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中国のバブルが崩壊する?

2010年1月5日   田中 宇

 今年の世界経済のキーワードになりそうなものの一つは「国家財政危機」(公債危機。Sovereign Debt Crisis)である。昨年11月にドバイの政府系企業ドバイ・ワールドが事実上の債務不履行に陥って以来「2010年は国家財政危機の年になるだろう」といった予測をよく見かけるようになった。 (Could sovereign debt be the new subprime?

 08年のリーマン・ショック後の金融危機と、不況への対策として、各国は財政赤字を急増して景気対策や銀行救済をやったが、その結果、米英やEUの一部諸国、日本などは、巨額の財政赤字を抱えている。赤字増を放置すると、国債が忌避され金利が高騰し、財政危機に陥るが、赤字を減らそうと増税や支出減をやると、国民の怒りをかって政治不安に陥る。今後の数年間に、世界中の先進国から途上国までのあちこちで、経済と政治の危機が起きそうだ。 (Moody's warns of 'social unrest' as sovereign debt spirals

 以前の記事「ユーロの暗雲」に書いたように、財政破綻するのは米英が先か、ギリシャなどを皮切りとするEUが先かという感じだが、英米とEUが先を争うように財政難を深めていくと、漁夫の利を得て台頭しそうなのは、中国に象徴される新興市場諸国である。 (◆ユーロの暗雲

▼中国は今年、日本を抜く

 中国は今年、日本を抜いて、米国に次ぐ世界第2位の経済大国になる見通しとなった。中国政府は昨年12月25日、2008年(一昨年)の経済成長率が、これまで発表してきた9・0%ではなく9・6%だったと上方修正した。中国では、製造業に比べてサービス業の生産総額の把握が難しい(企業が脱税のため帳簿に載せない取引が多いためだろう)。 (China revises up 2008 growth to 9.6 per cent

 中国政府が精査したところ、サービス業の総規模は従来考えられていたより大きく、GDPの40・1%ではなく41・8%だった。この分が上乗せされ、中国のGDPは上方修正されて4・52兆ドルとなり、今年中に日本(4・9兆ドル)を抜くことが確実となった。 (CHINA: Deep Concerns Amid Rapid Economic Growth

 国民国家の歴史が長い欧米や、お上に対する下々の服従意識が強い日本では、政府が課税のために、企業や個人の経済行為を詳細に把握している。だが中国では、政府が経済成長を重視し出したのが1980年代で、人々の商魂がたくましすぎる(脱税・節税に余念がない)こともあり、当局が人々の経済行為を詳細・正確に把握する制度が確立していない。中国では、所得の申告漏れが非常に多く、億万長者(資産10億ドル以上)の数は、把握されている人数(130人)の2倍はいると考えられている。 (China's rich throw lifeline to the West

 中国では、公式に把握されないまま急速に経済成長し、高級品もよく売れている。中国と香港の株式市場では昨年、新規上場株の総額が516億ドルとなり、265億ドルだった米国の2倍になった。上海と深センの株式市場は、08年9月のリーマンブラザーズ倒産から昨年6月まで株式の新規上場を中止していたが、それでも中国(香港以外)昨年の上場総額は244億ドルと、米国に匹敵する額だった。 (China eclipses US in initial public offferings

▼経済を把握できず供給過剰を繰り返す

 しかし、こうした繁栄の一方で、経済状況が把握しにくく、成長神話だけ先行する状況下で投資が行われる結果、あちこちで過剰投資のバブル状態が発生する。中国政府は昨年10月、アルミニウムや鉄鋼、セメントなど7つの原材料品目の生産設備が過剰になっていると宣言し、アルミ精錬所新設の3年間の凍結など、設備の増設を抑制した。投資ブームの中、国有銀行は原材料の製造業への投資・融資を急増し、中国政府は咋年7月から何回も設備過剰への懸念を表明したが、北京政府の抑制を無視して工場の増新設を許可する地方政府が続出し、強い規制が必要になった。 (China to cut back industrial expansion

