中国の金融がまもなく崩壊する?2014年1月23日 田中 宇中国で1月31日に「リーマンショック」に匹敵する金融大崩壊が始まるという予測が出回っている。中誠信託という大手のノンバンクが発行し、中国最大(世界最大)の銀行である中国工商銀行が販売した財テク金融商品(理財産品。企業への融資債権を債券化したもの)が、1月末の満期日に償還(投資家に満期金を返すこと)ができず債務不履行(デフォルト)になる可能性が高まっている。 (30億元煤礦信托陷入兌付危机剛性兌付神神或被打破) このデフォルトを機に、中国の金融システムの半分の残高を占めるとされるノンバンク分野(影の銀行システム)の信用が失墜して23兆ドルとされる中国の金融バブルが崩壊し、金利が高騰し、企業が倒産し、社会不安が広がって中国の共産党政権の崩壊につながるかもしれない、という予測が米日などで報じられている。 (The $23 Trillion Credit Bubble In China Is Starting To Collapse - Global Financial Crisis Next?) 問題の金融商品は、中国の山西省の炭鉱運営会社「山西振富能源集団」に対する30億元(約5億ドル)の融資を債券化したもので、2010年に発行され、買い手の投資家に年率10・5%の高利回りを約束している。債券発行者の中誠信託は、自社の儲けを乗せた年率12%前後に金利を、債務者の山西振富から受け取っていた。これは、正規の銀行融資の2-3倍の利回りだ。 (Mega Default In China Scheduled For January 31) 山西振富は、炭鉱地帯である山西省に多い民間の中小炭鉱の一つで、他の炭鉱と同様、副業として不動産や株に対する投資を行って経営を多角化した。その資金を銀行からの正規融資でまかなえないため、裏の高利貸しであるノンバンクから借りていた。その後も山西振富は非正規な資金集めに奔走し、12年には金利を払う約束とともに投資家から直接資金を集めたため、銀行法違反で副社長が逮捕された。これを機に山西振富は経営難に陥り、中国のメディアによるとすでに倒産し、残った資産は問題の金融商品の総額の3分の1以下の、5億元未満だという。 (China trust firm warns shadow bank loan may not repay-newspaper) 炭鉱など鉱山への投資や運営は、鉱脈に当たれば数カ月で大金持ちになるが、当たらなければ投資金をすべて失う。当たるかどうか、掘ってみなければわからない。高リスクで、賭博のようなものだ。山西省の炭鉱は改革開放前、すべて国営企業で掘っていたが、80-90年代の改革開放政策(経済自由化)で、民間企業が炭鉱を運営して良いことになり、大同炭鉱など大手の国営企業のほかに多くの中小炭鉱が林立した。 (マンガンぱらだいす(2)) (マンガンぱらだいす(3)) 民間の炭鉱経営者たちは、採掘に成功して金持ちになると、その資金を鉱山以外の賭博的な投資である不動産や株、商品相場などに投資(投機)することで事業を多角化することが多かった。ここ数年、中国でノンバンク(影の銀行システム)の業界が盛んになると、炭鉱経営者はそこから高利で金を借り、それを金融や不動産などに投機してさらなる高利回りを得ようとした。それが失敗すると、今回の山西振富のような破綻となる。 (Confessions of a Shanxi Coal Mining Princeling) 山西省では、山西振富以外にも「山西連盛集団」「山西新北方集団」などの民間の炭鉱運営会社が、中誠信託や吉林信託など大手のノンバンクから資金を借り、ノンバンクは炭鉱への融資債権を債券化して発行した。これらは、工商銀行や建設銀行といった大手銀行が一般の投資家に高利の財テク商品として販売したが、いずれも予定通りの償還ができない可能性が高い。1月末に山西振富の債券が償還不能でデフォルトすると、他の炭鉱の債券も連鎖的に取り付けが起きて破綻するかもしれない。山西振富だけでなく山西連盛も、すでに倒産している。 (China: First Wave Of Trust Defaults Coming, The Battle Of Wills Is On) 中国では今年、ノンバンク発行の8500件の融資債券商品が満期を迎える。満期件数は昨年の5割増で、この手の商品の急拡大を示している。これらの財テク商品の多くは元本保証がない高リスク商品で、販売した銀行は、買い手の個人投資家らにそのことを伝えているはずだが、投資家の側は「大手銀行が売っているものだから破綻しないだろう」と思って買っている。 (The world's biggest bank could become a victim of dubious Chinese lending instruments) これまで中国では、一般市民の個人投資家が買える金融商品が破綻したことがない。