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やはり世界は多極化する

2010年7月26日   田中 宇

 前回の記事を書いたあと「影の銀行システム」について、さらに考えた。08年9月のリーマンブラザーズ倒産で未曾有の金融危機が起きるまで、欧米経済は10年以上にわたっておおむね好調な成長を続けていたが、その経済成長の最大の原動力は、影の銀行システムの資産総額の拡大だったのではないか、という考察だ。 (◆影の銀行システムの行方

 GDPなど経済の規模は、その国にあるお金の総量で決まるが、伝統的な銀行システムだけが存在する状況では、経済規模は銀行界の資金総量に比例するかたちでしか伸びない。銀行の資金量は、預金に左右され、銀行は限られた自行の資金をどこに融資するかを厳選していた。しかし、集めた預金を融資する伝統的な銀行システムとは別に、融資して作られた債権を債券化して投資家に売る影の銀行システムが存在するとなると、事態は変わってくる。

 90年代から影の銀行システムの資金量が急増した結果、米国の「影」と「伝統」の合計の銀行システムの資金総量は、20年間で5倍になった(6兆ドルから30兆ドルへ)。資金の総量から見た米国経済の規模は、年率平均8%台の成長をしたことになる。影の銀行システムの拡大によるこの資金増加が、08年の金融危機までの20年間の米国の経済成長の原動力だったと考えられる。 (Shadow Banking Is Still Bigger Than Traditional Banking

 伝統的な経済では、製造業など産業の付加価値が経済成長の源泉であり、経済成長率が上がると、必ず産業の雇用が拡大し、失業率が下がった。しかし影の銀行システム拡大を原動力とする90年代以来の米経済では、まず銀行システムの拡大が資金を作り、その資金が消費されることによって経済成長が実現していた。そのため、米経済の6−7割は消費で占められ、しかも経済成長しているのに雇用が拡大しにくい状況が続いた。債券化による資金調達手法は、米英だけでなく日本を含むすべての先進国で拡大したので、先進国経済はすべて「雇用なき経済成長」の傾向が強まった。

 国際備蓄通貨として世界的に盤石の信用を持っていた従来のドルや米国債は「刷るだけで作れる価値」「いくら刷っても減らない価値」と言われていた。影の銀行システムは、不動産担保融資の債権という、詳細に調べると価値の怪しい資産を、債券格付け機関に頼んで米国債と同じトリプルA格をつけてもらうことで、あらゆる債券を、ドルと同じ「刷るだけで作れる価値」に仕立てた。

 伝統的な銀行システムは、各銀行の資金量に限りがあったので、銀行は、本当に資金が必要な優良企業にしか融資しなかったが、影の銀行システムは、無限に拡張できるので、銀行は企業が要らないのに金を貸してくれた。米国だけでなく、影のシステムの影響を受けた先進諸国は、常に「カネあまり」の状態になった。

 銀行は、融資の担保にとった土地の抵当権(債権)を債券化し、格付け機関に頼んで高い格付けをつけてもらうだけで、一般の投資家が喜んで債券を買う。銀行がこの業務で、伝統的銀行業の儲けの10倍の手数料を取っても、文句を言う人は少なかった。金を借りる側は、自分の土地に抵当権を設定するだけで巨額の資金を得られ、返済不能になっても金利分を追加融資してくれるので、1割以上の高い手数料を取られてもかまわない。99年の金融自由化後、米国の大手商業銀行は、影のシステムに大々的に参入した。

 債権債務の中には返済されず焦げ付くものもある。それが増えると影のシステムは崩壊する。しかし、影のシステムは無限に資金を作れるので、返済されそうもなければ、債務者に追加の債券(ジャンク債)を発行させて資金調達させた。この延命策によって倒産が大幅に減り「米国では、倒産という言葉はすでに死語だ」とまで言われた。倒産がないので不況にならなくなった。本来はリスクの高い赤字企業の債券でも、焦げ付きや倒産は起こらなくなり、優良債券とジャンク債のリスクの差(利回りの差)は少なくなり、リスクの下がったジャンク債がよく売れるので、倒産はますます減った。影のシステムは「不況なき経済」「倒産なき産業界」「無リスクの投資」という、事業者や投資家の天国を(見かけ上)作った。

