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米大統領選挙のゆくえ

2012年10月12日   田中 宇

 11月6日に行われる米国の大統領選挙の得票予測は、夏まで現職の民主党オバマがかなり優勢だったが、その後、共和党のロムニー候補が追い上げ、接戦になっていると報じられている。リアルクリアポリティクスの調査ではロムニーがオバマより1・1%優勢だ。ホフマンポストの調査ではオバマが0・1%の優勢となっている。ギャロップは、オバマとロムニーが全く同水準の支持を得ていると発表した。 (Mitt Romney BEATING Obama in national poll average for FIRST TIME during 2012 election campaign

 米経済がなかなか改善せず、失業が減らないので、人々がオバマを見放しているのがロムニーの追い上げの一因とされている。連銀のバーナンキ議長は再任を狙ってオバマ政権に協力し、新たな経済緩和策(QE3)を開始し、株や債券の相場がテコ入れされたが、実体経済はあまり改善していない。 (Economic blow in key week for Obama

 人々はオバマの経済政策に失望しているというが、それならロムニーが米経済を立て直す政策を持っているかというと、全くそうではない。ロムニー陣営は、新味のある経済政策を何も発表していない。ロムニーは、財政に詳しい下院議員であるポール・ライアンを副大統領候補に選んだが、これはむしろ米経済にマイナスだ。ライアンは財政緊縮を進めて「小さな政府」を実現する方針だが、共和党は金持ち優遇の政党なので増税を嫌い、支出削減に力を入れている。今のような経済難の時期に政府の支出を切り詰めることは、経済を減速させる方向に働く。 (Romney's Paul Ryan VP Pick Pleases War Hawks

 ロムニー陣営は政府支出の削減を提唱するが、軍事費は例外だ。ロムニーは、軍産複合体を喜ばせることを重視している。軍事費を削らない代わりに、外国に対する援助費や、国内の教育やインフラ整備にかける支出を減らす。ライアンは市場原理主義の再強化も掲げている。これは金融界を規制せず、自由に儲けさせることを意味する。軍事費の急増と市場原理主義、減税や増税回避は、2008年までのブッシュ政権の路線を踏襲している。ブッシュの路線は、いくら金をかけても戦争が終わらない事態を生み、財政赤字の急増と、金融界のバブル崩壊(リーマン倒産)を招いた。 (Obama campaign attacks Ryan pic

 米国の国民が、政府に最も取り組んでほしい分野は経済だが、今回の米国の選挙戦では、経済があまり話題にならない。最も話題になるのは中東政策である。ロムニーは、オバマの中東政策ばかり批判している。01年の911テロ事件から12年間、米国の政界やマスコミでは中東の話が席巻し、多くの米国民が、中東政策などどうでも良いから経済を回復させてくれと政府に望んでいるのに、そんなことお構いなしである。 (Behind Romney's tough talk on Syria) (Mitt Romney's Terrible, Horrible, No Good, Very Bad Foreign-Policy Speech

 ロムニーが中東政策にこだわる理由は明確だ。「イスラエル」である。イスラエルは、米国在住のシオニスト右派(共和党系)を通じて、米国の政財界やマスコミ、学界などを操作する力を持っている。911以来、ロムニー以外の多くの政治家が、競うようにイスラエルを訪れているのは、イスラエルが米国を牛耳る御利益にあずかろうとしてのことだ。 (Congress members' summer trips to Israel a headache for Obama?

 ロムニーはイスラエルに接近して味方につけ、選挙に勝とうとしている。特に今夏以来オバマ政権が、イランを空爆しろと米国に要求するイスラエルから距離を置いて米イスラエル関係が悪化し、イスラエル政界内でロムニー支持が強まり、ロムニーに追い風となっている。 (Even if he's got a point, Obama is wrong to snub Netanyahu

 米国の世論調査でロムニーがオバマを追い上げるようになったのは、ちょうどイランが中東で台頭する傾向を強め、イスラエルがオバマ政権にイランに侵攻してくれと頼んで断られた後の時期である。イスラエル(在米右派)に、米国のマスコミや世論調査を操作する技能があることを考えると、夏以降の選挙戦で、ロムニーが本当にオバマを追い上げているのかどうか疑わしくなる。

 英国テレグラフ紙の記者は、ロムニーの優勢さは表面的なもので、実際のところオバマの方が優勢だと書いている。今の米国の世論はオバマの支持の方が多く、人々の政治信条が変わるのは時間かがかかるので、短期間でロムニー優勢に転換するはずがないという。ニューヨークタイムスが政治専門家たちに尋ねた調査でも、オバマの勝算が7割だという。 (Relax, Democrats. Obama's still got this

 ロムニーの優勢がマスコミや世論調査の歪曲によるイメージだけのもので、実際のところオバマが優勢であるとしても、選挙でロムニーが勝つかもしれない。それは、投票に使われる機械や、集計のシステムを不正に操作することにより、選挙結果を歪曲してしまうことによる。ディーボルト社のWindowsCEベースの投票機が簡単に不正操作できることは、関係者の間で有名だ。 (アメリカで大規模な選挙不正が行われている?) (不正が横行するアメリカ大統領選挙

