中国が世界経済の中心になる?2009年11月20日 田中 宇著名な国際投資家であるジョージ・ソロスが「中国は(先進諸国よりも)早く世界不況から立ち直り、米国に代わって世界経済を率いる役割を果たすようになる。中国が作る経済発展モデルが、世界経済を崩壊から立ち直らせるだろう」という、大胆な予測を表明した。 (George Soros Lauds Chinese Model Of Goverment - Wants Global Governance Under UN Security Council) ソロスは、中国型の経済発展モデルについて、国家が国際経済の動きを監督するものであり、世界経済は、従来の自由市場原理が崩壊した後に、中国式の国家管理型に移行すると言っている。この中国型の世界経済運営は、国連と連携した「グローバル・ガバナンス」(世界政府)の形で行われる必要があるとソロスは主張している。 (A New World Architecture George Soros) 世界経済の裏を知っていそうなソロスの発言は重視する必要がある。だが「中国が世界経済を率いる」という状況は、現状の中国のイメージとはかけ離れている。中国の人民元は、いまだにドルにペッグしている。2005年から今夏まで、中国当局は人民元の対ドル為替を少しずつ切り上げていたが、それも昨年7月から止まっている。中国当局は、世界不況の影響で自国経済が悪化したことを受け、輸出産業に悪影響を与える人民元の切り上げを止めてしまった。中国は、いまだに自国通貨の国際自由流通すらできていない。こんな状態の中国が、間もなく世界経済を率いるとは考えにくい。 最近はFT紙も、世界経済における中国の影響力の大きさについて書いている。中国は一人当たりの年収(GDP)が3200ドル(日本は4万ドル)しかないが、国家経済の規模では間もなく日本を抜きそうで、すでに中国株式市場(A株)は東京株式市場より大きい。輸出総額では今年、ドイツを抜いた。一昨年来の金融危機は先進諸国(欧米)が震源地であり、中国など新興諸国の多くは、副次的な悪影響だけを受けている。 (China blurs bipolar view of the world) FT紙によると、世界に対する中国の影響力が最も強く表れているのは、発展途上諸国の経済においてであり、特にアフリカの変化が象徴的だという。多くの投資家が気にしているのは米国など先進国経済が中心で、中国がアフリカに対してどのような経済効果をもたらしているかという話は注目されない。だから世界経済における中国の影響力が見えにくい。 中国はアフリカ経済に対し、他のBRIC諸国(ロシア、ブラジル、インド)と連携し、BRICを率いるかたちでアフリカ経済に関与している。BRICとアフリカ諸国との貿易総額は00年以来の8年間で8倍になり、今やアフリカ諸国の貿易の20%近くが中国を中心とするBRICの4カ国となっている。今年、アフリカ諸国の最大の貿易相手は、米国から中国に代わると予測されている。 世界経済の中でアフリカ諸国が占める割合は、83年の4・6%から07年の2・6%へと下がった。これは私から見ると、従来のアフリカ経済が欧米との関係で成り立っており、欧米はアフリカの貧困を温存する「援助漬け」の政策をやっていたからだ。しかし、以前の記事にも書いたように、中国などBRICはアフリカを「援助」ではなく「投資」の対象と見ており、この変化によってアフリカは世界経済における「辺境」の状態から脱し、新興市場の仲間入りをしていきそうだ。 (台頭する中国の内と外(2)) 最近、中国政府はアフリカに対し、低利融資や債権放棄、環境技術の供与などを柱とする8項目の支援策を打ち出した。その一方で、中国の携帯電話会社がアフリカ市場に積極進出している。これらの両面的な関与は、日本なら20年前からやれたことだ。しかし日本の国家戦略を決めてきた官僚機構は対米従属を貫くため、アフリカを欧米の影響下から日本の影響下に移すことになる大規模投資に消極的だった。日本の「国際貢献」は、欧米中心主義への貢献を究極の目的としていた。日本の新幹線やドコモ携帯電話の技術などが国際的に使われず、日本国内専用にされた挙げ句、はるかに後発の中国が、新幹線や携帯電話で途上国市場をやすやすと席巻しているのも、日本官僚の対米従属策との関係で考えると合点がいく。すでに時遅しだが、もったいない話だ。 (China's phone firms help Africa go mobile) ▼来年は今年より悪くなる先進国経済 先週の記事に書いたが、世界不況は二番底に向かっている。この一週間で、来年は今年よりひどい世界不況と失業増、金融危機になりそうだという予測が、あちこちから出てきている。オバマ大統領は北京での米テレビのインタビューで「米政府がこのまま財政赤字増に歯止めをかけられない場合、米経済は二番底の不況となる」との予測を表明した。 (Obama warns of `double-dip' danger) (二番底に向かう世界不況) ガイトナー財務長官は、しばらく前に「財政赤字増は悪影響をもたらすが、それより失業を減らすことの方が重要だ」と、財政赤字増に歯止めをかけるつもりがないことを表明している。米経済は不況再燃の可能性が高い。 (Geithner admits US treasury facing high deficit) 失業増の米国では「中の下」の階層向けのサブプライム住宅ローンだけでなく「中の上」の階層向けの固定金利の住宅ローンに返済不能が拡大している。米国民のホームレスが急増し、国連は「米政府がホームレスの急増を放置している」と批判する報告書を発表した。米国民は急速に貧しくなっている。貧富の格差も急拡大している。米市場の消費力は落ちている。 (UN investigator accuses US of shameful neglect of homeless) 米国のトップ10財政難州の一つであるフロリダ州は、失業者に払う失業手当の財源がなくなってしまったと発表した。州政府は、家を追い出された失業者を助けられなくなっている。商業不動産市況の悪化で、来年は銀行破綻も増える。米国は、そのうち各地で暴動が起き、内部から機能不全になって、世界が覇権国として頼れる状態でなくなるだろう。 (Florida State Government: We Have No More Money To Fund Unemployment) (Belly up: 10 states face imminent bankruptcy) フランスの銀行ソシエテ・ジェネラルは、顧客向けに「今後の2年間、世界経済が崩壊していく可能性があるので、手持ちの財産が失われないよう、防御的な投資を考えた方が良い」とするレポートを発行した。米英欧日の先進国が、巨額の財政赤字を積んで金融危機対策を行ったが、これは民間の負債を政府の負債に付け替えただけで、危機の構造は変わっておらず、先進国が赤字を増やせなくなったら危機が再燃すると分析し、ドルや株価の下落を予測している。 (Societe Generale tells clients how to prepare for 'global collapse') 金融危機は90年代の日本でも起きたが、当時は日本以外の世界経済が好調だったので、日本が金融危機で円安になっても、日本の製造業は円安で輸出を増やし、日本経済を下支えできた。今回は全世界が不況なので、90年代より今回の方が状況は悪いと、同レポートは分析している。 世界銀行のロバート・ゼーリック総裁も「来年は、先進諸国の失業が増え続ける。住宅ローンや消費者金融の破綻が拡大し、銀行が潰れる。以前は米国の消費力が世界経済を不況から立て直していたが、もう米国は消費できない。来年の世界経済は、今年よりさらに悪い1年になる」と述べている。 (World Bank warns of more unemployment in 2010) ▼救済の前に地獄が来る 冒頭のソロスの言葉を借りるなら、米国が消費できなくなり、米国型の金融中心の経済が崩れても、代わりに中国などBRICが消費し、中国型の世界経済に転換できるので大丈夫だということになる。だが、現実はそんなに甘くないだろう。中国政府は、今年に入って高官が何度も「このままではドルは基軸通貨の地位を失う」と警告している。だが中国自身は、自国通貨をドルにペッグしたままだ。ドルが崩壊過程に入り、他の主要通貨に対して切り下がる傾向だが、ドルが下がると人民元も安くなり、中国の輸出産業の儲けが増える。 オバマ訪中の前後、世界から中国に対して「人民元の対ドルペッグを外せ」という圧力が強まった。中国は、人民元の対ドル為替を切り上げることを検討しているという姿勢を見せた。