 影のシステムで作られた豊富な資金は、株式市場に流入して株高を演出し、債券市場に流入して米政府が赤字を増やしても金利上昇が起こらない状況を作り、商品先物市場に売り圧力をかけて金地金や原油の相場を抑制するなど、実体経済が円滑に動いているかのような相場環境を作り出した。これらの策略を展開してきたのは、おそらくNYの投資銀行群である。(金地金は、ドルや債券といった「紙切れ」と対峙する「投資の非常口」だ。金相場を抑制することで、資金が紙切れの世界から逃げられないようにしている)

▼影のシステムは巨大なねずみ講

 08年秋のリーマンショック後、しばらく凍結されていた影の銀行システムは、09年後半から再生している。先進国の中でも、日本やドイツなどは製造業があるし、豪州やカナダは地下資源がある。だが米英は、90年代から影の銀行システムの急拡大に頼った経済運営をしてきただけに、未曾有の金融危機の教訓から、影のシステムに頼るのは不健全とわかっていても、今後も頼り続けざるを得ない。(85年以来、英国の金融システムは米国のコピーだ)

 問題は今後、影の銀行システムがどこまで拡大を続けられるものなのか、という点だ。影のシステムの拡大は90年代初めから始まったが、初めて「影のシステム」と名づけられて公的に認識されたのは10年後の02年のことだ。それまでの10年間、すでに影のシステムの急拡大は米英経済の隠れた大黒柱だったが、このシステムの存在を知っていたのは、システムを動かしていたニューヨークの投資銀行や連銀の関係者だけだった。そして金融危機後の最近も、影のシステムはこっそり再活性化され、ほとんどの人々はそれを知らないまま「米経済は不況から立ち直りつつある」という現象面しか見えていない。

(私が影のシステムの再拡大を感じたのは、影のシステムの創設者の一社であるJPモルガン・チェースの幹部が、4月に「米企業の資金調達の環境が非常に良くなった」と宣言した時だった。伝統的な銀行は貸し渋りを続けていたのに、資金調達環境が良いということは、影の銀行システムを再稼働したのではないかと感じられた) (J.P. Morgan's Braunstein: `Optimism Is Back!' So, Ahh, Where Are the Deals?

 影のシステムがいくら不健全でも、誰も知らないまま、隠れた米英経済の原動力として機能している限り、不健全さはリスクとして顕在化しない。リスクは、人々が知覚した時点で顕在化し、リスクとなる。たとえば、07年夏に金融危機が始まったのは、サブプライム住宅ローン債券商品が危ないという指摘が業界で取り沙汰され、その結果、サブプライム債券を積極的に扱っていた投資銀行ベアースターンズ(08年3月破綻)の商品が敬遠され、元本割れが顕在化したのがきっかけだ。

 CDOなど影のシステムの商品は、すべて店頭での相対取引だ。公開市場がないので、関係者が黙っている限り、相場の変動や市場の規模はわからない。今後何年も、影のシステムの再活性化が続き、総額が30兆ドル、50兆ドルとふくらんでも、全体像が不明なままなら、リスクが顕在化せず、債券化商品が売れて米経済を下支えし続けるシナリオがあり得る。影のシステムのみが肥大化していても、銀行界の発表を鵜呑みにする金融記者やアナリストは、実体経済が良くなっているとする解説を流布し、人々は騙され続ける。

 しかしその一方で、影のシステムの今後の拡張には限界がある感じもする。その一つの要素は、影のシステムが豊富な資金力によって株や債券や商品など各種の相場を自分たちに都合のいいように操作しており、経済システム全体を手玉に取った「ねずみ講」的な要素が強いことだ。ここ数年の金融危機によって、影の銀行システムの存在自体や、債券格付け機関のインチキさ、債券破綻保険であるはずのCDSに資金的裏づけがないことなど、ねずみ講としての影のシステムの手口と脆弱性が見えてきている。

 また、強欲に基づくものなのか「隠れ多極主義」に基づくものなのか特定しがたいが、影のシステムを破壊するような金融取引を、NYの銀行や当局自身が行っている部分もある。リーマンもベアスタも、潰れた原因は、同業他社によるCDSなどの先物売り攻撃だった。 (米金融界が米国をつぶす

 前回の記事に書いた、影のシステムに関するNY連銀の報告書も、ねずみ講を維持する観点に立つと「余計なもの」である。連銀があんなものを出さなければ、影のシステムが伝統システムよりも肥大化したままである状況は暴露されなかった。NY連銀に報告書を書かせたのは、影のシステムをあやつる投資銀行を目の敵にする大統領経済顧問のポール・ボルカーあたりかもしれない。ガイトナー財務長官は、以前NY連銀総裁だった。

