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経済覇権国をやめるアメリカ

2009年11月26日   田中 宇

 米国のオバマ大統領は、9日間のアジア歴訪を終えて帰国した後の11月21日、毎週定例のラジオ演説を行った。その中でオバマは、米国は従来のような借り入れ(ローン)による消費で経済を回してはならず、代わりにアジア諸国への輸出で経済発展しなければならない、米国民は消費を控えて貯蓄を増やし、政府も財政赤字を減らさねばならないと強調した。米国からアジアへの輸出が5%増えるだけで米国の失業はかなり減る、とも述べた。 (Obama Calls for More U.S. Exports to Asia

 私から見ると、このオバマの発言は、米国が経済覇権国をやめることを意味する決定的な宣言である。米国を動かしてきたニューヨークの資本家たちは1970年代以来、日本やドイツ、ASEAN、中国などの新興工業国が対米輸出によって経済発展することで、世界経済が成長する構図を好んできた。製造業が成熟していた米国は、80年代から金融やサービス業の国に転換し、米国はアジア諸国など世界から投資を集め、米国民はその金で世界から商品を輸入して旺盛に消費した。貯蓄重視で消費の増加に慎重なアジア人に代わって米国民が消費し、世界の経済成長に貢献してきた。この体制が、米国のドルが国際基軸通貨であることの根底に存在していた。

 米国民が消費を切り詰めて貯蓄し、米国は製造業を発展させ、対アジア輸出で稼いで不況を乗り切ろうというオバマの主張は、従来の米国がとっていた経済覇権の仕掛けとは正反対だ。今夏以来、世界経済はリーマンブラザーズ倒産以来の大不況を徐々に脱していると各国当局が指摘しているが、世界経済の不況離脱を率いているのは中国、インド、ブラジルなど新興市場諸国(BRICなど)の国内需要増(インフラ整備など投資増)である。オバマは「米国はもう世界のために消費することはやめる」と宣言したが、その意味は「世界は、米国の消費力に頼らず、新興諸国の国内需要増によって成長していく新体制に転換する。米国は消費の国から、製造と貯蓄の国に戻る」ということだ。

 オバマの今回のアジア歴訪は、日本ではなく中国への訪問が日程的な中心だった。オバマは中国に対し、覇権国(多極型の新世界秩序における地域覇権国の一つ)になるのを容認する代わりに、中国に対米輸出ではなく国内需要で経済発展していくよう、転換を求めたと考えられる。米国だけでなく、欧州やIMFなどからも同様の要請が出ており、人民元のドルペッグを外すことが、世界から中国への具体的な要望の一つである。 (Hu and Obama seal real deals

 私は先週の記事で、中国政府は人民元のドルペッグを外したがらないだろうと書いたが、オバマは中国の反応にはおかまいなく、アジアから帰国してすぐに「米国は消費を減らし、製造業の国に戻る」と宣言した。85年のプラザ合意では、日独は米国の要求に応じて自国通貨の対ドル為替を上昇させたが、今回の中国は米国の言うことを聞きそうもない。中国が言うことを聞かなくても、米国は勝手に世界経済の消費役から降りようとしている。 (中国が世界経済の中心になる?

 米国では今後、商業不動産市場の崩壊によって金融危機が再燃し、不況の二番底になるだろう。オバマがどう考えようと、米国は早晩、世界の消費役ではなくなる。米国の構造破綻はプラザ合意のころよりずっと進んでおり、中国が協力してもしなくても、米経済は破綻していく。中国は米国(ドル)を助けるより、ドルが崩壊するまで対米輸出で儲けた方が良いと考えたのかもしれない(単に人民元切り上げの踏ん切りがつかなかっただけかもしれないが)。中国は、第二次大戦の戦勝国で、敗戦国(米英の傀儡)だった日独と異なる。米中の「第2プラザ合意」は締結されないだろう。 (China's currency A yuan-sided argument) (二番底に向かいそうな世界不況

 11月25日には、連銀が最近のドル安について心配していないことを示す会議の議事録を発表し、為替相場はドル安が進んだ。米国が消費の国から製造業の国に戻るなら、米国にとってドルは安い方が輸出増になる。ドル安が容認されて当然だ。 (Daily Forex Outlook - Gold Rush Continues

▼弱いふりに戻る日本

 人民元がドルペッグしたままドルが下落することで最も迷惑を被るのは、ユーロ高・円高で輸出を削がれる欧州と日本など、米国以外の先進諸国である。日欧は、ここ2年ほどの米国の金融危機でドルに対する不安が高まる中で、ドル売りユーロ・円買いが加速しないよう「日本や欧州の経済状況もかなり悪いですよ」と自ら情報をリークするなどして、意図的に自分たちを弱く見せようとしてきた。