 中国政府は、生産設備の新設を抑止しただけで、生産自体を抑止していない。欧米は、中国が鉄鋼やアルミを不当に安く売り込んでくるのではないかと懸念している。中国では、産業界に対する融資の総額が、咋年8月までの1年間で前年比34%も伸びており、過剰投資の懸念がある。鉄鋼とセメントの、世界の生産と消費の半分が中国で行われている。需要が大きいだけに、供給過剰となった時の破壊力も大きい。 (A bubble in Beijing? The debate about Chinese asset prices

 リーマンショック後の中国経済は、政府による内需拡大のための財政出動によって支えられており、それが経済成長の要素の95%を占めるとも言われている。政府が内需拡大策を止めたら、中国経済は成長が大きく減速しかねない。中国では株価もすでに高すぎると言われているし、上海では商業ビルの作り過ぎで空室率が50%になっている。中国はバブル崩壊前夜だという指摘があちこちから出てきている。 (China's stock market Blindfolded on a cliff edge) (Chinese leader aims to avert bubble in property market

 12月28日には、中国の著名な経済学者(姚樹【シ/吉】。Yao Shujie)が、広東省での経済会議で、中国(沿岸諸都市)の不動産市況は明らかに供給過剰のバブルになっており、2年以内にバブルが崩壊するとの予測を発表し、人民日報がこれを報じた。バブル崩壊の見通しは、公式なものになっている。 (Economist expect real estate bubble to burst in 2 years

 中国の温家宝首相は12月27日、米欧からどんな圧力をかけられても、人民元の対ドル為替を切り上げることはしないと明言した。温家宝は、欧米は中国に為替切り上げを要求する一方で自国の保護主義政策を拡大しており、人民元切り上げを要求する欧米は中国の発展を阻害しようとしていると反論した。中国が人民元の切り上げを強く拒むのは、中国経済の牽引役がいまだに輸出であり、内需ではないことを示している。中国政府の内需転換策は、まだ初期段階である。欧米の財政難が深まって財政による経済テコ入れができなくなり、欧米経済が不況に逆戻りすると、中国から欧米への輸出が減り、中国経済も減速する。 (Wen dismisses currency pressure

 日本は自由市場経済だが中国はそうでないと思っている人が多いかもしれないが、実はそれは間違いで、日本の方が見えない輸入規制が多く、中国の方が日本より食品や各種製品、原材料の国際価格が国内価格に直結する度合いが強い。人民元がドルペッグされているため、諸通貨に対するドルの下落に合わせて、中国では食品や日用品の価格が値上がりし、インフレになる傾向が続いている。ドルが崩壊感を強める中、輸入製品の値上がりを我慢して輸出競争力を維持する現状を中国政府がどこまで続けられるか、我慢大会的な状況になっている。

 今年、米欧日では「国家財政危機」がキーワードとなりそうだが、その一方で中国では「バブル崩壊」がキーワードになりそうで、その上、米欧日が不況になると中国経済にも悪影響が出る。先進国の財政難をしり目に中国が高成長する展開にはなりにくい。

▼混乱だが多様な中国経済

 とはいえ、中国のバブル崩壊は、日本が90年代のバブル崩壊で経験した「失われた10年」のような長く大きな不調にはなりにくい。中国は80年代以来の高度成長の中で、何度もバブル崩壊を経験している。すでに述べたように、中国では経済全体の状況把握が難しいので、供給過剰に陥りやすい。しかし、中国は広大で多様性が強いので、沿岸部経済でも、加工組立・再輸出産業から発展してきた広東と、揚子江流域の莫大な人口を背景に発展してきた上海が別々に動いている要素も強く、中国全体が崩壊することには、なかなかならない。