 また、もはや影のシステムを再活性化しても、米経済全体に成長が波及しないとも考えられる。金融危機前は、影のシステムの資金は、サブプライム住宅ローンやクレジットカードローンなどの消費者向け金融のかたちで一般の米国民をうるおし、米国民の旺盛な消費が米経済の全体を成長させていた。しかし今、米国民は借金漬けで、住宅市況の続落を受けて住宅ローン市場も大縮小している。今や影のシステムは銀行界だけを短期的に救うだけで、米経済全体のシステムに戻れない。

▼影のシステムと縁を切れない米国

 連銀のバーナンキ議長は7月22日、米経済の先行きが「異様に不透明だ」と述べている。これは、影のシステムの再活性化が不発に終わる可能性があり、再び金融崩壊が起きても不思議ではないという意味にとれる。米政府は、今年11月の中間選挙までは無理をしても経済を持たせるだろう。だがその後、来年にかけて危機再来があるかもしれない。 (Federal Reserve chief Ben Bernanke warns of unusual uncertainty in US outlook

 影の銀行システムは、米経済の大黒柱であり、その規模は伝統的銀行システムの1・5倍の16兆ドルで、米国GDPの14兆ドルより大きい。影のシステムの再活性化が不発に終わった場合、何がどうなるか。リーマンショックの本質は、影の銀行システムの急速な縮小(信用崩壊、債券払い戻しの取り付け騒ぎ、元本割れによる債券破綻の急増、レバレッジの巻き戻し、市場の凍結)だった。あれと同じ方向性の、もっと大きな崩壊が再来すると考えられる。リーマンショック時、米政府はすぐに8千億ドルの救済資金を作ったが、今回は当時に比べて米政府の財政赤字が大幅増で、救済資金の余裕が少ない。人間と同様、同じ発作が繰り返されると致命的になる可能性が高くなる。

 銀行システムのような複雑な構造物が崩壊する時、いつ、どこからどう崩壊するか、事前に予測しがたい。しかし、影の銀行システムが、構造的に以前より危うくなっていることは確かだ。

 ボルカーのような米当局者は、伝統的な銀行システムだけ救済し、影のシステムは終焉させようとするかもしれない。しかし、それは全く無理だ。米国のほとんどの商業銀行が影のシステムの金融商品を買っており、大銀行の多くは売る方も手がけている。二つのシステムは不可分に絡み合い、片方だけの救済はできない。預金保険制度(FDIC)の額も全く足りない。追加で政府保証することが必要だが、すでに史上最大の財政赤字を抱える米政府が、さらに何兆ドルかの金融救済を発動せざるを得なくなると、中国など世界の投資家が米国債を買わなくなり、ドル崩壊が起こりうる。 (Central banks start to abandon the U.S. dollar

 中国では、著名な経済専門家が、自国政府に対し、米国債の市場環境が良いうちに、中国が持っている米国債を早く売って、金地金などに替えておいた方が良いと忠告している。 (China should cut U.S. Treasury holdings: economist

 影のシステムに対しては、米当局も実態把握が決定的に不足している。リーマンショック後に米当局がとった救済策は、臭い部分にふたをする対症療法的な影のシステムの温存で、具体的にどこに金をつぎ込むかは、銀行界に任せざるを得なかった(創設時から連銀を動かしているのは銀行界だということに注目すると、もともと米当局が銀行界に相談せず金融政策をやること自体あり得ないが)。

 今後の崩壊時に、米当局が影のシステムを温存させず、終焉させようとすれば、救済が一段落したはずの後に、隠れていた別の巨額不良債権が表面化する事態が繰り返され、救済に必要な総額が何兆ドルかかるかわからない。しかも、16兆ドルの影のシステムをすべて伝統的システムに組み入れようとすると、再評価によって総額が半減する。影のシステムを消滅させた後の米経済の規模は3−4割の縮小となる。おそらく損失総額が5兆ドルを超える。

 これを何年かけてやるか予想もできないが、10年以上のマイナス成長となる可能性が高い。日本の「失われた10年」よりひどい事態だ。日本の90年代のバブル崩壊時の損失総額は(わずか)1兆ドルである(日本は早めに自己崩壊したので、影の銀行システムを国内で肥大化させずにすんだともいえる)。米国が、影の金融システムと縁を切ることは事実上無理だ。そして、影のシステムを温存する限り、常にリーマンショックの再来を懸念し続けねばならない。

