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オバマ再選と今後

2012年11月9日   田中 宇

 11月6日の米国の大統領選挙は、意外にすんなりとオバマの勝利で終わった。マスコミで「大接戦」と書いた記事もあったが、本当に大接戦だったのなら、フロリダやオハイオ、ペンシルバニアなど、接戦が予測されていた州で、未決定の状態がもっと長く続いたはずだ。米マスコミが事前に接戦だという報道を続けていたので、それに流されて当日も接戦であるかのような記述になったのだろう。 (◆米大統領選挙のゆくえ

 ペンシルバニアやオハイオなどの州では、投票所に置かれたタッチスクリーン式のコンピュータ投票機で、オバマに投票してもロムニーに投票したことになってしまう「故障」が起こった。米国の主要な投票機メーカー5社にはすべて共和党系の資金が入っている。ずっと前から、共和党に有利な方向に投票や集計がねじ曲げられることが指摘されてきたが、放置されたままだ (Poll problems cropping up in spots around US) (Possible voter fraud in Pennsylvania - or just voting machine malfunction?

 ロムニー陣営はハート・インターシビック(Hart InterCivic)、ブッシュ家はディーボルドという投票機メーカーとつながりがある。オバマに入れたつもりがロムニーに入っている事態は起きても、逆の事態は起こらない構図だ。投票機はネットワークされており遠隔制御できるし、個別の投票を印字して保存しておく機能がない場合が多いので、投票機や集計機の投票データを書き換えてしまえば不正の証拠も残らない(不正防止には、紙に書いて投票する日本の制度が最良だ。日本は官僚独裁で誰が政治家になっても同じなので選挙不正の必要が少ない)。 (Angst about counting the votes in Ohio

 とはいえ、投票機や集計機のデータを書き換える選挙不正は、2大政党の候補の差が数%未満の、接戦の大きめの選挙区でしか使えない。従来の選挙の投票傾向とかけ離れていると不正がばれてしまう。ペンシルバニアやオハイオでロムニーを有利にする不正が行われても、オバマの方がかなり優勢だったので、不正が選挙結果をくつがえすところまでいかず、オバマの勝利になったと考えられる。 (NSA Analyst Proves GOP Is Stealing Elections

 ロムニー陣営は具体的な政策を打ち出せず、人間的な魅力も今一つだったが、その一方でオバマも新しい政策を打ち出していないない。4年前にオバマが初当選したときは人々の期待が大きく、シカゴで行われた勝利演説に24万人が集まったが、今回の勝利演説には1万人しか集まらなかった。2期目ということを差し引いても激減だ。 (Obama 2.0 offers reboot of `hope'

 ロムニー陣営にはブッシュ政権で大義なきイラク侵攻を(おそらく意図的な失敗として)挙行した「ネオコン」が多く入っていた。ロムニーが大統領になっていたら、米国は再び中東(イラン?)で大量殺戮を行った挙げ句、覇権を自滅的に縮小する道に入っただろう。オバマが大統領でも米国の覇権衰退が防げるわけではなく、劇的でなく比較的緩やかな衰退にできる程度だ。選挙が終わったとたん、米国(欧米)の力の減退を示唆する見出しの記事が米英のメディアに掲載された。 (The Sun Sets on American Empire) (Hello Obama second term; bye bye Western Civilization) (Election 2012: How The Winner Will Destroy America

▼連銀QE3が唯一の景気対策という不健全

 米国の覇権の衰退を最も間近で感じられそうな事態は、年末までに米議会と大統領府が財政再建策で合意できない場合、来年正月に政府支出の自動削減と、時限減税が切れることによる増税が重なって起きる「財政の崖」(財政の断崖)が現実になり、ムーディーズなど大手格付け機関が米国債を格下げすることだ。財政の崖は最大で米経済の成長を3%鈍化する。昨夏に米国債を格下げしたS&Pに続き、ムーディーズも格下げすると、米国の債券市場の全体が破壊され、リーマンショック型の金融危機が再来する。 (Fiscal cliff would trigger US recession

 ロムニーが大統領になっていたら米覇権の危機だと書いたが、現実として、オバマが再選され、議会上院が民主党優勢、下院が共和党優勢という、選挙前からの「ねじれ現象」が温存される議会選挙の結果となったこともまた、財政の崖を回避できる可能性が減った点で、米覇権の危機につながっている。もし今回の選挙で議会と大統領府のねじれ現象が解消されていたら、財政の崖は回避できていた。 (New Taxes Not Just Spending Cuts Needed to Avoid Fiscal Cliff

 もう一つ、年末までに米政府の財政赤字が法定上限額に達してしまうことも、オバマ政権が直面している危機だ。赤字上限が引き上げられない場合、米政府は資金不足に陥り、行政サービスの一時的な停止や公務員給与の遅配など、経済・社会の混乱が起きる。議会のねじれ現象があるので、財政上限の引き上げ議論も進みにくく、議会の民主党は、年内に赤字上限を引き上げることができないと言っている (Top senator says will not deal with debt limit until 2013

 米経済は、1990年代から2008年のリーマンショックまで低インフレと穏やかな成長が続き、リーマン後は金融混乱の時代に入ったが、昨年からは、米議会と大統領府との対立で危機が起きる「政治対立の時代」になっていると指摘されている。 (Be prepared for US political cliff dancing

 構造的には、米政府の財政危機よりも、米連銀が抱えるドルの危機の方が大きな破壊力を持っている。2つの危機はつながっている。米政府が財政危機でなければ、米経済を回復させるために政府の財政拡大が使えたが、米政府はリーマンショック後1-2年で財政余力を使い果たした。議会の二大政党の対立もあり、米政府は財政を拡大して経済を救済することができない。経済をテコ入れする役目は、連銀の金融緩和策(QE3)だけに託されている。 (Fed QE3 May Hit $1 Trillion as Fiscal Deadlock Persists