これまで、対企業融資を債券化した商品の償還不能(デフォルト)は、2012年に華夏銀行が販売した河南省の質屋などへの融資債券や、昨年に中信信託が販売した湖北省の鉄鋼会社への融資債券で起こったことがあるが、いずれも地方政府など第三者が代わりに資金を出し、投資家が元本を失わずにすんでいる。しかし今回の山西振富の債券では、中国史上初めて、大手銀行が販売した金融商品の本格的なデフォルトが起きるかもしれない。そのおそれを材料に、すでに中国の株価が下落している。 (Chinese Stocks Tumble On Contagion Concerns From First Shadow-Banking Default) 山西振富の債券を販売した中国工商銀行に対し、債務の肩代わりを求める声が中国で出ている。しかし工商銀行は、償還不能で投資家が損失をこうむっても肩代わりしないと発表している。工商銀行は、株価の時価総額と資産総額の両分野において、世界最大の銀行である。中国政府との関係も非常に密接だ。そんな大金持ちの銀行なのに、自行の信用を損なうであろう債券の破綻を防ぐ気がないと、工商銀行は表明している。現実的には、債券発行者の中誠信託が、山西振富の関係者から資金をかき集め、債券の総額の一部を投資家に支払い、代わりに投資家側が残金の償還の延期を了承することで、全面的なデフォルトになるのを避けるのでないかと予測されている。 (ICBC Won't Repay Troubled China Trust Product, Official Says) 山西振富がすでに倒産状態である以上、全面的か部分的かの違いはあれ、同社の債券は1月末にデフォルトするだろう。山西省の他の炭鉱の債券も連鎖的に破綻する可能性も高い。ノンバンク業界の経営危機に発展するかもしれない。しかし、それが米国にとってのリーマンショックに相当する、中国の金融システム全体の崩壊につながるかどうかは疑問だ。金融システムの危機にまでならないと分析する人は、もしシステム危機に発展しそうなら、中国政府と密接な関係にある中国工商銀行が、山西振富の債券破綻を看過しないはずだと考えている。 むしろ「システム危機にまでは発展しない」と分析する人々は「大銀行が売っている金融商品は、いくら元本保証がない高リスク商品でも、危なくなったら大銀行や中国政府が損失を穴埋めし、債務不履行に陥ることを防ぐので大丈夫だ」と考え、リスクを無視して高利回り商品を買ってきた中国の市民投資家にリスクの存在を教え込むために、中国政府はあえて山西振富の債券破綻を看過していると考えている。中国政府は昨年来、高リスクな銀行外融資(影の銀行システム)の急拡大をバブル膨張と懸念し、年末には銀行間の短期金利が急上昇するのもかまわず、あえて影のシステムへの資金流入を制限したりしている。短期金利が高騰して人々が危機感を強めると、中国政府は資金を再投入し、金利を引き下げて騒動を一段落させた。 (China's money market spikes) (China's Central Bank Eases Fears of Credit Crisis) 中国人は金儲けが大好きな「商人」の民族性があるうえ、国内の諸地域間の多様性が大きい。中央政府が微妙なやり方で経済政策をやろうとしても、地方政府や企業、中小の投資家ら国民の多くが言うことを聞かず勝手にやるのでうまくいかない。そのため中国政府は一見自滅的な荒治療をやることが多い。たとえば、広東省などの外資系メーカー(iフォンを作っているフォックスコンなど)の工場で賃上げ要求の労働争議が2010年から拡大した時、中国政府は内需拡大のために中国人の賃金を上げる好機とみて争議の拡大を黙認し、経営者が相次いで賃上げに応じる事態を作った。 (中国を内需型経済に転換する労働争議) また中国政府は、地方政府が利権を乱用した投機や汚職をやめず、中央がいくら厳しく言っても効果が今一つなので、各地のマスコミに汚職を暴露する報道をさせたり、地方政府に対する地元住民の権利擁護を求めるデモ行進や集会の開催を容認したりした。その結果中国では、年に7万件の反政府集会が行われていると公安担当大臣が自らが認める事態になり、米日の評論家らが「そんなに反政府集会が行われているのだから、中国の共産党政権は間もなく潰れる」と、中国敵視の観点から予測したが外れている。 (中国・胡錦涛の戦略) 歴史を見ても、中国人の家族意識や地縁血縁重視、金儲け主義などの強烈な伝統的民族性をすべてぶち壊さないかぎり、中国に社会主義や製造業が根付かないと考えた毛沢東の文化大革命や、その反対に経済を自由化して強烈な金儲け主義をあえて引き出すことで経済成長につなげようとしたトウ小平の改革開放など、中国の基本政策には、日本など国際的な辺境地域の人々の想像の範囲を超える過激な荒治療が多い。(文化大革命は、商業の民と言われたユダヤ人に、ドイツの製造業の精神を教え込もうとして、製造業の大規模工場だった強制収容所に入れたナチスのやり方と似ている) このように中国で、一見自滅的な荒治療の政策が多いことを考えると、中国政府が今回、山西振富の債券のデフォルト発生をあえて黙認し、市民投資家にリスクの存在を教え込もうとしているという見方が説得力を持ってくる。