 中国が人民元の対ドル切り上げを認めたら、日欧当局は自分たちを弱く見せることをやめて、人民元と一緒に切り上がり、ドルを捨てる傾向を強めていたかもしれない。だが中国がドルペッグに固執したので、日欧の中でも特に日本が、自国を弱く見せる戦略を復活した。その一つは、日本政府が11月20日に「デフレが再発している」と宣言したことだ。その前には、日本で一時的に国債の入札が不調だったことを受けて「米英より先に日本が財政破綻する」という記事も出たりした。 (The ugly side of Japan's balance sheet) (Deflation's Return Weighs on Japan

 日本は失業増なので、消費が控えられてデフレの傾向が確かにあるが、同時に日本では規制緩和の過程が続いていることによる価格低下の傾向もあり、価格低下は不況にともなうデフレであると言い切れない。国債については、米英の国債販売が外国人投資家の購入によって支えられている部分が大きいのに対し、日本国債の購入者の多くは政府の規制下にある日本国内の金融機関であり、政府が金融機関に圧力をかけて国債を買わせ続けることが可能だ。日本より米英の方が財政破綻の懸念は強い。 (Japan doomsday fears premature

 これらの要件がありつつも「デフレだ」「財政破綻だ」と騒がれることで、円高ドル安にいくらかでも歯止めがかかる(それでも円高は進んでいる)。ドル安と連動した各国当局の「弱いふり戦略」が続きそうであるため、投資家は通貨を買わず、金を買っている。金相場はどんどん上がっている。金相場が上がる日は、ドル安円ユーロ高も進む傾向があり、金の高騰は、ドル崩壊感の強まりの反映である。

 日本の民主党政権は、経済顧問に大蔵省OBで「日本は、製造業輸出のための円安を希求するのではなく、世界からの資源購入のための円高を希求した方が良い」と主張する榊原英資氏を起用している。日本政府が「弱いふり戦略」でブレーキをかけても、円高ドル安が進むかもしれないが、それはそれで、多極化を見据えた榊原の円高容認策が実現するわけだから、長期的には問題はないともいえる。

 日本では日銀が、米連銀を筆頭とするG7的な先進諸国の中央銀行ネットワークに属し、対米従属を続けているため、米連銀が主張する「世界不況は終わりつつある。量的緩和をやめて出口戦略に向かう必要がある」という姿勢を採っている。だが、民主党政権の日本政府は、対米従属の姿勢を弱めているので「日本経済は不況を脱していない。日銀は判断が甘い」と言い、分析が対立している。この対立は、経済分析の違いに基づくものではなく、対米従属の度合いの差という、政治的な立場の違いによるものだ。国際政治の流れからすると、9月にG20に取って代わられて失墜したG7体制にいまだに縛られている日銀は、いずれ姿勢を転換せざるを得ない。

 米国では、ロン・ポール下院議員らによる「連銀査察法案」が盛り返している。この法案は、上院銀行委員会の民主党議員らによって修正条項が加えられて腑抜けにされそうになったが、結局のところ修正は通らず、米議会が連銀を査察し、連銀が金融界の言いなりになって腐敗している現実が暴露される可能性が高まっている。連銀が発行するドルは、中国などが米国債を買わなくなることによる金利高騰によって市場面から崩壊する前に、米議会による連銀査察によって政治面から崩壊する可能性が出てきた。「中央銀行は政府から自立していなければならない」という言い方は、結局のところ米金融界が、連銀と、その傘下にある先進諸国の中央銀行(日銀など)を支配する構図を持続するための欺きの構造だった。 (Fed Beaten: Bill To Audit Federal Reserve Passes Key Hurdle) (Analysis: Fed under fire as public anger mounts

▼世界政府化するEU

 日本と同様、欧州も中国が人民元のドルペッグを維持することを非難しているが、弱いふり戦略に逆戻りする日本と異なり、欧州は独自の多極化戦略を全力で推進している。10月のアイルランドの国民投票と、11月のチェコ大統領の署名によって、EUの政治統合を決めたリスボン条約が発効した。それを受け、EUは政治統合の象徴としての「大統領」(欧州理事会常任議長)職を設置し、初代大統領にベルギー首相のファンロンパウが選ばれた。同時にEU外務省(EU External Action Service)も設置され、EUは外交と安全保障分野の政治統合を進めた。

 ファンロンパウは、最近開かれたビルダーバーグ会議で演説し、その中で、EU事務局が加盟各国政府から独立した形で財政力を持てるよう、EU各国の人々がEU当局に直接納める税金を、金融取引に課税する「トービン税」のかたちで新設したいと表明した。 (Herman Van Rompuy: Europe's first president to push for 'Euro tax'

