世界の運命を握る「影の銀行システム」2012年11月22日 田中 宇11月18日、G20傘下の財務相会議である「金融安定委員会」(FSB)が、「影の銀行システム」の世界的な規模について、08年のリーマンショック後に61兆ドルだったものが、最近では67兆ドルまで増えているとする報告書を発表した。この額は、世界の金融総資産の約半分に当たる。 (Shadow Banking Grows to $67 Trillion Industry, Regulators Say) 影の銀行システムは、銀行の勘定外で行われるため金融当局の監督や規制を受けない取引と資産の総称だ。不動産担保債券、各種デリバティブ、MMF、CDS(債券破綻保険)などが含まれ「債券金融システム」とも呼べる。預金と融資で成り立つ従来の「表の銀行システム」の外側にあるので「影の銀行システム」と呼ばれる。表のシステムが、当局によって厳しく実態把握され管理されているのと対照的に、影のシステムは総額すら不明確で、全く管理されていない。影のシステムは、1985年の米英金融自由化によって基盤が作られ、90年代末から拡大し、2002年に26兆ドルだった総規模が、07年に62兆ドルに膨らんでいる。 (Shadow Banking: The $67 Trillion Threat to the U.S. Economy) 08年のリーマンショックの金融危機は、影のシステムにおける信用不安(債券市場の凍結)によって起きた。影のシステムは世界の金融総資産の半分を占めるので、リーマン危機によって影のシステムが部分的に崩壊しただけで、世界経済は未曾有の大不況に陥った。リーマン危機で影のシステムの総額は1兆ドル減ったが、その後再び増加に転じ、今に至っている。影のシステムは、この20年間の米国を中心とする先進国経済の持続的な成長を主導してきた。 (Banking must not be left in the shadows) 米英主導の先進諸国は製造業が不振でも経済成長してきたが、それは影のシステムが生む金融の儲けがあったからだ。影のシステムの縮小を容認すると、世界経済も縮小・崩壊する。だから世界経済の成長維持のためには、影のシステムを膨張させると再びリーマン危機のような金融バブル崩壊が起きるとわかっていても、システムを膨張させないわけにいかない。影のシステムがどうなるかが、人類の未来を握っている。人類は、ほとんどの人が気づかぬうちに「影の銀行システム中毒」にかかり、症状がしだいに重くなっている。 (影の銀行システムの行方) 米国の連銀は、経済てこ入れ策と称して、ドルを大増刷する量的緩和策(QE3)を継続している。企業の多くは先行きを懸念して投資を控え、現金を貯め込んでおり、資金需要は低い。連銀がドルを増刷しても実体経済の向上に役立たない。連銀のQE3の要点は、ドル増刷自体でなく、増刷したドルで米国債などの債券を買い支え、影のシステムの規模が拡大した分の債券の増大を連銀が吸い取ることにある。影のシステムのバブルが再崩壊したら、製造業の不況よりはるかに劇的で深刻な世界経済の崩壊が起きる。だから連銀はQE3を無期限に続けざるを得ない(連銀は、景気が回復するまでQE3を続けると言っている。景気は永久に回復しないので、QE3も永久に続くという見方が強い)。 (Investment Falls Off a Cliff) (ドル過剰発行の加速) 影のシステムが非公式な存在なので、連銀は増刷の理由をごまかし、金融でなく実体経済を救済するためにQE3をやっていると説明している。影のシステムは、公式な通貨供給量の範囲の外側にある。表の銀行システムの通貨供給を増やすとインフレになるが、影のシステムの備蓄を増やしている分には、インフレを起こさずドルを増刷できる。この20年ほど、先進諸国は通貨をいくら増刷してもインフレが起きないが、その背後に、影のシステムの増大があった。 (オバマ再選と今後) 影のシステムは世界経済の命運を握っているが、そのシステムは政府当局によって管理されていない。影のシステムは、米国勢が主導する国際金融界の自主管理下にある。つまり、ウォール街が人類の命運を握っている。85年の米英金融自由化以降、金融覇権を握っているのは、米政府でなく、米金融界である(米国は第一次大戦前から、政府より金融界の方が強い)。米政府はリーマン危機後、影のシステムの拡大を防ぎ、金融危機が再発した場合の実体経済への被害の波及を小さくすることを目指す金融改革法(ドット・フランク法)を制定した。だが、この法律は制定の過程で金融界の意を受けた議員らによって骨抜きにされ、金融界を規制する力を削がれている。 (Fed QE3 May Hit $1 Trillion as Fiscal Deadlock Persists) 影のシステムが金融界の自主管理といっても、金融界は総体としてシステムを管理する機能をもっているわけでなく、利害が一致する部分では金融界の主要各行が談合するが、それ以外では各勢力が自分たちの利益の極大化をめざして競争し、他行を出し抜こうとする。利益を出すためなら、金融機関が金融バブルを意図的に崩壊させることもある。リーマンブラザーズの倒産自体、ゴールドマンサックスやJPモルガンなどが裏ではかり、最も弱い投資銀行だったリーマンを、CDSの下落などによって破綻に突き落としたから起きた。金融界に世界の運営権を持たせている現状は、人類にとって危険だ。「市場原理主義」は、相場が右肩上がりで安定している時には良いが、リーマン危機後の昨今の混乱期には、むしろ逆効果だ。