 広東省だけを見ても、複数の方向性が絡み合っている。これまで広東省の産業の中心は労働集約型の加工組立の製造業で、内陸の貧しい地域から多くの出稼ぎ労働者を雇用し、内陸の人々に収入を与え、沿岸部と内陸部の所得格差の縮小に貢献してきた。しかし、広東省の共産党書記の汪洋(ワンヤン)は最近、労働集約型の加工組立業は国際競争が厳しく利幅が薄いので、広東省の産業は早くそこから脱皮し、もっと儲かる高付加価値のハイテク系の製造業に移行せねばならないと主張している。汪洋は、リーマンショック後の世界不況のあおりで、広東省の加工組立企業がどんどん倒産しても救わず、この苦境を逆に活用して加工組立からの脱皮を促進し、雇用は少ないが利幅が大きいハイテク系企業を増やすべきだと主張している。 (Regions won't dance to Beijing's tune

 汪洋は広東省の利益を考えて「加工組立業など潰れてしまえ」と言い放ったが、北京の共産党中央は逆に、広東省が加工組立業を繁盛させ、内陸諸省からの出稼ぎ労働者をさかんに雇用し続けてくれないと、内陸の人々の生活が向上せず、共産党に対する支持が失われかねないと考えている。昨年夏の新疆ウイグル自治区でのウルムチ暴動の背景の一つは、昨年初めからの世界不況のあおりで広東省の工場も閉鎖が相次ぎ、広東省への出稼ぎに行けないウイグル人青年が増えたことだった。 (◆ウイグルと漢族の板挟みになる中国政府

 加工組立業を脱皮してハイテク産業を育てることは、中国の産業発展にとって重要だが、同時に広東省が内陸からの出稼ぎ労働者を雇用し続けることも、中国の均衡ある発展にとって重要だ。汪洋と党中央の論争は、秘密主義の中国共産党としては異例の公開的な討論となっているが、共産党は、広東省がどうあるべきかという論議の片鱗をあえて公開して、中国経済の今後のあり方を模索しているのかもしれない。論争は、中国経済の混乱を表しているとも言えるが、多様性を示しているとも言える。重要なのはバランスだろう。

▼拡大する農村の消費

 中国経済におけるバランスの要素はいくつもある。輸出産業と内需産業とのバランスも、その一つである。総人口13億人の中国には7億2000万人の農民がいるが、農村の消費の総額は、都市での消費総額の4分の1から5分の1しかない。出発点が低く、人口が多いので、農村の消費が少し増えるだけで、中国の内需は急増する。7億農民のうち4億人は貧困層であるが、貧乏人は中産階級予備軍でもある。中国政府は昨年、農村の人々が小型自動車や家電製品を買うと、その分を免税にする実質的な補助金政策を実施し、その結果、中国は世界最大の自動車市場となった。 (China car sales reach record high

 中国は、土地がすべて国有であり、私有できないが、代わりに土地の使用権を売買できる。従来は、農地の使用権の売買は制限されていたが、中国政府は08年からそれを緩和し、農地の使用権の売買が認められるとともに、農民が自分の農地の使用権を担保に銀行から金を借りられるようになった。これにより、大規模農業が可能になるとともに、借入金によって農村の金回りは一気に良くなり、中国での内需拡大に大きく貢献した。農地の使用権をインターネット上で売買するサイトも出現した。 (土流网

 中国経済は何事も極端から極端に走る傾向があり、この展開も借金漬けになって苦しむ農民が増えることにつながりそうだが、そうした極端な状況を経てしだいに定着し、長期的に農村の経済発展が続けば、中国の中産階級を倍増させる結果になる。中国では従来、健康保険の加入率が都市で8割だったが、農村では2割だった。中国政府は昨年10月から、全国に2488ある農村の村々のうち10%で国民健康保険的な制度を開始し、いずれすべての農民が健康保険に入れるようにする計画を開始した。これも中産階級倍増計画の一つである。 (Seeds of change in rural China