山西振富の債券デフォルトの可能性は2012年から報じられており、きたるべきデフォルトまで2年近くも時間的な余裕があった。この間、何もしなかったのは政府の政策と考えるのが自然だ。 (Leading Chinese trust company says some loan money at risk Jun 27, 2012) (中国大手信託会社、一部融資を回収できない可能性 2012年6月28日) こうした見方を否定する分析者は、荒治療をやるためでなく、中国政府が万策尽きたのでデフォルトに瀕していると言い、「中国の債権債務の総額は、この5年間で9兆ドルから23兆ドルに急増した。中国は5年間で米国の銀行システムと同規模のものを作ってしまった。これは明らかにバブル膨張で、いずれ必ず崩壊する」と主張している。 (The $23 Trillion Credit Bubble In China Is Starting To Collapse - Global Financial Crisis Next?) これらの他の分析者たちが発表していることとは別に、私自身が考えたことは、今回債券がデフォルトしそうな山西振富が、炭鉱というリスクの高い産業への融資であることだ。中小の炭鉱に貸した資金が返ってこないとしても、驚くべきことでない。もともと高リスクの商品が破綻しても、それが低リスク商品の破綻に広範に連鎖していく可能性は低い。 また、山西振富など中国の「影の銀行システム」の債券破綻が、米国の「影の銀行システム」の破綻であるリーマンショックと同様の全面的な中国の金融崩壊に発展するという見方があるが、中国と米国の影の銀行システムは、両方とも「ノンバンク」(銀行以外の債権債務システム)である点が同じなだけで、それ以外の本質がかなり異なる。(命名は米国が先で、中国が後から真似した) (影の銀行システムの行方) 中国の影の銀行システムは、銀行に対する規制が厳しい中で増えた、銀行以外の金融機関の融資で、日本でいう「ノンバンク」と全く同じものだ。米国の影の銀行システムは、それよりずっと先進的なもので、デリバティブ(先物市場を使った金融商品)や金融リスクに対する保険商品(CDS)、小口の債権を大量に集めて束ね、リスク(返済順位)に応じて利回りに濃淡をつけた小口の債券にした金融商品(MBS???)など、最先端で非常に専門的であるがゆえに「詐欺」や「ねずみ講」と紙一重になっている金融システムだ。米国のものに比べると、中国の影のシステムはまるで原始的で、高リスクであることが一目瞭然だ。 (世界の運命を握る「影の銀行システム」) 08年のリーマンショックは、低所得層に貸した高リスクな住宅ローンを束ねて再編することで最優良格の債券(サブプライムローン債券)として売っていたものが破綻したことを皮切りに、投資家が米国の影のシステムで売っている金融商品(債券)全体に対する信用を失ってしまい、影のシステムの商品を開発して売っていたリーマンやAIGなどが破綻したものだ。(この手の金融商品を最初に手がけ、最も多く売ってきたJPモルガンは今も延命している半面、受け売りでやっていたリーマンなどが破綻した) (世界金融危機のおそれ) 中国は、破綻しそうな山西振富への融資に象徴される影の銀行システム(ノンバンク)がなくても経済を回していける。影のシステムの縮小・解消に向けて軟着陸できるかどうかがカギだ。一方、米国では、連銀など金融当局が影の銀行システムを縮小・解消させることができず、影のシステムの不良債券を米政府が財政赤字を急増させて買い込み、それ以上買えなくなった後は連銀がドルを大量発行して債券を買い支えるQE(量的緩和策)を続けている。連銀は不健全なQEを縮小していくことを昨年末に決定したものの、QE縮小は不可避的に米国債など債券金利の高騰につながる。株価を意図的に下げて債券市場に資金を誘い込むなど、かなり危険な策が必要だ。中国より米国の影の銀行システムの方が危ない状態にある。 (金融大崩壊がおきる) 中国は、実体経済が年率7%前後の経済成長をしている。米国は今年3%成長が予測されているが、実際のところ雇用の総数が大きく減り、中産階級が減って貧困層が増え、消費も落ち込んで小売業界の経営危機が指摘されるなど、実体はマイナス成長であると考えられる。中国の統計数字は粉飾が多いというが、中国の大都市の風景は数年ごとに大きく変貌している。対照的に、米国や日本などの低成長の国では、大都市の風景にほとんど変貌がないか、逆に老朽化が目立っている。過剰投資と騒がれるものの、中国は明らかに経済が急成長している。米国は、中国に劣らず経済成長や失業率など統計数字を粉飾している。それらを踏まえて考えると、金融バブルの崩壊を吸収する実体経済の成長力も、米国より中国の方が大きい。 (揺らぐ経済指標の信頼性)
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