だが、これは国際圧力をかわすためのそぶりが先行している観がある。人民元の大幅な切り上げを容認して輸出産業が赤字になり失業が増えると、共産党政権に対する中国人の不満が増す。これは共産党が最も恐れていることだ。共産党にとっては、今のところ世界の覇権より国内の安定の方が重要だ。中国は来年にかけて人民元のドルペッグを外していくかもしれないが、切り上がりの速さはゆっくりにとどまりそうだ。 (Central bank hints at resumption of yuan appreciation) IMFのストロスカーン専務理事は11月17日、中国で開かれた国際会議に出席し、記者会見で「一カ国の通貨(つまりドル)が世界の基軸通貨であり続けることは好ましくない。複数通貨をバスケット(加重平均)にしたIMFのSDR(特別引き出し権)を活用した新たな国際通貨体制が必要だ」と述べた。彼は同時に「国際的な経済不均衡(米国が経常赤字で中国が経常黒字であること)を是正するため、中国人民元は切り上がらねばならない」とも言っている。 (IMF head eyes global currency change, presses on yuan) これらの発言が意味するところは「中国は早くドルペッグをやめて、ドルの代わりに人民元を含むSDRを国際基軸通貨にする世界的な転換を主導せよ」ということだ。IMFや国連など、多極型の世界を好むようになった国際機関は、中国が主導して米国の単独覇権体制を早く終わらせて世界を多極化することを望んでいる。中国の方も、覇権国になるなら多極型が良いと思っている。それが、BRICによる集団的なアフリカ対投資策や、SDRの通貨バスケット制度に表れている。 しかし、胡錦涛政権は非常に慎重で、腰が重い。中国が人民元を自由化したら、まだ滅びていない米英中心主義の勢力がヘッジファンドを動員し、中国への過剰な資金流入を起こしてバブル崩壊を企てたり、投機で人民元相場をぶち壊したりする懸念がある。来年、世界不況が再燃すると、中国政府はますます人民元の切り上げをやりたがらず、口だけ動かす戦略を続けるだろう。 (China is heading for a Japan-style bubble) しかし、中国が世界経済の多極化を決意しようがしまいが、来年の世界経済の悪化は起きる。中国がドルペッグを続けたまま世界不況と米英の金融危機が再燃すると、ドルに対する信頼が失墜するものの、ドル安は人民元安になり、中国の輸出力が増強され、欧日の輸出産業が圧迫される。EUや日本の当局は、ユーロや円の対ドル値上がりを容認したくないので、意図的に弱体化策をとるだろう。 その結果、世界のあらゆる通貨が弱くなり、投資家は通貨そのもの嫌って、金地金や原油などのコモディティを買う傾向を強める。通貨が頼れないので、世界経済は実質的に金本位制に近くなる。中国が人民元のドルペッグを続けた場合、現在は1オンス1100ドル台の金地金が、4000ドルから11000ドル程度まで急騰するかもしれないとの予測が出ている。金は半年以内に2000ドルを突破するとの予測もある。 (Jim Rickards: If Gold is money again, it goes to between $4,000 and $11,000) 各種の予測を総合して私なりに考えると、世界経済は来年から2012年にかけて非常に悪い状態になる。中国政府は人民元切り上げの踏ん切りがなかなかつかず、世界の通貨体制はドル本位制からSDR的なバスケット通貨制に移行する前に混乱し、一時的に金本位的な状況が復活するかもしれない。「代わりの通貨がない限りドルは崩壊しない」という考え方は、ドルを守ってきたG8が放棄され、多極型通貨制をめざすG20が世界経済の中心に立った今年9月の時点で、過去のものとなっている。 (Waiting for the train wreck) ソロスが言うように、世界経済を救うのは中国(に先導された新興諸国や途上諸国)だろうが、救済の前に地獄が来る。中国が本気で動き出すのは、まだ少し先の話だ。それまでは米経済の崩壊による世界経済危機の拡大が続くだろう。中国は、米英が経済崩壊によって力を失い、英米系投機筋が中国を攻撃できなくなってから、人民元の国際化をやるつもりかもしれない。
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