このままだと世界経済は、影の銀行システムが何とか延命している現状が崩れた段階で、再び実態把握すらできない大崩壊を引き起こし、ひどい不況に陥る。米国は、ドルを無制限に増刷することしか、危機再来を延期する手立てを持っていない。 (米金融界が米国をつぶす) 米国は、再拡大する金融バブルを管理する機能を失っている。そのため米国以外の勢力が、金融バブルの崩壊が不可避であるにしても、その後の状態を軟着陸させようと動き出している。その中心は、リーマン危機の直後に経済分野の国際協調の意思決定役をG7(G8)から委譲されたG20である。G7は米英中心の先進諸国だけの会合だが、G20はG7諸国とBRICS(中露など)、その他の新興市場諸国(韓国、サウジアラビア、メキシコなど)の20カ国で構成され、米英一極型のG7と対照的に、多極型の国際意思決定機関だ。 (G8からG20への交代) リーマン危機の直後、世界経済における国際的な最高意思決定機関がG7からG20に代わった背景には、米国が自国の金融バブルの崩壊を管理しきれなくなったことがある。政府より金融界の力が強い米国では、政府ががんばっても金融界の体質を変えられない。製造業など世界の実体経済の主導役が、先進諸国から中国など新興諸国に移る流れもあり、米政府(ブッシュ政権)はリーマン危機後、ロシアやフランスの首脳に頼み、多極型のG20が、米国覇権体制下のG7に取って代わらせた。当時は、このままドルの覇権が崩壊していきそうな危機感があった。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) だがその後、米国は政府支出の急増や連銀によるドルの増刷によって影のシステムを下支えし、金融界は何とか延命している。EUはユーロ危機になり(米英金融界が国債CDS市場でユーロを潰しにかかった)、中国は覇権拡大に時間をかけたいなど、米国以外のG20の諸大国はそれぞれ事情があり、米国自身が影の銀行システムの軟着陸を管理できるようになるのではと期待した。だが米国は結局、金融改革が骨抜きになり、連銀のドル大増刷以外に手がない。通貨増刷による金融緩和はすでに飽和しており、これ以上やると、これまでなかったインフレが急に起きる懸念が指摘されている。インフレが起こり、米国債の金利が上昇すると、米金融界は再び崩壊し、ドルの基軸性が失われ、世界経済が一気に冷え込む。 (Financial Turbulence: New Downturn in the Global Economy) (More QE could distort rather than deliver) 米国は来年初に政府支出削減と増税が同時に起きる「財政の崖」による経済打撃がひかえている。議会を握る共和党は金持ちに対する減税措置の延長を強く求め、オバマは金持ち減税の廃止だけは譲れないと言っているので、財政の崖を回避するのは困難だ。実体経済が悪いので、米国の株価はいつ急落しても不思議でない。年内の急落が必至との見方すらある。世界経済は今秋、リーマン危機後の小康状態から、新たな混乱期に入った観がある。米国の実体経済は改善せず、米国民の3人に1人が食糧配給など何らかの福祉に頼らないと生活できない「第三世界」の国と化している。 (Earnings Cliff Ahead? Profit Outlooks 90% Negative) (Traders limber up for their race to the exits) (Barack Obama and America's decline) このような危機感の再来の中で、G20が再び米金融とドルの崩壊を見据えた動きを模索し始めた。その表れが、G20の財務相会議であるFSBによる、影の銀行システムに関する今回の調査の発表だ。これは単なる調査でなく、影の銀行システムに対する規制強化を狙った動きである。G20の中でも、米金融とドルの崩壊への対策を具体的に採り始めているのは、EUと中国である。 ('Shadow banking' targeted by regulators) EUはユーロ危機の対策(を口実にした政治統合の加速)の一環として、全欧的な金融規制策を新設しているが、その中には先物市場での空売りに対する規制も含まれている。EU(独仏)は、自分たちが米英投機筋から国債先物市場を攻撃されユーロ危機を起こされただけに、空売りやデリバティブ、影の銀行システムで儲けるヘッジファンドなど投機筋を敵視し、無力化しようとしている。EUは投機を規制することで、影のシステムに対する監督や抑止を強めようとしている。EUの規制が世界的に広がると、影のシステムは窒息し、縮小を余儀なくされる。これは米国の金融危機再来につながるが、同時にユーロ危機の再発を防ぐとともに、世界を影のシステムに振り回される状態から脱却させる策でもある。 (Short-Sellers of Europe Set to Be Unmasked) (EU's `fit of pique' on CDS fuels concerns) 影のシステムは世界的な総額が67兆ドルだが、このうち米国での取引は35%を占める23兆ドルだ。残りの資金は欧州などに存在していることになる。EUがデリバティブなど影のシステムにおける投機的な取引を規制したため、欧米の国際銀行は、欧州での投資銀行業務を縮小している。金融界は米国でも儲けが減っており、急速に儲からない仕事になっている。 (Credit Suisse splits off global investment bank) G20は「バーセルIII」で、世界の銀行に自己資本比率の向上を義務づけている。米国も来年元旦からバーセルIIIの規制を国内銀行に適用する予定だったが、米連銀は先日、適用を延期すると発表した。これは米銀行界が利益を出せるようにするための措置で、米銀行界が自己資本比率の向上に応じられないほど利幅が減っていることを示している。 (Fed delays Basel III bank capital buffer rules) 英国は、ロンドン金融界(シティ)の儲けが経済の大黒柱で、85年の金融自由化以来、米国と一緒に金融覇権で儲けてきた国だ。それだけに英国は、EUの金融規制強化に反対し、妨害しようとしている。だが独仏は先手を打ち、これまで一カ国でも反対したらEUの重要政策が新設できなかった合議体制を多数決方式に転換する「英国外し」を挙行し、英国が反対してもEUが金融規制を強められるようにしてある。経済以外の分野でも、英国はEUの司法の統合に全く参加していない。英国はいずれ国民投票を経て、EUを離脱する方向に進みそうだ。英国は、これまで70年間取り付いてきた米国に疎外され、代わりに取り付こうとしたEUからも外され、単独での覇権(パックスブリタニカ)を失い始ってから百年ぶりに、真の失墜を経験しようとしている。英国のしぶとさに比べると、米国の覇権運営は全く(意図的に?)下手だ。 (Britain has left the European Union in all but name) (EU財政統合で英国の孤立) (Nick Clegg: Changing UK-EU relations could be catastrophic) リーマン危機の直後に作られたG20体制は、ドルが国際基軸通貨としての機能を喪失することに備える動きとして新設された。ドルに単独で取って代われる基軸通貨は存在しないので、ドル崩壊後の基軸通貨制度は複数通貨を併用する多極型にならざるを得ない。地域的な国際基軸通貨としてユーロが存在するが、ユーロだけで世界をカバーできない。日本の円は、かつてアジアの基軸通貨になることを期待されていたが、対米従属に固執する日本政府が固辞し、今では日本経済そのものが急速に縮小し、日本側が望んだとしても円を基軸通貨にするのが困難になっている。 (やはり世界は多極化する) 日本と対照的にアジアで台頭しているのは中国で、今後アジアの基軸通貨になりそうなのは人民元である。中国は習近平の政権になると同時に、中国人民銀行の総裁が、人民元と外貨との為替を国際的に自由化するのが次の目標だと発表した。人民元の国際取引は2015年までに完全自由化されると予測されている。 (China's Next Step on Yuan Is Convertibility, Zhou Says) (China yuan isolating US dollar as global reserve currency: PIIE) 東アジアと東南アジアでは、2010年ごろから人民元がドルよりも重視される基準通貨になる傾向だ。韓国では2年前から、ウォンの対ドル為替が、人民元の対ドル為替に連動して動くようになっている。つまり韓国のウォンは事実上、すでに人民元にペッグ(為替固定)している。韓国のほか、インドネシア、台湾、マレーシア、シンガポール、タイが、ドルよりも元に対して自国通貨をペッグする傾向が強くなっている。アジアでまだ人民元よりドルを重視している国は、日本、ベトナム、モンゴルぐらいになっている。 (Is There An Asian RMB Bloc?) 中国とEUは相互にドル外しの傾向を強めている。中国とドイツはユーロと人民元による貿易決済を増やす協定を結んだ。米国が「中国包囲網」を喧伝するほど、中国は「ドル崩壊に備える」受動的な姿勢から「ドルを崩壊させる」能動的な姿勢に、そろそろと転換していくだろう。その分、ドルの崩壊が早まる。 (China, Russia, and the End of the Petrodollar) 日本では次期政権を狙う自民党の安倍晋三が、日銀に米国ばりの量的緩和を加速させようとさかんに圧力をかけている。日本のインフレ目標値を1%から3%に引き上げろとも言っている。これからドルが崩壊しそうなタイミングで、円をドルと無理心中させることを日銀に強要し、これからインフレが起きそうなタイミングでインフレ目標値を引き上げたがる自民党は、すばらしい対米従属だ。日本では、有権者が好む政策を打ち出すことよりも、対米従属を維持したい官僚機構が好む政策を打ち出した方が当選する確率が高くなるかのようだ(12月の選挙で自民党が意外に振るわず、「反TPP・脱原発・消費増税凍結」が意外に優勢なら、日本にはまだ民主主義が残っているということになる)。 (BOJ Refrains From Loosening as Analysts See Stimulus in December) 日本から中国への投資も急減している。これまた、まさに中国が経済減速の時期を終えて内需拡大を本格化し、世界の消費の中心が米国から中国に移ろうという絶好のタイミングで、日本が中国への投資を急減させている。日本人は、なんて頭が良くて幸運に恵まれた人々なのだろうと思う。 (Japanese investment in China falls sharply)
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