 この状態は、連銀にとって非常に不健全だ。もともと連銀など各国の中央銀行に託された役目は、通貨の発行量を管理してインフレを防ぐことだった。だが今、連銀(や日銀など先進諸国の中央銀行)の主な役目は、インフレ防止でなく、通貨を大量発行する金融緩和策(量的緩和、QE)による景気テコ入れになっている。85年の金融自由化以降、米英を中心に債券金融システム(影の銀行システム)が拡大し、それが表の通貨システムに対する裏の緩衝機能として働き、通貨を過剰発行してもインフレにならなくなった。 (◆ドル過剰発行の加速

「だから通貨を無限に発行してかまわない」ということで、連銀は無期限の量的緩和(QE3)に入り、日銀も米国から国内傀儡政治家を経由して圧力をかけられて、追加の緩和策をやっている。しかし、通貨を無限に発行しても本当に害がないかどうか、前代未聞の試みなだけに、誰にもわからない。しかも、量的緩和によって金融界は救われるが、他の実体経済はほとんど救済されない。歪曲報道や、経済統計を操作する機能を使い、実体経済が良くなっているかのような幻想がばらまかれているだけだ。

 加えて、ヘッジファンドなど影の銀行システムによる攻撃でユーロ危機を起こされてひどい目にあったEUが、先物取引の監視強化など、これまで管理されていなかった影の銀行システムに対する規制を強めている。この規制が世界に広がると、債券金融システムは機能が低下し、インフレ抑止力も失われるかもしれない。米議会の対立と合わせ、金融システムは政治面から不安定な状態になっている。 (Short-Sellers of Europe Set to Be Unmasked) (Merkel calls for more financial regulation

▼TPP参加圧力が強まっても応じられない日本

 オバマ2期目の予測で、日本関係で出てくる話として、日本に対するTPP加盟の圧力が強まることがある。確かに再び圧力が強まる流れがあるだろうが、その一方で米国では「日本は指導力のある政府ができないのでTPP加盟は無理だろう」という見方が強まっている。農業部門などの反対を押し切って日本をTPPに加盟させるためには、強い政治力が必要だ。政争が続く今の日本の政界には、そのような政治力を発揮できる組織がない。 (Japan's Crisis of Democracy

 もともと日本のTPP加盟を切に望んでいるのは米国など外国勢でなく、対米従属(日米同盟)を強化したい日本の官僚機構の方だ。官僚傘下の日本のマスコミは、TPP加盟の政治決断ができない政界の無力さばかり強調してきた。米国は中産階級の没落が進み、市場としての消費力が落ちている。米国以外のTPP参加国は小国ばかりだ。日本がTPPに参加する利点は低下している。 (◆国権を剥奪するTPP

 TPPの国際交渉は完全非公開で進められ、米議会にもほとんど説明がなされていない。米国ではTPPが、米政府が米企業に政府の権限を切り売りする行為になっている。 (New UN Treaty "TPP" A Huge Threat To Free Speech & The Net

 貿易関係では、今後の4年間に、米国など先進諸国市場の重要性が低下し、中国やBRICS市場が重要になる傾向が進むだろう。中国政府は、胡錦涛から習近平への政権交代に合わせ、2020年までに一人あたり所得を倍増させる「所得倍増構想」を発表した。毎年7%の経済成長を続ければ、20年までに倍増できる計算だ。中国の一人あたり所得は米国の10分の1なので、倍増しても大したことはないが、中国が高度成長を維持すれば、世界経済の牽引役であり続ける。 (Hu Sets China Income Target for Xi as Communists Gather

 米政府は「アジア重視策」という名の中国包囲網を続けるが、その一方で経済面で中国の成長にあやかる状態をやめられない。口ではアジア重視を掲げるが、実際は中国と協調する状態が続くだろう。 (China, Russia and Obama's second coming

 経済以外の日米関係では、今後の4年間のいずれかの時期に、普天間基地の米軍海兵隊をグアムやハワイ、米本土などに移転する話がぶり返されるだろう。一昨年5月に米上院の3人の議員が提案した海兵隊移転構想が再び検討され、沖縄から海兵隊を撤退させることにこれまで消極的だった米大統領府が、財政削減の一環として積極姿勢に転じるかもしれない。在日と在韓米軍の撤退構想は、長期間かけて波状に繰り返し提唱され、現実になっていくだろう。12月の韓国大統領選挙後の南北朝鮮の和解も注目される。韓国の大統領候補たちは、相次いで北との和解を方針に掲げている。 (日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会) (S Korean candidates offer Pyongyang talks

 このほか、ネタニヤフ首相がロムニー支持を表明してしまったイスラエルと米国の今後の関係、米国とイランの対話が始まりそうな話など、中東政治の変化が注目される。オバマが本気でやりたくて先取り的にノーベル平和賞もとった、世界の核廃絶の話も分析が必要だ。今回の選挙で負けた共和党で内紛と人材不足がひどくなり、米国の2大政党制(2党独裁)が壊れそうになっていることも興味深い。これらは次回に書くことにする。 (Obama has put the Republicans out of business

 今回おまけ的に書いておく話として、米国のいくつかの州で、大統領選と同時に行われた住民投票の結果、大麻の販売や摂取が合法化されたことがある。これは、各州の税収増を狙った策でもある。大麻は欧州のいくつかの国でも合法化されている。日本はまだ麻薬厳禁で、個人の自由より社会の倫理が優先される日本など東アジアでは麻薬吸引を容認しない傾向が今後も強いだろうが、対米従属の日本や韓国で今後、麻薬合法化の運動が強まっても不思議でない。 (Marijuana legalization passing, another count today



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