 農村の消費力の増大を受けて、中国では最近、農村市場向けの衣料品や靴のブランドが相次いで生まれている。従来の中国の製造業は、外国のブランド製品を下請けで作るか、外国のブランド製品の偽物を作り、海外に輸出してきたが、最近は、下請けとして培ってきた製造技術を使って自社ブランド製品を作り、農村向けに売るメーカーがいくつも出てきた(スポーツウェアではAnta、Xtep、Peak、361など)。 (China outsourcing boomerangs on brands

 農民の収入では、まだ国際ブランド品を買えないが、その何分の1かの価格で売っている国内ブランド品は買える。大都市に住む私の中国人の知人に尋ねたところ、これらの国内ブランドはほとんど聞いたこともないということで、まだ農村市場でしか売れていないようだが、いずれ都会でも認知されるようになるだろう。中国の製造業は「偽造メーカー」「下請け」を脱しつつある。農村で売っている衣料品のブランドを都会の人が聞いたこともないというのは、日本では考えられない。中国の広さや多様性を象徴している。

▼アジアに欠けているシステム思考力

 中国経済は多様で混乱もあり、全体像の把握が困難であるがゆえに、バブルの発生と崩壊が繰り返されてきたが、バブル崩壊は広大な多様さに吸収され、日本の90年代のような大崩壊になりにくい。日本のバブル崩壊後の失われた10年は、米国を抜きたくなかった対米従属戦略の日本の大蔵官僚らが意図的にやったことではないかと疑われるが、この点も中国は、米国を抜くことへの抵抗がない。ゴールドマンサックスは、03年には「中国がGDP総額で米国を抜いて世界一になるのは2040年だろう」と予測していたが、昨年夏には「2020年に抜かすだろう」と、予測を前倒している。 (A decade of Western losses and Asian gains

 中国のGDPは、いずれ世界一になるだろうが、それでも中国が欧米を抜いて世界一になれない大事な要素がある。それは、国民の「システム的な思考力」である。中国人や日本人、韓国人などアジアの人々は、物事の全体像を自分の頭で考える傾向が弱い。欧米の人々は、世界規模や国家規模の政治経済のシステムから、企業会計の仕組み、大量生産のやり方、コンピューターのソフトウェアに至るまで、現代世界のシステムのほとんどを考案した。その背景には、考えることを「お上」に頼らず、自分の頭で考えるのが良いという価値観がある。それが欧米人の思考力、システムを思考する力である。

 日中などアジアの人々は、政府や上司の言いつけを守ることはできるが、自分の頭で考える訓練をほとんどやっておらず、システム思考力が低い。日本の場合、企業には、自社製品の技術開発や経営のシステムを思考する能力の高い人々がいたが、企業を超えて国家システムや、世界の中での日本勢のあり方については、すでに欧米人が作ったものの上に乗って動くことしかやっていない。中国は、共産党の一党独裁体制が続く限り、個人の自由な思考の涵養が阻止される。そのため、中国がアジアの覇権国になっても、世界システムを切り盛りできない。欧米の多極主義者に黒幕的に思考してもらい、中国は隠然とその言いなりになるしかない。

 私は、国際政治経済を専門とする中国の研究家と交流する機会が時々あるが、そのたびに、中国人は日本人と同じぐらいに杓子定規にしか思考できない人々であると失望する。ひどいときには、私の世界情勢分析に対して「それはあなたが勝手に考えたことでしょう」と言われたりする。私が会った中国の研究者のほとんどは、権威ある人や機関が発表したことだけが「分析」だと思っている(日本のマスコミや研究者も同じだが)。世界について「勝手に考える」ことこそ、欧米が覇権を取る際に重要だったことなのに、それがわかっていない。日本では、国際政治のシステムに対する考察は「陰謀論」と呼ばれ、疎んぜられている。中国人研究者でも、米国の大学に長くいる人はラディカルで面白かったりするので、これは東アジアの社会風土が権威重視であり「勝手な思考」を殺しているのだと考えられる。本質的な世界の多極化には、まだまだ時間がかかる。



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