイツの台頭は、今の中国の台頭と似ているという指摘がある。ドイツ帝国と今の中国は、いずれもナショナリズムを鼓舞して国家の統一を維持し、驚異的な経済成長によって世界有数の経済大国になり、覇権国(19世紀は英国、今は米国)の衰退期と重なって、世界的なパワーバランスの転換を起こしている。ドイツ帝国は、英仏が先行していた世界的な植民地争奪戦に積極参加し、1884年にはベルリンでアフリカ分割会議を主催し、アフリカでの利権拡大を狙った。これは、最近の中国が油田やインフラ投資、経済援助などによってアフリカに影響力を拡大し、従来アフリカの支配者だった英仏を押しのけている現状と似ている。 (Wilhelmine China?

 ドイツ帝国の場合、めざましい政治台頭と経済発展を遂げたものの、英国は対抗策をとり、英独の影響力が対立するバルカン半島での戦争を皮切りに第一次大戦が起こった。英国は巧みに米国を自国の側につけ、ドイツを破り、ドイツ帝国は反乱によって崩壊し、戦後のドイツ(ワイマール共和国)は巨額の賠償を負わされた。

 ドイツ帝国と今の中国が似ているのなら、その末路も、覇権国からの反抗によって世界大戦に巻き込まれ、破綻することになりかねない。現状にあてはめると、たとえば軍産英複合体の策略によって朝鮮半島が戦争になり、米中戦争につながる展開である(だからこそ、金正日をなだめて不測の事態を防ごうと、記者解放を口実に、クリントン元大統領が訪朝した)。 (クリントン元大統領訪朝の意味

 とはいえ、ここでも多極主義者はよく考えて戦略を練り、大英帝国(今でいう軍産英複合体、英米中心主義者)を延命させる世界大戦が起きないようにしている。米政府は、前政権がイラク占領の泥沼にはまり、現政権はアフガニスタンでも占領の泥沼にはまりつつあり、米軍は過剰派兵でこれ以上の大戦争ができない。経済的にも米国は財政赤字を埋めるために中国に米国債を買ってもらわざるを得ず、中国と対立できない。米国の(隠れ)多極主義者は、過激にやりすぎて失敗することで、中国と対立できない状況を作っている。

 100年前のドイツ台頭による世界多極化は、2度の大戦を発生させ、それが英国の戦略的勝利に終わったことで多極化策は失敗し、英国が米国を牛耳って世界を動かす第2次大戦後の世界秩序となった。だが、100年後の今回は、うまく多極化が進むのかどうか。今後起きそうな金融危機の再燃と合わせ、展開を注目していきたい。



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