 トービン税は、国連のような超国家組織を国家の上位に立つ「世界政府」として機能させるために、各国間のすべての国際金融取引に対して微少な料率の税金を課し、超国家組織の収入にする構想で、以前から取り沙汰されている。これまで米英覇権体制が強い時代には、トービン税は絵空事と見なされていた。だが、英米覇権が崩壊し、代わりに国連やEU、G20といった超国家組織が台頭してくる中で、それらの超国家組織の連合体を多極型の世界政府にするための案として、トービン税構想が復権している。

 EUが政治統合によって大統領を決め、その大統領が演説でトービン税をEUの超国家的財政として確立すると宣言したことは、世界の多極化の流れとして象徴的だ。その演説がビルダーバーグ会議で行われた点も興味深い。ビルダーバーグ会議は、毎年1回、欧米のどこかのホテルを貸し切り、米国から30人、欧州から80人、国際機関から10人という構成で、各国の有力な政治家、外交官、財界人、マスコミ幹部らが集まり、世界のあり方について完全非公開で議論する場だ。今年は5月にギリシャで開かれた。

 ファンロンパウの講演は、このギリシャでの定例会議ではなく、11月12日にオランダで開かれた臨時のビルダーバーグの夕食会で行われた。ファンロンパウはもともとビルダーバーグの会員だ。彼は講演で、EUを米国のような連邦体制の一つの国家的な「欧州合衆国」にしたいと表明し、その目標に向かうための一策として、トービン税的なEU税を提案した。講演から8日後の11月19日、彼はEU大統領に選出された。各国中枢の有力者を集めたビルダーバーグの強い影響力から考えて、ファンロンパウをEU大統領にすることを決めたのはビルダーバーグであろう。 (Herman Van Rompuy From Wikipedia

 世界の裏読みをする欧米日などの人々の多くは、ビルダーバーグを、欧米(米英)中心の世界体制を守るための組織と考えている。ビルダーバーグは、国連を超国家的な「世界政府」に格上げすることを構想してきたが、これは欧米中心の世界体制を強化する構想と思われてきた。しかし私が見るところビルダーバーグは、欧米中心体制と正反対の、多極型の世界体制を推進するための組織であり「隠れ多極主義」の組織である。米国の覇権主義を過激にやって覇権を崩壊させた「隠れ多極主義」の象徴である米国の「ネオコン」は、ビルダーバーグの常連だ。 (ビルダーバーグと中国

 欧米の大資本家は、自国だけの発展ではなく、世界経済の全体的な発展を重視する。だから、米国の覇権を永続させるふりをして、インドや中国、アフリカなどの永続的な発展につながる多極化をやっている。英国は、EUが統合しても自国の影響力が維持できるよう、英ブレア前首相をEU大統領に推したが、土壇場で独仏の強い反対を受けて失敗した。 (Editorial Comment - Blair is the wrong man for EU job

 ブレアは、EU大統領に落選した後、英議会などが作ったイラク戦争調査委員会(Iraq Inquiry)で「イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を持っておらず、戦争の大義がないことを知りながら、米国と一緒にイラクに侵攻した」と責められている。英国は、独仏を中心に統合されていくEUから孤立した存在になりつつある。 (Tony Blair `was told 10 days before Iraq invasion that Saddam had dismantled WMD'

 最近のFTは「米国は衰退するが破綻しない」と題した記事の中で、米国は経済諸大国の中で最も柔軟だと評価しつつも「世界は明らかに多極型の政治体制(a multipolar world)と、多通貨型の基軸通貨体制(multi-currency reserve system)へと向かっている」と書いている。日本のマスコミがほとんど多極化について報じないので、私の分析を奇異に感じる人がいるかもしれないが、覇権と通貨の多極化は、近現代の世界体制を根本から転換する、人類にとって最重要の事象になっている。この要素を勘案せずに政治経済分析や投資判断をするのはお門違いである。 (Decline but no fall: US challenged by China

 冒頭に紹介したラジオ演説で、オバマは米国を製造業の対アジア輸出で発展する国にせねばならないと述べた。米国の製造業は死んでおり、復活に10年はかかる。オバマの目標が達成される前に、米国は、不況の二番底や金融危機の再燃、ドル崩壊、もしかすると連邦解体(内戦)などを経験し、製造業はいったん今よりひどい状態になる。米国が復活するのは、そのひどい事態がすぎた後だ。米国の通貨はドル崩壊後「アメロ」になるかもしれない。EUが連邦制になるように、米国はカナダやメキシコと統合されて「北米連邦」になるかもしれない。日本は東アジア共同体に一員になっているだろう。まだまだ世界は大変動していきそうである。



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