 数年前まで米国の繁栄と覇権を支える秘密の錬金術だった影の銀行システムは、今や、米国が抱える致命的な構造欠陥と化している。こんな構造欠陥を抱える国の通貨を、世界の基軸通貨にし続けて良いのかという疑問が、当然ながら生じる。だからリーマンショックの後、G20が開かれたときに「(基軸通貨をドルに決めた)ブレトンウッズ会議のやり直し」という看板が掲げられ、IMFの特別引き出し権(SDR)を活用した多極型の新しい基軸通貨体制などが提案された。しかし、米国が影のシステムを温存し、欧日がそれを助けてドル本位制を延命させたため、ドルに代わる基軸通貨体制は、今も提案の域を出ていない。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (Scrap dollar as sole reserve currency: U.N. report

▼静かにドル後の世界システムを組むBRIC

 今後の米国の延命には、世界の他の大国群の協力が不可欠だ。米国債を買い続けてもらうとか、ドル防衛のための為替スワップ協定を各国の中央銀行間で組んでもらうとかといった策である。ニクソンショック以来の70年代、最初にドルが自滅しかけたときはG7が作られ、日独などの資金でドルを救済した。今回は、日独を含む先進諸国が、すでに低成長期に入っているので、中国を筆頭とするBRICなど新興諸国に頼まざるを得ず、リーマンショック後、G7からG20へと世界経済の決定機構が移った。

 とはいえ、G20はG7と決定的に異なる。G7が設立当初からドル防衛を目的にしていたのに対し、G20は最初からドルに代わる基軸通貨の設立をめざしている。ドルの延命ではなく安楽死がG20の目的だ。今のところ、ドルに代わる通貨体制(国際決済体制)は、具体的なかたちで顕在化していない。日欧の先進国は、米国の覇権体制が今後も続いてほしいと思っているので、G20の看板とは裏腹に、ドルの安楽死ではなく延命に努力して、中央銀行間の為替スワップなどにいそしんでいる。 (BIS Data Points to Currency Collapse 2011

 しかしその一方で、米国覇権に未練が少ないBRICやその他の新興諸国は、先進諸国とは関係ないところで、新たな国際決済体制を構築している。それは2国間の取引で、相互の通貨を使って貿易決済するものだ。特にBRICの4カ国(中露印ブラジル)は、相互通貨による決済を定着させようとしている。これは、利用する通貨が多すぎて効率的ではない。おそらくBRICは、日欧の未練があるゆえに、ドル崩壊前にドルに代わる新通貨体制が出現することはないと考え、ドル崩壊に備えた暫定的な決済体制として組んでいるのだろう。

 BRICやその他の新興諸国は、デリバティブなど影のシステムの金融技術に頼るつもりがない。それらは、崩壊していく影の銀行システムの産物である。新興諸国は、製造業や資源開発といった、一つ前の経済システムを重視している。自由な金融市場より、国家間や政府系企業間の契約で資金調達や貿易することを重視している。米英型の自由市場体制は、世界の主流ではなくなっていく。「中国などBRICはデリバティブなど金融技術が低いので、米英にかなわない」と考えている人は時代遅れだ。 (China seen letting U.S. down gently as it prepares for dollar's fall

▼多極型世界の上に乗る世界政府を作る

 G20は「世界政府」になることを目論み続けている。少なくとも、そのような情報が意図的にG20の周辺からリークされている。先日、カナダで開かれたG20の会議では、地球温暖化対策の「炭素税」を国際的に課税し、その税収をG20(の傘下の財務部門になりつつあるIMF)が管理して、その資金をG20の財政として世界政府を確立していく構想(と思われるもの)を書いた会議メモとされる文書が、G20参加国である南アフリカの財界人のところから流出している。 (Leaked G20 Documents Show Carbon Taxes Still High on Globalist Agenda

(温暖化対策は、もともと米英単独覇権を維持するための武器だったが、昨年末のコペンハーゲンサミットあたりから、多極主義者の側の武器に転換している。今夏の日本はやけに暑いので「温暖化のせいだ」と思う人がいるかもしれないが、太平洋の反対側のペルーは異様な寒波に襲われ、政府が非常事態を宣言した。これらは温室効果ガスではなく「ラニーニャ現象」など海流の影響だろう) (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(2)) (Peru declares emergency over cold weather) (Temperature in Lima dips to 8.8C degrees, lowest in more than 40 years