 共和党系の在米シオニスト右派は、米国の諜報界に深く入り込み、政治家の電話やメールを盗聴して弱みを握ったり、マスコミに偽情報を流して書かせたり、911事件のようにイスラム教徒の米国人をテロリストに仕立ててテロ事件をやらせたりするのが得意だ。世論調査の歪曲とか、投票結果の集計をごまかすことも可能だと考えられる。2000年の大統領選挙で、大接戦とフロリダ州での開票の混乱の末、何日も最終結果が出ない状態の後、ジョージWブッシュが勝った選挙の時も、開票時に不正が行われていた疑いがある。ただ民主党も、共和党右派による不正の手口を把握しているだろうから、共和党側が投票日に不正しようとしても抑止されるかもしれない。 (米覇権衰退を見据える中東

 もしロムニーが大統領になると、米政府の姿勢はブッシュ政権時代に逆戻りする。ロムニー陣営には、ロバート・ケーガン、ジョン・ボルトン、エリオット・コーヘン、ドブ・ザケイムなど、ブッシュ政権で過激な外交政策を展開して「活躍」した「ネオコン」が何人も入っている。 (Who's Advising Mitt Romney on Foreign Policy?

 イラクが大量破壊兵器を持っている話を捏造し、失敗となったイラク戦争を引き起こしたのは彼らだし、イラク戦争と同様に米国の軍事外交力を大きく損なっているアフガニスタン占領を企画したのも彼らだ。ロムニーが勝つと、ブッシュ政権で大失敗して米国の覇権を自滅的に減少させた政策集団が、米国の権力中枢に戻ってくる。米軍がイランやシリア、リビアなどに軍事介入し、米国の力が浪費される可能性が強まる。 (9/11 criminals running Romney campaign: Analyst

 副大統領になるライアンは金融界の利権をそのままホワイトハウスに持ち込みそうなので、ロムニーが大統領になると、軍事外交だけでなく金融経済もブッシュ政権の繰り返しになりそうだ。ブッシュ政権と同様、ロムニー政権は、中東に向けた過激な軍事戦略と、国富を使って金融界を助ける経済戦略によって、米国の自滅を加速させるだろう。 (Bush 3.0?

 私は以前から「ネオコンは、親イスラエルのふりをした反イスラエルで、過激な策によって米国の力を浪費し、世界の覇権構造を米国中心から中露などが強い多極型に転換しようとする隠れ多極主義者だ」と考えてきたが、ロムニーはブッシュ同様、隠れ多極主義の政権になるだろう。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?) (隠れ多極主義の歴史

 ブッシュ政権は中東の戦争にばかり力を入れてアジア戦略がおざなりになり、北朝鮮の世話を6カ国協議で中国に押しつけたり、台湾が中国寄りになっていくのを放置するなど、中国の台頭を容認した。その挙げ句、ブッシュ政権の中国戦略を采配したロバート・ゼーリックは「米国と中国で世界を共同運営する」という「G2」の構想をぶち上げ、中国に提案して断られている。こともあろうにロムニーは、ゼーリックを外交顧問の一人として招き入れている。 (金地金の復権) (米国の運命を握らされる中国

 ロムニーが大統領になったら、ブッシュ政権と同様、当初は中国敵視をやるだろうが、途中から「中東が混乱して大変なのでアジアは中国に任せる」というG2戦略を繰り返すだろう。米政府は最近、中国敵視を強めてきたので、中国側は次に米国からG2を提案されたら、断らず受諾し、アジアの管理を米国から任されることを喜ぶだろう。ロムニーが勝つと、オバマの中国包囲網が解かれ、米国は中国の台頭を容認するだろう。日本にとって、とても困った展開になる。 (ビルダーバーグと中国

 オバマが勝つと、基本的に現状維持なので、そこまでひどいことにはならない。オバマは米経済を金融でなく製造業で立て直そうとするなど(あまりうまくいっていないが)堅実な方法で、米国覇権の衰退速度を落とそうとしている。TPPなどを通じ、アジア諸国から経済利得を吸い上げようとするだろう。大統領選挙と同時に行われる米議会選挙で民主党が躍進すると、オバマは議会に政策を通しやすくなり、今まで頓挫してきた財政再建の話が進み、来年1月にやってくる「財政の断崖」(自動発動される増税と支出減によって米経済が打撃を受ける)が回避できるかもしれない。 (経済覇権国をやめるアメリカ

 オバマが再選された場合、その後の共和党は米政界での影響力が弱まるかもしれない。ブッシュ政権が米国の健全さを破壊して去って以来、共和党はまともな国家戦略を打ち出せず、麻薬中毒のように、良くないと感じつつもイスラエル右派やネオコンに頼り続けている。共和党の崩壊が進むと、米国の保守層が国政に結束しにくくなり、テキサス州の分離独立運動が強まるなど、米国が解体する感じになっていくかもしれない。「サロン」誌は、米国の「南北再戦争」の可能性をすでに語っている。 (The Republicans will massacre each other after Mitt Romney loses) (Should the South secede?



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