 問題のG20のメモには、G20参加各国の大企業が集まって世界経済を議論する組織として「B20」(Bはビジネスの略)を設立する構想も載っている。世界の大企業を参加させ、大企業群に有利な世界経済の体制を作ってやる代わりに、法人税の一部を各国政府でなくG20に払わせる魂胆かもしれない。 (Feedback from the G20 Summit in Toronto - June 25-26, 2010

 国連ではなくG20を世界政府に格上げしようとするのは、国連は最高意志決定機関である安保理事会の常任理事国の構成を改組する条項が全くないので、改組が不可能だからだろう(衰退しつつあった英国が、戦時中に米国と組んで国連を創設したとき、自国が常任理事国から外されるのを防ぐため、改組機能を意図的につけなかった)。

 G20が世界政府を構成したがる理由は、今後のドル崩壊によって、世界の覇権体制が米英中心から、米欧中露印など各地の地域大国を中心とする多極型に転換するため、その多極型の世界をまとめる合議型の世界的な意志決定機構が必要だからだろう。独自の財源を持ちたがるのは、国連が独自財源を持たなかったがゆえに限定的な権限しか持てなかった教訓に基づくものと考えられる(これも英国の謀略かも。1940年代にはロックフェラー家より英国の方がずっと巧妙だったわけだ)。

「世界政府」や、その別称である「新世界秩序」は、リベラルな国際市民運動の人々から「資本家による搾取的な世界支配」のレッテルを貼られている。だが、これまでの200年間の英米の一極覇権体制が、一極体制を維持するために発展途上諸国の経済発展を阻害する策略に満ちたものだったことを考えると、むしろ多極型の覇権体制の上に世界政府的な合議体が乗っている新世界秩序の方が、世界の貧しい人々を豊かにできる可能性を持っている。

 むしろ人権・民主・環境といった分野を重視するリベラルな国際市民運動の方が、参加者が気づかぬうちに英米覇権や大イスラエル主義の片棒担ぎをさせられてきた観が強い。また、左翼の人々は、ロシア革命後、コミンテルンという名前で世界政府が企図されていた歴史を思い出すべきである(ロシア革命が成功したのは、英国覇権を崩して世界を経済発展の方向に「解放」する効果があると米英資本家が考えて支援したからだと私は考えている)。

▼意外に有利な立場にいる日本

 FT紙のコラムニストであるマーチン・ウルフは7月13日の記事で「アジアなど新興諸国に対する欧米の優位が崩れている。この200年以上、欧米が経済的、知識的に世界を支配してきたが、そうした時代はもう終わる。欧米だけが決定権を握る時代は二度と来ない。G20の台頭が、覇権体制の新たな現実を象徴している」と書いている。 (Martin Wolf: Three years and new fault lines threaten

 ウルフは、欧米の凋落の原因について、インド系米国人の経済学者ラグラム・ラジャンの新著「Fault Lines」の内容を引用しつつ、経済政策の失敗によって米国で急速に貧富格差が広がったことを一因と指摘している。これは、影の銀行システムの恩恵を米国民の全員が受ける体制を構築し切れなかった失敗のことだ。欧州の高福祉体制も終わると予測している。そして、今後再来しそうな金融危機の後、欧米が再建するのは非常に大変だとも書いている。

 やはり今後2−3年以内に、米経済の崩壊と、世界覇権の多極化が起きる可能性が高いと、私には思われる。

 すでに始まっている多極化の流れの中で、日本は特殊な立場にいる。日本は先進諸国の一員として、いわゆる「欧米」の一部(名誉白人的な立場)であるが、同時に「欧米の優位が崩れ、アジアが勃興する」と言うときには、中国やインドとともに日本の名前が挙がったりする。日本の政府や人々の多くは、中国と一緒にアジアを建設することなどまっぴらで、いつまでも米国に従属する体制で安定を続けたいと思っている。だが、日本人はそれを世界で大っぴらに言わないので、欧米の分析者や投資家は日本人の姿勢を軽視し、中国関連の材料で日本の円や株が買われたりする。

 日本が、欧米先進国群とアジア諸国群の両方に属していることは、今のような過渡期に、非常に有利な要素である。世界が多極化したら「日本はアジアの一員です。中国と協力して豊かなアジアを作りたい」と言えばよいし、意外に米国が延命して多極化が進まなければ「日本は対米従属一辺倒の先進国です。中国は脅威です」と言い続ければよい。そう考えると、日本の外交力が低いことは大した問題ではないとも思えてくる。ただその場合でも、米国の債券は早く売ってしまった方がいいだろう。



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